top of page

back   |  next

YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.

15. "The World".

 その惰眠はやがて何時間もしないうちに覚めることになる。

 何かの『声』によってバーバラの意識は現実に引き戻されたのだ。何か、声が聞こえる。それも、獣のような、それでいてどこか悲痛な声―。

 バーバラは思わず飛び起きた。それはホークの声だったのだ。ランプの薄明かりの中、彼を見るとその額にはびっしりと汗が流れて、手負いの野獣のような唸り声を上げているではないか。バーバラは、彼を目覚めさせるべく慌てて 男の巨体を揺すった。

「ホーク!?どうしたの?しっかりして!起きて!!」

 叫び声に似た声で呼びかけ続けてようやく彼は

「うっ……うあぁ!」

 と悲鳴に似た声を上げて、ホークは文字通りベッドから跳ね起きた。

 勢いあまってベッドから転落しそうな、それほどの反動でホークは起きたのだ。息はまだ、はぁ、はぁ、と荒い音を立てていた。

「……しっかり……平気かい?」

 バーバラは心配そうに、ホークのその額の汗を手で拭っていた。

 (どうやら、この世でいちばん辛い夢を見たようね―)

 その壮絶な横顔を見て、バーバラの中に嫌というほど彼の苦悩が飛び火してきたのを感じた。心臓がぎゅうと締め付けられる感覚に襲われ、バーバラ自身も変な汗が滲んでくるほどだった。

 悪夢より帰還したホークは言葉も無く、肩で息をしながらその場でシーツを掴んでいた。歯を食いしばり、まるで何かの激痛に耐えているかのような顔。

 ―彼は、今まで背負った沢山の命の痛みに耐えているのだ。バーバラにはわかった。そして、気がつくと、彼の代わりに涙を流していたのだった。

「なんて、なんてかわいそうなの……ホーク」

 独り言のように、彼女は呟くが、ハッと自分でもその言葉に驚いた。そんな安い同情の言葉など、彼にとってはむしろ気に触るものかもしれないのに。

 しかし少し落ち着きを取り戻したホークはふとそんな彼女に気がついて、こちらも少しだけ驚いていた。

 この女、本当に人の心が読めるのか。

 気味が悪いなどと思う前に、自分のために泣いてくれている女に、なぜか心から感謝したいと思った。泣けない自分の代わりに美しい涙を流してくれたことに。心がなぜか、ふっと軽くなったように感じた。

 ホークはそっと右手をバーバラの頬に差し伸べると、指先でその涙をゆっくりと拭った。

「……あ」

 思わぬことに、バーバラは心が震えた。再び胸に炎が灯る。

「みっともねえ所を見せたな。ありがとうな、……俺の代わりに」

 そこには、穏やかな顔をしたホークの顔があった。そして、その顔が近づいてきたかと思うと、拭いきれなかった涙にゆっくりと唇を這わせたのだ。バーバラは目を閉じて、その心地よさに身を任せていた。生半可な愛撫なんかよりもその唇の軌跡は、ひどく官能的だった。

 しばらく、そうしてバーバラの涙を唇で拭っていたがやがて、ちゅ……、と音を立てて、ホークは唇を離す。バーバラは、もうおしまい?と心から残念に思っていた。しかし、彼の大きな手がバーバラの髪を撫でたと思うと、その手は力を少し込めて、ホークは自分の顔へと近づけた。そしてすぐに、唇を重ねたのだった。

 すぐにその唇はバーバラの唇を吸い上げると、同じように唇を味わおうとしたバーバラの口の中に舌を差し入れ、その舌を吸い、絡めて、熱烈にそれを貪った。やがてホークはバーバラを抱き締めながらシーツの海へと沈めはじめる。そして一度唇を離すと、右手を彼女の手に絡めて、その顔にじっと熱を帯びた眼差しを焼き付けた。

 ―あんたを抱きたい。

 酒の所為か、その少しだけち血走った目は確かにそう言っていた。バーバラはその黒い瞳に焼かれそうになりながら、言ったのだ。

「さっきは無残に断られて悔しいけど、けどあたしはまだ貴方に惚れてる。抱くなら今のうちよ。火事場の炎の気が変わらぬうちに―」

 ホークはそれを聞くと、ニヤリと微笑った。そして、もういちど軽く女の唇へくちづけをすると、女の薄い衣服を少し乱暴に剥ぎ取りにかかった。バーバラの細くしなやかな手も、男の身にまとうシャツの中へと侵入していき、指先でその背中をゆっくりとなぞる。

 そのたくましい丘陵に数々の疵痕を指先に感じ取った。間違いなくそれは、数々の危険と修羅場を潜り抜けてきた男の背中だ。指先に感じるその歴史の数々を心から愛しく思った。そしてシャツを首から引っこ抜くと、なんて素晴らしいの、とバーバラがうっとりとしてしまうような逞しい筋肉が眼前に現れた。隆起した、決して無駄のない筋肉と刺青―そして、目のあたりになる古疵。中にはまだ真新しいものも有った。そのどれもがバーバラにとってはひどく官能的だった。

「……すてき。今まで見たどんな躰よりも」

 思わず、バーバラは感嘆のため息とともに呟いていた。

「そりゃあ、光栄だな」

 ホークは、その女の放つ言葉を丸ごと本気にはしていないようだったが、少しは嬉しげにニヤリと笑っていた。そして、「来い……」と少し強い力で女を抱き締めると、荒々しく唇を重ねた。

 舌を絡めあい、お互いの粘膜をこて調べとばかりになぞりあった。まだキスだけなのによもやこれほど感じるものかと驚くほどに。バーバラはそんな粘膜を貪り合う快感に躰がいやが上にもざわめく。

 その唇は卑猥な水音を奏でながらやがて耳元や首筋を這いずり、バーバラはその意思を代弁するかのように切ない吐息を吐き出しながら、指先でいとおしげに男の体中を弄った。

 ホークはその期待に応えるが如く、バーバラの豊満に乳房に舌を這わせ、その手で包み、揉みしだいた。彼女のそれはたっぷりと大きくて、手のひらには到底収まらない。周囲から包み込むように愛撫すると、彼女は掠れた声で、しかし美しく啼くのだった。その間にもバーバラは口元にちょうどある、ホークの耳孔に舌を差し入れたり甘噛みをする。汗のせいか少ししょっぱかったが、それは実に彼らしい『味』だと思った。それを食んだ時、男は少しだけ心地よさげに呻いたので、バーバラは嬉しくなって執拗に彼の耳朶を食み続けた。

 するとホークは物憂げな吐息を吐きながら突然上体を起こすと、バーバラを唐突に後ろ向きにひっくり返したのだ。突然のことで少しバーバラは驚いたが、その躰はホークの強い力によって引き寄せられ、彼の腿に座らせるような体勢にされると、背後から抱きしめるように左手で乳房を包みながら、右手は秘部へと伸ばした。その唇は女の髪や、耳、首筋、そして背中を官能的に這っていった。

「あっ、あぁッ……すごい……ッ素敵……」

 みるみるうちに秘部から愛蜜が滴リ始めるのをホークは指先に感じた。

「おい、もう、こんなだぜ……。どうしようか?」

 意地悪く男はのたまいながらも蕾を指の腹でくちゅくちゅとこねくり回し、弄んでいた。指で刺激すればするほどそこは底なし沼のように熱い蜜が次か次へと溢れ、迸っていく。蜜はやがて太腿を伝い、空気に触れて、すこしだけ冷たさを感じ始めていた。

「うふふ……、あなたのコレは、どうしたがってるの……?こんなになっているけど……」

 バーバラは精一杯の反撃とばかりに、手を伸ばし、体勢的にそれを直接見る事が出来ないので、手探りで男の股間にむき出しとなって上を向いているそれを探し出して、そっと掴んだ。すると目の当たりに出来なくてもわかるほどの怒張に、手で掴んだ瞬間にその大きさに心臓が大きく跳ね上がった。

「そうだな……もう我慢ができねえみたいだ」

 男は笑うと、上体を起こしたその体勢のまま、彼女を前方に倒して四つん這いにさせ、細い腰をぐっと両手で引き寄せたのだ。

「あぁぁあっ……!ああっ!!」

 それはすぐに半分ほどが熱い蜜壷へとヌルリと飲み込まれていた。体勢を変えずに男は腰をゆっくりと動かす。チュク、チュプ、という音を立ててそれは外に出たり、また潜ったりを繰り返す。それは徐々に熱を帯び、男の息遣いが荒くなると共に、リズムは早くなり激しさを増した。その度にバーバラは喉の奥から掠れた声を洩らす。泣き声のようにも聞こえるそれは、ホークにとってはまるで虫の息の獲物―バーバラをいたぶるかの風情に思え、興奮を助長していった。

 バーバラにとってみても、優しく抱かれるよりもよほど彼らしい荒々しさに酔い痴れずにはいられなかった。本当に乱暴されるのはもちろん御免だけど、そこは手加減を加えられているのも解った。

 彼が動くと、その重みを受けてベッドが悲鳴を上げていた。そんな軋みの音が何故かやたら耳につく。ここのベッドは何しろボロいから壊れやしないだろうか?と余計な心配がなぜか脳裏を掠めた。

 しかしそんな余裕もだんだんとなくなっていくのを感じはじめる。強く突き入れられる度に理性は壊されていき、自らの口から羞恥もプライドも吐出されていくよう。肉ひだをえぐられる度に、もっと、もっと強く、非道く嬲られたいような欲求を掻き立てられた。口からは普段絶対に言わないような、下卑ていて卑屈な言葉が自然と溢れ、そんな自分にバーバラはとても驚きつつも、それを口にすることで更に感じたことのない快感が全身を貫き続けた。

 ホークもそんなバーバラの姿に興奮が絶頂を迎えようとしていた。吐き出す息が低い唸り声を伴い、一段と荒く、熱くなるのをバーバラは背中で確りと感じる。それは、女にとっては歓喜すべきことであった。

 やがて彼は身を屈めると、「いくぞ……!」と独り言のように呟くと、バーバラに覆いかぶさり、彼女と同じような這うような体勢となるとバーバラの躰をがっしりと両腕で固めるように抱き締め、まるで獣のように強く激しく突きはじめたのだ。

 バーバラは彼の両腕と身体全部によって自分の肉体を強く拘束されたかのような感覚に襲われ、最後に残った理性をぶっ壊してしまった。拘束されると言うのはひどく陵辱的なのに、彼の肉体に包まれると何故か安心できた。だから彼女は最早観念したかのように全身の力を抜くと、まだ入り足りなかった彼の全てが身体にめり込んでいく。男のそれはバーバラの最奥の部分に当たり刺激を与えた。

「ああああっ……!お、奥に……とどいて……!すごい……っあっあっあっーーーー…!!」

 そこはバーバラにとっても最も感じられる部分だったらしく、目一杯『断末魔』の声をあげると何度か突かれただけで激しい叫びとともにそのままぐったりと果てたのだった。

 頸と腕は力を失い、ガックリと項垂れたまま、彼女のしなやかな肢体が小刻みにビクンビクンと慄えていた。彼女の絶頂による『波』に締め上げられたホークも、同じように重なったまま低く呻く。

 その瞬間、彼が自分の中からいなくなると、バーバラは自分の背中に熱いほとばしりを感じとった。それにはなぜか、彼女は悲しい気分にさせられたものだった。

 (どうして、中ではないの)

 と。

 少し間があって荒げた息を強く吐き出してしまうと、彼女の真上に伸し掛からないようにホークは横へとそっと転がった。だがベッドに沈む前に、先ほど彼女の額を冷やしていたタオルを取るとそれで彼女の背中を割合丁寧に拭き取っていた。身体を拭き終えたホークは身体をベッドに沈めた。

 バーバラは、「あぁ……」と溜息混じりに呻いて横向きに身体を向けると、ホークの胸元に顔をうずめた。恥ずかしいのか、気力がないのか、その顔をホークに見せず、ただはぁはぁと小刻みに息をして、まだ続いていた絶頂の波に耐えているのが見て取れる。ホークは(仕方ねえな)と思い、何の気なしに片手で彼女を抱き締め、彼女をなだめるようにしてじっとりと汗ばんだ肌に手を滑らせていた。

 

 結構長い時間、特に会話を交わすことも無くそうして過ごす。何も話さなくとも、お互いのぬくもりと息遣いだけで十分だった。

 すると、不意に胸元から「狡いよ……」と、掠れた声が聞こえた。

「あ?何が狡いんだ」

 ホークは左手で彼女を抱きながら、右手でタバコを持ちくつろいでいたところだ。

「あんたったら、全然あたしの好きにさせなかったんだもの。悔しいわ」

「なまいき言うな。すぐイッちまいやがった癖して」

 くっくと笑いながら、男はそんなことをのたまう。

「……もう、終わりなの」

 バーバラは心から残念そうな様子が、ホークにもわかった。しかし

「もう陽が高くなって来ちまいやがったしな」

 ふっと強く白煙を吐くと、それを灰皿の上でもみ消した。

「あんたって、案外……常識派なのね」

 しかし彼が言うとおり、気がつけば辺りはもう白々としていて、宿周辺もにわかに朝の活気付いた声などが響いていた。これではムードも何もあったものではない。

「ふふ、朝日で魔法がとけたみたい……ね」

 バーバラは笑った。屈託のない顔で。汗などによって化粧もすっかり取れてしまっていたが、その笑顔は、夜に見るそれとは少し雰囲気が違っていて、こうしているとただの何処にでもいるお嬢のようだった。厚化粧してるよりそのほうがかわいいぜ、と言おうとしたが、なんだか自分らしくない気がして既でのところで喉に収めた。

「……」

 ホークは無言で彼女を見つめると、手の甲をそっと彼女の頬に押し当て、ゆっくりと撫で、

「……ありがとうな」

 と、褒め言葉の代わりに、せめての礼をしたいと思った。

 昨日まで、心に渦巻いていた沢山のはち切れるような思いが今朝はすっかり軽くなっているような気がしたからだ。

「ふふ、礼を言うのは、こっちよ」

 バーバラは、彼の唇に軽く触れる程度のキスをすると、ベッドから立ち上がった。部屋にある桶の水にタオルを浸すと、それを絞り、全身を簡単に拭く。そして、さっさと服を着始めた。

「あたしも、あんた同様この先のことに色々不安を持っていたの。けれど、決めたわ。もう少し金が貯まったら、いろんなところに足をのばそうと思う」

「そう、か」

 ホークはそんなバーバラの決意を聞き、自分は心こそいくらか軽くなったが依然何も決まっちゃいないな、と考えていた。

「お礼に、あなたの未来を占ってあげるわ」

「占いだと?」

 さっさと着替え終えたバーバラの手には、いつのまにか何十枚ものカードが携えられていた。あれは、トランプではない。確か、タロー・カードと言ったか。

「ほら、早く、服を着てこっちにいらっしゃい」

「しかし、俺は占いなど信じちゃあいないぜ」

「信じるも信じないも、あんたの自由。けど、どうしてもアタシはお礼がしたのよ。さ、早く」

 いやにせっつくバーバラをわずかに訝しく思いながらも、ズボンを穿き、バーバラの座るテーブルの正面にしぶしぶ腰を下ろした。

「んじゃあ・……はやいとこ占ってくれ」

と、ぶっきらぼうに言い放った。

「焦らないの。ちょっと神経集中させるから」

と言っているバーバラの傍から、ホークはふと口を挟んだ。

「お前、踊りだけじゃなく占いもやるのか」

「いいえ、本当のことを言うと、占いが本職、というより天職。あたしは生まれながらに予知の力があったの」

「……だからか」

 それを聞いて、彼女の不可解なほど的をズバズバと射抜くような言動の数々が理解できた。そうも考えないと、説明がつかない。しかし、世の中に本当にそんな人間がいるとは。

「予知能力があるのなら、こんな道具を使わないでもいいんじゃあねえのか?」

 素朴な疑問をホークは投げた。

「あたしが見えるのは、普段ははっきりとしないイメージに過ぎないからね。より、詳しくそれを何だか解釈するには、こういうタローみたいなイメージカードを使うとやりやすいのよ」

「へぇ……」

 そう聞いても、やはり釈然とはしない様子のホークだった。仕方ない、彼はそんなものとは無縁の世界に生きていたのだから。するとカードを切りながら、バーバラは唐突に口火を切った。

「―ホーク。貴方ののそばに居るとね、色んな事が見えて苦しかったわ。苦悩しているのがすぐに解った。あたしは、そんなホークをどうにか救ってあげたい、心からそう思ったのよ。―けど」

 十字のような形に並べたカードを一枚一枚ひっくり返して、最期のカードをめくったとき、一瞬寂しそうな顔をしたのを、ホークは見逃さなかった。

「何か、いやな結果が?」

「……そうね。でも、あたしにとってはそうだというだけで、ホークにとってはいい知らせかも」

「どういうことだ?」

「世界の中心に行くと良いわ。つまり、ローザリアね。クリスタルシティがいいわ」

「ローザリアには以前行ったな。まあ、通っただけという感じだが。ああいうキレイキレイな王都みてえな所、どうも肌に合わねぇ」

 ホークは肩をすくめた。

「今行かないと、意味がないわよ。今、すぐに。そこにあなたの未来が待っている」

「船でも置いてあるのか?」

 ホークは冗談めかして言ってみた。バーバラはフフッと微笑うと

「それは多分ないわね。けれど、生きる道が見えてくるわよ。そうね、貴方が信じない、『一目惚れ』でもするんじゃあないかしら。そのくらい、世界の価値観が変わる何かがそこにあるわよ。多分これを逃すと二度と手に入らない、そう、『お宝』ってやつ」

 バーバラは真剣にカードを見て、そんなことを言うのだ。ホークは眉をひそめながら

「この俺が?一目惚れだと?へっ、ありえねぇな」

 海賊はもう一度、笑いながら肩をすくめている。

「女は山ほど抱いてきた。しかし、心から惚れたと思った女は一人もいない。―いや―」

 ホークはふと、何かを思い出した様子だった。しかし、それを払拭するように首を軽く振ると、舌打ちをした。

「そうね。でも、人の価値観とか世界が変わるときって一瞬の気付きなのよ。破壊は一瞬だけれど、創造は難し、と言うでしょう?」

「どうせ、俺の旅には別段アテもないしな。じゃあ、たまには人の言うことを素直に聞いて行ってみるさ。そのローザリアに」

 ホークは椅子から立ち上がった。半信半疑―どころか、恐らく1割方も信じてはいないだろう。

 バーバラは、胸いっぱいの空気を吐き出すような、深い溜息を吐いた。

 ―本当は、行ってほしくなかった。そばに居て欲しかった。

 その十字には、恋人が抱きあい天使が祝福している図柄のカードと、「世界」を現すカードがまっすぐな方向を向いてこちらを睨んでいた。

 

 そのままホークは宿を出る。その入口では相棒のゲラ=ハが待ち構えていた。

「船長、おはようございます」

「ん、昨日は潰れちまってたが、大丈夫なのかよ」

「昨晩は不覚を取りましたが、今はこの通り万全です」

 いつも、この片腕のトカゲの男は礼儀正しいし気が利いている。そう、並みの人間より、ずっとだ。ホークの隣に纏わり付くバーバラと何があったかなど決して聞くことなどない。

 バーバラはというと、「やっぱりあたしも付いていこうかしら」とケラケラと笑っている。

「すぐに行かねえと意味ねえんだろ。じゃあ俺はすぐに発つ」

「そう……」

 バーバラは、寂しげに顔を伏せた。「また、きっとどこかで会えるわ。そんな気がするから」

 と、バーバラは笑っていた。

「お前の予言はよく当たるからな」

 海賊も、口端だけを上げてにやりと笑った。

 そう、きっとすぐ会えるわ。バーバラの中で確信に近いものが蠢く。

 先刻、ホークが部屋を出たあとでもういちど未来を占ってみたのだ。

 この男は、アタシに何かを与えに来た何かだと思うのに。その正体も目的もちっとも視えない。そこで、もういちどカードを切ったのだ。

 十字の形にカードを並べる。その周囲に4枚、サイドにさらに4枚。懸命に意識を集中させる。

 そして、最後の十字のカードをめくるとき、バーバラは寒気を覚えた。

 1枚は、運命の転換期を示すカード、そしてもう一枚は―紛れこむはずの無い、白紙のカード。

 もういちど、視点やスプレッドを変えても、最終的なカードはいつも同じだった。言い様の無い不安が身体を巡った。

 

「-あ、そうそう。もしそのお宝に出会えたら、何が何でも手放しちゃあだめよ」

「へいへい。わかったよ」

 バーバラは念を押した。

 というのも、もし彼が「それ」に出会わなかったら、もしくはスルーしてしまったらどうなるかということも占ってみたところ、やはり白紙のカードが出てくるのだ。

 本当に、気味が悪かった。

 

 世界は多分、変わりつつあるのだ。

 いや、すでにもう変わってしまったのかもしれない。

 あたしも、ホークも、例え、神にも―もう誰にも止められない―。そんなざわめきが胸いっぱいに苦く広がっていった。

 

Last updated 2015/5/1

back   |  next

bottom of page