Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-
16. これで自由になったのだ
「あ、あ、あなた、本当にあの、キャプテン・ホークさん……?」
「……」
ジャンは俺にゆっくりとにじり寄る。くそ、どうしてくれようか。そう思った次の瞬間、ジャンのやつは満面の笑みを浮かべた。
「俺っ、俺あなたの大ファンなんです!握手してもらっていいっすか!!?」
「ハァ!?」
俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。少しして漸くわかり
「……お前、バファル軍の人間なんだろ?!」
俺は呆れながらそんなことを確認していた。しかし
「ああでも俺は近衛兵ですから。海軍だったらまぁちょっとヤバイッスけど、俺関係無いですし!」
と、きたもんだ。
「そういう問題なのか!?」
俺は本気かよこいつと思ったが
「いやー、ホークさんならクローディアさん任せても大丈夫ですね!何で早く言わないんだよ!グレイ!!」
「予想以上だ……」
グレイはクックと悪魔のような顔して微笑っている。
「いや俺は海賊だぞ、何で安心なんだよ、おかしいだろ。自分で言うのも何だが海賊なんかに女を預けて安心って、そんなわけ無いだろう」
「いやー、パイレーツコーストで仲間をうちに売って追放された挙句死んだって聞いたけど、全部デタラメだったんですねえー。というか、うちに仲間を売ったなんていう時点で、海軍の奴らもほとんど信じてなかったっすもんねー。良かったあー生きててー!」
「この野郎ども、人の話を聞け」
なんだか命は助かりそうだが、こいつらの勝手さに辟易していた俺は苛立ちを隠そうともしなかった。
「まあそういうわけだ。ジャンがあんたのことを海軍には内密にする代わりに、クローディアのガイドをしてくれたらいい」
そういうわけかよ。最初からこいつ、俺たちに依頼を押し付ける気で声をかけたのか?そこまでは勘ぐり過ぎだろうか。
「何で俺なんだ、さっきも言ったが俺は」
「今からリガウ島にでも行くのだろ、旅のお供に連れてってくれればいいんだ。バファルを離れるならなおのこと都合はいい。なあ?そうだろう、ジャン」
ジャンはそのようなことを言われて「なんでそれを」と言う口の形をしたのだが、それをやめるとハァと息を吐き、
「参ったよ、お前の洞察力は相変わらずだなぁ。ま、そういうことです。クローディアさんは色んな世界のあちこちを見てもらっほうがいいと思うし、どうですか、改めて私からもお願いします、ホークさん」
と、俺の方に頭を下げてきたのだ。
「……しかし当の本人はどうなんだ。俺たちとなんて行く気あんのか」
俺がそう言うと、アイシャが言葉を発した。
「クローディアさん、あたしたちと一緒に行ってもいいって」
「おい……マジかよ」
俺はいつの間にかあちらで話がついていことに気が付かなかった。そうこうしているとジャンは
「そういやグレイよ、依頼を途中で降りるのなら依頼料の一千金は返せよ」
と言い出した。しかしグレイは涼しい顔をしながら
「五百はホークに渡した。残りの五百は数日のガイド料と彼らの紹介料として頂いておく」と述べる。
「あーん?!ちゃっかりしてるぜ。全く!」
ジャンは肩をすくめ、呆れ果てたような顔をして元同僚の男を見つめていた。
「アイシャ、ゲラ。いいのか?」
俺は一応、二人にも意見を聞くことにした。アイシャは意外にもニコニコとしていて
「うん!あたしはいいよ」
と賛成の様子だった。ゲラはといえば
「私はキャプテンに従います」
とのことで、異議を唱えるものは幸か不幸かいないようだった。
「ま……しゃあねえなあ。ま、旅は道連れだ。よろしく頼むぜ」
「よろしく……」
クローディアは相変わらず表情一つ変えずにそっと手を出した。こういう静かすぎる女、ちょっと苦手なんだけどなあ。
「そうだ、お前たち。リガウ島に行くのなら今回の礼がわりに一つ教えといてやる」
グレイが唐突に声を発した。
「と言うかなんで俺たちがリガウ島に行くの知ってんだ」
俺が素朴な疑問を投げると
「あんたのような素性の人間がここに来る理由なんてひとつしかなかろう。ここからしか出ていない船、つまりリガウ島に行くためだ。さしずめ今話題の草原の財宝にチャレンジする気なんだろうが、あれはもう俺がこの前いただいてきた。大した宝じゃなくて心底がっかりしたがな」
「なんだと!?」
俺はその言葉を聞いて愕然とした。財宝がねえんじゃこんな帝国くんだりまで来た意味ねえじゃねえか。
「まあ慌てるな。確かにあの島の財宝だと言われるものは取ったが、あの島では本当の『お宝』は別にある。それは草原に棲む恐竜の卵だ。あれはかなりの高値で取引されていてな。俺は連れていた奴らが頼りなかったため今回は諦めた。卵を持ってると母親の恐竜が死に物狂いで追いかけてきてあっという間になぎ倒されるからだ。昨晩の奴らなんてゴミだと思えるほどそいつらは強い。尤もその恐竜に見つからなければ大丈夫だ。かなり隠密行動に長けている奴が居ればうまくいくとは思うが、どうするかは自分たちで決めろ」
俺たちは宮殿を出てパブにいた。遅い朝食を摂るためだ。
昨晩の奴らがゴミだと言わしめるほど強いのに追いかけられる危険を犯すのは今はあまり得策とは思えない。
「あー、あてが外れちまったな。まぁ、いい小金稼ぎはできたけどよ……」
クローディアにも尋ねたが、隠密スキルは持ち合わせていないという。オレもそうだしゲラや、もちろんアイシャもそうだ。
「これは彼のことでしょうか」
今朝発行の『メルビル・ザ・サン』紙を読んでいたゲラが、気になる記事を見つけたらしく、俺に渡した。その新聞には
『今話題のリガウ鳥の財宝、またまたあのマルディアスアドベンチュラーランキング総合一位のグレイ氏一行が獲得!』とデカデカと載っていた。チッ、今朝の新聞に出たということはほぼ入れ代わりだということか。
「あいつは有名な奴なのか」
クローディアになんとなく話を振ってみたが、彼女はさぁ……、と言って頭を左右に振るばかり。更にこんな特集記事があった。
『あのマルディアス・ガイド誌発行人にしてワールドアドベンチュラーランキング創設者である吟遊詩人氏に聞く"グレイ氏とは"―彼はここ三年ほどポッと出から突然メキメキと腕を上げてきました。昨年ほどから『腕の立つ冒険者』『冒険者高額賞金ランキング』『仲間にしたい冒険者』『女性に聞くハンサムな冒険者アンケート』などのランキングを総なめし、その実力はまだまだ上がり続けている。今最も注目の冒険者ですね。今後も期待しています』だと。
「へー。でもあたしあの人苦手だなあー。仲間にいても冷たいしハンサムとか思わないやー。第一髪の毛のせいで顔あんまりわかんない」
少し憮然とした顔でそんなことを漏らしている。とにかくどうするかと決めあぐねていると、突然アイシャの目の前に、一人の男が顔をのぞかせた。背後からいつの間にか近づき、アイシャの顔をひょいと覗きこんだのだ。
「あー、やっぱりアイシャか!!ようっ、久しぶり!!」
「ひゃあっ!!!びっくりしたあーー!!……えっと……」
アイシャは突然顔を至近距離から覗きこまれたことに驚いて、椅子から転げ落ちそうになっていた。しかし、いきなりあいさつしてきたこの男を思いだせないようだった。
「あーんお前……南エスタミルのファラんとこにいた、ジャミルか?」
「よっ、おっさんも!!まだアイシャと一緒に旅してたんだ?」
誰がおっさんだコラ。
「あっ!ウハンジのとこで女の子の恰好してた人かぁっ!」
「ちょっ、人を変態みたいに言うのやめてくれる!?」
ジャミルは苦笑いしてアイシャの言い分に抗議した。
「ごめんなさい、それしか印象になかったから……」
アイシャも悪いと思ったのか素直に謝ったが、その言葉は更にジャミルに追い打ちをかけたようで
「勘弁してくれよ!」
とジャミルは本当に嫌そうに叫んでいた。
「でもどうしてまだおっさんと一緒にいるんだ?あれからだいぶ経つと思うんだけど、故郷に帰らなくてもいいのか? 」
だから誰がおっさんだコラ。
「色々事情があって、家に帰れなくなっちゃったの……。でもジャミルこそなんでこんなトコに?」
「俺?俺はまあ、あの件があってちょいと南エスタミルに居づらくなっただろ、だからこれを機に世界中のお宝を狙ってやろうと思ってさ!リガウ島に財宝があるって言うからここの船に乗ろうと思ってきたんだ!」
意気揚々と語るジャミ公に、俺はニヤリと笑って先ほどの新聞を放る。
「残念だったなジャミ公。そいつはもう先を越されちまったようだ」
ジャミルは新聞に目を通すと「嘘だろーーーーー!」と大袈裟に絶叫した。
「こんな所まで来たってのに!!どうすりゃいいんだ!」
手で目元を覆って天を仰いでいる。よほど悔しかったに違いない。
ん、待てよ。こいつ確か、シーフだと言ってたな。
「お前よ、隠密スキル持ってるか」
俺が問うと
「ああん?俺はプロのシーフなんだから当たり前じゃんかよ。だから何だよ」
それを聞いて、俺と顔を見合わせた相棒は大きく頷いた。
「よしお前、一緒にリガウ島に来い。話題の財宝なんてのよりもっとカネになる話があるそうだぞ」
「マジか!?もちろん行く行く!!」
ジャミルは詳しいことなんぞ何も聞かずにいきなり二つ返事で快諾してきたので
「結構危険らしいが」
と一応念を押した。しかしジャミルは怯むことなく、「大丈夫だろ!ダメそうならそこで考えりゃいいさ!」と笑っていた。呑気なやつだと思いもしたが、そういう奴は嫌いじゃない。
「てなわけでよろしくな!ゲラ=ハもアイシャも紹介はいらないと思うけど、こっちの美人さんは初めてだな」
ジャミルはクローディアの顔をまじまじと見つめ、その美しさにしばし見とれているようだった。
「私は……クローディアよ」
「へぇー、俺はジャミル!よろしくなクローディア!!ちなみにいくつ?あ、年齢聞いたら失礼かな」
「二十二歳だけれど……」
「なんだ俺と同い年じゃんか!親しみ湧くなあ」
「……別に」
クローディアはいやにテンションの高いジャミルをよそに相変わらず冷めた目をしていたが、自分と同い年の人間を初めて目の当たりにした興味は少しだけあるようだった。
「普通の二十二歳って、こういうものなのかしら……」そう独り事のように呟く彼女に「あいつは特別騒がしいんだろ」と俺は言っておいた。
そうと決まれば善は急げとばかりに、俺たちはまだ船便があるうちにリガウ島に行くことにした。その前にあの宿屋にちゃんと娘が帰っているか確かめたいとアイシャが言うので、礼金をもらいに寄ることにした。すると父親が出てきて、
「ありがとうございます!娘が帰ってきました!!これからはもっとたくさん相手をしてあげるつもりです」
と言い、六百金の礼金をくれたのだった。ただ
「あ、さっきグレイという人が来ましてね。五分の二は俺の取り分だと言って持って行っちゃいましたが。娘に聞いたら確かに彼もいたといいますし」
とのことだった。
「あんの野郎……」
クローディアのことを押し付けたくせに報酬は彼女の分もいただきなのかよ。抜け目のねえ性格していやがるぜ。今考えてみりゃ参加メンバーで割ったら本来五分の四はこっちだろう。だがあいつの姿は見かけねえし、そんなこまけえことをいちいち言うのも面倒くせえなと考えていると
「やあ、ホークさん。リガウ島には行かれるんですか?やっぱやめるんですか?」
メルビル警備隊の詰め所から出てきたジャンが俺に話しかけてきた。
「リガウ島に行くつもりだ。そういやグレイのやつはどこ行った」
やっぱりあの野郎がいたら一言言わにゃあ気が済まねえから一応聞いてみることにする。
「あいつならローザリアに用があると言ってました。もうここを出てブルエーレの方に向かったみたいですよ」
チッ、あの野郎。さっさととんずらしやがったか。
「クローディアさん、またメルビルにいらっしゃった際にはいつでも宮殿に遊びに来てくださいね!待っていますから!くれぐれも道中お気をつけて」
ジャンは笑顔で、クローディアに手を差し出した。
「ええ。ありがとう……ジャン」
相変わらずクローディアのテンションは低いが、差し出されたジャンの手にそっと握手を交わす。その時のジャンのいやにデレデレとしたにやけ顔が印象的だった。
「図書館へはリガウ島の帰りに寄ることにしよう。今はこっちを優先だ。また誰かに先越されちゃたまらねえ。いいな?」
俺は一応アイシャに確認を取る。赤毛は「うん、わかった」と素直な返事。
「何だ図書館って?」
ジャミ公が口を挟むので簡単に説明してやると「なるほどねー。けど俺本とか苦手だからパスだなー」とか言いやがる。まあこいつとはリガウ島だけの付き合いになるかもしれねえし、構わねえが。
いよいよリガウ島への船に乗り込む。
今日も風は穏やかで、海は静か凪いでいる。この調子なら予定通りに島には着くなと考えていた。しかし昨夜の寝不足がたたってか少しばかりの睡魔に襲われた。
「ちょっくら寝ておくか」
俺は船室へと向かおうと踵を返すと少し離れたところにクローディアがいた。海を不思議そうな面持ちで眺めている。
「海を見るのは初めてか?」
何気なく後ろから話しかけてみると、彼女はええ、と静かに返答するも、それ以上の言葉が返ってくることはなかった。俺はやれやれと肩をすくめるとその場を立ち去ろうとした。すると一羽の海鳥がクローディアの周りを執拗に飛び回っているのが見えた。気のせいだろうか、と思ったが、明らかにクローディアはその鳥に向かい話をしているかのような態度に見えるのだ。海鳥の方も明らかにクローディアに対し意識をして周りを飛んでいた。あいつ動物と話せるのか?まさかな、などと怪訝に思いながらも、睡魔には勝つことができずに船室へと歩みを進めたのだった。
今回は船が小さめなのと、また個別の部屋が満室で大部屋しか取れなかったため五人一緒の部屋となってしまった。二段ベッドが三台置いてある部屋だ。クローディアにも確認した所、それでいいとの答だった。
船室へ行くとゲラが座って壁を背にしながらウトウトと眠っているようだった。無理もない、こいつも相当寝不足で術を連発していたのだから疲れただろう。
赤毛はというと、この船室にある二段ベッドの上の段で寝ているようだ。丁度顔より下の高さにある上の段のベッドにアイシャの足がちらりと見えた。なので俺はその下の段へ陣取り眠ることにしたのだった。
「おーいおっさん、起きろよー。飯食うぞー」
ジャミ公の声だ。だから誰に向かっておっさんとか言ってんだこのクソガキが。などと思いつつも、おっさん呼ばわりというよりはその声のデカさの方に苛立ってしまった。
「分かった分かった起きるわ。でけえ声出すなよ、耳障りだ」
俺がムクリと起きるのを見るや否や、ジャミ公ははしごを二、三段登りアイシャの方を起こしにかかる。
「おーいアイシャー、腹減ってねえのかー?起きろよー!おいおーい」
「うーん……もうっ……うるっさああああい!!!」
アイシャもジャミ公のけたたましい声が相当耳障りだったらしく、 毛布を頭からかぶってしまったらしい。
「なんだよー起こしに来てやったのにさ!ほれほれ起きろ起きろ!!」
ジャミ公はうるさがられた腹いせなのか知らないが、いつの間にかアイシャのベッドの上に飛び乗ったかと思うと毛布の上からアイシャを直接揺さぶりかけたのだった。
「ひゃはははは!!!ちょっとくすぐった……きゃははははは!!やめてよっうひゃひゃ!!!」
頭上からドスンバタンと二人が暴れやがるもんだからうるさくてかなわねえ。
「おいおいおいおいおいおてめえいい加減にしやがれッ!うるせえんだよ!!」
と言うか何やってんだ??立ち上がり上の段のベッドを見ると、ジャミ公の野郎はなんとアイシャに馬乗りになり、くすぐっていやがったのだ。
「もうッいい加減にして!!!」
「ごぼぉ!」
寝起きにくすぐり攻撃になど遭うとは思わなかったアイシャは相当頭にきたのか、上体を起こすと恐らく何も考えず、パンチを一発繰り出していた。それはジャミ公の左の頬にクリーンヒットし、奴はベッドから落っこちてしまった。
「うわあああああぁぁあっ……!っと!!!」
完全に落っこちる前に足をベッドの柵に引っ掛けたので直接落下は免れたが、俺は同情する気はなかった。
「いーいパンチだアイシャ。お前体術の素質あるのかもな」
拍手しながらアイシャの健闘を称えてやる。
「えー、そうー?えへへ!」
ベッドから落としてしまったことはさすがに悪いと思っていた様子のアイシャだったが、俺に褒められたせいかそのことはすっかり吹き飛んだらしい。
「お腹すいたー。ご飯食べに行こっと」
ケロリとして赤毛はさっさと部屋から出て行ってしまった。ジャミルはベッドから何とか飛び降りると
「あーひどい目に遭ったぜ!」
と拳を入れられた左の頬を擦る。心なしか少し腫れていた。ヒットする瞬間にスウェーで避けようとしたのを見たが、間に合わなかったらしい。ざまあねえ。
「お前よお。なんつーか限度みたいなもん知らねーのか。一応女だぞ」
俺は呆れ、ジャミ公に釘を刺す。しかしこいつもあっけらかんとしたもんで
「女ったってまだ十五とかだし大丈夫だろー?あれくらい。オレもファラがあんぐらいの時によくしてやったよ。なつかしいなあー」
などとぬかしやがる。
「アホか、ファラはお前の女だろ」
「えっ、ち、違うぜ?ファラはただの幼なじみで妹みたいなモン!」
一瞬顔に焦りのような色が見えたが、すぐに普段のツラに戻りやがった。イロじゃないにしろ気心知れた幼なじみの女と、最近顔見知りになったばかりの女とが同列なのか?こいつは。
……こいつを連れてきたのはもしかして失敗だったかも知れねえ、と俺は少しだけ後悔した。
Last updated 2015/6/30