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YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.

09. 鳥かごの罠

「アイシャ、話は終わったかな」

 あれからいくらか経つが、アイシャが一向に部屋から出てこないのを気にし、ナイトハルトが国王の寝室へと再びやってきたのはもう陽も天辺を過ぎた頃だった。

 見ると国王は目を閉じて眠っているようだったが、アイシャはずっと傍にいた。

「父上はお眠りになったのだろう?」

「うん、でも此処にいないといけない気がして」

「アイシャは心優しい子なのだな。心配せずとも良い。こちらへ来なさい」

 アイシャは仕方なく、ナイトハルトに促されるままに部屋を出て、長い廊下を一緒に歩いて行く。

「父上の話はまた、君のご先祖の話だろう」

「うん、そうよ」

 アイシャの返答に、ナイトハルトは短いため息をつくと

「最近、うわ言にまで出てくるようになっている。特に君に会ってからはね。君がタラール族の族長の孫だからか、その名前だからなのか。父上があれ程までに気にかけているのは、ご自分がその子供であるからかもしれないが……果たして本当の話かどうかもわからないのだが」

 ナイトハルトはそう語りながらも表情を曇らせていた。そんな父君に対して何か思う所があるのかもしれない。

「私のおじいちゃんは何も教えてくれなかったから。でも国王様が嘘なんて言っても仕方がないし、あたしは国王様の気持ちを大切にしたいな」

 そんな風に話すアイシャを見て、ナイトハルトは一瞬だけフッと微笑った。

「そうだね。……さて、私からも話が有るのだ」

 ナイトハルトは、ある部屋にアイシャを招いた。

「そこへ座りなさい」

 その部屋はナイトハルトの自室のようだった。

 広い部屋の長椅子にアイシャを座らせ、自分はその向かいにある、一人掛けのソファへ座る。

「どうだ、君はタラールの村人の安否が判るまでここで暮らさないか。以前も君をここで預からせてほししいと申し出ても君の祖父である族長殿に断られてしまったが、今は事情が違うだろう。どうだ?少し考えてみないか」

 ナイトハルトは比較的穏やかに話す。だがアイシャは

「おじいちゃんが断った以上、私も断る。さっきも言ったけど旅をしながら、みんなの行方を探そうと思っています」

 毅然とした口調できっぱりと断りを入れた。

「しかし今、世界はとても危険だぞ。君も知っているとおり、世界中で怪物どもが大氾濫し、狂暴化している。おかげでアルベルトは家族を亡くしたし、君だって、あの日、あのとき私が偶然に通りかからなければ命を落としていただろう」

「だけど、今は仲間がいるから大丈夫です」

 なおも食い下がってくるナイトハルトに、アイシャははっきりと断りを入れ続ける。

「噂の冒険者たちか……」

 独り事のようにつぶやきナイトハルトはテーブルに置かれた葉巻を取るとり、カッターで葉巻を切りそこに火をつけた。そして一度深い息を吐いて煙をふかすと、

「冒険者というは、危なくなるとまず、一番使えない者を仲間から蹴落とすのだ。足手纏いとなっている者を助けていると逃げられるはずの自分の身までもが危なくなるのでな。この意味が分かるかい、アイシャ」

「みんなの事をそんな風に言わないで!」

 アイシャは自然と声を張り上げて、激昂していた。

「そんな人達じゃないわ!」

 声を荒げ、席を立とうとする。すると、ナイトハルトはその手を掴んで、座らせようとしていた。

「まだ分からないのか、アイシャ。お前は今はまだ手の中の小鳥だ」

「小鳥?」

「そうだ。まるで飼われてる小鳥のようなものなのだ。しかしそのお前を助けた海賊とやらに、身体だけでなく心までも落とされたら最後、最初は良いかもしれん。だが、いずれ飽きられて旅路に捨てられるのがオチだということだ。あのような者達は気まぐれに女を弄ぶ」

「なっ……!?」

 アイシャはの言葉に、顔を赤くした。

 どうして?あたしホークと関係があるなんて一言も言っていないしほのめかしてもいないのに。

「わかるか、手に落ちたと思ったらたちまち飽きて捨てられるのだ。しかし私は違う、タラール族とは先々代のカール二世の代より恩義があることだし……いまや稀少なるステップの民だ。何もまさか下女に成れとは言わん。此処で普通に暮らして待っていればいいのた。お前一人の面倒などどうという事はない」

 アイシャは少し考えていた。

「けれど、もし村のみんなが永遠に見つからなかったら?」

「それならばずっと此処で暮らせばいいだけのことだ。この地上で最後のタラール族として、丁重に歓迎しよう。何もお前のような非力な少女が危険な旅に出る必要などない」

 ナイトハルトはさらに手を引く.すると無防備に呆然としていたアイシャはたやすく、ナイトハルトの胸に抱かれた。

「アイシャ、私は絶対に責任を持って、大切にお前の面倒を見る。もう、先々代のような悲惨な運命を黙って見過ごしてはおれないのだ。わかるね?」

 アイシャは「でも……あたし……」と躊躇していた。

 その口を、ナイトハルトの唇が塞いだ。

「んっ……!?んっ、んやっ」

 アイシャは驚き、ナイトハルトを離そうともがいていた。

 なのに心とは裏腹に、唇を奪われると同時に身体の或る部分がキュンと反応していた。

 これは多分、ホークのせいだ。

 本当に嫌なのに、こんなに嫌なのに、ホークのせいで、キスをすると勝手にあの部分が反応して、がくがくと震えて手足に力が入らなくなってしまう。

「いや!やめてよ!!」

 口を離すと辛うじて精一杯の声でこう叫んだ。

「アイシャ、力が入っていないな。これしきの事で」

 ナイトハルトは力が入らず、長いすに倒れこんだまま立ち上がることすらできないアイシャを見て、本当に気の毒そうな表情をした。

 そして長いすの傍らに跪くと、アイシャを抱き締めるとまた、唇を吸った。

「アイシャ、約束をしよう。絶対に不自由などさせん。だから此処で、私の傍で暮らせ」

「や……。私…」

 ナイトハルトの手が、アイシャの足に伸びた。口元を貪りながら足元の服をたくし上げられ、太ももをまさぐり始める。

「やっ……止めて……だめ……っやだぁ…」

 アイシャは力が入らない手で必死に押しのけようとする。しかし無情にも衣服をはだけられ、その部分に触れられてしまった。

「あ……っ、嫌……っほんとにいや!」

 アイシャは叫ぶ。彼の手は、とても嫌だ。心からそう思った。

 

 すると、その時誰かがドアをノックした。

 

「殿下、失礼します。アルベルト殿がやってまいりました」

 その声に、ナイトハルトは舌打ちをした。

「すぐに行く。待たせておけ」

 そう告げると、ナイトハルトは立ち上がった。

「アイシャは、此処にいなさい」

 そう行ったが勿論、アイシャは「帰る!」と涙声で叫んだ。

「『帰る』……か。わからない子だな。一体どこへだ。村はもう無いのだ。旅を続ければ、命を落とすぞ。此処にいれば人並み以上の暮らしを保障してやるというのに」

「此処で、貴方に飼われる小鳥になるつもりはないわ!」

 きっぱりと言った。

「なるほど―」

 ナイトハルトは降参だと言うように、肩をすくめる仕草をした。

 そしてその指に付着していた生暖かい粘液をペロリ舐めると、手拭で拭き去った。

「後悔するぞ、私を差し置き、海賊など。その者の名は知っているぞ。北で悪名高い海賊だ」

「…………」

 アイシャはもはや無言で、元来た廊下を早足で歩いている。

「やはりおじいちゃんの言うことを聞いて、二度と貴方には近づかないことにするわ、カヤキス」

 カヤキス、とはタラールの言葉で、「黒い悪魔」という意味だ。ナイトハルトはタラールではこの異名で呼ばれている。何故なのかは、アイシャはちゃんとは知らなかったが、もうこりごりとこの名を心に刻んだ。

 

 早く、ホークの顔が見たい。無性に思っていた。

 アイシャは元の閲覧の間に先に入った。

 近衛兵などはそのことに驚いていた。勿論、そこにいたアルベルトも。

 しかしアイシャはそのままアルベルトの傍を早足で通り過ぎると、入ってきたナイトハルトに一瞥をくれると、

「さようなら!カヤキス!」

 と捨て台詞を吐き、出て行こうとした。

 すると近衛兵たちは驚き「無礼な!」と口々に言うとアイシャを止めようとした。しかし

「構わん。行かせてやれ」

 ナイトハルトは穏やかに言った。

「私はいつでも待っているぞ」

 ナイトハルトは言ったが、アイシャは兵の手を振り解くと振り返らずに小走りに城を後にした。

「まあよい。手はいくらでもある―」

 ナイトハルトはひとり呟いていた。

 

 無言でアルベルトの傍を、早足、いや半ば駆け出す格好でアイシャはその城をまっすぐに出て行った。

 アルベルトは茫然とその様子を見ていたが、一体何があったかなどという事にまではまるで考えが及ばなかった。ナイトハルトは彼の尊敬する人物であり、立派な君主なのだ。もし何かトラブルがあるとすれば、アイシャの方が何かをやらかしたのだろう、位の考えでしかなかったのだった。

 しかしアルベルトには何があったのか、などと聞く勇気も権利も、考えすらなかった。

「さて、アルベルトよ。話があるのだが」

 そうナイトハルトに声をかけられるとたちまち彼は直立不動の体勢となり、やがて宮殿の立派な紅い絨毯の上に跪いた。

「遅いわ、……ね」

 一方、グレイとクローディア、そしてホークは、アイシャが無事に戻るのを、城の付近で静かに待っていた。

 グレイは「死人になど興味はない」と、アルベルトとジャミルには付いて行かなかったし、そうなれば自然にクローディアはグレイと共にそこに留まっているということだった。ホークは勿論、アイシャが戻るのを、―城の近くで、しかし城の番兵の目に届かない離れた木陰で、じっと佇んでいた。

 何か、嫌な予感が頭を掠めたが、アイシャは確かに戻って来るときっぱりと言った。それを今は信じるしかすべがない。戻ってこなければ、どんな手を講じても取り戻してやる、と心に誓っていた。

 最初は付近の者からさりげなくローザリアの情報を聞いたりしていたグレイだったが、なぜか自然にグレイもクローディアも、ホークの佇む傍でアイシャを待っていた。シフも、ジャミルもアルベルトが再び城へと入った後は自然にその場所の付近で二人の帰りを待っていた。

「あのアイシャという子は何で、ナイトハルトを知ってんだろうね」

シフはポツリと呟いた。すると、ジャミルが口を挟んだ。

「それは聞いたぜ。アイシャがステップで魔物に襲われたところを、命からがら助けてもらったらしいぜ。でもさ、そのあと城に連れて行かれて風呂に入れられたとかぼやいてたな。ははは」彼は少し笑いながら、そう言った。

 そのジャミルの言葉に、ホークは一瞬目を剥くと

「なんでそれを、先に言わねぇんだ!?」

 と恫喝していた。その隣でグレイも、ひとつ溜息を吐いていた。

 そしてホークがジャミルの胸ぐらを掴まんばかりになっていた中、アイシャが城からとぼとぼと出てくるのが見えると、ジャミルは助かったと言わんばかりにその姿を見つけると大きな声で、アイシャの名を呼んでいた。

「おーーーい、あ、アイシャ!!遅かったな!!?」

 ホークもそして一同も、その方をいっぺんに顔を向けた。

 するとアイシャも皆に気づいた様だった。そして、それを見ると一気に張り詰めた面持ちを崩し、泣きそうな顔になったのが誰の目にも見て取れた。

「う……」

 そしてアイシャは駆け出すと、一目散にホークの元へと駆け寄って抱きついていた。言葉を発することないまま、静かに鼻をすする音だけが聞こえた。

 

Last updated 2015/5/1

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