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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

21. 篝火。

 一方俺は、赤毛を抱いたまま彼女に充てがわれた部屋を探していた。渡された鍵の木のホルダーに書かれた文字列を、ドア一枚一枚を見て確認する。

「『キキョウ』、……ああ、ここだな」

 しかしこの宿は変わってやがる。普通宿の部屋なんてのは数字とかアルファベットで現すのに、部屋ごとに花かなんかの名前をつけているのだ。お陰で部屋が探しにくくて仕方がなかった。

 鍵を開けると中は当然真っ暗だが、月の薄明かりを頼りに何とかベッドの場所を探し出すと、赤毛をその上に横たえた。ようやく左腕と左の胸から柔らかな重みと熱の正体が消えると、俺はふう、と一息吐いてしまった。しかし寝かせたはいいが、こいつ頭の飾りを取ってやらないことには、寝難くて仕方ないだろうと思った。現に今も、首の角度が明らかにおかしい。確かワロン島でブッ倒れた時も急いで外してやった記憶があったのだが、どうだったかな……と記憶を手繰る。一度寝かせた赤毛の上体を左手で起こしてやり、右手で外すことにした。正体無く眠る赤毛の上体はグニャリとしていて、首を支えるため、まるで胸元に顔を抱き込むような形になる。まずは……両サイドの髪の先に付いた輪っかを外して、後頭部のでかいボタンを外す。すると髪を覆う布は容易に外れたのだが問題はその中身だ。編みこんだ髪が何本も束ねられていて、ピンも幾つか刺さっている。これを取るのが厄介だった。ワロン島の時はこれを外せず、アイシャも自分で解くことはなかったように思う。

「なんでこんな面倒臭え頭しなきゃンねえんだ?」

 何本も編まれた髪を、指に絡まって引っ張ってしまわないよう丁寧にほぐしていく。

「ったく……。今までこんなこと女してやったことねえぞ」

 俺は思わず苦笑を漏らしながらも、気を抜かないように丁寧に髪を解いてやった。これを毎日解いたり結ったりしてんのかこいつは、と思うとなんだか少し気が遠くなる。慣れてしまえば大したこと無いのかもしれないが。

 俺が赤毛の髪と格闘している間にも、呑気に彼女は俺の胸元でふにゃぁ、だのあふう、だのという謎の音を口元から漏らしている。その様子がなんだか無性に可愛らしく思えた。まるで猫の仔みてえだなと思いながら、気がつけばやっとのことで髪は綺麗に解かれた。

「やれやれ……」

 今の今まで固く結われていた赤い髪は、依然結われたままの形を頑固に保とうとうねりにうねっているも。俺はしばらく赤毛を胸に抱いたまま、丁寧に、ゆっくりとその髪に指を通していた。タラール族特有の赤く細いその髪は、俺の手櫛でだんだんと元のカタチを取り戻しつつある。よく見ると、一番長い部分の先端は腰の位置を超えてベッドに届いていて、こいつはこんなに髪が長かったのかと少し驚いてしまった。前髪のピンも全部外すと、ふわりと長い前髪が顔を覆ったので、指でそっと取り払ってやる。

 そこではたと気づいたのだが。いつも、こいつは夜でも頭のカバーは外していてもなかなかその編みこんだ髪を外したところは見たことがない。もしかすると、滅多に編んだ髪は解かないんじゃないのか?俺はもしかすると余計なことをしたのだろうか?と。しかしそのままでは頭が痛いだろうし、と考えたが、答えが見つかるはずもなく、外しちまったものはしょうがねえと思うことにし、彼女を横たえさせると枕に赤毛の頭をそっと載せた。

 そしてタオルケットを掛けようとしてあることに気付き、俺は思わず固く目を閉じて溜息を洩らした。

「ブーツか……。履いたまんまじゃあなあ……」

 俺は難色を示した。それはなぜかといえば、こいつのブーツはなんとも厄介なことに、こいつの服をちょいとめくった下のベルトに留めるようになっているのだ。俺は一回唸ったが、まぁ、一回は外してやったこともあるしな、とも考える。酔っぱらって動けない体だと、本当のことを言えば衣服を緩めるに越したことはないのだが、さすがにそこまではできないという思いがあり、ブーツだけは脱がせてやることにした。

「悪く思うなよ……」

 ワロン島の時の気まずさがよみがえる。あの時はアイシャが間一髪の所で目が覚めてくれたが(それでも結局俺が脱がしてやったのだが)、今回はどうも起きる気配がない。少しだけ起きてくれることに期待はしたが、あれだけ髪をいじくっても目覚めないということは、相当酔いつぶれてるんだろうと思えた。

 仕方がないので、俺としちゃかなり遠慮がちに、できるだけ素肌に触らないようにして手を服の中に突っ込んで、ベルトに留めてあるブーツの金具を探った。

「結局なんで俺がこういうことをするハメになるんだか……」

 ふとそんなことを思ったが、あのジャミ公は何をするか分からねえところがあるし、第一アイシャが嫌がりそうだ。ゲラの奴のトカゲの手では多分ムリだし、適任はクローディアなのだが、部屋に鍵かけて寝ていやがると来れば、結局俺しか居ないのである。

 見えない指先でスナップボタンを外そうと服の中で指をすべらせると、少しだけアイシャはぴくりと反応した。「うにゃ……」とまた寝言めいた声を上げると再びスースーと寝息を立て始める。俺はなぜか冷や汗をかくような感覚を覚えた。別に疚しいことはなにもないはずなのだが。

 なんとか左足のボタンを外すことに成功し、次は右足だ。今度は右のサイドから手を突っ込む。するとうっかりと爪の先がアイシャの横っ腹を掠めてしまった。

「ひゃうっ……」

 その感触に、赤毛はびくりと体を震わせ反応した。

 しまった……と一瞬思ったが、指の感触に反応しているということは、目が覚め始めているのでは?とも思った。起きるなら早く起きろよな、と少し苛立ちを感じ始め、俺はもう先ほどの慎重さは何処へやらといった風情で、徐ろに服に手を突っ込んでボタンを外したのだった。

「んんっ……」

 赤毛の横っ腹の素肌に、俺の手の感触が乗った途端、赤毛は違和感を感じたのか、声を漏らして少し体をねじったように見えた。

 俺はというと目的を果たしたので手を抜き去り、ブーツをゆっくりと脱がせてやる。酔っぱらいの介抱してやってんだ、文句あっかという少し投げやりな気持ちが沸き起こっていた。

 程なくし無事両足からブーツを脱がせることに成功した俺は、安堵したのか少し冷静になってきた。彼女の体にタオルケットを掛けてやり、ふと寝顔を見ると思い出すのは今日のことだ。

「……危ねえ目に遭わせちまったな……」

 正直今日の恐竜の巣穴での出来事は、完全に俺の計算ミスだった。ジャミ公があんなヘマをするとは……。とはいえ奴も好んでミスしたわけではなし、アイシャを助け出そうとずいぶん必死だった。このアイシャも、出会った頃に比べりゃ格段に腕を上げているのがわかっていたから連れて行ったのだが、一人逃げ遅れる形になったことを気にしてなきゃいいのだが、と少し心配していた。こいつはちょっと前から自分が足手まといになることをひどく気にしていたのがひしひしと伝わってきていたからだ。だからこそ自信をつけさせてやりたかった。

「逆効果になってなきゃいいんだがなあ」

 独り事を漏らしながら、俺は無意識と言っていいほどに自然と赤毛の頭を愛おしげに撫でていた。

 すぐに部屋に戻るのも心配だったので暫くの間そうして様子を見ていると、アイシャの表情は突如険しい物になり、ううう、と少し苦しげな声を上げ始めたのだ。

「おい、苦しいのか」

 寝てる酔っぱらいがこんな顔になった時、原因はたいていひとつだ。吐きでもしたら大変だと思い、俺はアイシャを起こそうとした。すると、アイシャのきつく閉じられた目からは溢れるような涙がこぼれ落ち、だんだんと汗をかき始めるのがわかった。この状態、以前にも一度見た覚えがあった。

「もしかしてまた、悪夢でも見ているのか」

 酔った苦しさからなのか、精神的なものからの悪夢なのかはわからなかったかとにかく起こさなれければと俺は思いアイシャの上体を両手で抱きすくめて起こしてやった。

「アイシャ、起きろ、おい」

 耳元で名前を呼びながら、抱きすくめたままの体を叩いたり揺さぶったりしてみると、やがてアイシャは体を震わせ、目を見開いたのだった。

「あ……あ……」

 とことばにならない涙声を発しながら、「やっとお目覚めか」と俺が顔を見ると、赤毛はしばし状況がつかめていないような顔をする。部屋は月明かりしか差さない部屋だったためと寝起きのせいか、目の前にいるのが俺だと一瞬気づかなかったようだったが

「ホーク……さん?ホークさんっ……!」

 俺の名を呼びながら、俺の首に力いっぱい抱きついてきた。あの時と違いもう赤毛に抱きつかれることには少し慣れて予想していた俺は幾分冷静だった。

「どうした、また怖い夢見たか」

 ゆっくりとした口調で俺が尋ねると

「……うん……」

 俺に抱きついたまま、こくりと頷く。

「ガキのくせに酒なんて飲むもんだから、バチがあたったんだろ」

 俺が冗談めかして言うと、アイシャは俺に抱きつく力を緩めてゆっくりと体を離した。その表情はいかにもバツが悪そうなものだった。

「ごめんらさい……」

 寝起きのせいか酒のせいかはわからないのだが、少し舌が回っていない口で、呟くように謝る赤毛。顔を伏せ項垂れていて、自分のしたことに心から後悔するやら、戸惑っているような感じのように取れた。

「別にいいけどよ、なぁんで酒なんて飲んじまったんだ?」

 大方の理由の見当はつくが、一応問いただすことにした。

「みんらが、おさけ美味しそうに飲んでらから、特にホークさんは、いつも美味しそうに飲んでらから……お酒って、どんなのらろうって、つい……」

 途切れ途切れな言葉の中に、気まずさの色が滲んでいた。少し怖がっているようにすら見える。俺に怒られるとでも思っているのだろうか。しかし酒に関しては、とてもじゃないが俺は人を叱れるような立場じゃなかった。酒を飲み始めたのは十五歳はおろか、もっと以前からで、それからずっと長い年月飲んだくれていたのだから。

「そうか。まあ、よくある話だな。だが、こうなると分かったからにゃあ当分酒は禁止だ。わかったな」

 俺は言いながら赤毛の頭をポンポンと撫で付けてやると、アイシャは上目遣いで俺をじっとりと見上げて「……怒ららいの?」とか細い声で聞いてきたのだった。

「この程度誰でもある失敗だ、気にすんな。それより気分は悪くねえか」

 アイシャは俺の問いかけに対してふるふると頭を左右に振るや否や、また涙をボロボロとこぼし始めた。そして、

「あらし……、また、めいわく、かけちゃった……」

 などとつぶやくと、すすり泣き始めてしまった。

「今日……だって、ひとり、逃げ遅れえ、みんらに迷惑……かけたし」

 ……やっぱり気にしてたのか。案の定の言葉に、俺は軽くため息を吐いた。

「やっぱり、あたし、行かないほうが良かった……。ごめんらさい……」

 俺は、すすり泣く赤毛の声を聞いていると以前から、妙に心がざわめくのだ。いらだちとはまた違う心のさざ波が容赦なく襲ってくる。居ても立ってもいられないような、頭に血が上るような、そして胸が苦しいような、実に奇妙な感覚だ。そしてその体験は時として俺の冷静な思考を奪う。気が付くと俺は、静かに泣きじゃくるアイシャの細い体を引き寄せ、抱きしめていたのだった。。

「泣くんじゃねぇ、アイシャ」

 低い声で赤毛の耳元で囁く。

「……泣いてもいいが、てめえを責めるための涙だけは流すな」

 言いながら、自然と抱き締める腕に力がこもる。

 そんな顔を見たくて、

 そんな顔にしたくて、

 俺はお前と『約束』を交わしたわけじゃねえと、心から伝えたかった。

「ホー……ク、さん……」

 アイシャは最初こそ戸惑っていたようだったが、俺の熱を感じ取ったのか、ゆっくりと俺の体にその細い腕を回し、力をこめた。

「一人で家族を想って泣いたっていい。嬉しくて泣いてしまうのだってかまやしねえ。人に同情して泣いてるお前も嫌いじゃねえ、だがよ」

 彼女の頭に、その赤い髪に指を絡ませながら俺は続けた。

「耐えられねえんだ、お前が自分を責めるのだけは。お前がそうやって泣く度に、俺はてめぇの不甲斐なさを思い知っちまうんだ。……だから、もう俺に謝ったり、自分を責めて泣くんじゃねえ」

 いつもは絶対に口にできねえような、素直で正直な言葉がまるで何かの魔法にかかったように次々と溢れてきた。というよりも、口に出している言葉はまるで自分の言葉ではないかのような錯覚すら覚える。口に出して、言葉にして今ようやく、俺は自分の本心に気づいたのだから。

「そんら、ホークさんは、何もわるくないよ……。あたし、現に今日も」

「誰かお前を責めたか?責める態度を見せたか?ゲラも、ジャミ公やクローディアも。あいつらは誰一人としてお前が悪いなんてこれっぽっちも思っちゃいないはずだ。もちろん、この俺も」

 アイシャはなおも自分の非を主張するもんだから、その言葉を遮るように俺はそう諭した。アイシャはそう言われ無言になると、俺の体に回した腕に力を入れた。そして

「……どう、して……」

 と、かすれるような涙声で呟いた。俺はその言葉の意味が分からず眉をひそめたが、あえて何も尋ねずただ抱きしめたまま赤毛の頭を撫でていた。

「どうして……ホークさんは、いつもそんなにやさしいの……?」

 胸元の涙声が放つ空気の振れと、微かに熱を帯びた吐息。俺は、どうしてなどと聞かれても自分でもわからないことだったから、どう答えていいか分からずに、頭のなかで言葉を探していた。

「あらし……、もっと強くないたいのに……。強くなりたいっていつも思ってうのにね、すぐにこうやってね、ホークさんの優しさについ甘えちゃう……。甘えちゃうの……」

 アイシャは舌っ足らずの掠れた声でそんなことを呟きながら、俺の胸元に顔をこすりつけるようにしてくっつけて、まるで何かが吹っ切れたかのように全身で俺に甘えてきた。

「……強くなるのとな、辛い時に人に甘えるのとはまた別の話だ。ガキの間はたくさん甘えられるうちに甘えとけ。相手が俺でいいのならな……」

 赤毛の頭を一度ぎゅっと抱え込むと、俺は懐から彼女を開放しようと腕を緩めた。しかし赤毛は、俺に回した腕を離そうともせず、顔も俺の胸元にうずめたまま。そして

「や……。もっとぎゅってしてぇ……」

 と甘えた声で訴えかける。その声は少しまだ涙声が混じっていた

 ―その声を聞いて改めて、アイシャはずいぶん今日のことが不安だったんだな、とようやく悟ったのだった。こいつが今日酒なんて飲んじまったのも、実のところただ酒に興味があったというだけではなく、そういった気持ちからの行動だったのかも知れないと思えば合点がいく。甘えるだけ甘えろなどと言ってしまった手前、拒否するわけも行かなかった。俺は再び赤毛の体にそっと腕を回し包み込む。

 本当に小さくて、か細い体だった。

 まったく、こいつの家族や一族は何だってこんなガキをひとり置き去りにして、何処かに行ってしまったのだろう。何時か会った時にゃあ文句の一つも言ってやりたいぐらいだ。

 俺は徐々に怒りのような哀れみのような感情がふつふつと込み上げてきて、自然とアイシャを抱き締める腕に力が籠もった。すると胸元でアイシャは小さく喘ぐ。苦しかったか、と少し力を緩めると、「いいの……。もっと……」と要求してきた。体中でその小さな体を包み込むように背中を丸め、再び腕に力を込めると、ほんの少し、顔と顔の間にある空間にお互いの熱がたまって、ゆっくりと温かさを増していくのだった。

 銀の月の明かりだけの部屋で、その温度と感触が、よりお互いの存在を強調させていく。その間もアイシャは片時も腕にこめたちからを緩めることはない。その様子はまるで嵐の海で振り落とされまいとマストにしがみついている様を思い出した。赤毛は少しだけ体を震わせながら、俺の腕の中ですっかりと固まってしまった。

 好きなだけしがみつけ。嵐が止むまで。

 この広いマルディアスにただ一人、放り出されたところに偶々俺がいただけだったとしても。それが、こいつが船で話をしていた『運命』と呼ばれるものかどうかは分からないが。

 そんなことはどっちだっていい。こうしていると最近、時々思うのだ。

 

 ―もしかすると陸に投げ出された俺にとってこそ、彼女はかがり火なのかもしれないと。

 

 

 

 ずいぶんと長い時間、そうしていたように思う。

 気が付くと、アイシャはすっかり腕の力を緩めていて、胸元からはすうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。

「……やっと眠ったか」

 俺は溜息を一つ、短く吐いた。安堵の溜息だ。そして彼女を起こしてしまわないよう、かなりゆっくりと慎重に、その体をベッドに横たえさせた。幸いアイシャは目覚めること無く、気持ち良さそうな寝息を立て続けていた。

 しかし一つだけ、どうしても気になるものが。

 それは彼女の目から、銀の月を反射させてきらりと光る零れた涙の跡。放っておいても乾くだけだと思いつつも、どうしてもその手で拭わずにはいられなかった。だから指でそっと慎重にそれを拭ってやる。アイシャは一瞬顔をぴくりと動かしたように見えたが、起きずに済んだ。

「じゃあ、明日な」

 小声で囁くように声をかけ、俺は部屋を後にし鍵をかけて男どもの部屋に戻った。

 

 少し離れた部屋にそっと鍵を開けて入ると、ゲラもジャミ公もすっかりと寝てしまっていた。

 あれからどのぐらい時間が経ったのかとふと気になり、部屋に備え付けてある時計を見ると、二時間はゆうに過ぎていて、そんなに長いことあの部屋にいたのかと自分でも少し驚いていた。よく見りゃ少し傾いてた月も天辺にいやがる。俺はおもむろにコートを脱ぎ捨てると、何も考えずさっさとベッドに入って眠りに落ちたのだった。

Last updated 2015/7/26

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