Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-
15. 焦燥と安穏
俺たちはその黒ローブが入った扉にこっそりと入り、柱の影に身を潜めた。幸い奴らは何かの儀式に夢中で、俺たちが入ったことに気がついていない様子。怪しげな祭壇を取り囲み、五人ほどのローブをまとった人間たちが禍々しい雰囲気と呪詛の言葉を練り上げていた。
その言葉は正に、邪神サルーインへの祈りの言葉だった。娘を生贄に捧げるので力を与えろだと?
「色んな神に祈る奴を見てきたが、サルーインに祈る奴が本当にいるとはたまげたな」
俺が小声で吐き捨てると
「そんなものに祈って何かがどうかなるとでも思っているのか、莫迦な奴らだ」
グレイは心底莫迦にしたような顔をしてそう呟いていた。そして奴らが娘の体にナイフを突き立てようとしていたその時
「やめろ」
グレイが柱の陰から飛び出した。俺たちもそれに続く。黒いローブの連中はそのことに少し驚いた様子も見えた。しかし
「何だ貴様らは。まぁいい、お前らからサルーイン様に捧げてやろう」
ローブの男どもは、怯むこと無く俺たちへと戦いを挑んできたのだった。
奴らはその姿から想像されるとおり、邪な術を操るようだ。
「人の命を何だと思っているの、許さない」
静かに怒りに満ちたクローディアが弓矢を構えたと思うと、目にも止まらぬ早さで多くの矢を乱れ打ちした。その矢によってリーダーと思しき奴以外はほとんど倒れ、倒れなかった奴も深手を負ったようだ。
「ヒェー、すげえな」
グレイが言っていた意味が漸く分かった。彼女は弓のエキスパートだったのだ。
「みんなあのリーダーらしきやつを一斉攻撃しろ。雑魚はいずれクローディアが片付ける」
グレイの支持で最も手強そうなリーダーへと飛びかかっていく。しかし奴らの術も手強く、それも卑劣なことには女ばかりを狙って術を放ってくるのだ。
「きゃあーっ!」
頑張って手斧で攻撃していたアイシャもその術によって手傷が深く、動けなくなっていた。
「くっそ……!」
ゲラが水の術『癒しの水』によって女達を回復させるが、間に合うだろうか。
「ゲラが攻撃に参加できねえのはつれえな……!」
気がつけば残るはリーダーの男だけだが、こいつがなかなか倒れやしねえ。
「ぐうぅぅぅっ!貴様らの血を……、サルーイン様に捧げるのだ……!」
ローブの男が苦しそうに呻き、邪なパワーを増大させていく。最後の力を振り絞っているのだろうか。
「諦めろ。サルーインなど、お前を決して救ってはくれんぞ……」
グレイが刀を構えると、クローディアもほぼ同時に弦を引いた。
「もう……、お逝きなさい!」
俺も勘付き同時に曲刀を構えると同時に、瞬間の息の間合いで当時に攻撃を放った。それは面白いように連携を成し、ローブの男は断末魔の叫びとともにその場に崩れ落ちていった。
「フー、意外としぶといやつだったな」
俺がやっと戦いが終わったことに安堵していると、
「ここ……どこ?!お父ちゃん!!」
祭壇に寝かされていた若い娘が目を覚まし、キョロキョロと不安げな顔を巡らせていた。
「あなた……宿屋の娘さん?」
アイシャがその娘に駆け寄り話しかけると、娘は震えながらこくりと頷いた。
「ま、夜遊びもいいがたまには親父の言うことも聞くんだな。二度とこんなことのないように」
俺は肩をすくめその娘にそんなことを言うと、娘は震える声で
「うん……すごく怖い目にあったよ!これからは夜遊びはやめる!」
そう言うと、一目散に自分の家へと戻っていったようだった。
「やれやれ……。ま、これで依頼は果たせたな。あんたたちがいなければ危ないところだった。礼を言う」
グレイは自分の服の汚れを払うようにパンパンとはたくと、意外にも殊勝なことを言ってきた。
「報酬のためだ。あんたもやるな。クローディアもな」
俺が上機嫌にワッハッハと微笑うと、クローディアは「もっと苦しまないように倒したかったのだけれど……」と今の戦いに若干の不満を漏らしていた。
「さー、一旦宿に戻るか、アイシャ」
俺はなんだかぼんやりしていたアイシャに声をかける。そして、宿屋の娘が無事で良かったなと告げると
「う、うん」
と、漸く元気な顔を見せてくれた。
「見事な連携でした。ご苦労さまです」
ゲラがそう言うと、意外にもクローディアは
「あなたの癒しの力のおかげよ。ありがとう」
と礼を述べていた。
俺たちが下水を出ると、グレイは言う。
「思いの外早く終わったな。あんたたちは一旦宿に戻って休んだらいい。十時頃迎えに寄る」
そう言うとグレイはメルビル警備隊の事務所へと入っていった。こんな深夜なのに開いてんのか?という疑問も湧いたが、疲れたので俺たち三人は言われたように宿に戻ることにしたのだった。
「なかなかくたびれたな。時間はあるし一寝入りすっか」
俺はロビーの柱時計の短針が四と五の間を指しているのを見て、大あくびをしていた所、やはり元気がない様子のアイシャだった。
「戦いには勝ったってえのになーにしけたツラしてんだあ?」
アイシャはそう問われて、しばらく口ごもっていたが
「……あたし、あんまり役に立てなかったから……」
としょんぼりしていた。
「……んだ、そんなことか。別に役に立ってなかったわけじゃあねえよ」
「でも……あたしホークさんやクローディアさんみたいに戦えないし」
「あのな」
俺が赤毛の正面に立つと、その額を軽く指でピンと跳ねてやった。
「あ痛っ!」
「馬鹿野郎。俺はなあ、一応これでも二十年以上は戦いで鍛えてきたんだぞ。いきなりお前に追いつかれて同じように戦われたら立場なんてねえだろうが」
「それは……そうですねぇ」
ゲラも苦笑するような詰まった声を上げている。
「そ、そっか……」
アイシャも俺の言葉に一応納得し、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「このゲラも長年の経験や鍛えた実績があるし、きっとグレイやクローディアもそうだろうよ。あいつらだって苦労してああいう戦いを覚えたはずだ。お前はまだ十五なんだからこれから鍛えればいくらでも実になるはずだ」
「う……うんっ」
漸く見せた、満面の笑顔。
「よし、じゃあ後でな」
「おやすみなさい!」
なんとかわかってもらえて良かった。確かに今日の戦いでは拙かったが、あんな強敵を目の前にするのは初めてだし、良い経験になっただろう。
「ちょっと本格的に鍛えてやるかなあ」
「まあ、様子を見ながら指導してあげるのもよろしいかと。ご本人はきっとやる気満々ですし」
アイシャが自分が非力だということをあまり負い目に感じすぎるのも良くないと思った俺は、どうにかして鍛えてやる方法を考え始めていた。
「しかし俺は男だから、女の鍛え方なんぞわからん。教えたこともない。そこが一番問題だ」
クローディアみたいなアイシャとも年の近い女が教えるのが一番だろうが、あの女は愛想が悪いし、第一あいつはグレイの仲間だ。
「まっ、とりあえず寝るか」
俺たちは戦いで草臥れた体をベッドに沈めると、すぐに眠りに落ちた。
「ホークさん、起きてー。お迎え来てるよー」
ドアをどんどんと叩く音で俺は目が覚めた。時計を見ると朝の八時。一度七時に起きたが眠いので二度寝していたところだ。
「ああ?十時じゃなかったのかよ」
ゲラがドアを開けると、その後ろに兵士らしき人間がいるのがわかり、ゲラは身を固くした。俺も、一瞬やべえのか?と思い血の気が引いたのだが、
「昨晩の地下神殿の壊滅の件、聞き及んだ。ついては皇帝陛下が直々にお褒めくださることになったのだ。支度ができたら宮殿の前へ参られよ」
マジかよ、そんなの聞いてねえと正に寝耳に水だ。
「グレイたちは?」
「先に宮殿の前に行ってるってー」
アイシャも少し戸惑いの色を隠せなかった。
「おい、皇帝陛下だとよ。俺がおめおめと行ける場所じゃねえと思うんだが」
俺は立場上どうしたもんかと考えていたが
「お前があのキャプテン・ホークだとはバレていないようだぞ。だから遠慮せず御前に出たらいい」
唐突に声がした。今しがた先に行ってると聞いたグレイがドアに凭れ掛かりこちらを見ていた。
「……あ?てめえ、俺のことを……!?」
「名前をと風体でなんとなくそうではないかと思っていたが、今の会話ではっきりした。だが安心しろ、俺はあんたを売る気など無い」
「どういうことだ」
「帝国海軍の情報では、サンゴ海のキャプテン・ホークは仲間を売った罪で仲間たちに断罪され、船ごと海に沈んで死亡したとある。だから幽霊なんて売っても売れないってわけだ。あんたのことを証明するのも面倒くさいしな」
「信じてもいいのか」
「さあ、好きにすればいい。ただ、俺は嘘が嫌いだとだけは言っておこう」
そう言い残すとグレイはさっさと部屋の前から立ち去った。
何であいつは海軍の情報なんて知ってんだろうか。少し訝しむが、なんとなく直感的にあいつの言うことに嘘はないように思った。多少性格が極端で曲がっているように見えて、愚直さも見え隠れするところがあるからだ。
「ま、信用してやっか」
「……大丈夫なの?」
不安げなアイシャに逃げる用意はしとくか、と俺が微笑うと、ゲラはため息を吐いた。こういう人なんですよねキャプテンはと言いたげなのは伝わってきた。
「よう、君なら来ると思ったよ、ホーク」
グレイはニヤリと微笑うと、「さぁ行こうか」と兵士に話しかけた。
兵士たちの後に付いて宮殿に入った。長い廊下を抜け、大きく荘厳な扉の前に止まる。
その扉の前にいた一人の男が、こちらを指差しあわあわと何か言っていた。
「グレ……おま……!?クロ……ディアさんも」
その男に素早く近寄るとグレイは
「謁見が終わったら話がある。ここで待っていろ」
と耳打ちした。
「事件解決をされた冒険者の一行をお連れいたしました!」
俺たちを先導していた兵士が声を上げると扉が徐ろに開く。
そしてなんだか偉そうな奴らが並んでいる隣に俺たちも並ばされた。
「此度の功労者はこれへ」
大臣らしき男が声を上げると、グレイは後ろ手をひらひらとさせ俺たちに後ろに並べと合図してきた。仕方なく言われるように後ろに並びながら、中央のじゅうたんの前に出ると跪く。そうすると皇帝陛下らしき玉座に座る人物がその声を発した。
「このたびの働き見事であった。最近の事件の数々は全てあ奴らの仕業であり、それを見事壊滅させた君たちへ褒美を取らせよう。この中より一つ望みのものを選ぶがいい」
出てきたのは金の入った布袋、武器、防具だった。
「僭越ながら金を賜りたいと存じます、陛下」
グレイは間髪を入れずに答えた。武器や防具は山分けできねえからな。
「よかろう。ご苦労であったな。下がってよいぞ」
グレイは立ち上がり一礼すると、扉から表へとそのまま出て行くので、俺たちも従う。何やらこういうことに慣れている雰囲気を感じた。長いじゅうたんを戻るとき、側近らしき者達が何やらひそひそと話すのが聞こえてきた。
(あやつ……グレイではないか……。戻ってきておったのか)
(確かに、あれはグレイだ……)
というようなことだ。こいつはよくわからないがここでは有名な奴なのだろうか。
謁見の間のドアが背後で閉まると、「はぁーーーー緊張したあああ!」とアイシャが大きな溜息をついていた。
「終わったかグレイ、話ってなんだよ。俺今から詰め所に戻らなきゃならないんだが」
先ほどジャンと呼ばれた男がグレイに話しかけてきた。
「少しだけだ。そうだな、詰め所の隣の小会議室、あそこでいい。今なら誰も居ないだろう」
「おいおい我が物顔かよ!軍を離れた奴のくせに」
ジャンが呆れた顔と渋い顔を交互にしていると
「じゃあここで彼女のことを大声で話してもいいっていうのか?」
とグレイはちらりとクローディアに視線をやった。
「そっ……それは、困るな。お前には参るぜ、じゃあ少しだけだぞ」
ジャンは小声でグレイに耳打ちするように囁く。
「じゃあ行こう。あんたたちもついて来い」
ジャンはクローディアの事を言われると明らかに狼狽した様子で、あっさりとグレイに従っていた。そして俺たちにもついて来いという。
「なんだってんだ?お前軍人だったのか」
俺が何気なくグレイに問いかけると
「大昔の話だ。もう忘れた。どうでもいいことだ」
と事も無げに言う。だから海軍の知り合いがいたりするのだろうか?
ジャンに案内され、会議室とやらに入ると、グレイは
「まずは、さっきの報酬だが、二千金だったから人数で割って、千二百があんたたちの取り分だ」
と言い、目の前に金を出す。しかしよく見てみれば
「おい、五百多いぞ」
どう見ても金貨が十七枚。五枚多い。
「それは今から話す。……ジャン、突然で悪いが、お前からの依頼はここで一度俺は降りる」
「はああぁっ!?一体どうしてだ?ちゃんと護衛を引き受けたからにはやってもらわないと困る!」
驚くジャンに、クローディアが声を発した。
「ジャン、私に護衛は不要だと言ったはずでしょう」
ジャンはその言葉を聞き、しまったという顔をしたが
「あ、いや、その、言い間違えました。グレイはあくまであなたのガイド、でして……」
「そのガイドが俺はできなくなったのだ。すまんな」
「おいおい、一度引き受けといてそれは無いんじゃないか」
ジャンは明らかに困った顔をしていた。
「安心しろ。俺はムリだが、この人達が引き継いでくれるだろう」
そう言うとなんと俺たちを指差すのだ。
「おいおい、何だそれは。何も聞いちゃいないんだが?」
グレイがあまりにも唐突にそんなことを言い出すので、俺は驚いた。アイシャも寝耳に水といった顔をして俺を見ている。当のクローディアも少し困惑したような顔をしていた。
「昨日も言ったが彼女は人付き合いが苦手でね。何故かと言うと、ついこないだまでずっと人気のない森の奥で暮らしていたからだ。森の魔女に赤ん坊の頃から育てられていて、それ以外の人間との交流がは皆無で人付き合いの術や世間の常識を知らないに等しい。だがここへ来てその魔女からいい時期だから外の世界も見ておけと言われて森を追い出されたそうだ。一人では色々と常識を知らずに不都合があるから、できるなら外の常識に詳しい奴が『ガイド』したほうがいい。そうだろ?」
グレイはジャンにそう告げると
「あ、まあ、そういう感じのことだが……」
と少し口籠るように答える。
「しかし俺はどうもクローディアとは価値観が合わないのようなので、一緒にいると空気が悪くなってしまう。そこへ俺の代わりにガイドをしてくれる頼りになる彼らを見つけたというわけだ」
「だから聞いてないつってんだろうが」
あまりにも身勝手かつ一方的に話を進めるグレイの言い分に俺はだんだん苛ついてきた。
「お互い、女を仲間に持つと気を使うんじゃないのか?そちらも、女ひとりより二人のほうが助かると思うぞ。昨夜見たとおり、彼女は戦力にもなる」
「勝手なことをほざくんじゃねえ。俺たちにだって目的はあるしだな」
「その目的とは一体?昨晩聞きそびれていたな」
そう問われ、仕方なく俺たちの旅の目的を簡潔にグレイに話した。
「なるほど、その娘の故郷の者達が行方不明で探しているのか。しかしそれでは目的があってないようなものだな。少なくとも現状は」
「そうだが、だからどうした」
「というか、グレイよお。お前、そもそもこの人達は何者なんだ。素性がはっきりしない人たちにクローディアさんをごえ……いやガイド役を任せるわけには行かないんだよ」
ジャンの方もしびれを切らし始めていた。
男三人が言い合いに発展しそうになっている中、蚊帳の外のようになってるアイシャとゲラと当事者であるはずのクローディアだったが、アイシャはふと隣に立っていたクローディアを見て問いかけてみたのだった。
「あの、クローディアさん。クローディアさんはどう思っているの?あたしたちと一緒がいいの?」
問いかけられたクローディアはアイシャを見て、少し考えてから答えた。
「私はどちらでもいいのだけど……。むしろ一人でも構わないと思っていたの。ジャンはガイドがあったほうがいいというけれど、なんとかなるようにも思うし」
「ふうん……。だけどさすがに一人だと寂しくない?」
アイシャはクローディアを不思議そうに見つめる。
「今まで森でオウルと二人で暮らしていて寂しいなんて思ったことはないけれど、一人になったらもしかするとそういう風に思ってしまうものなのかしら」
「あたしは、一人になると思ったらやっぱり寂しいな。ここまで、ホークさんとゲラちゃんに励まされて来たから何とかなったんだもん」
「そうなの……。じゃあ、私が一緒に行けば、もっと寂しくなくなるのかしら?」
クローディアは不思議な質問をしてきた。
「そりゃあ、旅は大勢のほうがきっと楽しいよね!」
アイシャはニッコリと笑う。するとクローディアもアイシャにつられるように微笑んだ。初めて見るその人の微笑みは、あたかも慈愛に満ちた女神のようだとアイシャは思った。
グレイは両側から詰め寄られていても冷静な顔をして、フゥ……ッと息を吐いた。
「やれやれ……。これは言わないでおこうかと思っていたのだが……」
何だよ、とシャンが問うと
「ジャン。実はこの人はな、あのサンゴ海で名を馳せたキャプテン・ホーク殿だ」
「えっ、……あああああ!?」
ジャンが俺の顔を見て規制を発したかと思うと、一瞬固まった。
おいおいおい、何をさらりと俺の正体バラしやがってんだ?バファルの軍の人間に。
Last updated 2015/6/30