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YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.

12. 思い焦がれて

 一同はこのまま朝食を終えたらすぐに出るという決定をした。

 場所が城の比較的近場だという事もあり、多少道具を買い揃えれば準備は要らないだろうという判断だ。湖にはボート艇も有るという事なので、それらを調達する必要もない。このクリスタルシティは無論商業の中心でもある、だから道具だってすぐに揃ってしまう。

 アルベルトはクリスタルシティの場所の地図もナイトハルトに貰っていたのでそれを見てみると、湖と島しか無いという単純な所で特に作戦を練る必要性もなく、すぐに行こうということになったのだ。

「早い方が良いだろ?アルベルトも」

 ジャミル一人がえらく浮き足立っているようだ。

「お前のために行くのではないのだからな」

 アルベルトはそんなジャミルを早くも少し鬱陶しく思っていた。そんな算段をする皆の傍で居場所なく小さくなっていたアイシャは、耐え切れず途中で外へと出てしまった。自分だけ蚊帳の外で、寂しい想いばかりが募っていたのだった。

外をとぼとぼと歩く。

 皆の話を聞いていると、場合よってはとても危険な任務だという。

 もし、皆帰って来なかったら、あたしは一体どうしたらいいんだろう……。

 そんな事を考えた。しかし、

 

 もし、ホークが死んだらどうしよう。

 

 そんな事を考えたら、訳も解らずに、胸が痛んだ。そして涙が出そうになる。どうしてだろう。アイシャには、その去来する思いの意味が、まだ判らなかった。そうしていると、不意に背後から、声をかけられた。

「見送ってくれねえのか?」

 その低い声は、ホークだった。アイシャはぎくっと心臓が何故か鳴ったが、どうしていいかわからず口篭っていた。

「う…………・、うん。今から、行くのね?」

 アイシャは辛うじてそれだけを言った。

「ああ」

 ホークは事も無げに応える。アイシャは、思わず、

「本当はみんなと行きたい。でもあたしは足手纏い、だもんね。仕方ないけど」

 などと言っていた。言ってしまってから、アイシャはハッとし、自分の言葉に驚いていた。その言葉にホークは少し間を置いてから、答えた。

「そうだ。お前が来ると却って皆の足が止まる」

 こうはっきりと言った。アイシャは彼のあまりにもストレートな言葉に心臓に突き刺さる思いがしていた。しかしすぐに、

「今回の事はお前の旅の目的とは違う事だから気にするな。旅はこれから徐々に慣れて行けばいい。だから今日はここで大人しく待ってるんだ」

 と、まるでアイシャの心を読んだかのような慰めを入れるのだった。

「今回は留守番だ。いいな?」

 念を押すように告げると、ホークは背を向け水晶亭を去っていく。アイシャは燻る思いがありながらも、その背中を渋々と追いかけた。

 (何よ、アイシャにあんな事した癖に、どうして偉そうなの)

 でも、この人の言うことには逆らえなかった。しかし何よりも、「ここで待っていろ」という言葉が頼もしく思えた。

 

「じゃ、行ってくっから!アイシャ、お宝楽しみにしてなよ」

「だから!君のために行くんじゃないからな」

 ジャミルが水晶亭で見送るために来たアイシャに元気付ける。まるでその辺へ出かけてくるかの様な風情であった。それでもアイシャの心は曇り続けていた。それを察したのかクローディアも

「そんなに心配しないで。グレイやホークがいるんだもの、大丈夫」

 と、声をかけてくれた。

「みんな、気をつけて。……何も出来ないけれど、あたし、ニーサ様にお祈りしてるから」

 アイシャは浮かないが自分の出来る事をやろう、と思ったらこんな言葉になった。

「そう、頼もしいわ。お願いね」クローディアはその言葉を聞き、にっこりと笑う。

そして、一行はクリスタルシティの北にある、クリスタルレイクへと発っていった。

 アイシャはその背中を見えなくなるまで見送っていたが、ホークは、一度も振り返ることなく消えて行ったのに、また少し哀しくなった。

 

 水晶亭へと入ると、アイシャはしばらく、例の「特等席」へと静かに座ると、涙がなぜだか止まらなくなり、しまいには突っ伏して泣いていた。それを見つけたマスターが気づき、駆けつけてきたのだが、

「アイシャちゃん……」

 何か言おうと思ったのだが、結局それ以上声がかけられなかった。

 店は朝のピークが終え、しばらく暇であったから、マスターはしばらく少女の傍で泣いている背中を擦ってやる事しかできなかった。

 ひとしきり、アイシャが落ち着いた頃、亭主は言う。

「大丈夫さ、あんな凄い人たちが揃って行くんだ。絶対に戻ってくるさ」

 アイシャはその言葉を聞いても、何かピンと来なかった。

「……もし、戻ってこなかったら……」

 マスターは呟く。

 しかし、その後の言葉を発することはできずにいた。

 

 そうしていると、店にひとりの女がぶらりと入ってきた。

「ああー、疲れたわ。ちょっとあんた、此処のマスター?だったらとりあえず早くお水を一杯頂戴」

 その女は、見るからにかたぎの女ではなかった。派手で露出度の高めの、ひらひらとしたスカートとストールを身に纏っている。髪は巻き毛で、紅く燃え盛る炎のような髪の色だった。

「は、はい、ただ今」

 マスターは急いでカウンターへと入ると、水と氷の入ったピッチャーとコップを女に差し出す。

「あんたは、もしかしてキャラバンの踊り子さんだろ。結構有名だ。ええと確か、名前は―」

 マスターが、挨拶代わりに、そんなことを口にする。すると女は微笑を浮かべると、機嫌よさげな弾んだ声色で発した。

「ふふ、あたしの愚名もよく響いたものだわね。バーバラよ。よろしく。おまかせするわ、何か美味しいものを頂戴」

 その女は自分を知る亭主に気を良くし、注文を取り出したのだった。

 二、三名いた男性客も全て、この女の肢体と目立つ美貌に釘付けとなっていた。にわかにざわめきが巻き起こる。しかしアイシャはというと当然、そんな女になど興味が無かった。今は哀しくて仕方がなかったから、また、涙が出てくるのを隠そうともせず、その場で顔を伏していた。そのバーバラがそんなアイシャに気づいたのはそう時間はかからなかった。

「ちょっと、マスター。あの娘は一体何なの?どうしてこんな店でひとりで泣いているのかしら?少なくともここは子供が来るところではないでしょうに」

 と、訝しげに少女を一瞥していた。その時一瞬だけだが、女は驚いた風情にも見えた。

「ええ、あの、あの子はちとワケありでね。今はそっとしておいてるんです」

「……ふぅん」

 バーバラは一服するとアイシャの傍へとゆっくりと歩み寄った。

「此処、いいかしら?」

 問いかけると、アイシャは言う。

「此処はあたしの席です。できればあっちへ」

 と。亭主は一瞬ひやりとしたが、女はそれを聞くと笑った。

「あーら。いい度胸をしているわね。こういうところは指定席なんてモノは無くってよ。だから勝手に座らせていただくわ」

 バーバラはドカっとその席に腰を落とすと、アイシャのことなど構いもせずに、キセルの煙草をぷかぷかと吹かし始めていた。

「…………」

 アイシャは少しだけ腹立たしく思った。勝手に座るのならはじめから聞かなきゃいいのに、と。

 そうしている間にも「マスター、食事はココよ」と、料理をその席へとどんどんと運ばせる。

「あんたも食べなさい。よければ」

「いらない」

 間髪を入れずに、アイシャは断っていた。その言葉にかちんと来たのか、その女は、

「あっそ。そんなに見捨てられたのがつらいのだったら、いっそ餓死して死ぬがいいわ」

 と吐き捨てていた。その言葉にアイシャはぎょっとなって、女を見た。

「……おじさんが?」

「いいや?あのマスターはあんたの事など何も言っちゃあいないわよ。ふふ、これ食べたら教えてあげるけど、どーする?」

 といって、アイシャの前に―チキンの唐揚げの入ったバスケットを置く。

「……」

 アイシャは不愉快な顔をしたが、それをひとつ、手に取った。

「やっぱり、食べたね。あたしの見たとおり」

「一体、何がなの」

 アイシャのイライラは限界に達しそうになっていた。

 バーバラはその剣幕にヒューっ、と口笛を鳴らしたが、すぐに、煙草をまたふかし始める。

「ここに来る何日か前だけどね。あたしはとてもいい男に出会ったのよ」

 女は勝手に、よく分からない話を始めた。

「その男は日に焼けていて、黒髪で、精悍な顔で屈強な男だった。そう……潮の匂いがしていたから、海にいた男だというのもすぐに分かったよ」

 アイシャはそれを聞いて、まるでホークさんみたい、と思った。

 しかし、そんなわけはないよね、と思い直した。ホークの事ばかり考えているからそう思うのだ。そう考えていた。

「その男はあたしのいるフロンティアにぶらりと現れてね。あてのない旅をしていると言ったわ。色んな男を見てきたけれど、その男は久々にただものではない、と思った。いい男だったし、だから、あたしのこの身体をあげるから、一緒に旅してもいいかって」

 アイシャはなぜこの女がそんな話をしているのか皆目分からなかった。なので黙って聞いていた。

「そしたらその男は、旅に女なんか連れて行けるかなんて言うの。あたしはカーッとしたけど、そういうところにもしびれたわね。で、じゃあせめて一緒に朝まで呑みましょう、というとそれは承知してくれた。そしてそのまま呑んで、つぶれて、一晩一緒に過ごした。そのとき分かったんだ。あたしはこの男の未来じゃないって。だから、一晩一緒にいてくれたお礼に、あたしのタロットで占ってあげたの。その男が探しているものを」

「…………その男の人は、何かを探していたの?」

 なんとなく思い浮かんだ疑問を何気なく、アイシャは女に投げかけた。すると、バーバラは少し、呆けたような顔をして、

「その男は未来を捜していたのさ。何もかも失って、どうしてこれからを生きていこうか考えていた」

「で、その行方は占いで分かったの?」

 アイシャは段々と身体を乗り出していた。しかしバーバラときたら

「ふふ……まあね。でも、あんたには、今は教えない」

「なにそれ」

 アイシャは肩透かしを食らい、がくっと肩を落としていた。

「今の話と、あたしの事がわかるのと一体どんな関係が」

「いずれ教えてあげるわ。あんたの待ってるものも、必ず戻ってここへ来る。その時にね。うふふ……」

 言うと、バーバラはまたも水と煙草を交互に吸っていた。

 この女性、そういえばさっきから一口も食べ物を食べていない。こんなにたくさん頼んでおいて。

「どうして食べないの」

 アイシャは聞いた。

「あたしが食べずとも、もうすぐ此れはなくなるからよ」

 と、またもや不可解な事を口にする。もはやアイシャには、意味が分からなかった。

「自分が食べないのに、食べ物を注文したの?」

「自分が食べなければ注文してはいけないなんて法はないよ。あたしはこの料理がもうすぐなくなるのがわかっているんだから、いいのよ」

「…………」

 アイシャはもはや、質問をするのをやめた。この人と話をしているとわけがわからない。頭が混乱してしまう。

「だけどあんたは別に、食べたって構やしないのよ。あたしはケチではないんだから」

 などと言うので、アイシャは考える事は諦めて遠慮なくそれら料理を口にし始めたのだった。パクパクと無心になってそれを頬張る少女を眺め、バーバラは優しく微笑んでいるようだったが、アイシャはそちらをに目を向けることもせず、夢中になって食べた。

 美味しい料理を食べているうちに心なしか、悲しみは少し取れた気がする。

 そうしていると、既にホークらが発って五時間ほどを超え、外はどっぷりと陽が暮れ始めているのに気づいた。店には徐々に冒険者のような人々がどかどかと集まりはじめ、騒がしくなっていく。そしてその中の何人かの者がバーバラに気づいたらしい。

「おっ、?あんた踊り子のバーバラ姐さんではないか?やはりそうだ。なあ、よかったらひと踊り披露してくれよ」

 と、話しかけてくる。バーバラはそんな男達の声にくっ、と口端を上げるのをアイシャは見た。そしてタバコを灰皿の門でもみ消すと、勢いよく立ち上がり、よく通る声をあげる。

「いいわよ?その代わり、おひねりケチったらあんたのケツに火ィつけるから、覚悟して拝みなさい!!」

 そう発したかと思うと、その客らのいるテーブルに軽々としたステップを踏み、飛び載ったのだ。

 男達はひゅーっと口笛を吹いた。そして、「エルマン!!」とバーバラは叫ぶと、いつのまにか、眼鏡の男がギターを持って、音を 奏で始めていた。

 そして、バーバラのショーが突如として始まってしまったのだ。流石はニューロードに轟く名を張るほどの踊り子だった。その踊りには誰もが見とれていた。男達はもちろん、アイシャもその見事な動きには感嘆するほか無かった。なんてすごい動きが出来る人なんだろう。そして身体が柔らかいんだろう。まるで炎が踊っているようだ。アイシャは素直にそう思い、見とれて感心していた。。

 バーバラはテーブルからいテーブルへと、この広くは無い店内の隅から隅まで踊りで周り、満遍なく回ったところで、音楽は最後の抑揚を上げ、終わりを告げていた。

 俄に静まり返る店内。しかし、次の瞬間には、大きな歓声が上がっていた。それは、やかましいほど。さして長いこと続いていた。そこへエルマンと呼ばれた、さっきまで楽器を奏でていた連れの男が、抜け目無く観客の間を練り歩き、帽子を逆さにしておひねりを徴収していた。

 アイシャも、ついつい感動して拍手をしていた。そんなアイシャに目を向けるとバーバラは軽くウインクを飛ばす。それを見たアイシャははっとして、なぜか拍手を止めてしまっていた。 

 そしてアイシャは見た。店の入り口から入ってくる客を。

 それは紛れも無くホークたちだったのだ。

「あ……」

 アイシャは思わず声をあげ、席を立っていた。その姿を見てホークも気が付いたようだったが、先に声を掛けてきたのはジャミルだった。

「よ、アイシャ!!帰ってきたぜ。思ったよりも呆気無くてさぁ!ってかなんなんだこの騒ぎ?」

 ジャミルは無邪気にも駆け寄ってきて、いち早くアイシャの傍に来たのだった。他のシフやアルベルト、グレイ、クローディアなどは普通の足取りで、こちらに歩み寄ってくる。

 ホークは一番後ろだったが、アイシャはその姿をもっと早く、ちゃんと見たいと思っていた。気持ち身を乗り出し、その姿を確かめる。やはり、そこにいるのは紛れもない彼だった。

「…………っ」

 アイシャは何か言葉を発しようとしたのにもかかわらず、なんと言っていいかわからない。すると、ジャミルが話しかけてきた。

「アイシャ??どうしたんだよ」

 ジャミルはそんなアイシャに首を捻っていた。アイシャはハッと我に返り、

「べ、別に……。大変だったでしょ?みんな」

 アイシャはごまかすように、話しかけた。ジャミルはそれを聞くとにかっと笑い、

「ちょっとモンスターが多めで最初はみんなびびったんだけどよー」

 言いかけて、アルベルトがぼそりとした声で、横槍を入れた。

「ひとりで騒いでいた癖に」

「うるせーな!お前だってビビってたじゃねーかよ!」

「何を言う!僕は臆してなどいない!」

「うそつけ!!」

 ふたりのやりあいを、止めたのはバーバラだった。

「ねぇ、お腹すいているでしょう。これ、あたしからのサービスだからお食べなさいよ」

「ほんとか??というか……、あなたは?」

 ジャミルはよほど腹が空いていたのか、掴みかかろうとした手をアルベルトから離し、テーブルいっぱいの食事に目を輝かせていた。

「あたし?あたしはこのアイシャの親友なの。ふふ……だから遠慮をせずにどうぞ」

 バーバラはにっこりと笑った。しかしアイシャは訝しく思った。

 (なぜ親友なの。さっき会ったばかりなのに。)

 そう思ったが、なぜかそれを言い出すことはできなかった。

「へえ、アイシャ、いつのまにこんな素敵な友達が?まあいいや。じゃあ遠慮なく頂きますっ」

 ジャミルは我慢ができない様子で、肉などにかぶりついていた。

「まったく、品がないな」

 アルベルトは眉間に皺を寄せて、その食べっぷりを見つめていると、腹の虫が暴れる音が不意に響いた。あるベルトも相当腹をすかしていたのだ。

「ふふ……あなたもどうぞ。お上品に頂いても問題はないわ。それに、皆さんも」

 アルベルトにウィンクをして、バーバラは後ろにいたグレイやシフらに目を遣った。

「じゃ……じゃあ、お言葉に甘えます」

 顔を少し赤くしながらも、アルベルトも空腹には勝てず観念をして席についた。そして、一同も。

 しかしふと、アイシャとホークの姿がないのにクローディアが気づいていた。

「あら……ホークとアイシャは何処へ行ったのかしら」

「へ?さあ?」

 ジャミルは食べることに夢中で無関心であった。一同は席に着くと、その食事に手をつけていたが、グレイはバーバラを見つめていた。

「あんた、どこかで見たな。フロンティアで名の知れた踊り子では?たしか……バーバラ」

「あら、グレイ。あんたに顔を覚えられていたなんて光栄ね」

 バーバラは挨拶代わりのウィンクをし、そう答えた。

「本業は、占い師と聞いたが」

 グレイが言うと、

「何か視て欲しいの?見料はお高いわよ」

 バーバラは唇をペロリと舐めながらグレイに告げたが、

「占いなどは信じていない。俺の運命は俺自身で決めてきたのでな。これからだってそうするつもりだ」

 と、素っ気ないような答え。しかしバーバラは笑って、

「あなたならそう言うと思ったわ」

 彼女は何故かクローディアを見て、クスリと笑ったのだった。

 

 

 ホークに半ば強引に手を取られ、アイシャはカーテンで仕切られている店の裏にある用具置き場へと連れて来られていた。

「……何を、するの?」

 アイシャは不安を漏らすと隠さなかったが、すぐにその細い身体をホークの大きな腕に抱かれ、唇を彼のそれに優しく包まれた。ホークは少しだけ強めに彼女の唇をちゅっと音を立てて吸うと、

「―待ってて、くれたんだな」

 ささやくような声だったが、そう確かに洩らしたのだ。

 アイシャは当たり前じゃない、と答えようとすると再び、すぐに口を塞がれてしまった。それはとても熱を帯びた息遣いで、(私にも何か言わせてよ)と少しだけ不満を抱きながらもアイシャもだんだんと溶かされ、不満など何処かへと消え去り、どうでもよくなっていったのだった。やがてだんだんと少女の躰の力が抜けて、足ががくがくと震える。その唇の感触はとても柔らかくて優しくて、そして温かくて、終いにはなんだか泣きそうになる始末だった。

 少女の脳内はすっかりと徐々に淫靡な気分が支配し、恥じらいや戸惑い、そして保の少しの怒りなど何処かへと吹き飛んで、気がつけばその首元に手を回して自らも進んで男の舌や唇を夢中になって求め始めていた。途中で息が苦しくもなってくるが、その感覚さえも快感への導火線のようにじりじりと胸を焦がしていく。酸素を求めて息も自然と荒くなる。お互いの吐息と小さな喘ぎが静かに絡み合い、その音は小さな空間に反射し隠微なハーモニーを奏でた。

 しばらくすると息が限界とばかりに顔だけは一度離すが、その腕はお互い堅く抱き締め、その腕の拘束を決して緩めることはなかった。

 そして男はやっと言葉を口にした。しかし、その言葉は意外なものだった。

「……俺が帰って来ないほうが、お前はホッとしたか?」

 その言葉に、アイシャは思わず耳を疑った。

「どうして、どうしてそんな事を言うの?あたし……あたし……そんな事思ってなんか……」

 そうした間にも、ホークの唇が、アイシャの首筋や耳元を這っていた。微かな息遣いと、唇の温かくて優しい感触、そして時折歯の先で甘噛みされると、思わず、「あぁんっ…」と、腑抜けた喉の振動が口から漏れるのだ。そして、その手はアイシャの身体の輪郭をゆっくりとなぞり、足元の布地のひだの中にゆっくりと手を侵入させていった。

「あ……、だめ……!だめだよ…ぉ……あっ」

 アイシャは驚いて、その手を押しのけようとしたのだが、ホークに抱きすくめられるとどうしてもその場所に手が届かず、振り解くことができないでいた。そうするうちに、その手は太腿と撫で上げて、下着の中に侵入する。

「やっ……め……、嫌ぁ!」

 アイシャは今度こそ、思いっきりの力を振り絞りホークを押しのけた。少し彼は驚き、その手を引っ込ませていた。これほど強い拒絶を感じたのは初めてだったからだ。彼女の顔を見ると、目に涙をいっぱいに溜めて困惑の表情を色濃く浮かべていた。

「お願い……、あのね、こんなところでは嫌なの……。ちゃんと、二人きりになれるところがいいの……」

 そう告げると、アイシャは泣き出してしまい、ホークの胸にしがみついた。

「だけど昨夜の……みたいなのは、いやよ……」

「昨夜……か……」

 ホークは一瞬だけ苦しそうな顔をしたように見えた。

「……本当に怖かったんだから…痛かったんだから……!」

 ホークは、泣いているアイシャを、少し困ったような表情でしばらく見つめていたが、アイシャの嗚咽も少し収まり落ち着いたところで、そっとその体を優しく抱き締めた。

「……宿に、来てくれるか」

 ホークの落ち着いていて、優しい声。アイシャは無言だったが、小さくその胸元で頷いたのを、ホークは確かに感じた。

 

Last updated 2015/5/1

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