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碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ

09. マグダレンのパープルムーン

 ジタンは少し考えていた。樹を脱出してこれまでの事といっても途方も無く長い話になってしまうこと、そしてあまり、ジタン本人は積極的に話したいことばかりではなかった。人とは言いがたいほどの壮絶な日々だったから。ジタンからしてみると正直、今現在こうして、生きているのが未だに不思議なほどである。

「そうだな。何から話せばいいのか……。けど、必死に生きようとしたのは確かだよ。何が何でも生きたいと思った。生きてまた再び、ダガーに会いたいって……そればかりだった。その気持がなきゃ、とうに死んでいたかもしれねえ」

 なぜかあいまいな説明をするジタンにダガーは業を煮やし「この村に辿り着いたいきさつを教えて」と急かすように話かける。

「そう、だなぁ……。もう一年も前の話だからさぁ……」

「一年も!?」ダガーは少しムッとしたようだ。

「一年も前にここに辿り着いていたのに、どうして今まで私のところへ来れなかっていうの!?」

 と。しかし、ジタンも、その言い方にはムッとしたようで、

「仕方ないだろ、根を脱出するのに八ヶ月もかかったんだぜ!」と反論した。するとダガーは黙ってしまった。ジタンを待つ間の辛い気持ちを思い出してしまったのか、目には涙を溜めたまま、下を向いてしまっていた。

「ごめんよ……。でもさ……。オレ達も大変だったぜ。根元ではその辺に生えてる草なんかを食ってなんとか生き延びた。泥水や虫も喰ったさ。で、やっと根を脱出したのはいいけど、運悪く二人とも海に落ちてしまったんだ。その時はもう駄目かと諦めたんだけど、オレもクジャも多分相当悪運が強いんだろうな、うまいこと潮の流れが、さっき飛空艇を停めた海岸へと導いてくれてさ。オレ達は流れ着いてたんだ。しかも、都合よくここの黒魔導師が通りかかってくれて。当然彼はオレの事を知っていてくれたから助けてくれようとしたんだ。ただ……、クジャのやつも一緒なのを見てな、……正直迷ったんだそうだよ。いっそ、オレだけを助けようと思ったんだってあとで聞いた」

 ダガーは顔を上げ、ジタンの話を聞き入っていた。

「それで……、どうしたの?」

「でも、どうしても、見捨てることが出来なかったんだってさ。自分達を創ってくれたのはクジャだし、どんなに酷い奴だったとしても、ぼろ雑巾みたいになって波に打ち捨てられているアイツを見たら、全てを許せる気になったんだそうだよ。不思議なもんだよな……」

 ジタンは寝っ転がって、月を見ながら、遠い目をしていた。ダガーは、手で涙をぬぐっていた。

「どうしてかしら……。お母様が亡くなった時の事を思い出しちゃった…………」

 鼻をすする音が静かに響くと、ジタンは苦笑いをして

「泣くなって。何かこないだからダガーは泣いてばっかだぞ。それにクジャは生きてるんだし」

 ジタンは言いながら上体を起こして、ダガーの肩をぽんぽんと叩いた。

「でもほとんど、あなたが泣かしているんだから!」

 ダガーは、少し涙声を荒らげるとジタンの胸にすがりついて、そのシャツでこれでもかというくらい、涙を拭いてやった。

「だけどどうして、一年もかかったの?」

 ダガーは素朴な疑問を口にした。

「言っただろ?もう死んでいても仕方ないってくらいボロボロだったんだぜ。まず、全身の骨がくっつくのに四ヶ月は掛かったし、歩いても支障ないまでに回復するのに更に二ヶ月……んで、通れるようになったフォッシル・ルーを抜けたらまたケガが悪化して、なんとかリンドブルムにはたどり着いたけど完全に回復するまで三ヶ月以上で。本当はすぐにでもダガーのところに行きたかったけれど、仲間達に動いたらだめだって止められてたのさ」

 その壮絶な話に、彼女はさも、自分が痛いかのように顔をしかめながら、ときにはまた泣きそうな顔をしながら聞いていた。

「大変だったのね……。さっきの事は謝るわ。……ごめんなさい……。生きててくれるだけで感謝しないといけないのに、わたくしったら……。ごめんなさい。本当に……」

 そう言いながら、ダガーはまた泣き出す始末だった。

「だから、泣かないでくれよ……。オレはダガーの泣き顔なんて見たくて帰ってきたわけじゃない。笑った顔が見たいんだ。だから、仲間達も協力してくれて、あんな大芝居をうったわけだしさ」

 ジタンは、ダガーの髪にそっと手を置くと、優しく撫でた。

「過ぎたことはもういいじゃんか。オレも生きてて、クジャも何とか助けられて。でもそんな事よりオレは、このデートでちゃんと話したいのは、これからのことなんだ、ダガー」

 ジタンは、まだ泣いているダガーの肩を両の腕でそっと包んだ。しかしダガーは、

「クジャ……。会うと、やっぱり嫌なことのほうが思い出してしまうのでしょうね……。ジタンは、彼のことを許したの?私はまだ許せていないわ。だって彼さえいなければ、お母様は死ぬこともなかったでしょう……。ビビたちのような悲しい命が生み出されることもなかった……。それにあのクジャは、あなたをこのガイアに捨てて、殺そうとした人なんでしょう?憎くはないの?」

 ジタンは少し考えていたが、首を横に振った。少し悲しそうに顔をし

「こうは考えられないかい……確かにブラネ女王の事はとても悲しいことだ。けとさ、クジャがオレをガイアに投げ捨てなければ、そしてブラネ女王を謀らなければ、……オレとダガーは出会うことは決して無かったって。クジャが創ったビビと出会えたことだって、オレにはとても大切なことなんだ。そういう意味では、感謝はしてるな」

「それは……そうなのだけど……」

 母親の死とジタンたちとの出会いを天秤にかけることなど到底出来ることではないが、ダガーはこの一連の出来事がなければ、もしかしてただ守られるだけの弱いお姫様のままだったかも知れないし、生まれ故郷であるマダイン・サリのことや出生の秘密を知ることももしかしてなかったのかもしれない、とも思い始めていた。

「あとさ、こんなきれいな「パープル・ムーン」が見れるのも、テラのおかげだったとは、なぁんてな」

 ジタンは、ふたたび寝ころがると綺麗に重なる二つの月を見上げて、いたずらっぽく笑ってみせた。

 それを言われてしまうと、ダガーは黙らざるを得なくるのだった。碧い月はもともとガイアの月だが、赤い月は、五千年も前にテラがガイアに融合した結果、テラの衛星だった月だけは融合せずにガイアに二つの月をもたらしたのだ。

「このガイアに月が二つになったときから、もしかしてオレ達の出会うことは決められてたのかも知れないな……」

「ジタン……」

 ダガーはその言葉にどきりと心臓が大きく鳴ったのを感じた。

「……ちょっとキザだったなぁ。ははは。せっかくのパープル・ムーンの日だから、なんかこういうこと言ってみたくなっちまった」

 などとジタンは自分の言葉を茶化すように苦笑いをして、ダガーを見た。するとダガーは、おもむろに寝ているジタンの隣に自分も横になり、

「そうね、こんなきれいなパープル・ムーンなんて、どれだけ振りに見たのかしら。私ね、子供の頃からこの夜が大好きなの。まさか二つの月に、こんな意味が隠されていたなんて、当時は思いもよらなかったけれど。それを知っているのはわたくし達だけね」

 と、微笑っていた。

「碧いガイアの月はわたくしで、紅いテラの月は、ジタン……。なんてね。うふふ……」

 ダガーはうっとりと、月を眺めていた。

「やっぱり、きれいね……。ジタン?二人で見ることができてうれしいわ。そうよ、思い出したくない過去の事はどうでもいいのにね。ごめんね、ジタン……」

 ダガーは何故か何も言わないジタンの腕をそっと取って、顔をうずめるような仕草をしていた。すると

「……こんな御伽噺を聞いたことがあるんだ」

 不意に、ジタンがこんなことをぽつりと話し始めた。

「なあに?」

「その昔、二つの月は、二つとも白い月だったそうだ。

 けれど、二つの月は、出会ってしまった。

 それまでは半月や新月ばかり、軌道が合わずにきちんとお互いの姿を見たことがなかったんだ。

 そんな二つの月が満月の姿で出会ってしまうと、

 今まで白かった片方の月は、もう片方の月に恋をして、赤く染まってしまったそうだ。

そのまま、赤い月は、ずっと片方の月を追いかけて……二人が出会った時にだけ、赤くないほうの月も仄かに碧い光を放って、愛を伝えて

 そんなふたりが一つに交わると、紫のきれいな光になるんだってさ。……ふふっ。おかしいだろ??本当のことを知ってるオレ達にしてみればね」

 ジタンは笑って、ダガーを見た。ダガーもくすくすと笑って、

「それ……本当??もしかしてジタンが創ったんじゃあ」

 と、ダガーが言うと

「パレたか?でも……そう……全部じゃなくて、一部分だけ脚色したんだ」

 と、ジタンはあっさりと白状した。

「一体どこを?」

「……“ひとつに交わると、紫のきれいな光になる”って所だけ」

 そう言うと、ジタンはダガーのほうに顔を向けたかと思うと、不意うちのように唇を重ねた。

「ん……っ」

 突然のくちづけにダガーは少し驚いてはいたものの、だからといって拒むはずもなく、ジタンに身を任せきっていた。

 先日はじめて交わしたのと違うのは、生暖かくとろけるような互いの粘膜の感触が重なりあったこと。初めて彼の下が挿し入ってきた時その未知の感触にダガーは困惑したものの、すぐに舌の感触はダガーの理知的な思考をかき消してしまい、本能に身を委ねてしまった。

 

昔、誰かが言っていた。

碧い月には、理性

紅い月には、本能

そして二つが重なった紫の月影の夜には、二つを超えた幻惑が隠されていると。

こんなに美しい、二つとも完全な満月のパープル・ムーンなど、年に何度もお目に掛かれない。

そして、こんなに淫靡で衝動的な気分になったのも初めての経験だ。

そんな二つの月に見守られ、ふたりは抱き合い、月の幻惑の足元に、身も心も堕ちていくようだった。

 

 ―舌と唇を、息が苦しくなってやっと離すと、唾液の透明な糸がまだ名残惜しそうにふたりの間を繋いでいた。頭の中は真っ白だっが、一つだけわかることがある。ただ、彼の一部になりたいということ。あの酔っていた夜とは違って、今はそんな確固たる意思がダガーの中でじんじんとうずいていた。

 手は震えていたけれど、確実にジタンの体に手を回し、耳元で、(ひとつになりたい)と、呟くのが精一杯だった。そんなダガーを、ジタンは強い力で抱きしめた。そして

「……オレは、ずっと……自分が生まれてきた意味が、解らなかった……」

 突然、ジタンはこんなことをダガーの耳元で呟いた。

「特に、テラに行ってから、ますます自分の存在は無意味にさえ思えていたんだ」

 ダガーは小さく、その胸元で首を横に振った。

 ―そんなことはないわ。だって、あなたは……あなたには、私がいるじゃない。

 そう言いたかったのに、なぜだか喉が詰まってしまって言葉が出てこなかった。さらにジタンは続ける。

「……けど、やっぱり、生きてて良かった。生きて、ダガーのところに帰れてよかった。だって」

 ジタンは一旦抱きしめる力を緩めながら、

「オレは多分、ダガーと出逢うためにきっと、生まれてきたんだ。やっと……解ったよ」

 ダガーの顔を、ジタンはその蒼い瞳でまっすぐに見つめた。

「ジ……タン……!」

 今度はダガーの方から、ジタンを力いっぱいに抱きしめた。

生きてて良かったー。そう言いたいのは、ダガー自身だった。そして、ありがとう、生きていて……そう言いたかった。しかし涙で喉が詰まって、言葉にならなかった。そして、もう一度口づけを交わした。

 甘い、やさしく、暖かく、少し淫靡な音を立て、それはやがて、唇だけでは満足できずに、ダガーの首筋に移動していった。

 全身が勝手にぞくぞくと震えてしまう。そしてなぜか自然に、口から吐息と一緒に、声が漏れ出てしまう。ジタンの唇が、耳朶に使い部位にやってくると、彼の微かに乱れた息遣いを感じダガーの中で彼へのいとしさを益々増長させてゆく。

 もうどうなってもいい……彼にだったら、どんなことでもされてみたい……。どんなところだって行ったって構わない……そして、ジタンの唇は、胸元までやってきた……そしてやがて、その指が、ダガーの衣服の、肩のベルトを、ゆっくりと腕のほうへと下げていく。

「……あっ……」

 ダガーはその意味を咄嗟に感じると、思わず、息を呑んだようだ。

 ジタンは、そんなダガーの表情をその頬や、髪を優しく指や唇で愛撫をしながら注意深く見守る。もし厭なら、心の準備ができていないのなら、拒むならば今のうちだよ、と表情で訴えて。

 ―しかし当然ながら、彼女に止めて欲しいという表情は見られなかった。

 それどころか、そんなジタンの首に腕を絡ませ、抱きしめてた。そして、はぁっと深い少し震える吐息を吐く。

 それはまるで……もう、たまらないの……と、言いたげな、切ない響きを含んで。そんな彼女を見ると、ジタンも最早、意を決した。考えるのは、もうやめよう。だって、オレはダガーを愛している……。

彼女もこんなに、自分を欲している。他に、何がある?

そう考えた途端に、ジタンはわずかに上体を起こすと、冷静に、彼女の胸元を止める紐を解した。

そして、肩のベルトに手を差し入れ、両手で、両肩のこれをゆっくりと下げた。

 ダガーは矢張り恥ずかしがっているのか目を硬く閉じ、顔を横に向けていた。ジタンが衣服越しにでも微かに触れるだけでもびくんと体を震わせて、小さく吐息と共に声を洩らす。そんな姿がとても愛しくて、できるだけ彼女がリラックスできるように、また、情熱的にキスをした。

 そして、肩をずらすと、ダガーも自分で、服から腕を抜いた。そして、ジタンの手が、その下の白いブラウスの中程に侵入していく。ダガーも興奮の為か、肌に直に彼の手が触れた感触に、体を震わせて、切ない声を上げた。

 それは今まで聞いたことが無いくらいに可愛くて、たまらなく艶やかな響きだった。

「あぁ……ダガー、……愛してる……」

 ジタンのほうも最早興奮によって、頭がくらくらさえしていた。吐息も荒く、はあはあ、と喘ぎを含んで、微かに聞こえる森の夜鳥の鳴き声と、シーツが擦れる音と、切ないダガーの吐息と交じり合う。早く、彼女と一つになりたいと、その服を少しせっかちに脱がそうとした。その時だった。

「ねー、ダガー!?どこに行ったのぉ!?」

 という、エーコの声が聞こえた。二人はその声に、心臓が止まるかと思った。

ジタンは物音を立てないように、ずらした彼女の服を手早く元に戻そうとしていた。ダガーも顔を真っ赤にしながらも、気づかれないように手早く紐を結ぶ。するとやはり、エーコに、見つかってしまった。

「あ、そんなとこにいたの。何してるの?いないからびっくりしたんだから」

「エーコ、あ、あのね……。つ、月を…………」

 ダガーがしどろもどろになっていると、

「ふたりで月を眺めてたのさ。ほら、今日はパープル・ムーンだろ?」

 と、ジタンは平然とした様子で、フォローしてくれた。

「あ、そうだったね、きれいだねぇ。……ラブラブだったんだ。邪魔して……ごめんね」

 エーコは済まなそうに、うなだれてしまったのを見てジタンは苦笑いをしていた。

「子供が、そんな気を遣うもんじゃないよ、エーコ。エーコも、こっち上って一緒に月見するかい?」

 などと言い出した。ダガーは少し驚き、ジタンのほうを見たが、

「いいよ、エーコ、ちょっと目が覚めただけだからやっぱり眠いや……おやすみぃ」

 と、なぜかそっけなく、自分のベッドに戻っていった。

「ジタン……どうしてあんな事言ったの?」

「ん?」

「どうして上って来いなんて」

 ダガーは小声で、ジタンに思わず問いかけた。ジタンの優しさだったのかもしれないけれど、どこかダガーにとってはしっくりこないものがあった。

「あんまり、エーコがしょんぼりしてたからさ……思わず」

 ジタンも、しまったなあという表情をしていた。どちらに対しても、失言だったかなと。ダガーははぁと一息吐くと、

「…………相変わらず、ジタンって、誰に対しても優しいのね」

 と、嫌みにも取れる言葉を放った。ダガーは立ち上がり、はしごを降りようとしていた。

「……もう行っちゃうのか?」

「だって、仕方ないでしょう。今日は……。ね」

 振り向き、一度だけ軽くキスをすると、ダガーは「おやすみなさい……」と言って、はしごを降りていった。ダガーが下のベッドに降りていくと、隣のベッドでは、エーコはダガーに背を向けて、もう眠っているようだった。ダガーは床に就いたが、さっきの興奮や感触がまだ体に残って、なかなかまともに眠れそうになかった。

 それは、勿論ジタンも同じだったようだ。

 

 

―こうして、静か過ぎるほどの紫の夜は更けていった。

 

 

Last updated 2015/5/1

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