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YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.
17. 惜別
アルベルトは宝のある場所へと駆け寄るとそこに倒れていたジャミルに手を差し伸べた。
「なぜ、逃げろなんて」
「勝ち目のない戦いをするバカは生き残れないぜ。目的を果たしたらすぐにトンズラ。これ、泥棒の基本だからな。自分がそうされたって、腹はたたねーよ」
「……あいにく僕は泥棒じゃない」
アルベルトはそんなことを当然のように話すジャミルに呆れ顔を向けた。
「本当に僕たちが逃げたらどうするつもりだったんだ?」
「俺一人なら、少し回復すりゃあなんとでも切り抜けられるさ。まあ、まさか、本当に見捨てるなんて、実は思わなかったけどな! ……へへへ」
「減らず口を……」
力なく笑うジャミルに、アルベルトもつられて笑う。そして、手にあるアクアマリンを見て、
「……僕は誰かを犠牲にしてまで何かを成し遂げたいなんて、思ってない」
脳裏に、押し寄せる怪物を一人で引受け自分を逃がすために崖から突き落とした姉の姿が過った。
「ホントは……ディスティニーストーンを拝めて、もう死んでもいいかもって思ったのも事実なんだ……。本当にあるなんて……自分のこの手で、掴めるなんて……まるで夢みたいだ……」
そう言うと、ジャミルはがっくりと地面に突っ伏した。
「おい!」
アルベルトは驚いて、ジャミルを揺すった。するといつの間にか側に来ていたクローディアが、アルベルトの手からアクアマリンをそっと取ったのだ。
「少し、貸してね」
そしてジャミルの隣に座るとその脚にアクアマリンを翳し、水の術である「癒し」の術を詠唱する。
――これが本当に水のデスティニーストーンなら。
淡く青白い光があたりを照らす。石はそれに反応するかのように、きらきらと光を増した。そしてジャミルは「……お……」と声を洩らした。そしてゆっくりと立ち上がったのだ。
「……信じられねー!」
ジャミルは思わず歓喜の声を上げた。
「ディスティニーストーンか……!」
グレイも少し興奮気味につぶやいている。
ジャミルはその場で何度かぴょんぴょん跳ねてみたが、ちっとも痛みがない。先ほどまでの激痛がウソのようだった。
「本物だぜ、間違いない!」
ジャミルは興奮と喜びでいっぱいのようだった。
「よかったわ……」
クローディアが、ティアラをアルベルトに返そうとしたが、なぜか彼は手のひらでそれを制止するようにして
「よかったら戻るまでクローディアさんが持っていてください。一番これが役に立つのは、貴女のようだから」
と、受け取るのを拒否していた。
「そう……じゃあ少し借りておくわね」
クローディアは、素直にそれを自分の頭に着けた。彼女の頭上に収まると、普段から醸しだされている彼女のそこはかとない高貴さが増すような気がした。
「さて、帰ろうぜ!アイシャに自慢してやろう!」
意気揚々で、ジャミルは先頭きって歩き出す。
「まったく現金なやつだな。さすがは盗賊だ」
アルベルトは、苦笑した。「置いて帰ればよかったかも」と呟くと、「なんだと、お前はひどい奴だな!」と、ジャミルはつっかかるのだった。
「全く……」グレイは肩をすくめる。しかし
「しかしあのジャミル、思ったより場数をくぐってきたようだな……」
と呟いた。ホークは無言だったが、同じ事を考えていたようだった。
一行は早速出口へと向かった。何体か生き残っていた怪物を倒したが大した労力ではなかった。しかし問題は岸へと辿り着いた頃であった。
「なんた、貴様ら!」
湖から引き上げたあと、遠くから野太い男たちの声がした。その鎧をよく見るとローザリア兵ではないか。アルベルトは正々堂々と釈明した。
「わたしたちは、ナイトハルト殿下の直接の命を受け、あの洞窟から宝を……」
「なんだと、そんな事は聞いていない。だいたい貴様は何者なんだ」
兵士二人は、頸をかしげていた。あからさまに疑っている様子だった。
「私はイスマス城主ルドルフの息子、アルベルトだ」
兵士たちは、それを聞いてもなぜかピンとは来ない様子だった。
「イスマス城は先日の怪物襲撃で城の者は全滅したと聞いている。それに貴族のお方がなぜそんな怪しげな冒険者たちと行動している?不自然ではないか」
もうひとりの兵士も言葉を発する。
「だいたい、このクリスタルレイクは王家が所有し一般人は立ち入りを許されていない。
あの洞窟には、王家の大切な宝が眠っているからだ。絶対に門外不出だとしてこの数百年持ち出された事はなかったのだ。……貴様たち、もしや……」
兵士二人は、咄嗟に身構える。
「違う!そんなに疑うのなら、今から城に連行してくれればいい。殿下の前で釈明する」
アルベルトは、いらだっていた。なぜ、話しが伝わらないのかと。
「では、今からしょっぴくぞ。貴様らもだ」
兵士たちは、残りの者たちに槍を向けた。
「僕だけで良いだろう。この人たちはパブで雇った冒険者で、手伝ってくれただけだ」
「……よかろう―」
兵士は、アルベルトを連れて行こうとした。
するとその時だ。兵士が「ギャア!!」と悲鳴を上げて倒れた。背後から斬り付けられたのだ。
「な、何を!!?」
アルベルトは呆気に取られていた。兵士たちを斬りつけたのはシフとホークだった。
「こいつら、今お前を殺そうとしてたんだぜ」
「何だって?」
倒れた兵士を見ると、なんとみるみるうちにその身体が砂と化して行く。その正体は人間ではなかったのだ。
「な、一体、どういう事だ」
「兎も角早く戻ろうぜ。陽も暮れてきたし、アイシャも心配だし。あんま遅くなるとあいつ……多分不安で泣いちゃうぜ」
ジャミルは困惑して立ち尽くしているアルベルトの肩を叩いた。
――そういえば、今朝はあんな別れ方をしたのだ。一体どうしているのだうか……。
自分を待っていてくれているだろうか。それとも。案外素直に見送っていたのが、実は気にはなっていた。
「……あのアイシャって子はどうして、ナイトハルト様や国王様に気安く口を利けるんだろう」
歩きながら、アルベルトはふと沸いた疑問をジャミルに投げかけていた。
「ああ、確かな、以前ナイトハルトに命を助けられて、城にも連れて行ってもらったらしいぜ。詳しい事は俺も知らないけどよ、アイシャと同じ名前の、昔のタラール族のリーダーの女の人と、ローザリアの前の国王のカール二世とかってのが恋仲だったらしいとかって言ってたぜ」
「タラール族と、ローザリアの前国王様が??そんな話しは聞いた事が無いよ。それに、カール二世のお妃は別の人だった。ローザリア貴族の女性だったはず」
「俺も詳しくは知らねぇって。あとでアイシャに直接聞けよ。でもタラール族は、同じタラール族以外とは結婚してはいけないって決まりがあるからって、好き合ってても叶わぬ恋ってやつだったらしいからなー。それが関係あるか知らないけど、ナイトハルトはアイシャに城で暮らしてみねーかって言ったらしいけど、アイシャのじいちゃんが絶対にだめだって反対したそうだ。昔のことを繰り返したくなかったんだろうけどさ」
「やっぱりナイトハルト様は優しい人じゃないか」
アルベルトは笑ったが、ジャミルはなぜかムッとした様子で、まくし立てはじめたのだ。
「……あのなー、お前、ああいう権力者が女に『自分のとこで暮らせ』って言ってる事の意味がわかんねーのかよ!これだからぼんぼん育ちは困るぜ!」
「なんだと!お前はまさか、ナイトハルト様が、あんな少女をその……囲い者にしようと考えてるというのか?!無礼にも程がある!!絶対にありえない!!」
「何が無礼なんだよ、お前はわかってねーんだよ!」
突如始まったケンカに、シフが二人の襟首を掴んで
「やめな!さっきは仲が良かったと思ったら。そんな場合じゃあないだろう」
と言うと二人を軽く持ち上げたか思うと下へと投げて制止した。地面に倒れた二人はしばし痛みに耐えて無言で歩き出したが、しばらくして、ジャミルは誰にも聞こえないような小さな声でぼそりと発した。
「……あんな、少女っつーけどさぁ……」
その後は、続かなかった。そうして陽も暮れた一時間ほどして、一行はクリスタルシティへと戻ったのだった。
だいたいの話しを聞いたアイシャは、まずジャミルの脚を見つめた。
「本当に、大丈夫なの」
心配そうな言葉を発する。
「ご覧の通りだぜ。まあズボン穿いてるからわかんねーけど、アザひとつないんだぜ。驚くよ」
自慢げに、脚をぽんぽんと叩いて見せた。
「じゃあ今から、アルベルトはナイトハルトのとこへそれを渡しに行くの」
「……どうしようかと、思ってる」
「え?」
意外な言葉に、アイシャは驚いていた。アイシャだけではなく、シフやジャミルも意外そうな顔をしてその貴族のほうを見つめた。
「どうして?アルベルトは一日も早くナイトハルトに認めてもらいたいんでしょう?」
「僕は、解からないんだ……。どうしてナイトハルト様がこれを僕に取って来いと仰ったか。僕一人であそこへ入っていたら、死んでいたのは確実だし、あの兵士たち……。はっきりするまで、畏れ多いけどこれは預からせてもらおうかと思ってる」
アルベルトは低い声で、しかしはっきりと告げた。そこにはとても固い意志があるように見え、アイシャは昨日までとどこか違うアルベルトがそこにいると思った。
「さて、あんたたちは今からどうするの」
突如聞き覚えのある声がした。アイシャはその声の方向を見ると、いつの間にやらバーバラが隣の座っていたのだ。いかにも寝起きと言った風情で、大あくびをしていた。
「バーバラって、いつもいきなり現れるよね」
「あらアイシャ、お早う。すっかり元気になったみたいね!うふふ。まるで幽霊みたいな言われようはちょっと心外だけど」
それを聞いて、飲んでた水を噴出したのはホークだった。
「ど、どうしたの?ホークさん」
「あぁ、いや、何でもねえ……」
……なんであいつがここに。ホークは苦々しい思いがこみ上げる。
昨夜は、すぐにアイシャを連れ出したために、どうもパブに踊り子がいたとは思ったがホークは全く見ていなかったのだ。まさか、あのバーバラだったとは。まさか、俺に未練があって追いかけてきやがったのか?別にあいつを抱いたのはアイシャと出逢う前だし、何も後ろめたいことはないはずなのに、妙に落ち着かなかった。
「どうするかなんて決めてない。どうしていいかも、分からないし……。あっ、そうだ。バーバラさん!あたしのおじいちゃんたちが行方不明なの、もしかして、占いで分からないかなあ?」
アイシャは思い出した。バーバラの不思議な力を。アイシャは拝みこむような恰好で、バーバラに懇願していた。
「うーん、突然そんなこと言われてもねえ。あたしがその人達を知っていれば別だけど、さすがにムリだと思うわ」
意外とバーバラはあっさりと、それはできないことを告げたのだ。
「……そう……なの」
アイシャは、がっくりとうなだれて、席に座ってしまった。
「ごめんなさいね。今朝はどうも頭がすっきりしないのよ。何かが邪魔してるみたい。多分、それのせいかしら……」
バーバラは、アルベルトの手元にあった袋を指差す。その中にはあのアクアマリンのティアラが入っていた。
「な……!?」
アルベルトは咄嗟に隠すような仕草をしてしまったが
「莫迦ねえ、盗りゃあしないわよ。邪魔だから、遠ざけてほしいくらい」
バーバラは苦笑してそう言い放った。
「す、すみません。そんなつもりでは。ただ、驚いたので……」
アルベルトも、この不思議な女性の言動にただ困惑していたのだ。
その時、バーバラの胸元では以前とある吟遊詩人からもらった宝石が熱く呼応しているのを感じた。その瞬間、バーバラの脳裏に強くはっきりとしたビジョンが生まれたのだ。嫌な予感が鳥肌となってざわざわと体中をかけ巡った。
「……忠告するわ。ここから一刻も早く立ち去ったほうがいいようよ、あなたたち。鎧に身を固めたこわい人たちがやってくるのが見える……」
その言葉にアルベルトは戦慄した。まさかナイトハルト様の配下の者たちなのか?それは一同、同じ事を思っていた。
そこへ水晶亭のマスターが起きてきたのだ。寝癖もそのままに、アイシャの元へと一目散へ向かってきた。アイシャは「あ、おじさん」と挨拶をしようとしたが、マスターは真剣な顔をして、アイシャの前に息を弾ませて立つや否や
「アイシャ、何も言わず、しばらくこのローザリアから離れたほうがいい。しばらく、ここには立ち寄ってはいけないよ。頼む、何も聞かずにすぐにだ―」
「えっ??」
アイシャは一瞬、彼が何を言っているのかわからなかったが、その真剣な様子に、ただ事ではないことだけは察した。
一行も異状を察し、彼の言うとおりにすることにした。急いで席を立つと、裏口へと向かう。
「早く!裏から、お代はいい、すぐに!」
「で、でも」
アイシャは、何が何だか訳が解からず、マスターの顔を見ていた。彼は一瞬笑うと
「今まで、すまない。……アイシャちゃんの家族が見つかることを祈っているよ」
と言うと、アイシャたちを裏口へと押し込んだ。
「おじさん!」
バーバラは席に座ったまま、そんなマスターの姿をじっと見ていた。アイシャたちが裏から出たのと同時に、兵士たちが踏み込んできたのを知ると、ビンゴ、と心で叫ぶ。
「おい店主。ここにタラール族の娘とイスマス城の子息が来ていただろう」
「何のことです?知りませんよ。私は」
マスターはにこにこ笑って平静を装っていたが、兵士は物騒な剣を持って亭主の首根っこを引っ張って詰め寄った。
「嘘を吐くな。見た者がいるのだ。お前は黙ってこちらのいう事を聞け。店が営業できなくなってもいいのか。今までどおり、密告者としての立場をわきまえろ!」
兵士のそんな言葉に彼の中で、何かが切れたようだった。
「この国から出て行けと言われれば、今すぐそうしてやる!国王様が病気になられたこの一年ほどでずいぶんとこの国の皇太子も役人も変わってしまった。はじめは金ほしさにパブのマスターという立場を利用してあらゆる密告をしていたが、俺は後悔している。もううんざりだ!」
今まで抱え込んだ様々なものを吐き捨てるようにマスターは叫んでいた。そして腰に巻いていたエプロンを床に叩きつけその場を立ち去ろうとしたが、「お前にはたっぷりと話を聞かせてもらう」と役人たちに羽交い絞めにされると、抵抗も虚しくその場から連行されてしまったのだった。
バーバラはその様子を黙って見ていた。騒動を横目に、連行されたマスターの姿が建物から消えると目を閉じてタバコをもみ消す。
あのマスターはもう戻ってくることはないだろう。少なくとも、この国には。密告者などというのはバーバラがもっとも大嫌いな人種だったが、せめて命の無事を祈るしかない。だが、バーバラにはあのマスターの顔に浮かぶ死相をはっきりと見てしまった。きっとだめね、と胸を痛めるしかなかったのだった。
アイシャらは宿から大急ぎで荷物を取ると、兵士らが居ないのを確認し、そっと街を出た。目的はないが、ジャミルがエスタミルはまずいというので、まずは港のあるオービルへと向かったのだった。
ニューロードを南へ、アルツールを経て十日ほどでオービルに到着した。ここからは、バファル帝国のブルエーレ、南エスタミル、ミルザブールへの船が出ている。もちろんバファル、南エスタミルは今はまずいということになり、ミルザブールへの船に飛び乗った。
アルベルトとシフは、ミルザブールは一度通った事があるというが、一刻も早くローザリアに向かいたかったのでどんなところかは実際よくは知らないと船の上で話していた。
アイシャはずっとあのマスターの無事を祈って部屋にこもっているようだった。
あのマスターが密告者であったショックももちろんあったが、アイシャにとってはそれ以上に良くしてもらったのは事実だ。彼を恨む気持ちはさらさらなく、ひたすら無事であってほしいと願うばかりの様子に、ホークも声を掛けられずにいたのだった。
しかし時刻ももう夜になる。一向に部屋から出てこないことを心配したホークはアイシャの居る船室を訪ねた。見ると、アイシャはベッドに突っ伏したままで眠っているようだ。どうやら旅の疲れが出たらしい。十日も歩きづめで歩いたのは始めてらしいので仕方がない。その上水晶亭でのあの騒ぎ……。心身ともに疲れきっていることだろう。
その頬には涙の道が残り、キラキラとした光が微かに放たれている。ホークはその軌跡を手でそっと拭おうと頬に手を触れた。
するとその時、船が少しだけ不穏な揺れ方をし、少女はその揺れで目を覚ました。
「あ……、ホーク……さん」
「起こしちまったか。腹はへってねえのか」
「ん……すこしだけ」
少し寝惚けたような顔をして、アイシャは徐ろに上半身を起こす。そしてベッドに腰かけているホークの背後から、甘えるように抱きつくと無言のまま目を閉じた。彼の心音を確かめるようにぴったりと顔を彼の背中にくっつけて、ぬくもりを逃さないように両手でその体を抱きしめている。
ホークは、そんなアイシャを見ていてふと思い出した。
慌てて水晶亭から出てきてしまったが、バーバラに対して少し気まずい気持ちが先立ち、すっかり忘れてしまっていた。お前のお陰で、俺はこのかけがえのないお宝に出逢うことができたと、一言礼を言いたかったことを。
またどこかで会えるだろうか。
しかしまた会ったら、アイシャにバーバラとのことも話さなきゃならないのだろうかと少し苦笑いしてしまう。
もちろん抱いたなんて言わないだろうけどな。
そして乗船して二日ほどした昼の時刻となった。
船はしばし接岸の準備に慌ただしくなる。ミルザの故郷へと到着を待つばかりだった。
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Last updated 2015/5/1