YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.
03. 新たな出会い。
空が白んで、やがて太陽が完全に世界を照らすと部屋の中でも朝陽がまぶしく、アイシャは陽光によって叩き起こされた。
夜はしっかり寝たはずなのに、まだ身体が重くてだるい。朝からこんな状態になるなんて、生まれて初めてと言ってよい。昨晩の少量の酒のせいか、それとも……。
隣に恐る恐る目をやると、そこに寝ていたはずの大男の姿はなかった。そのことに一瞬不安を感じた。まさか自分を置いてどこかに行ってしまったのでは、と。
しかし、彼は昨夜確かに約束してくれのだ。自分を手篭めにするだけが目的なら、そんなことを言うはずはない、そう信じることにした。そして同時に昨夜のことを思い出すと、色んな感情が入り混じり、思わず顔を手で覆って「うう……」と呻きながらうずくまってしまう。恥ずかしさや、少しだけ感じた怖さ。そして、それらを凌駕する自分でもよく解らない感情が綯い交ぜとなって襲ってくるようでもあり、あるいは包まれているようにも感じるのだった。
しかし、そのことばかり考えてもいられないと、アイシャは怠い体を頑張って起こし、服と髪を手早く整えると階下に下りた。受付ロビーに目を配ってみたが、どこにもその姿が見当たらない。深く考えずに宿の受付の者に尋ねてみた。
「あの、青い服着て、おっきい人、何処に行ったか知りませんか?」
するとその受付の男は
「ああ、あの人。朝飯食いに行ったと思いますよ。水晶亭ね」
と、あくびをしながらも答える
「あ、そう……。ありがとうございます」アイシャは短く礼を言うと、元々自分が取っていた部屋の鍵を返して慣れた足取りで馴染みの店へと歩んでいく。
水晶亭か―。
そういえばあの優しいマスターとも、会うのが最後になるかもしれないな。そう思うと、少しノスタルジックな気分になった。
ちゃんとお礼を言おう。とてもお世話になったし。
そう思い直して、水晶亭の扉に手をかけた。
中は朝の時間ということで、客が割りと多く混雑していた。朝の食事をしている街の早出の者達や旅人。その中に、大きな体をマリンブルーのコートで包んだ男が見えた。ホークだ。その大きな体躯はこれほど混んでいてもすぐに目立ってしまう。その姿を見つけた時、アイシャはなぜか心臓がドキリと跳ねたのを感じた。同時に心から安堵したのだった。しかし彼をよく注視してみると、どうやら誰かと話をしているようだ。顔見知りだろうか?アイシャは、興味を惹かれるまま彼らに近寄ろうとすると、唐突に後ろから聞き慣れた声が飛んできたのだ。
「おお、アイシャちゃん!やはり今日、帰っちゃうんだな。寂しいが、元気で」
水晶亭のマスターが、アイシャを見つけ、忙しい中走りよって来てくれたのだ。
「あ、ありがとうおじさん。本当に今まで色々ありがと!」
アイシャは少し涙ぐんで、マスターに抱きついていた。
「モンスターがあまり出なくなったら、また何時でも遊びにおいで!」
と、暖かい言葉もかけてくれた。
「おじさぁん……」
アイシャは涙で顔がぐちゃぐちゃになりながら、言葉が出ずにただマスターを見つめていた。
「ははは。何もそんなに泣くことは。死んじゃうんじゃないんだから。で、あの人……、何処かで見たことあるんだけど誰だったかなあ……。本当にいい人そうかい?どんな素性の人だい?」
アイシャは、マスターに彼がどんな人かと聞かれると何故か昨夜のことを思い出して、顔を赤くしてしまった。
「……どうしたんだい?」
そんなアイシャを不審がってマスターは心配の声をかける。少女は忌まわしい記憶を打ち消そうと頭を軽く振ると、必死に冷静を装いながら、
「約束は、守ってくれるみたいだから……。あの人は、元々船に乗っていた人で、名前は……ホーク……さん」
と、答えた。マスターはホーク、か……と小さくつぶやいて何かを考えていたが、やはり思い出せないようだった。
「……そうかい。なら、いいんだ。もし何かあったらすぐに帰って来いよ!」
そう言うと、マスターはアイシャの頭を撫でてくれた。
「うん……ありがとう。おじさんも元気で」
アイシャはまた溢れそうになった涙を堪え、挨拶をした。
そして、マスターが自分の仕事に戻ると、アイシャは涙を拭いて、ホークのいるところへと向かった。本当は少し怖いのだけど、今は彼に縋るよりほかはない。そのことについて自分でも情けないような気持ちにも駆られた。
「……古文書なら持っているが、ただで譲る訳にはいかねえな。そうだな一万五千で買い取るというのはどうだ」
ホークと話していた相手は、その言葉を聞いて「一万五千か……、ちょっと厳しいな。ふっかけすぎだろう」と腕組みしている。その男は灰色の髪をうしろで束ね、ホークと同じぐらい長身。いかにも屈強で百戦錬磨の冒険者といった風情だ。ホークは、男のふっかけ過ぎという言葉に「俺もそのぐらいで買ったもんだから仕方無い。嫌なら売らねえだけだ」と全く引く態度は取らなかった。
「ふむ……。困ったな、じゃあこうしよう。俺があんたに雇われてやる。働き賃はその古文書だ。どうだ?」
ホークは、男の少し居丈高な提案に眉間をシワを寄せながら「生憎とあんたを雇うような仕事は今んとこねえんだよ」と強く断りを入れた。
「そうか……。なら出直してこよう。キャプテン・ホーク、それまで誰にも売り飛ばさないでくれよ」
男は諦めたようにふうと一息つくと、目の前に置かれていた水を飲み干し、席を立とうとした。
「待ちな。あんたどうして俺がサンゴ海のホークだとわかった?」
ホークはそれだけは妙に気になり、男に問いかける。
「あんたの名は、バファル界隈ではかなり有名だ。サンゴ海の海賊のキャプテン・ホークと言えば、帝国海軍にとっちゃ最も煩わしい存在であり、最高ランクの賞金首だ。あんたのお尋ね書を見る機会があってな、顔を覚えていたのさ。」
「バファルじゃ俺の顔は知られてるってわけか?」
「海軍の内部の人間しか知らないことだ。しかも人相書じゃなく、特徴ぐらいしか書かれてなかったんだが、あんたを探していた俺にはピンときたんだ。あんたはその辺の奴らとはどうやったって風格が違うからな」
「へっ、そりゃほめてんのか?今は船もなくしちまって、陸に上ったただの干上がったカッパさ」
ホークが自嘲めいた嘲笑いを男に向けると
「カッパ、か。そのカッパ殿は今は何をやっているんだ? 船を再建したいなら金も必要だろう。仕事するにも戦力がいる。いくらあんたが強かろうと一人では無理なことも色々とあるだろう」
立ち去ろうとしたくせにまだしつこく食い下がってくる男に、
「特に何をするっていう目的はないが、まあ今は一つだけ用事がないこともない」
と、面倒くさそうに答えるホーク。その時、ホークの視界にアイシャの姿が映った。ホークは安堵したように一瞬だけ微笑い、
「やっと起きたか。これ食ったらさっそく出発するぜ。お前も早く食べろ」
まるで何事もなかったかのように、ホークは相変わらずぶっきらぼうといえる口調でそう少女に告げると、多めに頼んであった朝食を指差す。
「えっ、う、うん……。いただきます」
アイシャは言われるがまま、その席に着いた。食事を頼んで待っててくれたのか、と一瞬でも彼を疑ったことに少しだけ申し訳なく思った。
「俺はこの娘を、ガレサステップに届けなきゃいけないんでな」
ホークはそう男に告げた。
「ほう……、この娘のこの髪や瞳の色、噂に聞くタラール族か。初めてお目にかかるが、なるほど、噂どおりの鮮やかな赤毛だな。面白そうだ。俺も同行しても差し支えはないか?」
男は、その灰色のどこかうつろな色の瞳で、赤毛の少女を見た。
面白そうとは何なの、とアイシャは少し憮然とした。ホークはまさかそう来るとは思っていなかったので、しばし考えていたようだが
「ま、お手並み拝見と行こうか。しかしこれだけで古文書はやらねえからな」
「もちろんだ。俺もそこまで図々しくはない」
ホークの言葉に、男はにやりと笑ってみせた。
アイシャはことの成り行きがよく分からずに、ホークを不安げに見つめていたが、
「こいつは手練の冒険者らしいから安心しろ。ガードは多いほうがいいだろう」
と言うホークの言葉に、アイシャはこくんと頷くだけで返事をした。確かにそうだ。
「あのサンゴ海の海賊、キャプテン・ホークが小さな娘に親切だとは意外だな。宜しく、アイシャ。俺の名はグレイだ」
男―グレイは握手をもとめるべく左手を差し出したので、アイシャはその手に軽く握手をすると、直ぐに手を離して下を向いてしまった。
「お嬢さんはなんだか機嫌が悪そうだな」
グレイは苦笑する。
「お前が小さな娘なんて言うからだ。彼女はこう見えても立派な、そう……レディだぜ?」
アイシャは、ホークのそんな言葉に思わずカッと頬を赤らめた。昨晩のことを思い出してしまったからだ。他の人がいる手前一人で真っ赤になっているのがさらにおかしく感じて、真っ赤な顔を隠すため無言で俯いているしかなかった。
だけど、この人がまさか海賊だったなんて。船乗りだとは聞いていたけど。やっぱり悪い人だったのかな、とこの男に声をかけてしまった自分と運命を呪っていた。
やがて食事が終わり、一行は旅支度を店で整えると、町の入口付近まで歩く。すると、一人の女性がこちらを見みるとにこりと笑いかけてきた。
「グレイ、出発するのですか」
そこには清楚な美女という言葉が相応しい女性だった。纏う空気にどこか高貴なものを思わせる雰囲気を漂わせている。
「クローディア、実はわけがあってガレサステップへ行くことになったが、構わないか?」
グレイはその女性に、水晶亭でのいきさつを簡単に話した。女性は「私は構わないわ」とだけ答えていた。
「彼はキャプテン・ホーク。そしてこちらは、アイシャ。彼女をガレサステップの村に送り届けるために、行くのだそうだ」
「そうなのね。よろしく、ホーク、アイシャ」
彼女、クローディアは口端に少し笑みを浮かべ挨拶をしてくれた。アイシャはクローディアを見て思わずきれいな人だな、とぼんやりと彼女を見つめてしまっていたのだった。
そうして、このどこか風変わりとも言える人たちとともに、故郷のガレサステップへと旅立つことになったのだった。
市街地沿いの道を通り抜け、草原が見える道筋までやってきた。そこは、早くも血に飢えたモンスターの気配がプンプンと臭ってくるようだった。
「いいか、ここからはいよいよ魔物が多く出る草原地帯だ。気を抜くな。元々ここいらのモンスターはそんなに強くはないはずだが、最近の奴ら異常なスピードで『進化』していやがる」
ホークは後ろの者達に確認をした。
ホークが先頭、一番弱いアイシャとクローディアを挟み、後方をグレイが守った。
しばらく歩いたが、数十分歩いては敵が襲ってくるという、恐るべき怪物たちの多さだった。
かれこれ数時間、見晴らしの良い草原を歩いている。アイシャはこの草原地帯を馬を使わず移動するのはほとんどなかったため、改めて草原の広さを実感する羽目となってしまっていた。そんな広い草原には、今まで見たこともないモンスターが増えていた。こいつらなんなの、とアイシャはまるでそこが見知らぬ土地のような気分になっていた。今までこんな奴ら、見たことがなかったからだ。
ホークやグレイが先陣を切ってほぼ怪物たちを倒してくれていた。二人は相当な腕の持ち主であることがアイシャの目から見てもよく分かるように、鮮やかな手並みで次々と怪物たちを仕留めていく。それに耐えた怪物たちがいると、アイシャとクローディアが援護するといった形になった。
アイシャとて、古代から狩りを生業とするタラール族の長の孫である。戦闘術を心得ていないわけではなかったので、首尾よくアイシャが怪物を仕留めると、ホークは「ほお、やるじゃねえか」などと言って褒めてくれた。アイシャは、それが妙に嬉しくて、しかしそんな自分に気づいて困惑してしまう有り様。アイシャは狩りの訓練はほどほどに受けていたが、普段は甘えて育っていたためか、こうした緊迫の場では祖父に厳しく指導され、褒められる事はそうそうなかったからだった。だから、褒められると嬉しくなり、自然に思わず頬が緩み、笑みがこぼれていたのだった。
しかし、こう数が多いと、そうとばかりもしていられない。だんだんと、一行は疲れが出はじめていた。
「アイシャ、まだなのか?お前の村は……」
そろそろ怪物との戦いに飽き飽きしていたホークが声をかけてきた。
「も、もうすぐのはずなんだけど」
疲れで方向感覚さえ麻痺しかけていたアイシャだったが、タラール族の村を護る結界の石が見え始めると、「あっ、あの石柱の先が、そうよ。あたしの村!」と、嬉しくなり弾んだ声で叫んでいた。
もうすぐ、おじいちゃんに会える。友達に会える。みんなに会える。あんなに退屈で、自分を束縛してるいとすら思えていたタラールの村の全てが懐かしくなっていた。
「すぐなんだな、よし、走るぜ!!」
「ああ」
ホークの提案にグレイも賛同し、一行は、目指す村をめがけて全力で駆け出した。だが、アイシャの服はあまり走るのに適していない上、背が低いのでどうしても走るのは遅い。みるみる、おいてきぼりを喰らいそうになっていた。ホークはそれに気付く。手を差し伸べると
「アイシャ、来い!!」
とアイシャの手をがっしりと掴むと、軽く抱き上げ、少女を担いで走り始めたのだ。背後には鳥のようなモンスターが迫っていたが、その追撃からはなんとか逃れられると踏んだのか、一行はとにかく止まることなく全力で走った。
アイシャを抱えながら走るホークは矢張りきつそうにみえたが、それでもその疾走のスピードを落とすことはない。自分をしっかりと抱き、自分のために全力を尽くしてくれている男を見て、アイシャはなぜか胸が詰まるような感情にとらわれる。この草原を進めば進むほど、この憎い男……ホークと別れるのが寂しいという想いが強く頭をもたげてきたのだ。
あたし、どうしたんだろう。昨夜はあんな酷い目にあったというのに。
Last updated 2015/5/1