碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ
11. 『エリン・ザ・ブリ虫マスター!』
「エーコは一体、何処にいったんだろ?」
エーコが宿に帰ると、ジタンとダガーが姿のないエーコを慌てた様子で探しているようだった。そこへちょうどエーコが宿に入ってきたので
「あ……」
ダガーがその姿を捉えてエーコの元へと走り寄って来た。それを見たエーコは反射的になぜか、目を固く瞑ったのだ。
「ど、どうしたの、エーコ?」
ダガーはそんなエーコに驚き、その前髪に軽く触れた。
「あ、あのう、心配かけちゃったかなと思って……」
「何かあったのか?」
エーコの言葉に、ジタンは驚いて近づいてきた。
「え、別に……そういう意味じゃないんだけど」
ジタンはそう言ってまた嫌な顔をしているエーコに肩をすくめつつも
「まあ、何もないんだったらいいんだぜ。朝があんまり気持ちいいから散歩でもしてたんだろ?」
ジタンは相変わらず、優しい笑顔で言ってくれていた。
「う、うん。そうなの、マダイン・サリだと当たり前だけどさ、最近お城の中ばかりだったからー」
「そうか」
ジタンは笑うと、エーコの青い髪をくしゃくしゃに撫ぜてくれた。
エーコには、それはとても懐かしくて、癒される、とても心地良い感触だった。
だって、エーコの頭をこうして撫ぜてくれたのは、優しかった死んだおじいちゃんの他に記憶がなかったから。懐かしくて、懐かしくて、なぜかエーコは泣きそうになっていた。
こんなときはいつも、召喚壁でお祈りをするフリをして、一人で泣いていたのだったが、最近は一人で泣く場所さえ容易に見つけられなかった。
「さて、少し早いけど、発つか」
ジタンはが突然こう言う。
「もう、なの?」
ダガーは少し残念そうに、呟いた。
「ビビには挨拶をしたしな。何より今回はダガーのスケジュールに余裕が無いし。まぁ、またいつでもここへは来れるさ」
「もう、行っちゃうんだね。……寂しいよ」
ベベが傍らで下を向いていた。両手の指をうつむいて弄ぶ様はまるで、当たり前とはいえビビそのものだった。クローンというのはこんなところまで似てしまうのだな。と、ジタンは複雑な思いを抱く。
「また来るわ。貴方達に会いに、必ず来るわね」
ダガーはにっこりと笑って、ベベの手を取った。
「ありがとう、おねえちゃん。いつも、今でもやっぱり優しいんだね」
彼は顔を上げて、ゆっくりと頭を揺らしていた。黒魔導師は顔は闇ばかりでその表情はないのだが、笑っているようにダガーは感じた。ダガーはそんな彼を見るのはとても心が和んだ。ビビがそうであったように。表情が無いからこそ、奥に潜む心を感じた時にはとても、思いが一層強く、感じるようだった。全く、不思議な存在だった。
しかし、ダガーには、ひとつ心に引っかかっている事柄もあったのだ。
(彼らは、一体何年生きられるのだろう。)
ビビや他の黒魔導師たちと同じ二年ほどの命だったら、悲劇を繰り返すだけなのではないのか……―と。
一行はいよいよ村を出ることになったので、数人のジェノムや黒魔導師たちに見送られ、村の入り口までやってきた。
「世話ンなったな。また来るから、元気でいろよ」
ジタンは軽い挨拶を交わす。ダガーとエーコも、数人の村人たちと軽い挨拶や握手を交わす。彼らは、そういう感じや風習に慣れていないせいか、とまどっているのがすぐに解ったが、しかしそれでも、人が去ることに一抹の寂しさを覚えているようで、「また来てくださいね、ここは外界より隔離されている。人が去るのはやはり寂しいです」と、素直な感想を述べていた。
「ええ、またここに来たいわ」
ダガーは、彼らと挨拶をしながら、社交辞令なのか、本心なのかわからない当たり障りの無いことを口にしていた。ジェノムたちに半ば困惑しているのは、ジタンにもエーコにもよく解ったが。
「……クジャ……は、来ていないのね。ミコトも」
幾度か、ダガーはあたりを見渡していたが、それはふたりの姿を探していたようだった。しかし、やはりクジャもミコトも来ていないだった。
「全く、見送りにぐらい来ればいいのにな」
ジタンが肩をすくめると、
「来なくて結構じゃない、あんなヤツ」
と、エーコがもらした。そして、はっと、何かを思い出したように、左手をぶんぶんと振っていた。
「左手、どうにかしたのか??」
ジタンは怪訝に思い、エーコに尋ねたが
「なんでもない!!」
と、エーコは不機嫌な顔をして、背を向けてしまった。
「…………???おかしなエーコだなぁ」
ジタンもダガーもそんなエーコの不機嫌さに首をひねったが、エーコが早くと急かすので、「じゃあ……」と、村の者達に最後の挨拶を交わすと、ようやく村を出た。また、あの途方もなく広いマグダレンの森を行かなくてはと思ったら、一行は少しだけ足取りが重かった。
「よくもまあ、旅の間は何度もここを通っていたわね」
ダガーは苦笑していた。
「ああ、でも半分はチョコがいたからな。大分楽だったなぁ。あいつも今頃、桃源郷で幸せに暮らしているかな。……メネのやつもな。あいつは本当に変わったヤツだったなあ」
ジタンは、懐かしそうに思い出していた。不思議なチョコボと、もっと不思議なモーグリの事を。
そうしていると、ようやく森を抜け、プリンセス・エーコ号のシルエットが姿を現していた。
「あ、御帰りなさいませ!!そろそろかと思いエンジンを温めてお待ちしていました」
飛空艇から、エリン他クルーたち数名が、ジタンらの姿を見つけた途端に艇から降りてきて、ステップのすぐ下に並ぶと直ちに敬礼をしていた。
「エーコ様、ガーネット様、ジタン殿、お疲れ様です!さぁ、早く中へ。すぐに離陸の準備に入りますから。さあ、みんな、位置に!第二機関室、昨日の誤差確認どおりに余熱をスタンバイさせていてね」
エリンがてきぱきとクルーを仕切っていた。
「へへ、やるな!エリン・ザ・ブリ虫マスターちゃん」
ジタンは、その様子を見て感心し、言葉をかけていた。
「あら、覚えてたんですか、アレ。あの時は失礼をしました」
『ブリ虫マスター』の称号を口にされ、エリンは苦笑いをしていた。
「別に、公平な勝負だからな。賞金取り損ねたのは悔しいけどな」
とジタンは言うと、こちらも苦笑いを浮かべていた。
「それ、何のお話ですの?」
そこへ、ダガーが首を突っ込む。少し不機嫌そうにも見えた。
「あ?ああ、そうか。あの時は、ダガーはいなかったな。確か」
エリンにカードで対戦して負けたのは、もともとダガーがアレクサンドリアで女王に即位してしまい、その寂しさとムシャクシャを晴らすために、みんなでトレノに遊びに行った時の事だったのだ。あの時は、カードのトーナメントに勝ち進んで、気分がいいはずなのに、なぜか、少しだけ虚しかったっけ。……傍にダガーがいてくれなかったからー。
「とにかく、すげえんだ。彼女はトレノのカード大会で、ブリ虫のカードだけを使って王者になったんだ。オレもあの時、決勝まで行ってエリンに当たって、見事負かされたってワケだ。……けどアレ、結局カードを扱っていたのはシドのおっさんなんだろ?」
「そうですね。でも、シド大公様にカードゲームをお教えしたのは私なんです。あんまり大公様が暇だ――、ブリ虫でもできる何か楽しい事はないのかブリーッ!などと仰るから」
「へえ、じゃあ、シドのおっさんの師匠なんだ!すげえな。ちょうどいいや、んじゃあ……」
ジタンは、何かを思いついたように、荷物の中を探っていた。
「あのときのリベンジを兼ねて、どうだい、一戦?」
ジタンが手にしていたのはカード一式。きちんと百枚揃ったパーフェクトなコレクションだ。
「どうして、ジタンがそのカードを?それってビビにあげたんだけど」
エーコが驚いて、そのカードを見つめていた。
「ベベにもらったんだよ。形見分けだそうだ。要らないって言ったんたけど、ビビの遺言らしくてな。早速役に立つぜ」
ジタンはにやりと笑った。
「でも、私は皆の指揮を執らなくては……」
エリンが困惑していると、
「一回だけでいい!十分だけで……な、頼む!」
ジタンは手を合わせてもエリンに頼み込んでいた。どうやらかつて敗けたことが本当に悔しく心残りだったようだ。
「……わかりました。では、十分だけなら」
エリンはにこりと笑うと、いくつもあるズボンの腰のポケットから、きれいなケースを取り出した。それは無論カードだった。しかもシド大公にプレゼントされた、高価そうなプラチナのカード。
「へへっ、やっぱり持ってんじゃないか。マイカード!」
「当然です。カードは常に携帯していないと、いつどこで勝負を挑まれるか解らないものですから。カード師としては鉄則です」
そう言うと、エリンはいたずらっぽくニッと笑った。
「エリンちゃんと、カードで勝てるヤツなんて、この世界にいやしねえ。ジタンさんには悪いけど勝負は見えてるぜ、こりゃ」
「負けネェとは思うけど、頑張れ、エリンちゃーん!!」
「エーリン!エーリン!! エーリン!!! エーリン!!!!」
ジタンとエリンがカードで勝負をすることになったと聞きつけ、船中からクルーたちが集まって来て、たちまち艇の中はやかましいほどのエリンコールに包まれた。エリンが左手を鋭く横に伸ばすとするとそれを合図にエリンコールは一斉にぴたりと止む。
そして、船の中は静けさに包まれた。
「エリンはあたしのカードの師匠でもあるけど、あたしはジタンを応援するモンね。頑張れ、ジタン!」
エーコが心強いエールをくれた。「ありがとよ、エーコ」ジタンは、エーコに、にやりと笑う。そして、ダガーを見た。ダガーは、ジタンと目が合うと、少し慌てたように
「あ……、が、頑張って!!」と、言葉をくれた。
「また、ジタン殿と勝負できるなんて光栄です。しかし、手加減はいたしませんよ……。ふふふ。いざ!」
エリンは、丁寧に礼をすると、ジタンは、コインを取り出し、「表だったら、オレの先攻だ」とエリンに確認した。
「左様に」
エリンの言葉と同時に、指でコインを弾いた。勝負の開始である。
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一行は空の旅をしばし続けていた。天気も良く、朝陽がさんさんと艇内に降り注いで、とても爽やかな一日の始まりだ。ただ一人、ジタンを除いて。
「ねぇ、元気出して。カードで五連敗したからって、死ぬわけではないのよ?」
「………………」
見たことが無いくらいに落ち込んで、デッキで黄昏ているジタンが痛々しくて、ダガーは一生懸命慰めの言葉をかけている始末だった。
「まさか立て続けに八コンボなんて……ありえない」
うわ言のように、ジタンはボソリと独り言を呟く。
「運が悪かったんだよ、ジタン」
エーコも苦笑いをして、こんな言葉をかけるくらいしか他になすすべが無かった。
「まさか生きているうちに八コンボなんて奇跡にお目にかかるなんて……」
そんな女性達の言葉などまるで、耳に入っていないようにジタンはなおも放心状態だった。
「…………」
ダガーもエーコも、もはやジタンを慰めるより放っておいたほうがいいのではと思い始め、そっとジタンのいるデッキから離れていった。
勝負はジタンの先制で始まったが、エリンの巧みなカードさばきはあっという間にジタンを追い詰め、結局五戦やったのだが、あっという間に下されてしまったのだった。
「カードファントムももしかしたら軍門に下るかも知れないわね。連れて行きたかったわ」
ダガーもその腕には呆れるやら、感心するやらのようだった。
「にしてもすごーい落ち込みよう。分からなくはないけどさ」
エーコの方は、ただただ呆れているようだった。
ジタンは、せっかくダガーにカッコいいとこ見せたかったのになぁと、落ち込んでいた。まさか、ああまで強いなんて思いも拠らなかった。自分も旅の途中で大分腕を上げたはずなのに……と。溜息をついて、また外を見渡す。世界は霧も無く、あざやかな陽光と雲と大気の光のハレーションを織り成していた。
「綺麗だなぁ……」
ジタンは、改めて、ガイアの美しさを認識していた。
オレはこの世界で生きていて良かったなぁ……。
穏やかな紫や黄色の光に、おのずと心は癒されていった。
そしてさほど時間の経たぬうち、見覚えのある、河をはさんで梯子の上に山ができたような、「御神輿」の村、コンデヤ・パタが見えてきた。一時期、「根」によって、中に入れなくなったあの村だ。
「ジタン、コンデヤ・パタよ、もう根はすっかり無くなっているみたい……。みんな、大丈夫なのかしら」
ダガーは、ジタンの元に駆け寄り、ボーッと呆けているジタンをゆすった。まるで、寝た子を起こすように。
「え、え??ああ、コンデヤ??」
ジタンも、まるで今起こされたように、ダガーの言葉に返事をした。
「寄らないの?」
ダガーは少し、そんなジタンに呆れて眉をひそめながら低い声で聞いたのだった。
「予定はないよ。それにさあ、ホラ、エーコはあんまり行きたくないんじゃないか?」
ジタンは傍で外を見ていたエーコにちらりと目をやった。エーコといえばかつてはあの村で食べ物の盗みを繰り返していて、すっかりお尋ね者の子供になっていたのだ。
「けどあれから二年も経っているのだし、あんなのんびりした村のひとたちだもの、覚えていないんじゃ?」
ダガーは食い下がっているように見えた。どうもあの村に行きたい理由があるように思える。
「んー、エーコ。どうする?」
ジタンは結局、あの村に因縁があるエーコに決めさせることにしたのだ。
「ダガーの言うとおり、忘れていることかもしれないけど。もし覚えてたら……」
盗賊の自分なら、そんな村なら行かずに済むなら二度と行かないな、と思っていたが、エーコは盗賊ではない。生きるために必死になり、やむを得なかったことなのだ。
「うーーーーーーーん……」
エーコは渋い顔をして考えていたが、しばらくして小さく口を開いた。
「……本当はね、謝りたかったの。だって、悪いコトだもんね」
とポツリと発した。
「……そうか。じゃ、決まりだな」
ジタンもダガーも顔を見合わせて頷くと、ジタンは急いでエリンに、村の手前に引き返すように告げに言った。
「エーコ、えらいわ。よく決心したわね」
ダガーはうれしそうにエーコの肩を包む。エーコはただ、「そんな事ないよ」と、照れくさそうに笑っていた。
Last updated 2015/5/1