YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.
14. 西の最果てより。
西の未開の地『フロンティア』。
この土地は、この世界でも最も開かれていなく、また新しい土地と希望を求めて、多くの商売人や冒険者、そして新たな安息の地を求める人々が集まっては、この場所の土地を開拓したり、また眠っているかもしれない宝を探したりと活気に溢れている土地であった。
そんな土地に、海を追われ居場所を失い、何か新しいものを求め放浪している海賊の男が現れたのは、ごく自然のことであったかもしれない。
彼が唯一の友であり相棒であるゲッコ族のゲラ=ハを伴い、この町の小さな場末の盛り場へと辿り着いたのは、夕日が沈む頃であった。
そのパブではひときわ華やかな音楽とともに活気溢れた人々の喧騒が鳴り響く中、一人の名物の踊り子が見事なショーを披露し、拍手喝采を浴びているちょうどその時であった。
「すごいな、あの女は一体誰なんだ?」
そこには小さな場末のパブとは思えない、まるで大劇場の舞台並みの華やかさを放ちながらフロンティアの女神のように君臨している女性がいた。
「あんた、知らないの。あの人はこのフロンティアをはじめ、東や南のクジャラート、下手をすればローザリアにまで名をとどろかす稀代の踊りの名手、バーバラさんだよ」
と、パブの酔客の一人が教えてくれた。
「ほぉ……。道理でな」
その妖艶な踊りに魅了されない男はいないだろう。ホークや、ゲッコ族であるゲラ=ハまでも、その人間離れをしている動きに目を奪われていた。
その踊りの間、その踊り子―バーバラと、ホークは何度か目が合ったような気がした。しかし踊り子が男性客に目配せをするのは一種のよくあるサービスである。ホークはそう思い、別に気にも留めていなかった。
ひとしきりの踊り子のショーが終えると、パブ中は拍手喝さいが五月蝿いほどに巻き起こった。そして、次々とおひねりが飛ぶ。それを、例によって彼女の付き人エルマンが帽子の中に徴収していく。当のバーバラはさっさとその場を去ってゆき、姿を消していったのだった。
踊りは確かに素晴らしく美しいのだが、もっと愛想を良くしたらどうだ?と思いもしたし、ところどころでバーバラはえらくあっさりと引っ込んじまったな、とぼやく声が聞こえもした。だが、ホークはすぐに酒を呑み、何事もなかったかのように相棒とこれからのことなどを話していたのだった。
それから三十分ほど経った頃だろうか。ホークとゲラ=ハの座るテーブルに一人の女がやってきた。大きなストールをすっぽりと頭に被っていて。一見すると顔が分からない。ホークは何だコイツはと思いよくそのフードの中を覗くと、なんとその女は先ほどの踊り子、バーバラであった。先ほどまでの派手で露出の多い衣装をすっかり着替え、地味で黒っぽいストールを頭から被り、ゆったりとした貫頭衣を纏っていた。服にはビーズの刺繍などが施されてあり品の良い服装ながら、まったく地味で、先ほどの踊り子と同じ女とは一瞬思えないような恰好であった。
「ねぇお兄さん。此処、いいかしら」
その女、バーバラはにこりと笑うと、ホークたちが囲む丸テーブルにある誰も座っていない椅子の背もたれをゆっくりと撫でた。
「勝手にしたらいい」
ホークはぶっきらぼうな口調でそれだけを言い放ち、バーバラには目を合わせようともしない。
「あらあ、素っ気無いんだねぇ。では、遠慮なく」
バーバラはその席へ座ると、飲み物などを飲むでもなく、ただ頬杖をついてホークの顔をじっと見つめていた。その表情は穏やかで、少し笑っているようにも見える。
この時のホークとゲラ=ハの議題は、どうやってパイレーツコーストへと復帰するか、或いは……という話である。
ホークはついひと月ほど前に、海賊の中でも敵対する一派により汚い策略にはめられ、海に自分の船を沈めてしまったばかりだったのだ。
途方に暮れながらも何とか自分の生きる道を見つけようと、歩き慣れない陸の生活を余儀なくされた。アロン島から船でノースポイントに渡ってニューロードを南下し、ウロ、ローザリア、そしてクジャラートに渡り、ニューロードをたどっていくうちついにこの西の最果ての地であるフロンティアへと行き着いたのである。
「……兎に角だ、俺はあのブッチャーにはどうやっても一矢報いてやらなければ、気が済まねぇがな……」
ホークは煙草を取り出し火を点けようとマッチを手に取ろうとすると、一瞬に煙草の先が小さな火種に包まれた。それは、バーバラの小さな指を鳴らす音と共に発せられたのだ。
「……あんた、踊りだけでなく魔法も使うのか」
ホークはその煙草を吸うと、煙を下を向いて吐き出す。
「いわゆる"術"というヤツよ。少しは使えるの。お役に立ったかしら?」
「ああ―ありがとよ」
ホークは少しだけ先ほどよりかは警戒心を崩したかのように、バーバラに礼を言う。
「あんた、あの有名なキャプテン・ホークなのね。以前ノースポイントの方まで行ったことがあるから、お名前は知っているわ」
「有名、か―。さぞ悪どい名が響いていたんだろうよ」
ホークは自嘲するかのようにフン、と鼻で笑ってみせる。
「ええ、それもあるけれど―、悪い噂ばかりでないわ。賊は賊でも、一般の船は襲わず帝国の船しか相手にしない、そして決して人を殺めるようなことなく鮮やかに仕事をする海賊だって、ファンもたくさんいるみたいよ」
バーバラはにこりと笑ってそんな賛辞を送ったが、ホークは何も言わずに、まるで返事の代わりのようにまたも白い煙を吐いていた。
「船を失って、自信も目的も無くしているようね」
ホークはそんな唐突なバーバラの言葉に一瞬ギョッとした。しかし考えてみると、バーバラが座っている間にそんな話も確かにしていた。だからだろう。
「……関係のないやつが余計な口を挟むんじゃねえ」
ホークは一転、不機嫌もあらわな声でバーバラを強く制する。
「怒らせてしまったかしら?」
バーバラは苦笑いをしたが、決して怯むことなく海賊の顔を見つめていた。
ホークは一瞬間を置き、そして煙草を灰皿の底へ押し当てると、
「……あんた、何か俺に用があるんだろう」
と、唐突に尋ねてきたのだった。何も飲み食いせず、他にも余った席もあるのに此処に来たということは、そのようなことだろうと思ったからだった。
「さすが勘が良いのね。―聞いて頂ける?」
「この通り、暇をもてあましている。聞くだけならタダだしな」
バーバラはにこりと微笑み、「ありがとう」と弾む声で言った。
「実はねぇ、あたし、このフロンティアやニューロード界隈ではだいぶ稼いでいたのだけど、そろそろ別の土地を求めて旅をしようと思ってたの」
このフロンティアでは不動の人気を誇る踊り子のバーバラだったが、この小さな土地を拠点にすることに退屈を感じていたのだった。
「此処にいれば、固定客もいっぱいいるし稼ぎもいい。生活に困ることなんて何もないのだけど、小さな土地の中でちょっと有名になりすぎて、厄介な事もあるのよ。だからやっぱり、色んな土地へと旅をしたくなったわけ。以前はよくエスタミルまではキャラバンで回っていたのだけど、根城はここだった。けれど、最近はどういうわけかモンスターどものはびこり方には目を見張るものがあるでしょう。いちいち此処へ帰ってくるにもだんだん辛くなってきたし……だからといって此処を動かないなんて、つまらないし」
「そこで、この俺に用心棒でも頼むつもりか?」
ホークは鋭く口を挟む。そんなところだろう、と推測をした。しかし、その言葉にバーバラはすこし驚いた顔をしたが、すぐにクスリと笑って、言ったのだ。
「いいえ、そんなつもりじゃないわ。そりゃあ、そうなってくれたらとても心強いけれど。あたしはね、今日、貴方をこのテーブルに見つけて、やっぱり神様はあたしを旅に出させる気だと確信をしたのよ」
そう言うと、バーバラはホークのがもみ消した煙草を取ると再び指を鳴らして火を点け、それを口に咥えはじめる。
「あたし、貴方に惚れたの。あなたとだったら何処へでも行ける気がする。だから、あなたと旅をしたいと思うのだけど―どう?」
白い煙をくゆらせながらの突然のこの申し出に、ホークは思わず眉をひそめた。ゲラ=ハは呆然とそんなことを突然言い出した女を見ていただけだが、二人とも、この女がまともにこんなことを言っているようには思えなかった。
「おい、からかうんじゃねえよ。大体、俺の旅にはこれといって目的もねぇしな。女なんてさっきも言ったとおり怪物どもがうようよしていやがるのに、とてもじゃないが連れて行けねぇだろう」
ホークは、言いながらバーバラの本心を探るかのような目をしていた。じろじろとその挙動、表情を見逃すまいとしていたのが見てとれる。
「仕方ないわね。突然こんなことを言われて驚くのも怪しまれるのも無理はないと思うけど……あたしは本気よ。本気で貴方に惚れたの。この身体ならいくらでもあげる。だから、一緒に連れて行ってほしいの」
ホークは、しばし考えている様子だったが、しかし、
「女なんぞ、旅には連れて行けねえ」
その一点張りだった。隣では硬い表皮に覆われた顔が無表情に頷いている。
「そう…………」
バーバラは残念そうに顔を俯かせていた。
「……だったら、せめて一晩付き合わせて」
そう言って、バーバラはエルマンを呼び、「ありったけの酒と食事を頼んできて」と命令していた。「おい」とホークが声を掛けたが、
「久しぶりに会ういい男に、酒とご飯ぐらいはご馳走させてよ」と、バーバラは微笑みながらウィンクしたのだった。
「もちろん、あんたも食べていいのよ」
そう言いながら、ゲッコ族であるゲラ=ハの硬い皮膚をつんつんと指で突付いた。ゲラ=ハはそんな女の仕草に少し驚きいていた様子だったが、
「で、ではお言葉に甘えます」とだけ答えていた。
「ゲッコ族って、話には聞いていたけど実際初めてお目にかかるわね。思ったよりも紳士的で驚き。あんたたちは人間がお嫌いと噂で聞いたけれど、どうしてこのホークさんと一緒に旅なんかをしているの?」
バーバラは何気なく尋ねてみた。すると、ゲラ=ハは静かにこう話してくれたのだった。
「キャプテンは他人の心の痛みがわかる心を持っている尊敬できる人間だとお見受けし、海賊時代から長く参謀を務めさせてもらっています。私は長いこと、他の仲間達と同じようにアロン島のジャングルの奥に住んでいたのですが、キャプテンと出会い、共に行動したくなったのです。それだけです」
バーバラはその言葉に深く二、三度頷く。しかし
「……へっ、そんなものは俺には無えよ。俺はただの海賊だ。買いかぶりすぎだぞ。ゲラ」
ホークは頬杖をつき苦笑しながら、ゲラ=ハをたしなめた。柄にもなく照れているのかと思ったが、何かそこには深い事情があるようにもバーバラには感じられた。
やがてテーブルには食べ物や酒がどんどん運ばれくる。どちらかと言えば酒の量が多く、三人はそれを休みなく消費しそれなりの盛り上がりを見せていた。やがて酒が回ってきて、一番初めに酔いつぶれたのは意外にもゲラ=ハだった。気が付くと彼は、テーブルに突っ伏してイビキをかいていたのだ。そんな相棒の様子に気づいたホークは、
「ふがいねぇな。しかし初めて見たぞ。こいつが酒につぶれる様は―。おい、こんなところで寝るんじゃねえ」
ホークは半ば呆れ顔をして、正体なく眠ってしまったゲラ=ハの身体を少し乱暴に揺すっている。
「あらぁ、あたしは酒でゲッコ族の兄さんに勝ったんだね。あははは」
バーバラは上機嫌でそう言うと、ジョッキを持ち注がれていたビールをぐいと飲み干した。
「あんたももうやめといたらどうだ、強いのはわかったからよ」
ホークは少し呆れたような顔だった。だが
「あんただって、強いじゃないか。あたしももう、そろそろ限界よ。……ヒック、こんなに酔うのは、久し振り……ふああ」
バーバラは力なくホークの肩にしなだれかかって、大きなあくびをひとつする。
「フン、お前がなにを企んでいるのか探っていたからちっとも酔えやしねぇんだよ」
そう言いながらも、ホークは笑っていた。少しは警戒心が解けたようだった。
「ふふ……やっぱりあたしが何か企んでると思っていたのね。そんなに知りたければ、言って差し上げましょう」
バーバラは言うと、よろりと立ち上がり、
「あたしは、あんたと一緒に居たいの。そんだけさ。ちくしょう、酔い潰してあんたを襲ってやろうと思ったのに……さ。負けたよ。負け負け!あはははははは……はははははは!」
バーバラはそんな本気とも冗談ともつかない言葉を発すると高らかに笑った。そして次の瞬間、その身体はまるで糸の切れたマリオネットのようにばたりとその場に崩れ落ちていたのだった。
―――――お姐さん?!
――――バーバラ!!
遠くで声が聞こえた気がした。
いくらか時間がたっただろうか――――――――
目の前は闇で、バーバラの視界は完全にない世界。
――――――――潮、潮の匂いがした。塩っ辛いようないその匂いが鼻に衝く。
此処は、海なの?
ゆらゆらと揺れている。まるで水面に漂っているかのようだった
しかし気がつく。揺れているのは自身の三半規管だけだ。酔いによって、回っているだけ。
そこで、眼が醒めた。ぱちくりと瞬きをすると、確かに建物の天井が瞳に映った。
そして――――――――
「やっとお目覚めか」
低い男の声。その声は、聞き覚えがある。低いだけでなく、ハートと下腹部に響いてくる、言い換えればすごくセクシーな声。
「……これは、夢?」
思わず、バーバラはそう呟いていた。
「なんだ、寝ぼけてるのか」
ベッドの脇で椅子に腰掛けていたその男は、バーバラの額からタオルを取ると無造作に水を張った桶にそれを放っている。
「どうして、あなたはここにいるの……」
バーバラは顔を向け、その男―ホークに思わず尋ねていた。
「メシと酒の恩義もある。一緒に飲んだ女に翌日死なれちゃ夢見が悪いしな。何より、暇を―」
「―持て余している?」
バーバラは咄嗟にホークの語尾を盗んで、ふふっと笑ったのだった。ホークもつられたようにニヤリと口端を上げた。
「けれど何も―、何もなかったのかしら。……この様を見ると何もされていないようね。はぁ」
バーバラは シーツの中の自分の身体を確認する。そこには衣服を着たままの自分の身体があるだけだ。思わず溜息が漏れる。それは、さも残念だと言いたげな短い溜息であった。
「……酔い潰れているあいだに犯しておけばよかったか」
そんなバーバラにホークは呆れ顔で言い放ったが、
「いいえ。できれば起きている間のほうがいいわね」
と言い笑って見せた。笑ってはいたが、冗談などではなくそれは本心そのものであった。
「……さっきのあたしの言葉は本気よ。けどどうしてもダメだというなら諦めるわ。足手まといになってはいけないものね」
寂しげに笑うバーバラを見て、ホークは短いため息をふっと吐くと
「きっと危険な旅だ。来ないほうがいいのさ。あんたは美人だし、海賊くずれなんかよりましな男がきっと見つかる。一目惚れなんていうのは、一時の気の迷いだろうさ」
何気なくホークの放ったその言葉―多分、慰めているのに違いなかったが―に、バーバラは一気に頭に血が上った。
「……気の迷いでも何でも、あたしの今の気持ちは間違いなく本物だよ。いつかはましな男が?それは一体いつなの。適当なことを言って体よくはぐらかすのはよしてよ!」
思わずそう男に怒鳴りつけると、バーバラは寝返りを勢いよく打ち、男に背を向けた。
「悪い―。そんなつもりじゃない。本気で言ったんだが―」
「全く海賊なんて、とんだ唐変木なんだね!」
少しだけ鼻にかかった声が飛んでくる。ホークは
「俺も適当なことを言うのも言われるのも好きじゃないはずなのにな……すまねえ―」
その海賊は本気で謝っているようだった。だがバーバラは何も返すことはなく、しばし部屋に沈黙が流れていた。
しかし、突如バーバラは起き上がると、その光る頬をそのままに、唐突にその男に抱きつき唇を塞いだのだった。
ホークは不意を突かれる恰好で少し面食らったのだが、しかしだからと言って拒絶することもしなかった。そのまま軽くバーバラの体に腕を廻し、その少しだけ塩味のする唇の味をしばし楽しんでいた。
これほどの女がここまでしてくれているのだ。あからさまに拒絶するほうが失礼というものだ。
バーバラはホークの首に手を回すと、自分の体を倒して強引に男をベッドへと押し倒した。
そうしてしばらくしてからやっとバーバラは唇を少しだけ離すと、
「あたしは、いつでも、そのときを一生懸命生きてきたんたんだ―。そんな生き方しか、あたしは出来ないの……」
海賊の唇を再び慣れた仕草で吸いあげながら、バーバラはかすれた声で呟いた。
「あんたを見た瞬間、強い光を感じた。あたしには、そういうのが見えるのよ……ウフフ……」
バーバラは目の前の男の顔を真っ直ぐな眼差しで見つめると、ホークもまた真っ直ぐな目をしてバーバラを見ている。だがその顔は依然涼しげだった。それを見るや否や、バーバラは見る見る不機嫌な顔に変わっていた。
「―ああ、全く。つまんないわ」
バーバラは腕と顔を離すと、しらけた顔をして上体をむっくと起こした。
「あんたってば、全然心ここに在らず、なんだもの」
肩をすくめて、今しがたの様子とはまるで別人のようにあっけらかんとした態度と仕草で、ベッドから這い出すと、ベッドサイドにあった煙草を取り出しぷかぶかと吸い始めたのである。
「おい、拗ねるなよ。恥をかかせたか」
自分も体を起こして、ホークは少し拍子抜けしたような顔をしながら言う。
「そんなの気にして無いし、拗ねてもいないわよ」
もはやホークのほうも見ようともせず、そう言ってタバコをふかす。
「―その気もない男に抱かれて誰が嬉しいものか。そう思わない?」
「成る程、それはわかるぜ」
ホークは肩をすくめた。
「バーバラ、あんたは魅力的だが、俺は娼婦でもない女をその場の行きずりで抱けるほど器用じゃなくてなぁ、……というより……」
「不器用というより、ただの不能じゃないの?」
ホークの言葉が終らないうちにそれを遮り、バーバラは感情に任せた辛らつな言葉をまるで返す刀でホークに投げつけた。
―やっぱり、怒ってるじゃねぇか。やれやれ、だから女ってぇ奴は。とホークが心の中で思っていると、
「やれやれ、だから女って奴は、なんて思ってないでしょうね?」とバーバラは低い声で問い詰めてきたのだ。
「っ……?」
ホークは流石に驚いた。こいつ、心でも読めるってぇのか?と。
すると、バーバラの肩がだんだんと揺れてくるのがわかった。そして次の瞬間、大きな笑い声がこだましていた。
「ふふ、あはははは。図星かぁ。それってたいていの男は思ってることよね。それを言ってみただけよ」
「てめえ、おちょくるのも大概にしやがれ」
ホークはすっかりやられて、彼女の頭を 軽く手のひらで小突いて悪態をついていた。
「ふふ、お返しよ。確かに、恥をかかされたわ」
軽く舌を出して、バーバラはしてやったりの笑顔を見せていた。しかしすぐに落ち着いた顔に戻ると、
「せめて、朝までここにいてくれないかしら?別にアレをしなくてもいい、一人で寝るよりましだわ」
次のタバコにいつの間にか火をつけながら、バーバラは気の抜けた声で言う。
「……構わないがな。文字通り、寝るだけだ。俺もいい加減眠くてな。あんたの看病で疲れちまった」
言うが早いか、ホークは上着を脱いでバーバラの隣に横になると、ものの数分ですぐに寝息を立て始めていたのだ。
「あらあら、なんて寝つきのいい男なの」
バーバラは呆れながらも、その意外にも屈託の無い寝顔に、思わず笑みがこぼれていた。手を伸ばし、そっと顔を撫でてみる。
「ふふ……、おやすみ、いい男」
そっと、男の唇にキスをすると、自分もふたたび眠りについたのだった。その逞しい体に後ろから腕を回して。
ホークはまるで泥のようだった。こんなに疲れているのにあたしの看病をしてくれるなんて案外人がいいのね、と思いもした。
彼にくっついていると色々な事がわかる。仄かに鼻を擽る潮の匂い、殺伐としたオーラ、そして、漂うリーダーの風格。沢山の子分に慕われていたのね、とバーバラは感じ取った。さっき酒場で視えた、彼の悲しげなオーラの原因も、それゆえのことかしら。
―あたしなら力になれるのに。けれど、彼はきっと女に頼ろうなんて微塵も思ってはいないわね。
ふふ、とバーバラは笑った。
そうしているうちに、バーバラも眠ってしまったのだった。
Last updated 2015/5/1