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YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.

16. 運命をこの手に

 きらきらとした朝陽がアイシャの瞼にちらついた。とても眩しく、その光は少女に目覚めを積極的に駆り立てる。

 ―また、少し体が気怠い。彼に抱かれた次の日は必ずそうなるのだと悟った。

 必死に目を凝らして、周囲を覗った。自分の横たわるベッドの隣には、昨夜散々愛し合った男の姿がなかった。

 

 結局あれから一度眠ったものの、ふたりともなぜか明け方近くに目が覚め、再び求め合ってしまったのだった。寝不足だし、怠くないわけがなかった。

 

 いつものことだが、彼は前日深酒をしようがなにをしようが目覚めがやたら早い。そしていつも自分を起こさずにそっと床を抜け出している。自分への配慮なのかもしれないけれど、それはアイシャにとってはなんだか水くさい、そんな気がしていた。そう思うと同時に、胸さえじわりと痛むのだった。

 アイシャは立ち上がると、全裸の身体に服を纏おうと、襟元に目を遣ると、ところどころにある彼がつけた徴が目に飛び込んできた。胸元にある赤いそれにそっと指先を触れると、少女は口元に笑みが自然とこぼれていた。恥ずかしさと、嬉しさと。少しだけの優越感のような気持ちもあった。

 

 支度を終えてアイシャが水晶亭へと向かうと、すでに自分以外のみんなはそこにいたのだ。寝坊したことに恥かしく思ったが、すぐに

「お、アイシャ!遅いじゃんかー。起こしに行こうかと思ってたぜー!?」

 と、明るいジャミルの声が飛んできた。

「え??そ……う、うん。遅くなって、ごめんね」

 アイシャは顔を少し紅潮させ、そんな顔を見られないよううつむき加減になって席へと小走りに向かった。

 (良かった……ジャミルが起こしに来る前に目が覚めて……)

 何しろ、裸で寝ているのを見られたら……そう思うとアイシャは顔から火が出る思いであった。

「何だよアイシャ、何赤くなってるんだよ!?あ、そうか、寝相悪いのを見られたくないんだろ!!あっはっはは!」

 ジャミルはあっけらかんと言い放つと、ひとりで笑っていた。

 もちろん、ホークもそこにいた。だから、余計に恥かしく思ったのかも知れない。しかし、彼は特にふたりに一瞥もくれる事も無く、黙々と朝食の野菜スープを口に運んでいた。

「そういえば……」

 アイシャははたと気付く。

 この水晶亭は、夜だけではなく朝食も定評のある、パブ兼ご飯屋なのだ。いつもはそこそこ賑わっているはずの水晶亭の朝なのに、今日はやけに少ない。はっきり言って、アイシャら以外は二、三人の客しかいなかった。

「今日はどうしてこんなに少ないのかなあ?昨夜はあんなに盛況だったのに」

「あの、踊り子のお姐さんの所為だよ」

 すかさず、ジャミルが教えてくれる。

「昨夜は、というより、朝方までまるでここだけお祭りだったって話だよ。ここに集っていたみんなはたいていまだ寝床でお姐さんの夢を見てるぜ」

「ふぅ……ん」

 昨夜のあの不思議な女性。少し気にはなるが、今日はそのご本人も夢の中というわけか。アイシャは少し目障りな気がしていたあの女性に、もういちど会ってみたいような気持ちになっていた。なにしろ言う事は全てずばりと当たるし、もしかして、おじいちゃん達の行方も聞けば、何か当ててくれるかも知れない、などと考え始めていた。

 

「そういや、ゆうべはアイシャ、突然どこかに消えやがってよ!せっかく湖での話を色々聞かせてやろうと思ったのにさ」

 その言葉にアイシャはぎくりと心臓が鳴ったが、

「う、うん。えっと、ちょっと気分悪くて、宿に帰ってて……」

 そう、慌てて取り繕う。

 ジャミルは「ふーん?」と少しばかり顔を曇らせると、「そういや顔赤いぜ」と言うと、その手をアイシャの前髪を掻き分けて、額に当てたのだ。

「やっべえ!結構熱い気がすっけど?まだ熱があるんじゃ?」

 と、心配そうな顔だ。アイシャは「もう、子供扱いしないでよ」と、口を尖らせたが、ジャミルはそんなアイシャをからかうように、手を差し伸べてはアイシャに払われる、というじゃれあいを楽しんでいるようだった。アイシャは気になってチラリとホークの方を見た。すると彼は、眉間にシワを刻みながらジャミルを睨みつけているのが分かった。小さく舌打ちするのも見えた。不味い、あれはちょっと怒ってる。

「ああもう、いいからさぁ。昨日の話教えてよっ」

 アイシャは焦って、しつこくじゃれてくるジャミルの『攻撃』をやめさせようと話題を変えようとした。その言葉に、アルベルトがはっとしたように顔を上げた。

「んー、……まあ、聞けよ」

 ジャミルは、アイシャを席に座らせると、突然小声となった。そして、いく分か彼にしては、真剣な顔つきになったような気がしていた。

「一体、何なの」

 アイシャは困惑して、そしていくらかもどかしげに尋ねていた。

 ジャミルは、あらたまったように咳を「ゴホン!」とやると、湖での事を話しはじめたのだ。

 

 

 

 

  一行はクリスタルレイクのある北へと進む。そこへは市街地から一時間ほどで着くのだが、様子を覗っていたジャミルが声をあげた。

「っかしいな……。重要なお宝が保管されているっていう湖にしちゃあ、警備の兵がひとりもいないなんて」

 その考えは、グレイや、ホークなども同感だった。しかしアルベルトは、

「僕にそれを取ってきてほしいというほどだ、警備の者がいなくたって別に不思議ではないだろう」

 と反論をした。

 もちろんそれも一理はあった。しかしそれを言うのなら、この話しには初めから無理がある。なぜアルベルトにそんなものを?ということになるのだ。

 ローザリア王家に代々伝わるものなら、なぜ王室できちんと保管しない?そしてなぜ今さらそれをこの若造に取ってこいなどということになるんだ。

 ホークは、そしてグレイも良くない予感ばかりを頭によぎらせてしまっていた。

 一行は早速、湖に入った。案外湖は浅く、船やカヌーが無くても、宝が安置されている孤島へは行けそうだった。

「ずいぶんと無防備すぎやしないかい?王家代々の宝ってのを、置いてる割には……」

 蛮族のシフでさえ、そんな事を洩らしていた。しかし、その考えはすぐに改まる事になる。

 一行が、宝の安置されているという洞窟へと入ると、すぐに目を疑った。そこは、完全にモンスターどもの巣窟と化していたのだ。確かに湖にも野生化した魚の怪物はいくらかいたが、それはたまたまであるように感じた。しかし、この洞窟―宝の安置場所とは名ばかりの、薄暗い荒れ果てた洞窟の内部は、元々はただの虫けらやたまたま棲みついた小動物だったらしきものや、植物類、もちろん浸水した部分の魚たちにいたるまで、巨大化・怪物化、そして凶暴化していたのだ。見慣れぬ冒険者たちがその巣窟へと侵入しようものなら、久しぶりの獲物とばかりに、飢えた怪物どもが一斉に襲いかかって来たではないか!

「予想、……以上だな。こりゃあ」

 ホークは舌打ちしていた。

「言っていても仕方あるまい……」

 隣でグレイが剣を構え、いち早く飛び出したシフの援護をし、クローディアが後方から素早く弓を射る。そして、ホークは一方向から来る敵を一手に引き受けた。ジャミルは、アルベルトの援護をしていたが、アルベルトが力が足りないのにやきもきしていた様子だ。

「もっと早く、急所を狙えよ!」と声をあげたが「お前なんかに言われたくは無い!」となるのだった。それでもなんとか敵を撃退できていた。それもジャミルが小回りが利き、小剣の所為なのかアルベルトよりも的確に急所を射止めていたのだ。つまり、ほぼジャミルが止めを刺していた。

「案外やるね」シフも感心し、ジャミルに声をかけていた。「へっ!これくらい」と一瞬得意になる。すると間髪を入れず、新たな敵が複数襲い来る。

「くっ―!」一瞬の隙を突き、シフは即座に動けなかった。武器で敵の攻撃を抑えたが、ジャミルも別の敵を相手にし、動けない。すると、何処からか斧がその怪物を直撃し、瞬殺した。

「油断は禁物だぜ。大女」

「……貸しにしておくよ」

 それは、ホークだった。シフは斧を怪物から引き抜くと、ホークに投げ返す。

 ジャミルの方もなんとか、グレイが止めを刺していた。しばらく周囲から怪物を一掃できたようだった。

「全く、こんな狭い所では、手足も充分に動かせない」

 シフはばつが悪そうに、肩をこきこきと鳴らしていた。

「良い怪物たちの根城だな」ホークは呻く。

 兵がもしも大挙して怪物を掃討に来たとしても、ここではあまり役に立たないだろうというのがなんとなく解かってきた。死体の壁ができても良いというのなら別として。

「で、宝ってのは、……本当にあるんだろうな」

 ホークの独り言のような問いに、アルベルトは「ここは昔から、そうと決まってるんだ。ないはずはないー」と、ちっとも頼りにならない言葉を吐いた。

「決まってる、と言われてもだなぁ」

 ジャミルは、敵の気配を注意深く探りながら、宝の有りそうな場所を考えていた。たいてい、そういうゴリッパなものは、最も奥にあるのが普通だが。

「このクリスタルレイクの水が綺麗なのも、その宝のおかげだと言われているんだ。その宝の魔力が強大で、本来ならここから持ち出すことは適わなかったものだけど、今は、それが必要なときだと、殿下はお考えなのかも」

「そんなに魔力が強いんなら、ここの怪物どもをなんとかしてほしいもんだね。まあ、おかげで腕はなるけどさ」

 シフが言うそばから怪物は新たに襲い来る。なんとなくだが、ここにいる間にも怪物たちの力はだんだん分刻みで強くなるような気がしていた…。

「……こんなところにひとりで行けと言ったのなら、殿下とやらはアルベルトを殺す気だね……。あたしたちでさえ苦戦しているというのに」

 シフは、アルベルトに聞こえないように呟いた。しかし、本人も薄々そうした事を感じていたようだった。

 しかし、それは一体なぜ?

 そして、洞窟の最奥部分へと一行は到着した。そこには、ひときわ目立つ宝の箱があった。

 ―あの中にナイトハルト殿下に仰せつかった物が―アルベルトは心が逸り、一瞬前に飛び出した。

「危ねぇ!!アルベルト!下がれ!!」

 ホークの怒号にも似た声が空を裂く。アルベルトが立ち止まると、寸でのところで、怪物の襲撃から身をかわす事が出来た。そこには、一瞬見ただけではわからないほどの、巨大な弦や葉を持ち、人など丸ごと呑み込めそうな花弁を持った植物の怪物が聳え立っていた。その不気味な弦をしゅるしゅると不敵な音を立てて、すぐに次の攻撃を繰り出そうとしていた。

「宝を護るモンスターというところかい?上等だね!」

 恐れるどころかむしろ嬉しそうにシフは怪物に斬りかかった。そして、ホーク、グレイも。アルベルトも、援護のような形で、応戦していた。この巨大な花の化け物はいくら弦を斬り付けても全く動じないし、なかなか切断できない。所詮は植物……根から切り離せば。しかし、花粉のようなものを撒き散らしたり、太く強靭な弦の強烈な一撃を喰らい、苦戦を強いられていた。ジャミルがしなる弦にによって跳ね飛ばされ、遠くの壁に激突してしまった。倒れるジャミルの体から、遠目からでも赤い血が滴っているのが見えた。

「ジャミル!!」

 叫んだのは、アルベルトだった。そして、アルベルトは怒声を上げながら、植物へと渾身の力で斬りかかる―。

 ジャミルは、洞窟の壁に思い切り背中や足を強打し、口も切ってしまったらしく、少し血を吐いたのだった。一瞬失神したものの、すぐに目が覚めると自分が跳ね飛ばされたのが宝のすぐそばだという事に気がつくと、歓喜した。

 (俺ってマジでラッキーだな!)

 そして、口元の血を拭うと躊躇なくそれをこじ開けにかかる。これさえ手に入れば、あんなバケモノと戦わずに撤退できるのだから。鍵がしっかりとしてあったが、こそ泥で慣らしたジャミルの手にかかればそれはたいした鍵ではなかった。それはすぐに口を開け、中の物が見えた。その姿にジャミルはしばし見入った。あまりにも美しい、あまりの輝きを放つその宝石の付いたティアラ。そっと手を入れ、箱内部の玉座から掬い上げた。ティアラと共に、一枚の紙が入っていた。それを手に取ると、ジャミルは驚愕したのだった。その紙には、有名な一文が記されていたからだ。

 

 

 『我、汝に第二の力を与えん。第二の力は水の力なり。水は生命を育み、かつまた流転してとどまる時なし。

我、水の力を集め以って一個の藍玉を造り、汝に与う。

汝、水の力によりて守護され、また癒しの機能を得るべし。海の王、水界の領主ウコムの加護、汝の上にありてあらゆる災厄を払わん。

邪神の子らの牙も、汝を斃すこと能わじ。

 

―万能なる父なる神エロール、子なるミルザに語りて曰く―

 (ミルザの書 第7章 断片216) 』

 

 

 それはつまり、これがかのディスティニーストーンのひとつ、『水のアクアマリン』だという事を示している。

 もちろん本物かどうか、という事になるが、この輝き、そして魔力に満ちたオーラ、贋物だと疑う余地などまるでなかったのである。ジャミルは確信していた。そして、興奮にうち震えた。しかし、そうしている間にも、激しい戦いは続いていた。ジャミルは立ち上がろうとした。しかし、先ほど打ち付けてしまったのか、脚がうまく動かなかった。腰もしびれるように痛い。少し休めば回復するかもしれなかったが、そんな悠長な場面ではなかった。

「おい、アルベルト!」

 ジャミルは叫んだ。アルベルトはその声の方向に顔を向けると、何かが飛んできた。咄嗟に剣にそれを引っ掛けることで受け止める。それは綺麗なティアラだった。

「そいつがお宝だ!ディスティニーストーン、水のアクアマリンだとさ」

「な、なんだって!!?」

 攻撃をかわしながらも、それを聞いてアルベルトはひどく驚いた。

 まさか、ディスティニーストーンがここへ?信じられない―。

 あれは、神話の中のおとぎ話だとばかり思っていたからだ。

「それ持って、とりあえず逃げろよ!おいらは後から追いかけるからよ!」

「何を莫迦なことを言ってるんだ、そんなことができるか!」

 アルベルトは驚いていた。

「莫迦なことを言っていないで早くこっちへ来い!!」

 しかしジャミルは脚腰の激痛に苦悶の表情を浮かべていた。

 (骨にヒビくらいは入ったか。まずったぜ)

 と舌打ちをする。

「少し休まねえと、動けねえんだよ!いいから行けよ」

「この莫迦が……」

 ジャミルを見て、グレイは呟いた。

 その時シフの一撃が怪物の根元を切断した。その重い茎が地響きを立てて、大地にずしりと崩れ落ちていく。

「ふん、ペンペン草風情があたしの腕に敵うものか―」

 そう呟いた瞬間、バケモノの弦はシフに巻きつき、高く空中へと持ち上げたのだ。「くそっ!まだ!死んでなかったのかい! ……うぐっ!」

 シフの身体を、その太い弦が締め上げる。ぎしぎしと音がする。これ以上締められたら、いかに女にしては屈強に鍛えられたシフであっても骨がバラバラに砕かれる―そう思った瞬間、グレイの長剣が怪物の『頭』の花弁の部分を切断した。ホークが同時に戦斧を投げ、シフを締め上げていた弦をも切断したのだった。怪物は今度こそ息の根を止められたのだった。シフは空中高くから落ちたが、怪物の上だったため皮肉にもそいつの体がクッションとなり、大した怪我もないようだった。

「……ふう、あたしとしたことがまったく油断したね。貸しがまた増えたよ」

 シフは口惜しそうに苦笑いをしながら肩をすくめる。

「気にするな、こんなもの、モノのついでだ」

 ホークは斧を拾いながら、事も無げに言ったのだった。

 

Last updated 2015/5/1

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