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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

19. Right next door to hell.

「すごーーーいっ!!あれが『カザン』なんだあーーーー!!!」

 接岸の準備に入った船の上で、甲板に立っていると遠くに見える一際巨大に聳える山の輪郭の雄大さに、アイシャは驚き歓声のような声を上げていた。この世界であのような山があるのはあのリガウ島だけなのだから珍しいと言えばそのとおりなのだが。

 やがて下船し、俺たちはリガウ島のジェルトンという街へと降り立った。リガウ島はワロン島と同じく昔は帝国領だったが、領地から外れて独立した島だ。オリエンタルな雰囲気があり、古い町並みにも何やら風流さを感じる街で、居心地は良さそうな鄙びた街並みである。その日はまだ昼前だったのだが、俺たちはそのまま草原へと行くのはやはり危険だということで、この日は情報収集と準備をやることにした。

「草原の恐竜はまぁ、こちらからちょっかい掛けなければ基本大人しくて自ら襲ってはこないんですがね。しかしやはりあいつらは強いし殖え過ぎると危険なんで、高い金を出してでも冒険者の方から卵を採ってきて貰ってるんです」

「あの卵には何か特別な力があるってことで、この島以外でも高値で取引されているようですよ」

 そんな話を方々から聞き、アイシャは「なんだか少し可哀想だね……。赤ちゃん奪っちゃうみたいで」と漏らしていた。それに対しジャミルは「まあだけどさ、島の人も困ってんだからいいんじゃねえの」とあっけらかんと言う。ジャミルのそんな言葉に、「そうだね」アイシャは気を取り直したように答えていたが、あまり気乗りしないような顔色だった。

 そしてひと通りの準備も終わりパブでくつろいでいると、ここでもあのグレイのことが話題に上っていた。この島で話題だった財宝を獲得した奴なのだから当たり前なのかもしれないが。

「今話題の冒険者のグレイってのはなんでも、この島の出身だという話があるんですよ」

 パブのマスターがそう話してくれた。

「ほう。この島には街はここひとつだから、この街に生家でもあるのかい」

 俺は何の気なしに訪ねてみたが、「そこまではわからないんですがね。なんでも幼いころに親を亡くしたとか聞いたことがあります。噂ですけど」と言う。

「けどグレイという名前で通っているけど、あれも本名ではないんだろ。過去に関することは全部噂で憶測でしか無いんだ。この島出身だというのも実に眉唾ものだよ」

 別の男はマスターにそうこぼしていた。

「全く財宝目当てにこんな島にまで来たってのに……恐竜相手はさすがにきついよ」

 そいつは先に財宝を獲得したグレイに対して恨み節を吐きながら酒を煽っている。

「よう、恐竜ってのはそんなに強えのか」

 俺が尋ねてみると「ああー。強えしとにかくしぶといんだよ。倒しても倒しても追いかけてきやがるんだ。隠密スキルと強靭な足を持ってないとまず疲れ果てるだけだね。あのグレイが撤退したくらいなんだから相当なもんさ。最悪な場合は卵を置いて逃げちまえばいいがそんな労力を費やした挙句、無駄足を踏むなんてのはゴメンだしな」と言う。

 足に関しちゃ問題がありそうなのはアイシャぐらいなもんだ。あとはジャミルがしっかりとやってくれるかどうかにかかっているのだが。

「大丈夫だって!!信用してくれよな!!」

 今の話を聞き俺の心配を見透かしたようにジャミ公は俺の肩をポンポンと叩く。ま、ここまで来たら信用するしか無いので「ああ。アテにしてるぜ」とニカリと笑ってやると、何故かジャミルはそんな俺の反応を意外そうにして目をぱちくりと見開いていた。

「マジで信頼してくれんの?」

「当たり前だろ、そのためにお前を連れて来てんだからよ」

 俺が事も無げに言うと、ジャミルは真剣な顔になり、「……まかせとけっ」と胸を張ってみせた。なんだ、今まで信用されてないと思ってたのか?俺は「おう」と言うとジャミ公の頭をぐわしと掴んでやったのだった。

 とにかく今回はこいつの隠密スキルが最も頼りなのだから、仕方のない話だ。話を聞けば恐竜のいる穴ってのは簡単な作りらしいので、とにかく隠れるだけ隠れ、見つかったら逃げまくるしか方法は無いというところだ。俺たちはそういった簡単な作戦会議をし、早めに各々の個室へと引き上げることにした。

 その夜。さてさっさと寝ちまうかと思っていた時、ドアをノックする音が響く。誰だと返事すると、「あの、あたし……」という高い声がした。アイシャだった。

 俺はドアを開け、「何だ、こんな時間に」と告げると、赤毛は今ひとつ落ち着かないような眼差しを俺に向け、「あの……、ちょっといいかな、お話」と細い声を発した。

「まぁ、とにかく入れ」

 とにかく廊下では話し難そうだったので、一旦部屋に招き入れる。アイシャは小さく頷くと素直に入ってきた。

「何だ、話って」

 この部屋は椅子も無いほど簡素な部屋なので、二人共ベッドに座ると、隣の赤毛に促した。

「あのね、あたし、明日、ついて行っても大丈夫なのかなっ、て」

 不安そうな顔を俺に向けずに、正面を向いてまるで独り事のように途切れ途切れの言葉を呟く。

「なんだ、恐竜が怖いと散々聞きまわったせいか、怖気付いちまったか?」

「それもあるけど……。私がいると……足手まといになるんじゃないかって、思って……」

 言いながら、だんだんアイシャの表情が険しくなっていく。こりゃあ間違いなく、雨降り前の暗雲だった。

「お前がそう思って怖気づいていたら、上手く行くものも行かなくなるんだぜ。もっと自分に自信持て」

 そう言いながら、アイシャの背中を叩く。それでも「でも、でも」と不安な面持ちを崩さないアイシャに

「俺が大丈夫だと判断したんだから大丈夫だ。それとも俺が信じられねえのか?」

 と、力強く言い聞かせた。俺のあまりにも自信に満ちた口調にアイシャはやっと少しは不安な気持ちが落ち着いたのか、俺の顔をじっと見つめると間があってからこくりと頷く。

「よし。なら早く休んどけ」

 俺は赤毛の頭を撫でてやる。すると赤毛は少しだけ嬉しそうな顔をして、隣に座る俺に抱きついてきた。

「あたし、頑張るっ」

 赤毛はそう言いながら、顔を上げてにこりと笑った。

「そうだ、その意気だ」

 赤毛は俺のその言葉を聞くと俺を抱き締める力を一層強め、そのまま動こうとしない。しばらくそのままにさせていたが、いくらなんでもずっと動かないので話しかけてみた。

「こら、寝ないのか」

「うん……」

 そう言われて赤毛はハッとしたように俺から体を離すと、エヘヘ、と照れたように笑い「このまま寝ちゃうとこだったー」などと言いやがる。何だ、呑気な奴だ。さっきの不安な顔などまるで嘘のようだった。

「あたしね、こうしてるとすごく安心するからつい……。ごめんなさい」

 そう告げる赤毛の顔は、少しだけ赤く染まっているのが見て取れる。眠いせいなのか目も少し潤んでいてたように思う。そうしてアイシャは立ち上がると「じゃあ寝るね」と言ってゆっくりとドアの方に歩いて行くのだった。

「寝坊すんなよ」と言い俺は赤毛をドアの外に送り出してやった。

「うんっ。お休みなさい!」と元気な顔で彼女が部屋の方に歩いて行くのを見送るが、俺ははたとある違和感を感じたのだった。しかしその違和感の正体がわからなかった。一体なんだか分からないが、アイシャが何時もと違うように感じたが、考えても分からなかったので、諦めて俺もそのまま寝ることにしたのだった。

 

「また甘えちゃった……んもーー」

 アイシャは廊下で、またホークに甘えてしまったことに自己嫌悪してしまった。できるだけ負担にならないようにと思うのに、不安になると彼の顔を見たくなってしまう。甘えてしまいたくなる。今回は、本当に自分の力が不安で、もしかすると付いて行かない方がみんなのためではと思ったのは事実だが、決して甘えに行ったわけじゃないのに。しかし、ホークの力強い言葉を得て、元気と自信が沸いたのは事実だった。

 それに、ジャミルに言われたことのせいで、間近で彼の顔を見ると少しドキドキしてしまう。それも少し恥ずかしかった。思い出すとまた顔が熱くなるのを感じる。

「しっかりしなくっちゃ」

 アイシャはパチパチとほっぺたを軽く叩いて気合を入れた。

 

 そしていよいよ翌朝となった。

「準備はいいな。行くぞ」

 俺の号令に一同頷く。ジャミルは「よっしゃー!」と気合十分である。

 目指す恐竜の巣穴は街の一番近いところにあるのは不幸中の幸いだ。草原に出てみると、問題の恐竜がうろうろとでかい図体で闊歩しているのが見えた。

「あいつかそうか……。でっけえな。話通りだ」

 そいつは結構近づいてもこちらに敵意を示すことはなく、示したとしてもゆっくりと歩いてくる程度だった。草原にはその他のモンスターも居たが数は少なく、難なく巣穴へと入ることができた。巣穴の中は案外狭く、そんな中にあの巨大な体を潜めて暮らしているらしい。穴の中でもちょいと広い踊り場のようなところに、恐竜が何頭か群れを成して何やらうろうろとしているといった風情だ。普通に通る分には動きも鈍く、あまりこれが早く走ってくるとは思えなかった。

 そうしてやがて巣穴の奥深くへとたどり着くと、そこにはジャミルの背丈の半分ほどもあろうかという巨大な卵が鎮座していたのだ。

「これか。持つだけで大変そうだが大丈夫か」

 俺は卵をジャミルに託すと「へへっ、任せとけって」と自信満々の様子でそれを持ち上げた。大きさの割に意外に軽いのだが、大きいというだけでやたら持ちにくいようにも思える。

「いいかい?恐竜の側に来た時だけスキルを発動させるから、俺の後ろについて全速力で走るんだぞ」

 そんな大きなもん抱えてても大丈夫なのかよと問いかけると、今から使うスキルは相手の視界から一時的に消えることの出来るものだから関係ないんだという。そしていよいよ恐竜のいる地点だ。まずは二匹ほどいる奴らの足元をかいくぐった。

「な、ちょろいもんだろ」

 ジャミルは得意気に胸を張る。なるほどこいつは便利な技だな。そして残るもう一つのポイント。こちらはもう少し恐竜の数が多いので注意が必要だったが、ここも難なく通り抜けられそうだった。

 しかし。ここでジャミ公は失態を犯した。なんと、大きな卵を持ち前方不注意だったせいなのか、岩陰から出てきた恐竜に気が付かずぶつかってしまったのだ。もちろん『スキル』があっても、ぶつかってしまえば気付かれてしまう。恐竜が、自分たちの一族の子供を奪おうとする侵入者を許すはずもなかった。

「やっべえ、早く逃げろ!こいつらが追ってくれないとこまで!!」

 大きな図体である奴らは、細い道へ入れば追っては来れない。だから目の前の細道へ入ってしまえば助かるというのだが、足に自信がない赤毛が、取り残されそうになるのを真っ先に懸念した。それはジャミ公も同じだったようで

「おっさん!卵捨てようぜ、このままじゃアイシャが」

しかし俺は「いいや、卵は死守しろ、いいな」とジャミル告げた。

 案の定、アイシャは恐竜の追撃に遭い、攻撃を受けそうになっていたが、うまいこと岩の隙間に隠れて難を逃れていた。しかしあの場所にいては攻撃もできなければその場から動くこともままならない。

「ここよ、恐竜さん!」

 背後から声が聞こえた。クローディアが弓を構え、恐竜の足元に向けて矢を放った。『影縫い』だ。あれで敵の足を維一時的的だが止めていた。一瞬奴が怯んだ隙に、アイシャは岩場から素早く退避する。しかし、その足止めは長く続かない。アイシャが飛び出すも恐竜に追いつかれ、巨大な前足に掠ってしまった。

「きゃああ!」

 アイシャの悲鳴が狭い洞窟に響く。俺は仕方ねえ、倒すしか無いと武器を抜いたが、ひと足早く俺の横をジャミ公が飛び出した。

「……っのヤロー!!」

 ジャミ公の気合の声が響くと、恐竜のやつはジャミ公に切り裂かれた衝撃で動きを固めた。その隙にアイシャはこちらへと走ってくる。その間際手斧を振りかざし、恐竜の踵に向かって一撃を加えて更に動きを鈍らせていた。

「やるじゃん!」

 ジャミルはアイシャにそう声をかける。「早く逃げましょう!」というゲラ=ハの声に従いその場を退却しようとしたのだが。クローディアが、いない。素早く洞窟内に目を凝らすと、彼女は恐竜のあちらがわにいた。恐竜に阻まれて出口に来られないのだ。

「私のことはいいからみんな、卵を持ってお逃げなさい!」

 確かにクローディアはそう叫んだ。

「……いいわけないだろう、くそったれ!」

 まさか女一人をこんなところへ置いていくわけにも行かず、彼女がいくら弓矢の手だれでも弓矢一つでこの巨大な生物を倒せるとも思えなかった。

「バカなこと言ってねぇで早くこっちに来い!」

 俺は叫んだ。しかし

「彼らは卵を追いかけているのだからあなた達が逃げれば私は一人でもどうにでもなるの!だから早く!」

 と聞く耳を持ちやしない。

「仲間を置いて逃げるわけには行きませんよ!」

 ゲラもそう言うと飛び出し、愛用のスピアでなんとか恐竜の足留めを成功させると

「早く来なさい!来るんです!!」

 と、珍しく怒気をはらんだ声でクローディアの元へと助けるため走り寄っていった。

 そしてアイシャも、ジャミ公も、そして俺も何とか巨大な敵の足留めに尽力しているうちに、ゲラとクローディアが出口へとダッシュするのが見えたので、一同顔を見合わせると頷いて、なんとか恐竜の奴の通れない狭い道まで全速力で駆けていった。

「よしあと少しだ、がんばれよ」

 息を整えると出口へと向かってゆっくりと歩く。もう此処から先は奴らは居ないのはわかっていたが、依然緊張感が一同を支配していた。特にジャミ公ときたら、こいつにしては珍しく神妙な面持ちをひとたびとも崩しはしない。さっきのヘマのことを気にしているのだろうか。

 やがて巣穴の出口へたどり着いた。巣穴の周囲に恐竜がうろついていないか確認すると、そのまま俺たちはダッシュでジェルトンの町へと戻っていったのだった。町の門をくぐると、ジャミ公とアイシャは疲れなのか、あるいは緊張から開放されたせいかその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

「おいおい、せっかくの卵割っちまうんじゃねえぞ」

 俺はそんなジャミルと赤毛に両手を差し出し、いっぺんに立たせてやると、ニヤリと笑う。赤毛もつられるようにエヘヘ、と少し恥ずかしそうに笑う。そしてジャミ公は

「……まっ、俺のお陰で首尾は上々だな!」

 と強がりと一言でわかるような声色でそんなことを言うもんだから俺は少しおかしかったが、ああ、そうだな。と言って労ってやったのだった。

Last updated 2015/7/15

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