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碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ

10. 帰郷。

 途轍も無く狂おしい夜が、紫に笑う二つの月が、太陽に負けてひっそりとその妖しい幕を上げた頃、まだ大半のジェノムたちが眠っている頃なのにもかかわらず不思議な気配が村を包んだ。ジタンはよく眠れなかったせいなのか、その気配をいち早く察してベッドを抜け出した。

 きしきしと悲鳴を上げる梯子の音で、ダガーも浅い眠りから意識を現実に引き戻されていた。それほど、ジタンは急いで梯子を降りたのだ。道具屋を抜け、板の敷き詰めた藁葺きの建物をも急いで駆け抜け、ジタンはその気配に近づいていく。やがて村の入り口に辿り着くと、そこにはミコトの姿もあった。ジタンと同じく、気配を感じてここに取るものもとりあえず駆けつけ、辿り着いたらしい。小さく肩で息をし、上下していたので直ぐに解った。

「ミコト、お前もここに感じたか」

「……ジタン、あなたこそ。彼などくたばっているなんて言った癖に」

 相変わらずにミコトはこんな意地悪な言葉をジタンに叩き付けた。

「別に、くたばっていればいいなんて思った訳じゃないからな」

そんな言葉を交わしていると、直ぐに、村の入り口となる木切れのポール付近の空気がたわんだのだ。そう、これはこの村に誰かが入った徴し。その者こそが、あの、クジャだった。見覚えのある銀色の髪がなびくのが見えた。

「……なんだい、弟妹達。揃ってお出迎えなんて、洒落たことをしてくれるじゃないか」

 相も変わらずかつての敵だったその男は優雅に髪を掻きあげると、ジタンを見てフッ……と笑った。

「何だ、何か可笑しいか?」

「いや、マグダレンの森の手前に見慣れぬ艇が停まっていたからね。よもやと思っていたら、やっぱり君だったから、笑ってしまっただけさ。他意はないよ」

 再び髪を掻きあげると、ミコトの方に、顔を向けた。

「ちょっと長いこと留守にしていて、悪かったね。元気にしてたかい?―」

クジャがそんな言葉をかけるのとほぼ同時だっただろうか、ミコトの体がクジャに飛び込んでいった。そして、はっきりとジタンには見えた。ミコトの顔は、間違いなく涙に濡れていた……。

「……ばか……!クジャったら、どこかで……のたれ死んでいるかと思ったんだから!!……ど……どうせなら死んでても良かったのに!!」

 ミコトはクジャの胸元で、泣き声を上げたいのを必死で堪えながら罵倒していた。しかし、そんな罵倒などものともせず、クジャの表情はとても穏やかで、優しくミコトの頭を撫でている。まるで幼子をあやすようにも見えた。

「ご挨拶だね、ミコト。そんなに寂しかったんだね。もうこんな長旅はしないから、泣くのはおよし」

「なっ、泣いてなんて、居ないんだから!!バカじゃない……」

 ミコトは怒って、クジャを軽く突き飛ばすと、彼に背を向け、手指で乱暴に涙を拭っていた。

「いいんだよ、素直になっても。まだ“感情”ってヤツに慣れてないんだな、ミコトは」

 クジャはやれやれと言った表情で、苦笑いをしていた。

「…………クジャ……本当に……」

 こんな呟きを洩らすこの声にはっとしてジタンは、振り向くとそこにはいつの間にかダガーが立ち尽くしているのを見た。

 その表情はやはり複雑で、やや蒼ざめても見えたし、何処か小刻みに震えているようにも見えた。それは当たり前ではあった。やはり一度下した相手とはいえ、彼に対する遺恨は一生消えるものではないだろう。

「ダガーも……クジャとは正直、顔を合わせたくなかっただろうけど……」

 ジタンは戸惑っていた。何事もないような顔ではやはり過ごせなかった。昨夜、このような場面に出くわしても良い様に、ダガーを諭したつもりだったが、いざその場になってみるとやはりダガーに遠慮をしてしまうのだった。その青い顔色を見てしまえば、誰だってそうだろう。ダガーはいまだ絶句し、立ち尽くしていた。辺りに漂う、重苦しい沈黙……。清々しいはずの朝靄さえ、その重圧に重苦しく空を漂っていた。まるで、かつての「霧」のように。

 そして、その空気を打ち破ったのは、ダガー本人だった。それも、「笑い声」という形で。

「ふふ…………、うふふふふ。……あははは…………」

「だ……ダガー!?」

 ジタンは、一体どうしてしまったのかさっぱり解らず、笑っているダガーに近づいていった。

「なぁ、何で、わ、笑ってンだ?」

 その状景にミコトも怪訝な表情をしていた。いまだ、身もだえさえしながら笑っているダガーだったが、ジタンに「しっかりしてくれー」と,肩を掴まれると、やっと笑うのを止め、息を整えていた。

「ジ、ジタン、ごめんね、何だか……、実際、クジャの顔を見たら……驚くぐらい自分の中で、クジャの事が・・憎くもなんとも、無くって……、どうしてかしら……!昨日まで拘っていたのが本当に、馬鹿みたいにさえ思えて……。ふふふ……!」

 こう告白すると、ダガーはまた笑いがこぼれた。

「で、でも、今、蒼くなって、震えてただろ?あれって……」

 ジタンはまだ怪訝な表情で、ダガーに疑問を問いただす。

「そう?……ふふ、多分……きっと、色んなことを思い出しはしたのよ。でも、思ったほど憎しみが沸いてこない自分にきっと、愕然としたの!ふふふ、おかしいでしょ。だって、今のクジャには、ここが『帰る場所』になって、出迎えて、そして泣いてくれる仲間がちゃんといるの……、こんな事を見てしまったから?私ってなんて単純なんでしょう!」

 その光景に、クジャも呆然とはしていたが、「小鳥ちゃんは随分、陽気なコになったんだねぇ?」と、呟いた。ダガーは、ようやく笑うのを止めると、笑いすぎて目尻ににじみ出た涙を拭くと、一息吐いた。

「何と言っていいか……解らないけれど……」

 息を整えると、ダガーは言葉に臆していた。実際、憎しみを感じていないとは言っても、だからといって何を話すことも、思いつかなかった。

「小鳥ちゃん。ムリをして僕と話す必要は無いよ。憎んでいないなどと言ってくれるのは嬉しいありがたい言葉だけど、事実は消えないし、ボクは貴女に言葉を掛けられる立場に無いことは解って居るから」

 逆に、クジャの方が素っ気無くダガーを拒絶していた。そしてクジャは、「ちょっと疲れたから……僕はしばらく休むよ」と言い残し、村の奥へと歩いていった。その後ろ姿に、「クジャ!」と呼びかける声。それはダガーだった。ジタンもミコトも、固唾を呑んでその二の句を見守っていた。

「……まだボクに何か用かい?小鳥ちゃん」

 振り向かずに、そう言うクジャに、少し間を空けてから、ダガーは、実にはっきりした声でこう彼に言葉を贈った。

「・…………今ははっきり思うの。貴方も、ジタンも、どちらかが死んでいたらきっと私、生き残った方を哀れんでしまっただろうって。一生後悔してしまうのを、私は哀れむのだろうって。もし貴方だけが生き残っていたら、私もしかしたら貴方を憎んだかもしれないけれど、それでも哀れむのだろうって」

「何が言いたいんだい…………小鳥ちゃん」

 クジャは、冷静に言葉をさえぎった。ダガーは一瞬言葉を躊躇うように唇をかみ締めたが、清々しい顔を真っ直ぐにクジャに向けると、はっきりと言った。

「…………それでも、生きていて、ありがとう。今は心から、そう思う。今はどんな死も哀しいし、どんな生だって、喜びたいの!」

 クジャは、相変わらず振り向かずにしばらくその場に居たが、すぐに黙って、また村の奥へと去って言った。

 その後を、ミコトは、そっと追いかけた。そんな後ろ姿を見て、ジタンはダガーの肩をそっと叩き

「……ミコトにエラそうな事を言った癖して、自分だって素直じゃないみたいだな。自分の、感情ってヤツにさ」

「そうね……」

 ダガーは、そのクジャの姿を遠く見つめながら、寂しそうな顔をした。

 

 

 その頃、目が覚めたエーコはジタンとダガーの姿が無いのを見て、(ドコに行ったんだぁ!?)と、村の隅々を探し回っていた。

 朝の空気がとても気持ちが良かった。最近は城の中で目が覚めて、建物の中で朝の時間を過ごすことが多くなっていたエーコにとって、野外の朝の空気の気持ち良さは、しばらく忘れかけていた、マダイン・サリでの生活を思い出した。

 実際、近い場所でもある事だ。エーコは何故か気分良く、歩き回っていた。召喚士としての感覚さえ研ぎ澄まされるような、とても良い気分だった。

「こんなとこには、いないよねぇ……」

 エーコは、墓地にも顔を出していた。すると、朝靄に霞んでいながらも、人影がふたつほどあるのが見えた。(えっ、ジタンとダガーなの?)と、エーコは確かめようと、その人影に近づいていった。しかし、それはジタンでもダガーでもなく、ミコトと、見覚えのある銀色の髪の毛だった。エーコは、唖然とした。

「ク・…………ク、クジャなの!?」

 エーコは幽霊でも見たかのように、目を何度か擦ってみた。しかし、そこに居るのは夢でもなく亡霊でもない、本物の、生身のクジャだった。

「なぁんだ、今度はチビちゃんか、君も一緒だったんだね。元気そうで何よりだ」

 クジャは随分と穏やかにそう言った。以前も口調は穏やかだったのだがーだが、現在の穏やかさは、以前の邪悪さはすっかり抜けた、本物の穏やかさだった。やはり、幽霊?エーコはそう疑わずにはいられなかったのだった。

「ジ……ジタンには確かに、あんたが生きてるって事聞いていたケド・……・実際に見るとやっぱり信じられない……」

 エーコは警戒心を丸出しにし、クジャから数歩のところで身を引いていた。墓標群の前に座っていたクジャが立ち上がると、エーコはあからさまに「ひゃっ……」と小さく声を上げて後ずさりをした。それを見るとクジャは、思い過ごしか少し寂しそうな笑みを浮かべて、こう告げた。

「もう、何もしやしないよ。おチビちゃん、まあ、仕方がないだろうけど」

 彼はクスリと笑うとまた、墓標に体を向け、静かにそこに佇んでいた。

 エーコは、しげしげとその後ろ姿を見つめていたが、何を考えたのか、恐る恐るとしながらも、ゆっくりとそのクジャに近づいて行ったのだ。クジャはそのエーコの様子に案外驚いていた。すぐ自分の真後ろまでエーコが近づいてきたのを確認するや、

「何かまだ、ボクに用なのかい?おチビちゃん」

 と、振り向かずに問いかけた。エーコはびくっとした様子だったが、何度か「おほん!おほん!!」と払いをすると、

「ふ、ふん。近くで見たら、一体どんな顔なんだろうって思っただけよ!」

と、必要以上のようにも思えるほど、エーコは強がっているようだった。なめられてはいけない、と思っているようだった。そんなエーコに、クジャは静かに告げた。

「グルグ火山でボクの顔は何度も見ているはずだよ?……ああ、そうか」

 クジャは記憶を手繰るように顎に指を添え、少しだけ上を向くと、

「あのときキミはほとんど意識を失っていたから、そうでもないかな……」

 と、なぜか、エーコの神経を逆なでするかのようセリフを口にする。

「相変わらず、嫌なやつねっ。どうしてジタンはあんたなんかを命がけで助けたのかしらっ」

 グルグ火山といえば、このクジャのせいで、無二の親友であったクポを失った、とてもとてもとても悲しく、辛い思い出の場所なのだ。それをあえて口にするとは、このエーコに喧嘩を売っているのかしら、と頭に血が上りそうになった。が、

「ふふ……愚問だわね」

 エーコは、下を一度向くと微笑した。

「なんだい?」

 クジャは、振り向きエーコの方に顔を向けると興味深げにその笑みの意味を問うた。そのクジャに、小さなエーコは顔を向けると、今度はなぜか不敵そうな笑みを彼に向かって投げると、こう言った。

「ジタンに、『なぜ、人を助けるの』なんて問いは、なんという愚問だろうって、自分であきれたの」

「ほう。ではキミは、その答えを?」

 クジャにこう尋ねられると、エーコは少し目を閉じてから、また見開くと、クジャに正面からこう答えたのだ。

「知ってるわ。……だってそれがジタンなんだから。それが、そんなジタンだから、みんな好きなの。……あんたなんかとは大違いなんだからねっ!」

 エーコは、虚空を見つめ、たくさんの思い出を頭に巡らせているようだった。しかし、時折酷く寂しい表情に彼女はなるのだ。クジャは一瞬のその表情に眉をひそめた。そして、

「完璧なアンサーだよ、おチビちゃん。確かに、そうだ。ジタンのやつときたらどうしようもなく馬鹿で、ボクは正直呆れたよ。ボク何かを命がけで助けるような、とんでもないお馬鹿さん。人間ってのは、そういう馬鹿が大好きなんだろうな」

「……だからっ、どうしてそういうことを平気で言うわけ?随分雰囲気変わったと思ったけれどやっぱりちぃっっっとも変わってないのね!」

 エーコは、そのクジャの態度に呆れ、怒っていると、クジャは事も無げにこう言い放った。

「キミが、ボクをブリ虫の如く毛嫌いしようと一向に構わんがー」

 クジャはエーコを見ずに、空を見上げながらまるで、独り言のように呟いた。

「キミは、もう少し自分を演じるのはよしたまえ。なぜ、ジタンの事を考えるとそんなに辛い顔になるんだい?」

「演じる?ヘンなことを言わないで頂戴。エーコはそんなつもりないわ!そりゃたまにはさ……そうしないとどうしたらいいかわかんないことあるけど……」

 エーコは少し間を置いてから、憮然した様子でこんな事を言った。真実だったからだ。でも、

「仕方が無いよね、そうしないと自分が守れないことがある。君はきっと、とても賢いんだ。けど、ずっとそんなことを続けていると、この先はもっと、辛くなるから止めたほうがいいよ。キミの賢さに免じて、忠告をしておくよ」

 まるで、自分の事のように彼はそう、苦笑いをしながらエーコに言葉をかけた。しかし、エーコはその言葉にとても苛立ったようだった。すごい目でクジャを睨みつけたかと思うと、地団太を踏んで忌々しそうにこう叫んでいた。

「うるさいわね!!アンタに何がわかるのよ!エーコのことなんて何にも知らないで!!大体、アンタ自分の事を棚にあげておいてよくそーゆーエラそうな事をこのエーコに言えるよね!?」

その甲高い声は、広くは無いこの村中に響き渡る様だった。

「そうだよ。だから言えるんだ。君は、とても賢い。……この意味は、解ってくれるよね」

「…………」

 エーコは忌々しそうに顔をしかめていたが、それ以上何も言わずにクジャに背を向けた。しかしクジャは続ける。

「キミはとても幸せだよ。あのジタンはトンチンカンなところはあるが、キミの事をとても心配して気にかけている。あの小鳥ちゃんにしてもそうだ。まぁ、わざわざ言わずとも、知っているだろうけどね。どいつもこいつも、人のことばかり考えてまるで自分の事は置いてきぼりだ。キミもそうさ。どうにかしているよ」

 クジャはまるで嘲笑するかのように、手で口元を押さえくっくっと含み笑いをしていた。そんなクジャをしばらく腹立たしい想いで見つめていたエーコだったが、すぐに察した。

「アンタってさ、そのキャラじゃないと人前で話しできないのね……。かわいそう」

 そんな、言葉が自然にエーコの口から漏れた。クジャは、笑うのを止めずにエーコに近づくと、

「キミって子は本当に賢いよ。できればもっとレディになってからのキミと遭いたかったな。もしかしたら、世界で一番、話が合うと思うから」

 クジャは笑いを抑えるとしゃがんで、小さなエーコの手を取ると軽く口付けをした。

「ギャ……ッ!!?」

 エーコは驚き、困惑して反射的に、急いで手を引っ込めた。

「……けどきっと、その頃にはもうボクはこの世には存在していないだろうがね……」

 クジャはフッ……と哂うと、立ち上がり、村の何処かへとゆっくりと去っていった。

 一部始終をひたすら言葉を発さず黙視していたミコトは、そのあとを影のように付いて行く。しかし、去る前に一度だけエーコの方を振り向き、彼女のものとは思えないほどのすごく鋭いーまるで嫉妬の炎が見えるほどのー眼で一瞬睨まれてしまった。エーコは、背筋に寒いものを感じながら、その場を彼らとは別の方向に、去ったのであった。

(一体、なんなのよ。あたし、クジャなんてだ一いっキライなんだからッ!!!)

 心で大嫌い、を何遍も反芻しながらエーコはさっき口付けされた左手を拭いたり空中でしきりに振ってみたりと、その感触を一生懸命拭い去ろうとしていた。

 

 

Last updated 2015/5/1

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