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はつよる。
Romancing SaGa 3

Full Moon. 02

 何故だかはわからないが心臓がバクバクと波打つ。少し休めという言葉がカタリナにとってはこれ以上ない厳しい叱責に聞こえた。頭に血が上ったような、また同時に冷や汗をかくような冷たさとが同時に体を襲う。次の瞬間、カタリナの身体は力を失っていた。

 「カタリナ!?」

 聞いたこともないようなミカエルの声が遠くで聞こえた気がしたが、カタリナの意識は自らの意に反して遠のいて行ってしまった。

 

 気が付くと、カタリナは広い広い廊下を歩いていた。一緒にいるのは自分の父親と、気難しそうな男性。長く、広く、無限に続くようにすら思えるその場所を父親の後ろについて歩いている。どこかで知った光景だった。

やがて大きな扉が目の前に現れ、扉の前にいた兵士のような男性がその扉を開く。

 「ラウラン家伯爵と、そのご息女、カタリナ様にございます」

 自分たちを先導していた男性が、玉座に座る男性に一礼をし、そう告げた。

 「よくぞ参ったラウラン殿。大切なご息女、わがアウスバッハ家で大切に預かろう」

 「フランツ様、大変光栄にございます」

 父親は跪いて深々と敬礼をした。自分もそれに倣おうとすると

 「カタリナよ、こちらへ来るがいい」と玉座の男性に手招きをされた。

年配の男性は、このロアーヌを治める領主フランツ王その人だった。カタリナは顔をきりっとあげ、ゆっくりと男性の座る玉座に歩いていく。内心緊張していたものの、その態度からは微塵も臆した気配を気取られることはなかった。

 「よい顔をしている。15歳、だったな。まだ年端もゆかぬが、男勝りに剣の腕前も立つと聞くがまことか」

 「それは、まこと……でございます。もう少し淑やかになれといつも言って聞かせておるのですが……」

 王の問いにややしどろもどろになる父親。彼はと女だてらに貴族の子女が剣を振るうことにやや恥じ入った口調でそう返事の言葉を濁していた。

 「よい。私が探しておったのはそのような気概のある者だ。我が娘の傍に付かせるにまさにふさわしい。気に入ったぞ」

 「ありがたきお言葉……」

 恐縮したように、父は再度深々とお辞儀をした。

 「カタリナはどうだ。ここで仕えてみる気はあるか」

 「ロアーヌのためとあらばこのカタリナ、喜んでこの身を捨て、ご奉仕させていただきます」

 まだあどけなさの残る顔つきと声で、そう立派に挨拶をする少女。

 

 ――これは、9年前の私自身ではないか

 

 そう、自身がこの宮廷に連れてこられた日のこと。忘れられない日であり、今でも鮮明に覚えている。カタリナにとって運命の日になったこの日のことを、なぜだか夢の中で反芻していた。

 「ミカエル、モニカ。こちらへ来なさい」

 先代アウスバッハ公が玉座の後ろの柱に隠れるようにしてこちらを伺っていた女の子と、もう一人の名を呼んだ。

 「はい、お父様」

柱の陰から名を呼ばれた女の子と、その後ろからもう一人の男性が姿を見せた。

 「これが私の娘、モニカだ。これからはモニカの世話をしながらこの屋敷で色々なことを学ぶといい。そしてこっちは兄のミカエルだ。ゆくゆくは私の跡を継ぎ、このロアーヌを治める者となる。兄妹ともどもよろしく頼む」

そう言われ、顔を上げた。

 「カタリナと申します」

 「ミカエルだ」

 次の瞬間、目の前に立つ青年に思わず目を奪われてしまっていた。本人も何だかわからないままに感じたことのないほどの胸の高鳴りが止まらなくなった。顔も紅潮していたかもしれない。一体どうして……カタリナは混乱しそうになる頭を精いっぱい冷静な思考に戻しながら、深々とお辞儀をするのが精いっぱいだった。

 そう、この日から9年もの間ミカエルとモニカのために尽くしてこられたのは、あの気持ちがあったからだ。本来ならもっと早く奉仕期間を切り上げてもよかったはずだったのだが、どうしても二人のそばから離れたくなかった。ずっと過ごしてきた間先代王は亡くなり、まだ若かったミカエルはとても立派な領主として成長していき尊敬を裏切ることのない存在だった。慕う気持ちは薄れるどころか心に強く根付き、いつしか自分の一部のようにさえ感じていた。

 そんなミカエルと、離れてしまうなんてできるのだろうか。できるわけがない。そう思うとひどく悲しくて、15歳のカタリナが夢の中で泣きじゃくっていた。できるならばこの命尽きるまでどんな形でもいいから御傍に居たい。

 「ミカエル様……」

 そんな夢を見ながら現実のカタリナまでも眠りながら涙を流し、枕を濡らしていた。彼女は自室のベッドに運ばれ、眠りが覚めることなく長い間横たわっていたのだ。

 その様子を傍らでじっとその姿を見守っている姿がある。それはミカエルだった。

 宮廷の医師が見立てたところ「ご病気というよりは寝不足や過労によるものだと思われます。今はとにかく休ませることが一番です」とのことだった。その後医師たちが部屋を出た後も、ミカエルは何かを考えながら彼女の寝顔を見つめていた。

 「こんな状態になるほど疲れさせていたとは……」

 ミカエルは後悔していた。カタリナはそもそも大変意思の強い女性で、どんなに疲れていようが弱音など吐くはずもないことを失念していたことを。ましてやモニカのためとあらばどんなに無理をしてでもやり遂げようとするだろう。

 ふと、マスカレイドを奪われ、黙って理由を告げずに城を出た彼女の姿を思い出す。

 「いつも私やモニカのために苦労をかけるな……感謝している」

 言いながら、カタリナの目からこぼれたしずくを指で拭った。何かよからぬ夢にうなされているのだろうか、涙の正体が気になって仕方がない。

 カタリナがマスカレイドを取り戻してきた日を思い出していた。あの日カタリナは頑なにこれを返すと言って聞かなかった。それを必死にモニカが説得し、婚姻が決まったことでそれまではいてくれと引き留めていたのだ。

しかしその期限もあとわずか。ミカエルも本当はわかっていた。彼女の手腕だとかそれ以前に、純粋に彼女に傍にいてほしいことを。

 そうしているとドアがバタンと開く音が聞こえ、騒々しい足音が聞こえてきた。

 「カタリナ!大丈夫!?」

 カタリナが倒れたという話を聞きつけ、モニカが慌てて駆けつけてきたのだ。

 「モニカ、静かにしろ、カタリナは今眠っているのだから」

 「お兄様……!」

 その場にミカエルがいることに多少驚いたモニカだった。

 「今日は一日休ませておけ。命令だと。よいな」

 「……はい」

 モニカが来たのならと、ミカエルはすっくと立ちあがりそのまま部屋を出ようとしていた。

 「お兄様、もう行かれるのですか」

 「公務があるのでな。時間があるのならカタリナを看ていてやってくれ」

 そうして足早に部屋を出たが、少し進んだところでふと立ち止まり、先ほどカタリナの涙をぬぐった指を見つめた。そして一刻も早く決断しなければならないと思いにふけっていた。

 「カタリナ……起きた?」

 カタリナが眠りから覚め目を開けると、目の前にモニカの顔があることにカタリナはひどく驚いた。

 「モニカ様……!こ、ここは」

 言いながら飛び起きようとするカタリナだったが

 「だめ、寝ていなさい。あなた倒れたのよ?お兄様も今日一日休むことが命令だとおっしゃっていたから安心して」

 「そうですか……ご迷惑をかけて申し訳ありません」

 「そんなこと誰も思っていないわ。ゆっくり休んで……うふふ」

 ふいに笑みを浮かべるモニカに、カタリナは首をかしげる。

 「どうなさいましたか」

 「わたくし小さいころこうやってね、わたくしがベッドに寝ていて、カタリナがこうやって座ってよく本を読んでもらったのを覚えてるわ思い出してしまったの。私はあまり城下に出たことがなかったからそういう外の話もね」

 「そうでしたね。懐かしいです」

 モニカからそんな昔の話を聞いて、カタリナも口端に笑みを浮かべる。

 「わたくしね、カタリナのこと本当のお姉様のように思っているのよ。もう少しでお別れなのにこんなに無理をさせてしまって本当にごめんなさい……」

 モニカが泣きだしそうな顔でそうこぼすのを見て、カタリナは慌てて飛び起きた。

 「おやめください、モニカ様は何も悪くありませんから……」

 結局モニカを慰めることに終始してしまうカタリナだった。

 それからしばらく昔話を語らっていた二人だったが、時計を見てモニカはハッとした顔をした。

 「わたくしったら……休まなければならないのに、長居してしまってごめんなさいね、カタリナ……ちゃんと休んでね。また明日」

 「いいえ、とても楽しかったです。モニカ様、お休みなさいませ」

 そうしてモニカが部屋を退出すると、しん……と静まり返った自室。そういえばこの部屋とももうすぐお別れだと思うとさみしさもある。9年間寝泊まりした部屋なのだ、愛着もそれなりにあった。

 ベッドからおもむろに立ちあがり、しばし部屋を見渡した。意味もなくテーブルなどに触れて見ても、いろんな思い出が喚び起こされる。楽しくもあり、そして悲しくもあった。

 ふと、サイドボードに置いてあるブランデーに目が行った。カタリナは任務上あまり気が抜けない日が多いのでめったに酒を嗜むことはないが、時々特別な日だけ、ほんの少しずつ飲んでいた高級酒だった。

 「今日も眠れそうもないわね……少しだけいただくか……」

 夕刻という時間に中途半端に寝てしまったこともあり、眠れそうもないと判断したカタリナはそのブランデーを開けショットグラスに注ぐと、それを一気に煽った。

 のどに刺激と風味と甘さが一気に流れ込み、疲れていたせいかその一杯だけでやたらと頭がぼうっとしてしまった。しかしこれで眠れるだろう……と再びベッドへと入った。

 モニカ様にまで悲しい思いをさせてしまったことで、カタリナは本当のところはとても落胆していた。モニカにはあなたのせいではないと言ったが、実際のところ何がこんなに自分を疲弊させているのかはわかっていた。そう、もうすぐこのロアーヌ宮殿とお別れであるという事実のせいだ。ただ忙しいというだけで鍛え抜かれたカタリナの心身がこんな疲れになるわけがない。しかしただ一つの心配事のせいで徐々に心は蝕まれ、夜も眠れないせいで体にも変調をきたしてしまっているのだ。

 (こんなに弱いことではどのみち、あの方を支えていくなんて自信がはない……)

 カタリナは今回倒れてしまったことで、半ばあきらめの境地に至っていた。

 そんなことを考えながらベッドで眠気を待っていたがなぜか眠気がなかなか訪れてくれず。ただ時間が経つとますます酒のせいで意識は霧がかかったようにぼんやりとはしていた。そんな中やがて頭の中を支配し始めるのはミカエルだった。酔った頭だからだろうか、あの方の好きな表情や声などがやたら頭の中で反芻される。

 一度でいい……偽物ではなく……本当のミカエル様の胸に抱かれたかった……。

 その光景は今まで幾度となく頭の中で想像した。いけないことだ、不敬なことだと思いつつも、気持ちは暴走し止まらなくなる。叶うことのない願いをどうにか自分自身で封じ込めようと必死だった。抱きしめられる光景を頭に浮かべると、体が熱くなる。愛しているとささやかれる声を想像するだけで、胸がじんわりとする。愛しくて、愛しくて、考えるだけで涙がこぼれた。そして酒のせいだろうか、無性に身体が熱い。軽い動悸とともに、どうしてもミカエル様に一度でいいから女として愛してほしいという気持ちが高ぶってしまっていた。

 「ミカエル様……御赦しください……」

 頭の中で赦しを請いながらミカエルに抱かれることを想像する。そうすることで心が幸せに満たせていく。これが本当ならと何百回と思ったことだろう。どうしてもたまらなくなり、その手は身体でもっとも熱くなっている部分へと恐る恐る伸びていき、指を這わせると下着の上からでもしっとりとした感触が伝わる。さらに、すでに熱く熟れて固くなったつぼみを下着の上からそっと触れると強い快感が体を奔った。

 「あぅっ……!」

 思わず声が漏れるほどにそれは強く体を支配し、それでも更なる快感を得ようと、無心になって指でそれをこねくり回す。

Last updated 2020/8/26

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