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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

20. Curious.

 時刻はまだ昼下がり。

 巣穴への場所も町からそう遠くはなく、また巣穴の規模も大したことがなかったので、短時間の仕事で終わったのが救いといえるだろう。しかもだ、その肝心の卵も六千五百金という高値で売れ、俺とジャミ公は特に歓喜の声を上げた。俺たちは一旦パブへと集い、酒を頼まないうちにまずは『取り分』の話をすることにしたのだった。

「俺のおかげで卵をゲットできたんだから、せめて半分は欲しいね」

 開口一番、ジャミ公は俺に負け劣らぬ強欲さを主張してくる。ま、確かにこいつのスキルがなきゃ卵を巣穴から出す事自体難しかったはずだから、それほど無茶な言い分ではないだろうとは思った。あのヘマがなきゃな。だがジャミ公は更に続けた。

「……と思ったんだけどさ、俺あんたたちが気に入った。この先も旅に同行させてもらえるんなら、今回の俺の取り分は二千でいいぜ?この先は均等でいい」

 元々ジャミ公はこの仕事のためだけに連れてきたのだから、この仕事が終えればおさらばの予定だったのだが。ジャミ公のその言葉に真っ先に不機嫌な顔をしたのはアイシャだった。口には出さないが、明らかに嫌そうな顔を隠そうとはしない。しかし考えてみれば、赤毛はこの短い旅の間にジャミルから色々と『被害』を被っているわけなので、無理もないことだったが。

「俺は構わねえがよ」

 正直このジャミ公はやかましいしトラブルメーカーのような所があるが、根っから悪党ではない憎めねえ奴だし、判断力はあり使えるヤツのように思えた。何よりこれから旅を続けていくにあたり、こいつのような力もいることになるんじゃないかと感じてはいた。しかし問題はアイシゃだった。

「うちのお嬢がヘソ曲げてなきゃいいんだが」

 言いながら俺が赤毛のてっぺんをぽんぽんと軽く弾いた。言われた方のアイシャは少し驚きつつも、ジャミルの方をじっと見る。ジャミルはそんなアイシャを見ると少しだけバツが悪そうな顔をしたが

「その……さっきは、悪かったよ。俺のミスで危ない目にあわせちまって……。ほんとにごめんな」

 と、珍しく実に素直に謝った。アイシャはその言葉に少し目をぱちくりさせると、ぶんぶんと顔を左右に振って

「あたしはさっきのことは気にしてないよ」と事も無げに発した。

「じゃあなんで機嫌悪いんだ?」と俺が問うと、「あの、それはその……。もういいの。うん」と何故か口籠る。

 

 アイシャにしてみれば、年上だというだけでやたらに自分を子供扱いしてからかいの対象にしてくるジャミルが少し苦手だったようだ。何より俺とのことをからかわれる度に、自分の中に眠っている何かを呼び覚まされそうで、ジャミルの存在はどうにも心をざわつかせる存在だった。俺自身はそこのところは全くあずかり知らぬことだったからアイシャの反応を少し不審に思ったが、深く追求するのはやめておいた。何か、寝た子を起こしそうな、そんな予感が過ったからだ。

 

「……ま、アイシャが文句ねえと言うなら俺は構わん。ゲラとクローディアはどうだ」

 話を振られてゲラはいつもの様に「私はキャプテンの決定に従います」と言う。そしてクローディアは「……私も構わないわ」と相変わらず控えめに発した。

「みんなありがとな。んじゃ、これからもよろしく!!」

 全員の同意を得たジャミ公は一転明るい声をあげていた。

 

 そうして俺たちはジャミルが正式に仲間に加わったことと、仕事の成功を祝して乾杯することにした。辺りはまだ明るかったが、珍しくゲラの奴も俺を咎めないばかりか、自分も率先して好物である麦酒を注文していた。こいつもかなり神経を使って疲れたのだろう。赤毛やジャミルは酒より飯だと言わんばかりに、大量の料理を注文していた。赤毛はともかく、ジャミ公は成人してるだろうにと思い、

「お前飲めねえのか、ここに来る船ン中じゃちっとも飲んでなかっただろ」

 俺は何気なくジャミ公に酒を勧めると、

「嫌いじゃないんだけどさぁ、俺すぐ酔っ払っちまうんだよなー。だから滅多に飲まないんだ」

 要は下戸だということだった。

「そうか、つまらんな」

 と俺が酒を引っ込めたのだが、ジャミ公はそれを奪い取るようにすると

「おっさんってホント見かけによらねえんだな!」と満足したような顔でそれをぐいと飲み干した。「ぷはーー!やっぱこういう時に飲む酒はうまいぜ!」だと。ますます良くわからんやつだが、酒が嫌いじゃないのは本当らしかった。

 

「なぁ、クローディアは酒飲んだことあんの?飲んでみない?」

 唐突に、目の前に座る口数少ないクローディアにジャミ公が話しかけていた。黙々と料理を口に運ぶ彼女はいつもどおりといえばそうなのだが、少し元気が無いように思える。

「お酒は飲んだことあるわ。森の果実をオウルがお酒にしていたから。それを一度か二度だけ……」

「マジ?じゃあクローディアも飲みなよ。果実酒あるみたいだしさ!」

「でも……」と言うクローディアの言葉を遮り、店の者に果実酒を注文するジャミル。そんな様子を赤毛は訝しそうに見ていた。

「お酒飲めないのあたしだけかぁ。つまんないの」

 などと言い少しだけ憮然と口をとがらせる。一人だけ飲めないことで取り残されたような気分にでもなったのだろうか。

「お前はまだガキなんだからしゃあねえな。今は大人しくジュース飲んでろ」

「うん……。別にいいんだけど、ジュースおいしいもん」

 少しつまらなそうな顔をしていたが、疲れた体に甘いジュースを注ぎ込むと、ぷはーと言って途端に顔をほころばせていたのだった。

 

 しかし。本当のことを言うと、俺自身はこいつくらいの頃はもう酒ならなんでも浴びるように飲んでいたのは秘密だった。

 

「お待ちどおさま」

 テーブルに先ほどジャミルが頼んだ果実酒が運ばれ、ジャミルはそれを受け取るとクローディアの前に置いた。

「ってか乾杯してないじゃん、しようぜ」

 グラスを少し高く掲げながらジャミ公は率先して温度を取り出す。

「乾杯―!」

 アイシャもジュースのグラスを持ってカチンカチンと各々のグラスを合わせると、なんだか少し嬉しそうな顔をしていた。クローディアも控えめながらグラスを合わせていく。そして少し訝しむような顔をしつつも、「……いただきます」と小さな声で言ってから、果実酒を口に少しだけ含んだ。そしてグラスから口を離すと、小首をかしげるような顔をするのだ。

「なんだ、まずかったのか」

 俺が尋ねると

「……ええ。オウルのお酒は、もう少しおいしかったわ。これはなんだか、薄いというか……」

 そう言うとグラスを置き、食事の残りをたいらげ始めたのだ。

「そうかなー?俺も同じの飲んでるど美味しいけどなー」

 ジャミルは反応に少し驚き、もう一度自分の酒を煽る。

「ごめんなさいね、折角頼んでくれたのに。私、疲れたから先に休んでもいいかしら」

 そう言うとクローディアは徐ろに立ち上がった。

「疲れたでしょう、ごゆっくり」

 ゲラは彼女をいたわるようにやんわりとしたいつもの低音で語りかけると、彼女は少しだけ口端を上げて踵を返していってしまったのだった。

「お前よぉ、女に無理に酒勧めんじゃねぇよ」

 もしかすると本当は飲みたくなかったのかも知れねえなあとなんとなく思い、ジャミ公に釘を刺した。

「そんなに無理に勧めてないだろ。けどちょっとだけさあ、酔っ払ったクローディアって見てみたかったんだよね。へへっ」

 普段は冷徹と思えるほどに感情を表さないクローディアのような女が、果たして酔うとどうなるのか見てみたい気持ちはまあ理解できるが、それにしてもだ。

「……俺が言うのも何だがよ、お前、そういうとこちょっとオヤジ臭えぞ……」

 俺の言葉を聞き、口に含んだ果実酒を吹き出しそうになるジャミ公。そして

「おっ!おっ!!おっさんに、オヤジとか言われたああ!!!」

 本気でショックそうな顔をして、その場に突っ伏してしまいやがった。

「うるっせえ、こンの野郎ッ」

 俺は突っ伏したジャミ公の頭を追い打ちを掛けるようにグリグリとかき混ぜてやった。

話は漠然と、次はどうしようかと言う話になり、取り敢えずメルビルに戻り帝国図書館に寄るという話をしていた。俺はもろちん、アイシャの一族の行方の手がかりを探すためだが、ゲラの奴はというと、実は以前ゲッコ族の仲間から買い取ったお宝の地図らしきものの解読が、その図書館に行けば出来るのではないかと言い出した。俺はその言葉を聞いて一万金もの大枚をはたいて買った古文書のことをすっかり忘れていたことに気づいたのだった。

「そういやあれな、何の言葉で書かれてるのかなんなのかすら分からねぇからすっかり諦めてたぜ。でっかい図書館ならヒントがあるかも知れねえな。そいつはお前に任せた」

 そう俺が言うと、有能な相棒は「お任せください。キャプテンは、アイシャさんのことに専念していてください」と告げた。

 俺は、そういえばさっきからアイシャがいやに静かだなと思い、ちらりと隣に座っているはずの赤毛の方を見た。すると彼女は座ったままうとうとと眠りこけているではないか。

「なんだ、こいつも疲れたのかな。寝ていやがる」

 ベンチのような椅子で、背もたれはあるものの頭の在処がまだ安定せず、ゆらゆらとその大きく結い上げた頭を揺らす不安定な様子を心配した俺は腕を伸ばしてアイシャの頭と体をゆっくりと引き寄せると、俺の肩によりかかからせた。その時むにゃむにゃと寝言のような言葉を発していたが、意味のないものなのか聞き取れず。しかもよく見りゃ、夜のパブの薄暗い照明でもわかるくらいに、赤毛の顔は赤らんでいた。少し顔を赤毛の顔に近づけて臭いを嗅いでみと、どうもその吐息が酒臭いように感じた。

「ちょっと待て、こいつ酒飲んだのか?」

「ええっ?」

 ゲラの奴も俺の言葉に驚き、赤毛の前にあったコップを見る。コップは何故か二つあり、その両方が空だ。代わりに、赤毛の隣に座っていたクローディアの前にあり一口だけ飲んで残していった果実酒がなかった。

「クローディアの酒飲んじまったんだ……。果実酒とジュースを間違えたのかな」

 ジャミルは苦笑するが

「間違えただけなら何も全部飲み干しゃあしないだろ。大方、酒に興味があって飲んだんじゃないか?さっき自分だけ飲めないのがつまらなそうにしていたからな」

 俺は空っぽのコップを見ながら、思わず苦笑した。

「おやおや……。きっとそんな感じでしょうね」

 ゲラも呆れたような口ぶりで肩をすくめる。そしアイシャの顔色を見て、少し息が荒いように見えますけど、赤くなってるだけだからまあそれほど心配しなくても大丈夫でしょう、と判断した。

 そしてしばらくそのまま赤毛を肩に載せたまま飯を食ったが一向に赤毛が起きる気配はない。余程酔ってやがるのだろうと判断し、そろそろ宿に戻ることにしたのだった。ジャミ公は寝ているアイシャの顔を見ると「うわあ、おっさん。アイシャのやつヨダレが垂れてるぞ!?」と、指摘するが、俺は事も無げにいつものことだ、と苦笑してみせた。

「え、いつものことって」ジャミルは目をパチクリさせる。

「いつものことだ。こいつはこうやって寝るとたいていヨダレ垂らしやがるんだよ」

「へぇ……。それは災難だなあ……」

 洪水のように俺のコートに流れる涎を見て、ジャミルは気の毒そうに俺を見る。

 しかし考えてみると、ホークはそれを百も承知でアイシャを自分の肩に預けさせたのか、と思うと、なんだかジャミルは面白くて仕方なかった。普通自分の服に涎なんて垂らされたら怒るだろうに、と。

「俺がこいつ運んでくからよ。ゲラ、支払いしといてくれ」

「分かりました」

 言いながら俺はアイシャを子供を抱っこするように片手で抱き上げ、立ち上がった。

「女どもの部屋は何処だったっけ」

 ジャミ公に聞いてみると「俺たちの隣だったよ」と言うのでそうかと返事し、そのまま歩いてパブを出る。パブの向かいの木の階段を上がるとすぐに宿だ。赤毛は相変わらず何か肩口でむにゃむにゃと発していた。夢でも見てんのかと少しだけ気になったが、そのままジャミ公と一緒に宿の部屋に歩いて行く。

「ここだな」

 女性用に取った部屋の前に着き、そのドアのノブを回してみる。すると、考えてみれば当然といえば当然なのだが、鍵がかかっていたのだ。なので開けることはできなかった。

「あぁ、ちくしょう鍵か……、そういやクローディアのやつ鍵ごと持って行っちまいやがったな」

 部屋の鍵を持ってそのまま部屋のロックをされてしまえば、当然鍵を持たぬアイシャが入れるわけもない。

「仕方ねえなあ……」

 俺はアイシャを抱いたまま、隣の男用に取った部屋に一旦運ぼうとした。そこへジャミルがちょうど帰ってきて「あれ、アイシャどうしたんだ?」と尋ねてきた。「それがよお」と事の顛末を話す。そこへ支払いを済ませ部屋に入ってきたゲラもそのことを聞き、しょうがない、もう一部屋取ってきますね、と言い再び部屋から出て行った。しかしジャミ公ときた日には

「えー、面倒くさいしここで寝かせたらいいじゃんか」などとあくびをしながら言い出しやがる。

「馬鹿野郎、そうするにしたってベッドが足りねえだろ」と俺が言うと

「俺アイシャと一緒のベッドでもいいんだけどなあ。寝れそうだよ?」などと抜かす。

「……寝起きのこいつにまたKOされても知らねえぞ」俺は抱いたままのアイシャが少しずり落ちてきたの抱え直しながら『忠告』すると

「ああ、それは怖ええ!やっぱやめとくよ!」言いながら、ジャミ公はいたずらっぽく笑っていた。

 全く懲りねえやつだ。先日二回も殴られて倒れてたくせによ。

 

「お待たせしました、部屋はなんとか取れました。ちょっとこの部屋からは離れてるようですが」

「おう、悪いなゲラ」

 相棒は急遽取った部屋の鍵を、俺の空いている方の手に渡す。

「俺はこいつ寝かせてくるからよ、お前たちは先に休んでてくれ」

「分かりました」

「おやすみー!」

 俺はこの部屋の鍵と新しい部屋の鍵を二つ持ち、アイシャの部屋に向かった。ドアを閉める瞬間俺は無意識のうちに、「まったく、いつものことだが世話のやけるやつだぜ」と思わず独り事が漏れた。

 

「なあ、ゲラ=ハさん」

「何でしょう」

 俺がドアを閉めた向こうで、ジャミルは何気なくゲラ=ハに話しかけていた。

「おっさんてさ、アイシャの世話焼くの全然嫌がってないよな」

「キャプテンは元々面倒見のいい人ではありますよ」

 ジャミルの問に、事も無げにゲラ=ハはそう答える。

「でも、元々全然関係ないはずの女の子に、あんなに親切にするってさ」

 訝しい感じでもなく、ジャミルはむしろ微笑ましいような気持ちで発したのだが

「何か下心でもおありかと思っていますか?」

 と、いやに鋭いゲラ=ハの声が飛んできたので、ジャミルは少し驚いたようだった。

「や、そういう意味じゃねえんだ。……だけどさ、あれだけ親切にされるとアイシャが勘違いしても仕方ないよなあって思っただけさ。つまんねえこと言ってゴメン」

 ジャミルはほとんど独り事のようにそう洩らすと、ゲラ=ハの反応を待たずさっさとベッドに入ってしまったのだった。

 

Last updated 2015/7/26

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