YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.
08.黒い悪魔との悪夢。
水晶亭にやっと入ると、そこにはホークがテーブルで食事をしていた。ジャミルもいたのだが、別のテーブルに座っていた。アイシャは怪訝に思いながらもジャミルのテーブルに近づく。
「ジャミル、おはよう。……どうしてホークさんと一緒に食べないの?」
「よ、おはよっ。だってホークがさ。一緒に座ったらアホがうつるなんて言うんだぜ」
「えっ、ジャミルって、アホ……だったの?」
「……違うってば。お前時々天然だよな」
がっくりと肩を落とすジャミル。アイシャは少し離れたホークのいるテーブルへと向かった。
その男の顔を見ると、一瞬心臓がぎくりと跳ねる。
「お、おはよう、ホーク……さん」
「ん」
相変わらずぶっきらぼうな返事。まるで、昨晩の事など無かったようだ。それでも、昨日よりは少し慣れていた。アイシャは何気なく、問いかけた。
「……ねえ、どうしてジャミルと一緒に食べないの?」
「アホが伝染るからだ」
その答えはジャミルと同じ言葉だった。どうしてジャミルに冷たいのかしら?と首を傾げた。その理由を理解しないのはアイシャだけだったようだが。
するとそこへ、グレイとクローディアも一緒に入ってきた。その後ろから、二人の冒険者が入って来たのだ。若い男性……というりも、少年のようだ。そしてやたらと体格の良い大人の女性。揃ってローザリアの人種特有の金髪。それを見るとアイシャは、思わずあの男の事を思い出す。草原で危うく怪物に食べられそうになったのを助けてくれた、あの男を。アイシャの顔が一瞬緩む。
―国王様は、元気かしら。病気、少しは良くなっていれば良いんだけど。などと、あのとき優しくアイシャの曾祖母のことを語ってくれた、年老いた、この国の国王のことを思い出していたのだった。
入ってきた金髪の彼らは、アイシャたちのテーブルの隣の席へと腰を据えると、すぐに少年は溜息を深く吐いていた。少年のよく通るその声は、会話としてアイシャの耳にもいやがおうにも入ってきたのだった。
「……シフ、ここでお別れなんだね。貴女は恩人なんだよ。出来れば一緒に殿下に会ってもらいたいんだけど、本当に、だめかい」
「坊や。さっきも言っただろう。あたしみたいな蛮族と関わっていてはあんたにとって良くない。あたしの、あんたを案内していく任務はここまでだよ。それに、お城なんてあたしの肌には合いそうにないしさ。ああ、鳥肌が立っちまう。こんなピッカピカな街にいるだけでも、落ち着かないっていうのにさ。あたしを殺す気?」
「………………」
その体躯の良い女は、どうやらローザリア人ではなく南の蛮族の女戦士のようだ。少年はその言葉にまた、がっくりと首を垂れていた。その様子に女戦士―シフは苦笑しているようだ。
「なんだい、一人で殿下とやらに会うのが怖いのかい?だったら正直にそう言いな。考えてやらないでもないよ」
「そんな訳じゃないよ。ただ……!」
一瞬威勢良く何かを言いかけた少年だったが、そこでまた、下を向いてしまった。
「ナイトハルト殿下は、別に蛮族だから、なんていう差別はなさらないよ。草原の民にだってお優しいし、僕はただ、恩人を殿下に会わせたいだけなんだ」
アイシャは聞くとは無しに聞いていただけだったが、その言葉をきっかけにして、ある出来事を思い出したのだ。
草原でナイトハルトに助けられた後、アイシャ草原の片隅にある湖のほとりで、彼に介抱され一命を取り留めたのだった。彼に助けられなければ、恐らくアイシャは今ごろこのような場所にいない。タラール族が唯一信仰するニーサ神の元へと旅立っていたはずだったのだ。
アイシャもその点については深く感謝をしているつもりだった。
その後、彼の勧めでこのクリスタルシティを訪れたことがあったのだ。そして、一般の者が決して立ち入ることができない、城の中へと案内されたのだった。ひとしきり宮殿を案内され、入り慣れない「おフロ」とやらにも浸からさせた。まるで全身がふやけるような感覚だったのを覚えている。
その後国王様と会い、そして、ナイトハルトの頼みでもあり、お礼のつもりで、彼を村へと案内をしたのだ。
そのとき、アイシャの祖父、タラール族の族長であるニザムと、ナイトハルトが交わした会話。
確か、この村をローザリアの支配下へと入れる、だとかなんとか。アイシャは、そのときニザムが深刻な顔をしていたのを覚えている。アイシャを城へと預けないかと言った時のニザムの形相たるや、生まれて初めてだった。あんなに祖父の厳しい顔を見たのは。
そのときアイシャは、支配下へと入っても、ナイトハルトが提案したように外部からの脅威は減るし、別にいいのではと考えていた。それに、自分を城に預けないかと言われたときも、アイシャは少しだけわくわくしたものだった。しかし、ニザムの静かなる怒りや、悲しみのようなものを感じてアイシャはそのことに触れるのを躊躇っていたのだった。
ローザリアの支配下に入るのも、最初は拒んでいたくらいだから、本当は、嫌だったのか。それは、一体どうしてだろう。
―もし、祖父・ニザムが、アイシャが村を留守にしていた間に、「やはり支配下には入らない」などと、断っていた、としたら?ナイトハルトがタラール族に『悪魔』と呼ばれている理由は、そのあたりにあるのではないだろうか?
アイシャは、戦慄を覚えた。突然口を手で覆い、がたがたと震えが来た。
みんながいなくなったのは、もしかして、あたしのせいなの?アイシャは考えたくない事をまた、脳裏にめぐらせていた。
「アイシャ……?どうしたんだよ」
ジャミルが、そんなアイシャを見て、怪訝な表情を浮かべていた。震えるアイシャの肩を背後から抑えていた。アイシャはその感触に、思わずびくりと震えていた。しかしふと気がつくと、少年と蛮族の女性は、まだ押し問答を繰り返していた。
「ナイトハルト様は素晴らしい人なんだ。姉の婚約者でもある人だ。シフ、一度でいいから一緒に挨拶をしてほしい。あなたがいなければ、僕はいなかったんだから」
アイシャは溜まらず、その少年に聞こえるか聞こえないかの声で漏らした。
「ナイトハルトがあたし達草原の民に優しい?そんなのでたらめよ。彼は、私たちの間では、黒い悪魔と呼ばれている人なんだから」
そのアイシャの独り言をホークと、背後にいたジャミルだけは気づいた。そしてもう一人、その言葉を目ざとくも気づいたのは運が良いか悪いか、そのアルベルト本人だった。彼は話に出てきたタラール族の少女が偶然にも目の前に居るのを見つけて驚き、その呟きも耳に入ってしまったのだった。
「君!今……」
少年は少し機嫌の悪そうな表情を隠そうともせず、アイシャに声をかけた。アイシャは独り事が聞こえたのかと少し驚いたが、「何?」と低いトーンの声で無愛想に答えた。
「驚いたな、こんな所に草原の民がいるなんて。それに今、ナイトハルト様の陰口を叩いたろう。なんて子だ」
その言い分にもアイシャはカチンと来たらしく、
「あたしが勝手に何を言ったって、あなたに関係無いじゃないの!」
と彼よりも一際大きな声でやり返したのだ。
「何だって……!?ここは王都クリスタルシティなんだぞ」
その少年はますますムキになって、椅子から立ち上がった。すると
「はいはい、やめな坊や。こんな所でみっともないったらないよ。なんだい、女の子一人相手に莫迦みたいにムキになって」
場を収めたのはその少年と共にいた女性、シフだった。立ち上がるとさらに大きい。体つきは流石に女性らしくしなやかだが筋肉は並の男よりもあり、その身長は、普通の男としても大柄なホークやグレイと同じ位。失礼ながらも本当に女の人なんだろうかと仰天した。
「このアルベルトは今、色々あってイラだってんだよ。済まないね。今からその殿下とやらに会わないといけないらしくてさ」
シフは無理やりにアルベルトの頭を押さえつけていた。アルベルトは反抗したくもなったのだが、シフの言い分は正しかった。
「……わかったよ。僕一人で殿下にお目通り願ってくる。だから、此処でお別れなんて、言わないで、待っていてほしいんだ」
諦めたようにアルベルトは告げた。その言葉にアイシャは素早く反応していた。思わず、アイシャは身をのりだして、アルベルトに話しかけた。
「ねえ、なんであなた、カヤ……ナイトハルトに会うの?」
「ナイトハルト殿下、だ!呼び捨てなんかにすると許さないぞ!」
「何よ、そんなのどうでもいいじゃない」
またぶつかりそうになる。
「僕はローザリア国イスマス城の主、ルドルフの息子だ。謎の怪物の軍団に城を陥落されて、その報告を殿下にしなければいけないんだ」
「ならば何故、すぐに殿下のもとに報告に行かない?」
その少年の話に反応したのはグレイだった。
「それに城が陥落されたのはもう十日も前の話だ。既に殿下とやらはご存知だろうがな」
「………………」
アルベルトは押し黙り唇を噛み締めた。
「だからこんな所でウロウロしてるんだ。殿下とやらに叱られるのが怖いんだろ」
ジャミルも面白げに、からかうような言葉を投げかけていた。貧しい街に生まれ育った盗賊の彼は、貴族のぼんぼんが困っている姿なんてきっと面白くて仕方ないのだった。
「き、貴様……っ」
アルベルトが頭に血がのぼりそうになったのを見計らい、すかさずシフが言葉を挟んだ。
「けど、行かなくてはいけないんだろ、アルベルト?しっかりしな。全くこれでは、せっかくあんたを助けてこんなローザリアくんだりまで来た意味なんか無いじゃないか」
シフは言葉とは裏腹にしっかりとアルベルトを見据え肩を押していた。
「あたしも、一緒に行ってあげようか」
アイシャが突然こんな言葉を口にしたのには、一同は耳を疑った。ホークも少し驚いたのか、少女の方をじっと見ている。
「何故君を連れて行かなきゃいけないんだ?君みたいな無礼な娘を連れて行っては殿下に失礼なだけだ」
アルベルトは呆れたような声色で返した。しかしアイシャは食い下がる。
「あたし、カヤキス……じゃない、ナイトハルト殿下とは少しだけど知り合いなの。絶対に怒られたりしない。大丈夫よ。ウソだったら、その剣で手打ちにしてくれてもいい」
あまりにも自身満々のアイシャに、アルベルトは少したじろいでいたようだった。しかも、斬捨ててもいいだとは。
「しかし、さっきは、殿下の悪口を言っていたじゃないか」
「そうよ、あの人は、私たちの間ではカヤキス―黒い悪魔と呼ばれている人なのも本当だし、信用はしていない。でも、あたし、彼に大事な事を言わなきゃいけないことを思い出したのよ。お願い」
そう言うアイシャの表情は真剣そのものだった。
「ま、折角こう言ってんだから一緒に行ったらどうだい、アルベルト。あたしはその間は一応ここで待っているからさ」
シフに促され、アルベルトは迷っていたが、しまいには、結局彼女の言葉に黙って頷いていた。
そうして、アルベルトとアイシャは二人で城へと行くことになったのだった。正面の門の前までは、全員が付いてきた。ホークは、妙な胸騒ぎがする、と言って、心配で(素振りは見せないが)付いてきたのだ。ジャミルとグレイは興味半分といったところか。クローディアは、グレイとともに当たり前のように付いてきたのだった。
「じゃあ、早く行こう。あたしの気が変わらないうちに、早くよ」
アイシャはアルベルトの腕を取り急かしていた。しかし肝心のアルベルトは足取りが重いようだ。どうやらまだ心の準備が出来ていないらしい。
「何よ、あたし一人で行っちゃうからね」
「わかったよ!行くよ……行くに決まっている」
アルベルトは立ち上がり、息を大きく吐いた。
いよいよクリスタルシティの宮殿が眼前に迫った。しかし一同が共に行くのはそこまで。
あとは、アイシャとアルベルトの二人だけだ。
シフが、「さあ、覚悟を決めるんだね」と、半ば笑いながらアルベルトの背中を押している。
「何も、取って食われたりはしないよ」と。アイシャはちらりとホークの顔を見た。ホークは無表情だったが、
「……平気か?ちゃんと戻って来いよ」と言った。
なぜかアイシャは、その言葉にホッとした。微笑むと、
「大丈夫。ちゃんと戻ってくる」と、何故か照れながら返事をした。
そしていよいよ、門へと入ろうとした。しかし門番が当然、立ちはだかった。
「何者だ!ここは王宮である!下がれ!」
アルベルトはきっと兵士を一瞥すると胸を張り、堂々とこう言った。
「私は、イスマス城主ルドルフの息子、アルベルトです。これはステップの民タラール族のアイシャ。共に早急にナイトハルト皇太子殿下にお伝えする事がある。お通し願いたい」
すると門番は礼をすると、その門の小窓から向こう側の門兵へと何事かを伝えた。
そして待つこと数分。ようやくその重い門扉は開いた。
「お通り下さい」
兵に言われて、アルベルトとアイシャはゆっくりと石畳を歩き、城へと上がっていった。
その様子を後ろのほうで五人が見守っていた。
「お、ちゃんと通してくれたみたいだ。あいつ本当に貴族だったんだな」
ジャミルが軽口を叩く。その隣では、
「しっかりやるんだよ、坊や」
と、まるで、シフは母親のように心配げに呟いていた。
「アルベルトよ、ようやく来たのか。思ったよりも遅かったが一体何処で何をしていたのだ」
此処は王の間である。二人は赤い絨毯に跪き、国王の代理でこのローザリアの執政を取り仕切るナイトハルト皇太子殿下に謁見していた。
「申し訳ありません。敵のモンスターたちに囲まれた時不覚にも崖から落ち、流れ着いたのが何と南の果てバルハラントでした。そこの蛮……いえ、バルハル族の皆に助けられなんとか殿下に無事をお伝えしようと馳せ参じました!言い分けで御座いますが……」
明らかに緊張に満ちた声でアベルトは頭を垂れたままナイトハルトに釈明していた。
「うむ。その心意気は見事である。数日前にイスマスは陥落し火の手が上がってからは一人のイスマス兵も報告に来ないのでよもや皆が死に絶えたと私も心を痛めていたのだ。そなただけでも無事で私は嬉しく思うぞ、心からな」
「…………。ありがたきお言葉ありがとうございます」
更にナイトハルトは続ける。
「一週間前には火の手も納まったのでローザリア兵をイスマスへと派遣し、……ルドルフとマリアの亡骸は辛うじて発見できた。怪物どもはあの城が砦となりこちらローザリアには侵攻しておらん。二人の雄志を称え、王家のゆかりの墓地へと埋葬させてもらったばかりだ。どうだ、アルベルト。一度墓前へと参ってから、再び此方へと来るが良い。話もあるからな」
「姉の亡骸は、見つかっていないのですか!?」
アルベルトは一瞬顔を希望に輝かせていた。
「ああ。確かに遺体は見つかっておらん。しかし、ディアナの命と大切にしていた騎士剣が見るも無残な形で発見されたのだ。アルベルトよ、お前も騎士なら判るだろう、この意味が……」
アルベルトは、その言葉にを聞き、脱力したようにがっくりと肩を落として、下を向いた。
「……わが姉の魂である剣だけでも、ナイトハルト様の元へと戻り、……姉も報われていると、思います」
言いながらアルベルトが、涙を堪え唇を噛み締めているのを確かに隣でアイシャは見た。
アルベルトは或いは父も母も姉も逃げ延び、この城へと匿われているのではないかという淡い期待をしていたが、まさか、一人の家族も生き残っていなかったとは。再び襲い来る無念と悲しみに、涙を堪えるのに若いアルベルトは精一杯だった。
(この人も、独りになってしまったんだ)
アイシャは悟った。この人はあたしと同じだと。さっきまで少し偉そうで嫌なやつと思っていたのが、一転哀れみに変わっていた。
(あたしはまだ、もしかしたら皆が生きているかもという希望があるけれど、アルベルトは……完全にその望みも絶たれたんだ)
そう思うと、かわいそうで仕方がなかった。
「では、お言葉に甘えまして、神殿へと行って参ります」
アルベルトは一礼すると立ち上がった。アイシャも立ち上がり、アルベルトと一緒に行こうとした。
「アイシャよ、お前は此処に居なさい。話がある」
ナイトハルトはアイシャだけを足止めさせた。
アイシャはぎくりとしたが、ここまで来た意味を思い出し、観念した。
「……いいわ、あたしもお話があるの」
「それならばそんな所に突っ立っていないで此方へ来なさい。父上にも会わせてあげよう。というより、父上のほうがお前に会いたがっていてな」
ナイトハルトも立ち上がると、アルベルトに行くように命じた。
「は、はっ。失礼を致します」
そう返事をし、兵と一緒に退室しながらも
(国王様に会うだって?!殿下と一部のお付きの者以外の人とはお会いにならないほど重病だという国王さまに)
アルベルトは心の中で訝しく思っていた。だがそんな疑問は家族への哀悼によってすぐに消し去られていた。
「こっちだ。まあ、すでに知っているとだろう」
ナイトハルトは広い廊下をアイシャと二人で歩いていた。
「ねえ、殿下、タラールの村の事は知っている?」
歩きながらアイシャは尋ねていた。
「何のことだ?あれから忙しくてな、ニザム殿ともう少し正式な話をしたいとは思っていたのだが、ガレサステップにはなかなか出向く機会がなかったのだ。何かあったのか?」
「あたしの村のみんなが突然居なくなってしまったんです。あたし一人を残して」
アイシャの言葉を聞き、ナイトハルトの脚がピタリと止まった。
「何だと……、そんなことは初耳だ。アイシャ、君はそれを私に知らせに来てくれたのか」
どうも、本当に初耳のようだった。驚きの演技をしているようには少なくともアイシャにはあまり見えなかった。
「なんということだ。アイシャ、しかし君はその間何処へ?」
あたしはあれからクジャラートのアフマドのところへ攫われたりして大変だった、とアイシャは今までの出来事を話した。
勿論ホークとの事などは話はしないが。
「そうか……、折角支配下に入るとの話が纏まりそうだったのだが。早速兵士たちをステップへ派遣し調べさせよう」
「本当は殿下が何か知っていると思って、此処へ来たの。だけど何も知らないのだったらあたしはこれで帰ろうかな」
肩を落としたアイシャはその場に立ち止まる。
「しかし、せっかくここまで来たのだ。父上に会わなくともいのか?」
「それは……」
あの優しい国王様のことは気にかかる。自分を優しく出迎えてくれたあのひとの雰囲気はとても大好きだった。病気のことも気にかかる。アイシャは立ち止まった脚を又ゆっくりと前へと進めた。
そして二人は数ある部屋の最奥にある、国王の寝室へと入った。
アイシャは結局国王様には会って話をまた聞きたいと思っていたのだ。
何故なら、アイシャの少し前の先祖の事を話してくれる人だったからだ。
「父上。あのアイシャがまた、わが城を尋ねてくれましたのでお連れしました」
部屋の中央にある大きな天幕の中のベッドで、ローザリア国王―カール三世は力なく横たわっていた。
「お久しぶりです。国王様」
アイシャは天幕をくぐると、その姿は明瞭になる。アイシャの明るい笑顔を見ると、
「おお……また来てくれたんだね。君はタラール族にしては、とても活動的なお嬢さんなんだね。まあ、以前話した『アイシャ』もとても活発な女性リーダーだったようだが」
年老いた国王は弱々しく微笑み、アイシャの手を握った。その力は実に弱々しく、アイシャは思わずその老王の手を握り返した。そうしないと、崩れ落ちそうだったから。
(この前からひと月も経たないのに、前よりもなんだかまた悪くなってるみたい……)
アイシャは心配で、思わず顔を曇らせていた。
そうして、年老いた国王の昔話が始まるのだった。
ナイトハルトはそっと、この部屋を出て行っていた。
一方、一旦城を出たアルベルトは、すぐに入り口付近にいたシフやグレイたちに出くわした。
「なんだい坊や、もう終わったのかい。……あの娘、アイシャはどうした?」
アルベルトはシフの問いかけにも無言で、ニーサ神殿のある方向へと歩いていった。
「おい、どうしたんだよ。アイシャは?」
ジャミルもその後ろでアルベルトに話しかける。
「心配要らないよ。アイシャは、国王様と話があるそうだから―」
「こ、こくおうううう???」
アルベルトは涙声にならないようにやっと声を上げたが、その声は詰まって上ずっており、すぐに泣いているのを皆にわかってしまった。
「―こっちに何があるって言うんだ」
その先にはニーサの神殿があった。両親はここに葬られているらしい。一応の墓石のようなものに刻まれた、イスマス家の名を容易に見つけた。
彫られた名は三つだった。
間違いなく、本当に間違いなく自分以外の全ての家族が此処に葬られている。
アルベルトはその前に力なく座ると、祈りを捧げた。それはそれは長い祈りだった。
Last updated 2015/5/1