YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.
11. 離脱
翌朝になりアイシャが目が覚めると、クローディアはもう起きて例の『朝の散歩』をしているらしく、もうベッドにその姿はなかった。アイシャはそろそろと起きると、まだ恥部が痛みに疼いていた。ただただそのことを忌々しく思った。
髪を整え上着を羽織る。動こうとすると一々まだ、鈍い感覚が走るので嫌になってしまう。一体どうしてホークはこんな事を。実はあれが彼の正体なのかと思うと少しだけ怖くなったが、反面、夢であったような気がした。その足は自然に水晶亭へと向かっていった。
「お、アイシャ。おはよう。大丈夫か?」
「え?」
入った途端気づいたジャミルに、声をかけられる。大丈夫、とは一体、何の事を言っているのだろうか?一瞬解らなくて、焦ってしまった。
「昨日はいきなり、具合が悪くなっちまったんだって?ナイトハルトになんかされたのかよ」
ああ、そのことか。何故かアイシャは自然にホッと胸を撫で下ろしていた。
「う、うん……。別に、もういいの……それより、ホークさん、……は?」
アイシャは何故か恐る恐るとジャミルに尋ねた。
「え?、そういやまだ今朝は見ないな」
ジャミルはキョロキョロと店内を見回す素振りを見せた。アイシャも見てみたが、やはり居ないように思えた。何しろホークは大きな図体だから目立つはずなのだから。
目立つと言えば、店内にシフの姿を見つけた。隣にはアルベルトも同席しているようだった。アイシャは一瞬声を掛けようかと思ったが、なんと声を掛けて良いか解らずに考えていたが、
「アイシャ、あのアルベルトがさ、面白い事をナイトハルトから頼まれたんだぜ。まあちょっと聞いてみなって」
と、背中を押した。
「えっ??で、でも……でも、あたし」
「いいから」
半ば強引に手を引かれ、ジャミルと一緒に、二人の座る卓へと行った。
「あの、お、お早う……」
一応アイシャは挨拶をした。アルベルトはアイシャを見ると、複雑な顔つきをして「あ、ああ」と、曖昧で素っ気無い答え方をしてきた。
「坊や、なんだい?その挨拶は。貴族の癖して礼儀が成っちゃいないね」
シフがまるで保護者のように今のアルベルトの態度にピシャリと指摘をする。
「いいの。アルベルトって、そういう人なのよね」
アイシャは最早そんな事はどうでも良いように席に座った。座るとまた微かに痛みを感じる。一瞬だけ顔をしかめ、アイシャは着席をした。
「どうしたんだい、あんた、どっか痛いの?」シフが、アイシャの一瞬の苦痛の表情を見逃さず、聞いてきたのだ。アイシャは焦ったが、
「う、ううん?別に、大した事じゃないから」
と、慌てて誤魔化したのだった。
「でさ、昨日の話、教えてくれよ。やるんだろ、やらないのか?」
ジャミルはもうわくわくしてたまらない様子で、アルベルトにせがんでいた。
「どうせ成功したって、盗賊のお前なんかにはよこさないぞ。大体付いて来る気か!?図々しいにも程がある」
アルベルトは、冷たくジャミルに言い放つ。
「あんたら二人だけで成功するとは思えないよ?あのクリスタルレイクには今や強くなったモンスターがうようよといるはずだからな。苦戦するぜ。せめて水中の戦いに長けたキャプテン・ホークや、水の術法が操れるクローディアさんなんかもいないと多分ムリだぜ」
「じゃあ、お前はいらないんだな」
アルベルトは意地悪に笑う。
「おいらか?おいらはお宝の場所なら誰よりも鼻が利く!自信があるぜ。普通より早くお宝を発見できる」
と、ジャミルは胸を張っていた。
「曖昧な奴だな。さっきも言ったが、宝だとは言っていないし、第一ナイトハルト様にお渡しする物だ」
「解ってるって。でも宝には違いがないだろ。お前みたいなヤツまで使って拾わせたいモノって言ったら宝以外にありえねえ」
「お前みたいなとは一体どういう意味だ!?」
アイシャは一体何の事なのかちっとも分からず、ぼぉっと入り口の方を見つめていた。
すると、クローディアとグレイ、そして、ホークも共に入ってくるのが見えた。その瞬間、アイシャは心臓がギクリと鳴ったのが聴こえたような気がするほど、大きく跳ねた。会いたいような、逃げたいような、そんな気分だったが三人が此方を見つけだんだんと近づいてくるのを見ると、アイシャは少しそわそわと挙動を怪しくし、下を向いてホークと目が合わないような仕種をしたりした。やはり目の当たりにすると少し怖いと思ってしまったからだ。
「あらアイシャ、おはよう。ぐっすり眠れたみたいね?」
クローディアがにこりとしながらアイシャに話しかけた。
「え、うん……」
「どうかしたの?」
クローディアはあからさまに様子がおかしいアイシャに気づき、尋ねていた。
「なんでもないの」
アイシャには、他に答えようがなかったのだった。
ホークの方をまともに見ることが出来ず、彼が一体どんな顔をしていたのか。本当は、昨日の事の真意を聞いてみたいのに、怖くてそんな事はできなかった。
「よ、クリスタルレイクには、いつ行くんだよ」
ジャミルがノリノリで、グレイに尋ねた。
「そこの坊ちゃんが決める事だ。俺を雇うというのなら高くつくが」
グレイはジャミルらの隣のテーブルに座る。
「ちぇっ……。な、どーすんだ、アルベルトよお?」
「気安く呼ぶなよ!お前たち盗賊の助けなんか借りずとも、僕だけでやれる。ナイトハルト様に名誉挽回するチャンスだ」
「バカ、死ぬよ?最低四人はいる」
シフが呆れてこう言うと、
「全く世間知らずがよ。おいらは一緒に行ってやろうって言ってンのに。ただし二人は御免だぜ。絶対に死ぬからな」
と、ジャミルも痺れを切らしかけていた。
アルベルトは唇を噛み締めていた。そんなことは、解っている。しかし―
昨日、アイシャが出て行った後に、再び戻ったアルベルトは、こんな話をされた。
ナイトハルトは、お付きの者達もご丁寧に人払いをし、ふたりきりとなり、いかにも重要そうな雰囲気でこの話を始めたのだ。
「さて、アルベルトよ。話というのは、他ならぬ、お前にしか頼めぬ事なのだが、聞いてくれるか?」
勿論、この様な雰囲気で「No」などと言える者はそうはいない。
「はい、なんなりと仰せ下さい、殿下」
アルベルトは跪いたまま、緊張し少し上ずった声で発した。
「うむ、そう言ってくれると思ったぞ、アルベルトよ。さて、頼みというのはだ」
ナイトハルトは玉座へとゆったり座り一息を吐いた。
「実は、北のクリスタルレイクだが、以前はとても美しくその名の通り水晶のように美しく澄んだ湖であった。この王都もあの巨大で美しい湖の賜とし栄え、この名となったわけだが、アルベルトよ、お前の城を襲ったという魔物や、全世界に急速に増え続ける魔の者たちがいるように、ついにかの湖にも魔の者たちが棲みついてきた。困ったことに、あの湖には、この城に代々伝わる大切なものがあるのだ。このままでは魔物どもに壊されてしまうかも知れぬ。早急に城へ持ち帰り保管をしたいのだ。それを見事見つけ、私の元へと持ってきてはくれぬか?」
アルベルトは、そんな思わぬ君主の『依頼』に心底驚いていた。顔を上げ、
「わかりました。……あの」
遠慮がちに、何をか尋ねようとした。
「わかっているな、これは、幼い頃から目をかけているお前にチャンスをやろうということなのだ。見事生還した暁には果報者として堂々とお前にイスマス家の再建の手助けをしてやれる。わかってくれるな?」
アルベルトの言葉を遮り、小声でナイトハルトはアルベルトに言った。その言葉にすっかり嬉しくなってしまったアルベルトは、もう何も言うことも無く、
「わかりました!見事持ち帰って見せます!」と、大きな声で、意気揚々と引き受けた。
この場面で、断れる者など居ようはずもなかった。
「それと、少し聞くが、アルベルト―。あのタラール族の娘、アイシャもお前の連れなのか」
突然、ナイトハルトは質問を変え、こんなことを聞いてきた。アルベルトは一瞬戸惑ったが、
「はい、実は……実を申しますと先ほど城下のパブで会ったばかりで、どうしても連れてゆけと言うので……あの、何か失礼が?」
アルベルトは少し冷や汗をかきながら、恐る恐るナイトハルトの顔色を見た。ナイトハルトは一瞬笑ったように思ったが、こんなことを言った。
「今は、連れではないのだな。それならば良いが、もしアイシャがこの任務に連れて行けと万一言ったとしても絶対に、何があっても同行させるな。わかったな」
アルベルトはなぜナイトハルトがこんな事を言うのか、全く解らず首を傾げたが、下手な質問をして機嫌を損ねられると嫌だと思ったので、その事に深く追求すること無く、「御意にございます」とだけ、応えた。
「期待しているぞ」
ナイトハルトはそう言い残すと何処か不敵と思える笑みを浮かべていた。
こんなやり取りがあったため、アルベルトは出来るだけ一人で行って手柄を立てたい気持ちがあった。少なくとも、盗賊や海賊などに手伝ってもらうなど、折角の手柄の名誉に傷が付いてしまうかもしれない、と危ぶんでいた。
しかし、そんなアルベルトの心を完全に見透かすように、シフが言う。
「もっと目の前の事ばかりでなく全体でモノを考えな。坊やはちっとも自分をわかっちゃいないね。死んだら元も子もないだろ。城なんか、言ってしまえば形だけのものだ。いつかは消えて無くなるかもしれない。でも、あんたは生きているんだよ。あんたがいなくなったら、一体ご両親たちの死はどうなる?それにね、人が名誉を挽回するなんて事は、そう簡単にできるもんじゃあないよ。今自分がやれることから一生懸命やることだ」
こんなに厳しい、シフの言葉は初めてだった。アルベルトは完全にたじろぎ、沈黙していた。
解ってるよ、と言ったとしても、解ってないよ!と言い返されるのも目に見えている。でも、分かっているのだ。アルベルトはここで、ナイトハルトの期待に応えられる事が出来なければ、死んでも構わないとすら思っていた。もう、家族も皆いないことだしと、高を括ってしまっていた。悪く言えば、自暴自棄になっていたのだ。
シフの方もそんなあるベルトの気持ちなどとうに見透かしていた。その上で居間のような助言をしたのだが、彼は思いの外思いつめているようで最早成す術がないといった様子で肩をすくめていた。そして、
「……アタシがもしここでバルハラントに帰るなんて言ったら、自殺の手助けするようで気分が悪いよ。折角難破船に唯一生き残っていたあんたを辛うじて助けたってのに、その意味がなくなってしまう。考えてご覧、神様が、あんただけを助けた意味がもしあるのならね。尤も、あたしは神なんて信じてやしない人種だけど」
シフは自分の腰の剣の柄に手をかけながら、珍しく語気を荒らげていた。彼女が信じるのは己の腕のみ。だが、それだけに彼女の言葉は深かった。
「仕方ない。その任務とやらには付いて行ってやるよ。ただし、それ以降はもう知らないからね」
と発した。アルベルトは俯いていた顔を上げ、
「……あ、ありがとう、シフ……」
と、搾り出すような声で言った。すると、
「へぇ、バルハル族のおねーさんも行くんだったら勝算あるよな?おいらもやっぱ付いて行くぜ!」
ジャミルだった。アルベルトが険しい顔で此方を見たのを見て、
「やっぱドロボーはダメなのかよ?」と発した。
すると意外にもアルベルトは項垂れて、
「…………来てくれるなら」
と、小さな声ではあるが、はっきりと答えた。それを聞くや否や「やりぃ!!」とジャミルは満面の笑みを浮かべ指を鳴らしていた。
すると、今度はクローディアが控えめに声を掛けたのだ。グレイは嫌な予感がしたが、既に遅く
「あの、私も一緒に行ってもいいかしら?」
と言うのだ。アルベルトは意外に思い、
「あ、あなたが?いえでも、今話したように危険が……。一体何故ですか」
と、何故かしどろもどろになって答えると、
「あの湖は、とても奇麗な水を湛えているのでしょう?私たち森を愛する者にとって、美しい水の力に触れるのはとても、大切な事なの。これだけの国を栄えさせた湖だもの、一度は触れておいておかなくては。ね?グレイ、いいでしょう?」
クローディアは振り向き、後ろにいたグレイに話かけた。そう振られたグレイは短くため息を付きながら無言で肩をすくめる。これが答えだった。
「グレイも行くわ」
クローディアは、笑ってアルベルトに告げた。さっきまで自分を雇うなら高くつくぞ、なんて言っていたグレイが?とアルベルトは思ったが、とてもありがたかった。
「……もう一人ほど、腕の立つ人間が居れば盤石なんだがな?」
グレイは、まっすぐにホークの方を見てそう促した。「なんで俺が。関係ないぜ」と言った所に、
「……ここでその探しものを見つけ、横取りすれば、もしかしてあのブラック・プリンスの鼻を開かしてやれるかもしれんぞ?」
グレイは誰にも聞こえないように、ホークへ耳打ちをしたのだ。
「……てめぇ……」
ホークは顔をしかめ、グレイを睨みつける。てめえは何もかもお見通しなのかといらだちを覚えた。そして、こいつどこまで感づいていやがるんだ、とも。
「どうだ?無理にとは言わないが、ここで引き下がるのはあんたの名がすたるんじゃないのか?」
グレイは不敵な笑みを浮かべて挑発的な口調を崩さない。
「へっ、おもしれえじゃねーか。行ってやるぜ」
ホークは敢えてその挑発に乗ることにした。俺の名なんてのはどうでもいいが、もしかするとあの野郎の鼻をあかせるかもしれないというのは、結構魅力的な話でもあったからだ。
「ありがとう……。みな……さん」
アルベルトは心から嬉しかったのだ。でも素直に現せなかった。さっき、「盗賊など」「海賊など」と悪態を吐いてしまったからだが、本当は心から頼もしかった。
「あ……」
アイシャは事の成り行きに戸惑っていた。
自分も付いて行った方が良いのか?でも、本心を言えば、アルベルトは心配だけど、ナイトハルトの為に何かをしてやるなんて、まっぴら御免、という心境だった。
「アイシャはだめだよ。……女の子は、やっぱりさすがに危ないと思う」
アルベルトは,幾分やんわりと言った。それも、ナイトハルトに言われたからだったが。
アイシャはでも、と言いかけたが、シフも、
「そうだね。ああいうところはあまり人数が多くてもいけないし、お嬢ちゃんは此処で待っていればいいと思うよ」
と進言した。
「…………」
アイシャは黙っていたが、ちらりと、ホークの方を盗み見た。ホークは壁を背にし、腕組みをして黙っていた。
(自分で決めろと?)
アイシャは忌々しく思った。そして、どこか哀しく思った。
(やっぱり、足手纏いは捨てられるという事?)
そう、ナイトハルトの言葉を再び思い出した。そして昨日の夜にあのような事をされるまでは無性に会いたく、恋しく思ってさえいたホークが憎たらしく思いさえした。
アイシャは悔しいけれど、やはり足手纏いになってはいけないという思いもし、決断をした。
「此処で……、待っててもいいのかな……」
アイシャは遠慮がちに言葉を発した。
「まあ見てなよ、絶対お宝引っ提げて帰って来てやっからさ!」
ジャミルは元気良く、アイシャに胸を張っていた。
「……。うん」
アイシャはどうしていいか判らず、俯いてしまった。
お前も来い、と言って欲しかったのに。
その表情はその想いを隠さずにいた。
Last updated 2015/5/1