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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

18. Eye of the Tiger.

 暫くするとジャミルもホークもほぼ同時に戻ってきたのがわかったのだが、アイシャは寝たフリをしてやり過ごすことにした。

「全く、てめえを仲間にしたら途端に騒がしいことばかりだぜ」

 ホークの少し苛ついたような声が船室に響く。もちろん寝ている者がいるので小さな声だが、そんな声でも彼の低い声はよく響くのだ。そうだそうだ、とアイシャは心の中で同意する。しかしジャミルは

「でも俺さぁ、暗い雰囲気とか静かなのとか苦手だからついふざけちゃうんだよなー」

 と悪びれもせずに言ってのける。

「ふざけすぎてすっかりアイシャに嫌われてるだろお前は。ちったあ自重しやがれ。仲間同士が仲違いするのは迷惑だぜ」

「へいへい!わっかりやした~」

 ジャミルはこれ以上説教は聞きたくないとばかりに布団をかぶってベッドへ潜ってしまったようだ。ホークは立ち上がりコートを脱ぐ。彼は背が高いので、顔の高さより下に二段ベッドの上の床板が来るのだが、ちらりとアイシャのベッドを見て、顔まですっぽりと毛布をかぶって寝ているアイシャを確かめてからフッと一息つくと、自分もベッドへ這入った。アイシャは何故かその毛布越しの仕草にも心臓が爆発しそうなほど高鳴って、鎮めるまでに大変だった。

 

 (仲間……か。)

 毛布の中でジャミルは仲間というその響きに対して、一種の違和感のようなもの感じていた。というのもジャミルというのは、生まれてこの方相棒のダウド以外とは特に他人と組んだりした試しがないので、仲間だとか言われてもあまりピンと来なかったのだ。

 ま、どうせ今回だけのことだろうしいいけどな。アイシャはかわいいしからかい甲斐があるから別れるのが少し惜しい気もするけど。などと思いながらジャミルは眠りに落ちていたのだった。

 

 

 翌日。

 まだ丸二日は船の上だということで俺などはのんびりとしていたのだが、やはりアイシャの様子が少しおかしいように思う。俺のことを見ると挙動不審になったり、もじもじしたりと、一体何なんだと聞きたいが、なんとなく聞けないでいた。尋ねたところで本音は多分言わないような気がしたからだ。

 なんだかこの前から船に乗る度によそよそしくなることが起こるような気がするのだが、まあそれは置いておくことにしても、今回の元凶は絶対にあのジャミ公だ。船の上で暇だしやっぱりアイシャに何を言いやがったのかをゲロさせてやろうと思いあいつの姿を探していた。

 

 アイシャはと言うと、いつまでもジャミルの言葉に気を取られていても仕方ないと、考えを切り替えることにしたようだ。そんなの考えていたって仕方がないし、少しでも皆の役に立つことを覚えなくては。でも船の上でできることなんてあまりないし……などと考えながら甲板に出ると、相変わらず海鳥と戯れているクローディアの姿があった。

 そういえばクローディアさんはとても動きも機敏で状況判断が的確で、しかも弓矢の名手だ。七つほど年上だけど、同じ女性だし一体どんな訓練をしたんだろうと聞いてみようと思い至った。

「あの、クローディアさん」

 アイシャが話しかけると、クローディアの回りにいた海鳥たちは一斉に飛び立った。彼女はこちらを向くと、「なあに」と相変わらず素っ気ないとも言えるトーンで答えるのだが、別に怒っている様子はないように思えた。

「クローディアさんって、結構戦い慣れている感じがするよね。どうやったらそんなふうになれるのかな」

 唐突にそんな質問をされてクローディアは首を傾げていたが、

「私は幼い頃から育ててくれた魔女のオウルに、いざとなったら一人でも困らないようにといろいろなことを訓練されてきたの。戦いは嫌いだけど、身を守ったりするときには多少は必要だから、オウルの出す『宿題』を必死に訓練したわ」

「どんな訓練をしたの?」

 興味津々でアイシャが尋ねる。

「例えば、弓の引き方からだけど、狙いにブレがないように腕や足を鍛える訓練をいやというほどさせられたわ。広大な森を毎日走ったりだとか……。普段は使わないけど、体術の基礎や、斧で薪を割ったりなんていう訓練で体幹を鍛えさせられたりとたくさんやったわ。それを十年間くらいかしら……」

「へええええ……」

 よく見るとクローディアの手足は細いながらもしなやかでしっかりとした筋肉が備わっているのがわかる。

「体術も、使えるの?」

「ええ、少しなら。だけど普段はあまり使うことはないわ」

 ちょっとずつだが、クローディアは丁寧に話してくれた。

「やっぱりたくさん練習したの?どうやって練習したの?」

「たくさんかどうかはよくわからないけれど、森には信頼できる練習相手がいたから長い時間でも苦もなくやれたわ」

 練習相手?だけどおばあさん相手ではムリだろうし、クローディアさんはその人以外とは人と話したことがないというようなことをグレイが言っていたような気がするのだけど。

「その練習相手ってどんな人なの?」

 アイシャは不思議に思い、尋ねてみた。すると帰ってきた答えは予想をはるかに上回っていた。

「人ではないわ。ヒグマよ。プラウというの。走る時は狼のシルベンを競争相手にしていたわ」

「ええええええええええ、く、熊なの!?怖くないの!?」

 アイシャは驚いて思わず大きな声をあげていた。熊といえばモンスターではないとしても地上では最も力が強く凶暴で恐ろしいと言われるたぐいの動物なのである。そのぐらいの知識はアイシャにだってあった。

「怖くはないわ。小さな頃から友達ですもの。もちろん、私やオウル以外の人間に対しては保証は無いけれど……」

 アイシャはなんとなく、クローディアの強さの秘密がわかったような気がした。彼女の比較対象は人間なんかではなく、熊などの野生動物なのだ。

「すっ、すごいなあ……」

「すごいことはないわ。私にとっては普通よ」

 いつものようにさらりとした顔をして、クローディアは言う。

「皆、たくさん苦労してきてるんだね……」

 今まで安穏と生きてきた自分がなんだか恥ずかしく思えた。

「別に苦労などと思ったことはないわ。それが当たり前だったから」

 クローディアは事も無げに言う。アイシャなどは、小さな頃から一応狩りの訓練などに付き合わされることはあっても、本格的に鍛えられるということは殆どなかった。族長の孫なのに、いや、だからこそだろうか、ずいぶん甘やかされて育ってきたと思う。突然世界に一人で置いて行かれて、その不便さ、物の知らなさに悔しさすら感じることが多々あった。

「あたしは何もできないから、クローディアさんみたいに強くなりたいよ……」

 悔しさのあまり、また涙が出そうになる。ジャミルにもホークさんにもよく泣く奴だと言われたのでそれだって悔しくて、なんとか堪えようとするのだが、それも追いつかず、気がつけばおいおいと泣いてしまう始末だった。なんであたしはこんなに泣き虫なんだろう。自分でも本当に嫌になる。

「どうして泣くの?アイシャはちっとも弱くなんて無いのに」

 クローディアは表情ひとつ変えず、さめざめと泣くアイシャの顔を覗きこむと零れるしずくを手で拭ってくれたのだった。

 アイシャは驚き、ごめんなさい、と小さな声で呟く。

「私、あなたぐらいの頃、オウルに戦うことの練習をさせられることが嫌であなたのように泣いてしまったことがあるの。だけどアイシャは違うわ。強くなりたいって思って泣けるのなら、きっと今より強くなることが出来ると思うの」

「そう、かな……。だけどクローディアさんは戦うのが嫌いなのにどうしてそんなに強くなれたの?」

 アイシャはずっと涙を拭いてくれているクローディアを不思議そうに見つめていた。クローディアは普段はとても無口だし感情を表に出すことはないのに、こうやって自分を慰めてくれることが不思議で仕方なかったのだ。

「オウルがこうやってね、泣く私の涙を拭いてくれながら言ってくれたの。『お前が今懸命に覚える技術は敵を倒し殺す為ではなく、自分と自分の大切な者たちを守るための力なのだよ。』って。だから私、それならいくらでも強くなろうと思ったのよ」

 船の甲板でこのような話をしていたものだから、他の乗客がこちらをチラチラと見ていることにアイシャははたと気づいた。別に他人に聞かれてはならない話ではないけれど、たくさん涙を流して泣いてしまった自分がなんだか恥ずかしくて、船室に戻ってもっと話したいと申し出ようとした。しかしクローディアは続けた。

「アイシャは、誰を守りたいの?」と。

 アイシャは涙を拭いて、

「できれば、あたしの周りの人の皆を守りたい。おじいちゃんも、村のみんなも、ホークさんやゲラちゃんも。今までは守られてばかりだったから。今は守ってくれるけど、もし何時か危険な事になった時は、ちゃんと助けられるようになりたい」

 と答えた。涙声だが、それは以前から思っていたことだったからはっきりとした口調で言うことができた。

「その気持ちがあれば、きっと大丈夫」

 クローディアはフッと笑いかけてくれた。以前にも感じたが、この人の笑顔はとても美しくて、人を安心させるのだ。ホークの笑顔も大好きだし安心させてくれるけど、クローディアの笑顔と言うのは、不思議とアイシャの心に静けさとホークのそれとは違う安らぎを与えてくれるようだった。

「……クローディアさんは誰を守りたいの?」

 アイシャは気になり、尋ねていた。

「私は年老いたオウルと、あの森の全てよ。そのためなら私はどんなことでもできるわ」

 珍しく強い口調で、彼女は毅然と発したのだった。

「ありがとう」

 そう発したのはクローディアだった。

「え?」アイシャはその言葉にすごく驚いた。礼を述べるのは色々なことを話してくれ元気づけてくれたあたしの方なのにと。

「あなたはとても素直な人だから、話しやすくて助かっているわ。私、人と接するのが苦手だから……」

「そんなこと」アイシャは照れたようにエヘヘと微笑った。

「私、ずっと森の中で暮らしていて、ずっとこのまま出て行くことなんて無いと思っていたから、突然オウルに世界を見てこいと言われて本当はすごく不安だったの。だけどあなたと出会えて良かったと思うわ」

 彼女は最初、一人でも構わないと言っていたのに。それは人が苦手だからそれよりは一人のほうがマシだと思ったからだろうか。

「グレイって人とは、気が合わなかったの?」

 あたしも多分、気が合わないと思うけど、と心の中で付け足した。

「グレイは、多分根は優しい人だと思うの……。だけどあの人は、私以上に人に心を閉ざしていて、側で見ていてとても辛かったわ。私が側にいないほうがいいんじゃないかと思ったから、黙って彼の提案に乗ったの」

 そんな予想外の答えにアイシャは驚いていた。あの人が根は優しい?確かにグレイとは丸一日ぐらいしか一緒にい居なかったから分からない部分も多々あると思うけど……。

「あたしで役に立つことがあるなら、何でもするよっ」

 ニコリと微笑ってアイシャは彼女の手を取った。彼女はその言葉を聞くと、嬉しそうにただ微笑みを返してくれたのだった。

 

 

 あの野郎、どこに行きやがったんだ。俺は船をくまなく探していたがどこにもいなく、どうも俺から逃げて回っているらしかった。

「ったくよお」

 面倒くさくなり甲板のベンチにどかっと座ると、反対側のベンチでアイシャとクローディアが何やら話をしているのが見えた。するとアイシャもこちらに気づいたようで目が合うと

「あ、ホークさん!」と言って笑顔で駆け寄ってくるではないか。さっきまでの態度が嘘のように。

「あたし喉かわいちゃったよおー!一緒に食堂行こっ!」と俺の腕にその細い腕を絡めてくる。俺はその態度の変化に戸惑ったが、「話は、もういいのか?」とクローディアに目を向けると、アイシャは「ねぇ、クローディアさんも一緒に行こっ」と笑顔で呼びかける。だが彼女は

「私はもう少しここで鳥達と話をしているからいいわ」という答だった。

「そう、じゃあまた後でね!」アイシャはにこにことしてクローディアに手を振った。なんだか気が合うようじゃねえか。こちらは問題がないようでホッとする。

「何を話してたんだ?」と俺が何気なく赤毛に尋ねた。すると赤毛は「えへへ。内緒だよー」と意味ありげににかりと微笑った。なんだあそりゃと思ったが、女同士の話になど口を挟んでも恐らく碌な事などないと思い至り、それ以上聞くのをやめた。何より赤毛の機嫌が治ったのならそれでいいと思ったからだ。

「あ、あとね」とアイシャが俺を見上げた。「ん?」と顔を向けると赤毛は、

「私ね、ホークさんのこと大好きだよっ」と唐突に言うのだ。

 ―だからもっともっと強くなりたい、と彼女は心の中で付け足した。

 だが俺にそんなことがわかるわけがなく、何を突然言い出すんだと狼狽えたが、だからといってその腕を振りほどくこともできずに、俺の右腕は赤毛のされるがままになっていたのだった。

 

 今は余計な事を考えて心配するより、もっと強くなって、もっとおとなになって、少しでも彼に近付けるようになろう。役に立てるようになろう。守れるようになろう。それ以上のことは、そうなってから考えよう。アイシャは心の中で改めてそう誓っていた。

 

 一方ジャミルは、ホークにまた問い詰められるのを嫌って船の中を案の定ネズミのように逃げまわっていたのだが、一応これで収束したかな、と顔を出す。

 (それにしたって。俺の目から見てみれば、俺とファラなんかよりかはよっぽど立派に恋人同士に見えるぜあの二人。)

 ジャミルは腕を絡ませて歩く二人の後ろ姿を見て思わずくくくっと笑ってしまうのだった。

Last updated 2015/7/15

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