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YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.

04. 消失。

 昨夜の事を一瞬でも思い起こすと、少女の胸が疼く。そして昨夜彼が言った、「お前をさらいに行く」という言葉はやはり嘘ではないのかとそう思うと、何故かどうしようもなく切ない気持ちになった。

 そうしていると、とうとう村の入り口が見えてきて、一同は全力で、最後の力を振り絞りダッシュで滑り込むようにして、村の門をくぐったのだった。

 村の入り口で一行はしばらく息を荒くして、放心していた。特にホークは。アイシャを抱えて走っていたのだからムリもないことだ。汗が飛び散り、抱きかかえられていた自分にもその汗と熱気が伝わった。

 グレイも息を乱していたが、表に出ないよう平静を保とうとしていたように見えた。クローディアも息が乱れていたが少しだけであり、こちらもポーカーフェイスであることに驚いてしまった。どういうわけかその清楚な印象の女性は、走ることには慣れっこであるらしい。

「ああ危機一髪、だったな。……ここが、アイシャの、タラールの村か?なんだか、えらくひっそりとしていやがるな」

 ホークは、少女を地面に降ろすとその勢いで地面に転がりながらも、いやに静まりかえった村の雰囲気に、すぐに違和感を感じていたようだった。

 アイシャももちろん同様だった。いつもは馬の世話をするためや、畑仕事をするために表にいるはずの人々が姿を消し、人っ子ひとり見当たらない。部族の言葉で、最初は穏やかに呼びかけていたが、その表情は明らかに蒼ざめ、異変を感じさせていた。彼女は誰かの家であろうテントなどに次々と入って行き、声をかけ続ける。その声はだんたんと涙声がまじっていった。

 息切れから復活した三人も、人の気配が全くない村の様子を見て回る。

 グレイなどは、焚き火の跡を見たり、生活用品、食料の残り具合、傷み方を見て

「まるで、ついさっきまで人がいたようだが……」

 と訝しげに呟く。

「まさか今しがた村人全員でピクニックにでも出かけたんじゃあ……ないよな」

 アイシャの錯乱した声を聞いて、三人はその声のほうに駆け寄る。アイシャは駆けつけてきた三人の姿を見るや否や、真っ先にホークの元へ行き、泣きながら、タラールの言葉で何かを訴えていた。

「アイシャ、落ち着け!公用語の言葉で喋れ」ホークは言うが、そんな言葉も耳に入らないようにアイシャは、意味の分からないタラール語を涙声でまくし立て続けて、止まらない。

 

 ―こりゃあダメだ、そう思ったホークは、泣き叫ぶアイシャを強く抱き締めると、その唇を自分の唇で塞いで黙らせていた。

「……んむぅっ…っうくぅっ…。……んっ…」

 錯乱していたアイシャは、それによってだんだんと正気に戻っていったようだった。錯乱している者は、鼓動が早まる事により更なる錯乱を呼ぶ。まずは心拍数を正すことが先決だ。顔を離すとアイシャは、ホークの胸によろりとしなだれるように、力なくうなだれた。

「―落ち着いたか。一体どうした?何がどうなってる」

「あ……あの」

 アイシャは茫然としていたが、自分の状況をやっと落ち着いて考えることができた。そして息を整えると、はぁっと息を吐いてやっと声を発した。

「……みんな、いないの。……何処かへ、みんなで揃って居なくなるなんて……タラール族が、この村を出るなんて……信じられない。一体どうしてなの……」

 アイシャは涙をポロポロとこぼしながらも、まるで自問自答するように呟いていた。

「どう考えても、たった今居なくなったようなこの感じ……、けどこの村が襲撃されたとか、そんな感じは受けない。であったならもっと争ったような跡が見受けられるはずだ。しかしそれが微塵もないということは、おそらく、村人たち自身の考えで、早急に村を出て行かなければいけない事情があったのではないか」

 グレイは冷静な見解を淡々と口にした。ホークもどうやら、同じ考えのようだった。無言でグレイの言葉に頷き、同意している、

「でも、そんなの変!こんな事今までに一度も無かったもの。あたしを残して、みんなが何処に行くというの、心当たりなんてぜんぜんないわ。長い間、ここに住んできた一族なのに」

 アイシャは、絶望感に打ちひしがれていた。そんな彼女に、クローディアが歩み寄り、そっと、アイシャの背中に手を置く。

「ねえ。私には判らないけれど、少なくとも争った跡なんかがまったくない、ということは、村の人達は何処かで生きている可能性が高いということじゃないかしら?ならばその可能性に賭けてはどうかしら。旅を続けていれば、きっとどこかで出会えるはずよ。希望を捨てるにはまだ早いわ」

 クローディアの言葉に、ホークは此方を見て深く頷いた。

「でも、あたし……」

 少女は不安そうな顔で、ホークの方を見た。

「言うまでもねえだろう?俺はお前を家族の元へ返すと約束したんだからな」

 彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、アイシャをまっすぐに見つめた。

 正直な所、アイシャにとっては彼の真意はまだわからない所がとても多い。昨晩自分に対してあんな非道い真似をして、だけど自分を好きだと言ってくれて、そして必死の思いをしてここまで自分を連れてきてくれた、彼に今はすがるよりほかはない。

「……ありがとう……」

 打ちひしがれた声で、アイシャはやっとその一言だけを搾り出すことができた。

 

 一行は、結局今来た道をまっすぐクリスタルシティに引き返すことにしたのだった。ホークは、ショックのあまり抜け殻のようになっていたアイシャにそれ以上何か声をかけることなく、ただ黙々と行きに匹敵する怪物たちを倒しながら戻らなくてはいけなかった。

 

 

 太陽がすっかり鳴りを潜めた頃、一行はやっとクリスタルシティへと戻る事ができた。

 街へと入った時には一行はすっかりと疲れ果て、しばらくは口をきく者さえいなかったほどだったが、ようやくグレイが口を開いた。

「半端じゃないモンスターの増え方だな……。イスマスにはびこっていたモンスターたち以上だった。もしかするとこのモンスターたちのせいで、タラール族の村の人たちは移住を余儀なくされたのかもしれない」

 そう、彼が洩らすとおり、かつてないモンスターの大増殖と力の付き方だった。ホークも、

「あの草原は、ウロからこっちへ来る時に通ったことがある。しかし、モンスターの数も強さもここまでじゃなかった。アイシャの村は、そのときは残念ながら見ていないがな。ひと月以上も前の話だからな」

 と言う。ホークは、アイシャへちらりと目を遣った。

 ―そんときゃあ、まだあいつも村にいたのか。と、考えもした。しかし当のアイシャは、モンスターの事よりも今は自分の故郷の異変で頭がいっぱいで、放心している様子だった。

「とにかく、喉がカラカラだぜ。腰を落ち着かせよう」

 一同はホークのその言葉に無言で頷き、食事と飲み物を求め水晶亭へと向かったのだった。

 今日はまだ客はまばらであった。その所為なのか、入ってきたアイシャらにすぐに気付いたマスターが驚いた様子もあらわに、アイシャの元へ早足に駆けよってきた。

「あ、アイシャちゃん?一体どうした?!村へ帰ったんじゃ」

「おじさん……。あたし、しばらく、帰れなくなっちゃったみたい……」

 アイシャはバツが悪そうに、か細い声で呟いた。そして村での出来事をゆっくりとマスターに説明した。

「そうか、じゃあ村の人たちを探して旅に出るんだね。でもアイシャちゃんは旅慣れもしていないし、危険じゃないのか?モンスターも強くなっているというのに。―そうだ。どうだい、ここでまた情報を待ってみるというのは」

 亭主は、親身にそう申し出ようとしてくれていたが、アイシャはそれを制した。

「でも、あたし、待ってるだけなんていうのも嫌なの。自分の足で探さなきゃいけない、そんな、気がするの……。ありがと、おじさん。みんなと一緒だからきっと大丈夫」

 アイシャは、元気に見せようと、涙を拭って亭主ににこりと笑って見せた。

「そ、そうかい。そうだね。出すぎた事を言って悪かったね」

「そんな!あたし、とっても感謝してるんだよ、おじさんには。ここで座らせてもらってなかったら、あたしどうなっていたか―」

 アイシャは、ふと言葉に詰まった。

「でも、行かなきゃ……。本当に、今までありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

 アイシャは感謝の意思を示そうと深々とお辞儀をする。そんなアイシャに対してマスターはただ別れを惜しんでいるだけではない複雑な表情を浮かべていたように、二人の様子を遠目に見ていたホークは感じていた。

「彼女の村の者達をこれから探すというなら、俺たちもしばらく同行しよう。陸のことはあんたよりも俺のほうが熟知しているはずだから役には立つと思うが。働きが気に入れは古文書を譲ってれ」

 グレイは、正式に自分たちを旅の仲間に加えるよう進言してきた。確かに海の上で生活してきた俺よりも、世界中を冒険者として巡ったという彼がいたほうが何かと役には立つだろう。何よりが腕が立つのは証明済みだ。しかしなぜこいつはあのわけのわからない古文書にそれほどまでにこだわるか気にはなる。

 ホークはそうやってしばし考えていると、水晶亭に新たな客が入ってきたのだ。小柄で黒髪の、まだあどけなさをどこかに感じる風貌のクジャラート人だった。身軽な格好をしていて、冒険者とも街のものともつかない格好をしていた。

 その客がふとこちらを見た。目をしかめるように細めたかと思えば途端に顔が明るくなり、突然男は声を上げたのだ。

「……アイシャじゃん!久しぶりだなあ!ってか、まだ村に帰ってなかったのか?」

 アイシャはその声に気づき、思わず笑みがこぼれていた。マスターのそばを離れ、その男に飛び付くように駆け寄っていった。

「ジャミルなの?久しぶり!!ジャミルこそ、どうしてここへ?南エスタミルに帰ったんじゃなかったの?」

「それがさぁ、……やっぱあの件のせいでちょっとあそこには居辛くなっちまってさぁ。ホトボリが冷めるまで、しばらく旅に出ようと思ったわけさ!だいたいさ、この未来の大盗賊のオレ様が、せまい南エスタミルだけに燻ってるなんてやっぱ勿体ないだろ?」

 相変わらずの軽口に、アイシャは思わず笑う。

「南エスタミルか、あの貧しい街の。お前、盗賊ギルドに入っている盗賊なのか?」

 グレイは少しだけジャミルに興味を持ったらしく、そう尋ねた。

「いいや。俺は群れるのが基本的に好きじゃないしさ、ギルドなんかに入ったらノルマだ決まりだと色々煩くってかなわないから嫌いでね。俺は基本相棒と二人で仕事するだけさ。もっともその相棒とも今は解散中なんだけどさ」

「ほお、なるほどな」

 グレイは話を聞き、少し感心しているように見えた。というのもあの街で盗賊ギルドにも属さず『仕事』していくには、かなり覚悟と度胸、そして腕がいることだと知っていたからだ。

「で、アイシャはなんでまだこんなとこにいるんだ?ていうかこの人達は?」

「あのね、あたしは、村には帰ったことは帰ったんだけど―」

 と、簡単にいきさつを話し始める。

 

「……そうなんだ、大変だったなあ。でもアイシャ、これから何処に行くんだ?」

 ジャミルはいつのまにやらちゃっかりとアイシャたちと同じテーブルの席に座り込み、アイシャと話を続けていた。

「別にアテなんか無いけど……旅をしながら、おじいちゃんや村のみんなの行方を捜そうと思う」

「ふうん……、じゃあさ、俺も一緒に行ってもいいかい?旅の仲間は多いほうが何かと便利だぜ」

「エッ!?」

 ジャミルの突然の申し出にアイシャは驚いていたが、少し嬉しそうに笑みがこぼれていた。一度は共に危機を乗り越えた仲間だ。また一緒に旅ができると思うと、少し嬉しくわくわくしていたのだ。

 しかしホークはといえば、かなり嫌そうなな顔をしていたのがわかった。顔をしかめて、なんとなく小さく舌打ちしたようにも見える。こんな鬱陶しいヤツと旅などできるか、というのがホークの思いだった。だが一番何が気に入らないかと言えば、アイシャとばかに馴れ馴れしいという点だった。しかしそんな事はもちろん口にはしなかったが、ありありと態度や顔つきに現れていた。アイシャはどうしたらいいのか分からず、ホークの方を見る。ホークは憮然としながらも

「……俺は、一応このグレイとクローディアの連れになるからな。この二人が良いってんなら構わねえがよ」

 ホークは断る理由が特に見つからず、投げやりな調子で二人に判断を委ねた。、

「私は、グレイが良いというのなら構わないわ。グレイ、あなたはどう思うの?」

 とやんわりと答える。グレイはしばし考えていた様子だったが、

「冒険の旅にコソ泥の技量も必要になる時がこないとも言えんだろう。しかし、足手纏いならばすぐに切り捨てる。それでもいいなら勝手に着いて来ればいい」

 と、相変わらずの淡々とした口調で答えた。

 ホークはその答えに小さく舌打ちをしたが、表立って反対をする事もなかった。グレイの理由ももっともだったからだ。そんなグレイの言葉にジャミルの瞳は輝いた。アイシャには少なくともそう見えた。

「へへっ、あんがと!!足手纏いなんかならねーよ。宜しく!オレはジャミルってんだ」

 そう言ってジャミルは手を差し出した。クローディアは「よろしくね。私はクローディアよ」と言ってそっと握手をしてくれたが、グレイに手を出すと「お前にはこれで充分だ」とパセリを乗せられ、ホークに至っては無言で鉄のフォークで突かれる始末だった。

「荒っぽい歓迎だなぁ!」

 ジャミルは肩をすくめた。

 アイシャはそんな不可解な光景を見ると、首をかしげながらも(二人ともいつもは怖いけど、時々面白いのね)と、なぜか心和ませていたのであった。

 

Last updated 2015/5/1

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