Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-
07. Royal sweet Father.
そうしてやがてクリスタルシティへと入った。以前も一度通ったことはあるのだが、あまりにも画一的に整備された街並み、美しい建物に、どこからこんなに沸いてくるのかと思うほどごった返す人波。なんとなく居心地の悪さを感じたものだ。
「わーー改めて見るとほんと綺麗!!」
青白い建物で統一された街並みを見て、赤毛が感激の声を上げる。
「確かに綺麗だがよ、どうも俺には合わねえなあ。この雰囲気」
「えーーーなんでなんで!?」
アイシャは疑問を口にしながらも、街にある店などにすぐに目移りしていて、話などする余裕は無いといった風情だ。
そんな少女を見ていて、俺はふと北エスタミルでの買い物地獄を思い出してしまった。
「お前、買い物があるなら一人で買ってこい。小遣いやるからよ」
「えー一緒に付いて来てくれないの!?」
アイシャはあからさまに不満な顔色をする。そうは言うが、あの二の舞いはゴメンだぜ。
「一人になるなら買い物なんて行かないでいいもんっ」
と言い、赤毛は俺のコートの袖にしがみついてきた。
「まぁ、でかい街だから少しは買い物はするけどよ。旅に必要な物だけな」
「……うんっ」
にこりと笑い返事はしつつも赤毛は俺の腕から手を離そうとしなかった。一人で行ってこいと言われたのがそんなにショックだったのか?
それから俺たちは武器の手入れや薬などといった必要な物を買い、宿を取ろうと手頃そうな宿に飛び込む。しかしそこでの返答は
「申し訳ありません、生憎うちの宿は今、満室でございまして……」
といったものだった。こんな大きな宿でそんなわけあるかと言ってみたが、今は商業の活発な時期で多くの人がこの街を訪れ、宿の供給が間に合わないとのこと。イナーシーの大時化も関係しているらしい。
「通りの向こうにも宿はありますので行ってみてはどうでしょう。うちよりだいぶグレードが高いので宿泊費もお高いですが、その分部屋は空いているかもしれませんよ」
仕方が無いので勧められるままその宿まで足を運んでみたが、そこはもう見るからにゴージャスな雰囲気で、高そうな宿だった。高級ホテルとか言うやつである。
「高えんだろうなあ……」
俺はゲンナリとしそうになった。宿なんてもんは雨風凌げて寝られりゃあそれでいいのに、わざわざ高い宿泊費なんて出したくねえ、というのが本心である。
「まぁ、一応聞いてみるか……」
小奇麗な受付ロビーを通ると、これまたパリッとした制服を着てかしこまった受付の者がいた。
「いらっしゃいませ、ご予約はおありでしょうか」
「いや、飛び込みだが。部屋空いてるか」
「少々お待ちください」
そいつは分厚い宿帳をめくり何かを確認していた。そして俺たちの方をちらりと見る。
「申し訳ございません……。只今ロイヤルスイート一部屋のみかろうじて空いているのですが、皆さんで一つの部屋でお休みになられるなら二人分のお代でよろしゅうございます。ダブルの部屋ですが、簡易ベッドもひとつございますし、いかが致しましょう」
「ひとつかよ、参ったな」
しかも二人分と言ってもそれでも六百金だ。けっこう痛い出費である。これまでの宿の約三十倍である。
「アイシャ、お前だけ泊まるか?俺たちはその辺に野宿でもいいが」
「ええーーダメだよそんなの!みんなが泊まらないならあたしも泊まらなくてもいい!」
「けどよ、……一緒の部屋に泊まるってのは、どうなんだ」
「いいじゃない!楽しそう!」
「いやそういう問題じゃあ無くてだな……」
結局、アイシャがみんな一緒でないなら泊まらないと言い張ったので、宿の者にすでに完了していた武器の手入れや薬の補充オプションを全部外すことを条件に四百金まで値切ってやった。トドメはアイシャの泣き落としである。
「あっちの宿がいっぱいで、もうここしか泊まるとこないんです……このままじゃ野宿するしかないんです……っ。グスン」
と心底困った顔で泣きついてみると、受付の者は同情してくれ、特別にまけてくれたのである。小さな女の子が野宿と言うのはさすがに可哀想だし物騒と思ったのだろう。これは俺らには使えない手だった。意外と役者だなと感心していると
「やったー!!ありがとうございます!!」
まけてくれるという言葉を聞くやいなや、アイシャはあの太陽のような笑顔で受付の者にお礼を言う。その人懐っこい笑顔は、かしこまった従業員の顔も思わず綻ばせた。
「年頃だからお父さんと同じ部屋は嫌だろうだけど、我慢だね」
「えっ、お父さん??」
アイシャはその言葉を聞いてキョトンとしていた。そのお父さんとは十中八九俺のことだろう。おそらくその従業員は俺と赤毛が親子だと思ったから、同室でいいかと尋ねたのだろうな。
「えっ、……お父さん、じゃないのですか?」
ここで親子じゃないとバレたらまた別の厄介ごとが出てきそうな雰囲気だった。しかしここでアイシャもピンと来たのか
「……わっ私達仲良し親子だから平気です!ねっ!『お父さん』!!」
そう言いつつ、俺の腕を取る。
「そ……そうだな、『娘』よ!」
咄嗟のことで棒読みになりつつそんな小芝居を打つと、受付はにこにこして「ではこちらが部屋の鍵です。ごゆっくり」と、部屋の鍵を渡してくれた。
「……まったくよお、俺がこんなでかい娘のいる父親に見えるのかね」
部屋に向かう途中ぼそりと漏らした言葉を、相棒は聞き逃さなかったらしい。
「歳が二十一も離れていれば、そう見られても不思議じゃあありませんね。人間はだいたい二十歳前後で結婚する人もたくさんいるのでしょう。早い人はもっと早いみたいですし」
「いや、そういう理屈じゃあなくてだな……」
「はい?」
うまくは言えないのだが。お父さんなどと言われた時から心の中に妙な違和感がチリチリと燻っていた。俺は天涯孤独の身で育ち、家庭とかそんな当たり前のものとは無縁に生きてきたから、そういった存在に見られることに抵抗を感じたのかもしれない。
鍵を受け取って数歩先をスキップしながら歩いていたアイシャが、ぴたりとドアの前に立ち止まる。
「あ、この部屋だー!」
アイシャはワクワクしているのが傍から見てもわかる風情でドアを開け、次の瞬間には歓喜の絶叫をあげていた。
俺たちも部屋に入ると……さすが値段分はある。冗談みたいにだだっ広い部屋だった。こんな広い部屋、ただ寝るだけのために何故必要なのか。理解に苦しむほど広かった。
「おいおい三人どころか三十人は楽に寝れそうじゃねえか」
「そうですね……さすがロイヤルスイートというだけはあります」
さしもの冷静な相棒も少し吃驚していたように思う。
「すごいすごい!!ベッドふっかふかだよ!!おっきいよ!!」
俺たちが呆れと困惑に渦巻いている時、赤毛は一人その豪勢な部屋に感激し、特に天蓋のついたダブルベッドを二つ並べたような莫迦でかいベッドには最も感動しているようだった。ブーツも脱がずにそのベッドに飛び込み、その特上の羽毛布団と上質なリネンが織りなす肌触りと空気感に早くも酔い痴れているようだった。
「スゴイよ!二人も寝てみてよ!スゴイから!!」
アイシャは一人ではしゃぎまくっていたが、相棒は
「すいません、私は体の性質上、元々ふかふかのベッドっていうのがどうにも苦手でして……」
とやんわり辞退していた。尤も、ゲラがフカフカなベッドが苦手なのは事実なのだが。
「俺も遠慮しとく。と言うかお前、寝るならブーツぐらい脱げよ。せっかくのきれいなベッドが汚れるだろうが」
「あ、そうか……。そうだよね」
俺に指摘されたアイシャは、えへへ、とはしゃぎすぎたことを少し照れたようにベッドからそそくさと降りる。
「ほー、すげーな。風呂まで付いてやがる。さすが水源豊かなクリスタルシティだな」
この世界でまともな風呂に入れる都市なんて片手で数えるほどしか無い。しかも宿に個室の風呂なんてなかなかお目にかかれないのだ。
しかしまあ。その浴室の壁というのが驚きだった。いくら"クリスタル"シティだからって、仕切りの壁までクリスタルにする必要は無いだろう。スッケスケなのだ。リビングスペースやベッドルームから普通に風呂の中が見えちまう。なんつう変態的な趣味だ。
「……俺らはしばらくパブで酒かっくらってくるからよ、お前はここでゆっくり一人で風呂にでも浸かっていればどうだ?なかなかこんな機会無いぞ?」
「えーっあたしも行く!!おフロなんて入らなくてもいいー!」
気を使って言ってるのがわかんねえのか……。俺はため息をつく。
「あのな、一応ガキでも女は女の身だしなみってもんがあるだろ?その間は俺たちは出てると言ってるだけだ。一時間ぐらいで戻るからな」
「でもでも、お腹すいたし」
なおも食い下がるアイシャ。
「ああ、こういうとこはな。あのベル押してみ、そしたら御用聞きがすっ飛んでくる。そいつに食いたいもんなんでも言えば持ってきてくれるんだ。こんな所二度と経験できるかわからねえんだから、お姫様気分でも味わいな」
「ええ……」
赤毛はまだ納得していないようだったが、俺たちはそれだけ言うと部屋の鍵を掴んで半ば強引に部屋を出てきたのだった。
「……全くよぉ、気疲れで凝ったこと無え肩が凝ってきたぜ」
「はは、とんだことになりましたね。でも……」
相棒がふと言葉を失う。
「何だ、どうした」
俺が尋ねると
「こうしてアイシャさんと過ごすのは、もう最後なんですねえ」
「……まぁな。やっとうるさいのとお別れかと思うと清々する」
俺が笑いながらそんなことを言っていると
「それは本心ですか?」
なんて聞いてきやがる。俺はどういう意味だと聞き返そうとしたのだが、俺のどこか心の中にも、別れが多少寂しくもある気持ちもあるのは事実だったことに気づいた。
「……まあこの一週間ばかり、あいつといる時は多少愉快だったがな」
愉快で楽しくて、素直でかわいいとこある無邪気なガキだから、色々面倒見たくなっちまった。挙句この散財だ、全く俺はいつからこんなお人好し野郎になっちまったのかと、その場で頭を抱えたくなった。
「お風呂……かあ」
一人部屋に取り残されたアイシャは、お風呂と言うとあのクリスタルパレスの思い出が蘇り苦々しい気持ちになっていた。
「確かに汚れとか落としたいけど、温かいお水は……」
そもそもアイシャの村では、基本的に体は水で清めるものだった。寒い季節になると鍋で沸かしたお湯で清拭するだけというのが一般的である。そもそも、水がとても貴重なドライランドでこんなに水をジャブジャブ使うなんて信じられないことだった。それもこんな熱い水に入るなんてそれまで考えもよらなかったことだったので、カルチャーショックがすごかったっけ。だけど、体感的にはちょっと慣れなくて変だけど、上がった時の気持ちよさは多少あったように思う。
「もしかしたら、今入ったらもっと気持ちいいかも?」
ホークさんも、なかなかできないことだと言ってた。だったら挑戦してみようかなという前向きな気持ちが湧いてくる。
「よしっ」
意を決した。湯船にお湯を流す蛇口をひねり、湯船にお湯をためていく。
ちょうどいい加減がいいんだよね、と宮殿の侍女らしき人が言っていた言葉と、あの時の風呂の感触を懸命に思い出し、手で触ってこれぐらいかな、という温度を水と混ぜながら調整してみる。その間に服を脱ぎ、そして湯船にだいたいお湯がたまった頃、「これでいいよね……」と恐る恐る入ってみた。
「うーん、あの時よりちょっと熱いかも……」
心持ち、カッカし過ぎる気がする。が熱すぎるということもない。
湯船に入りじっくり浴室を見渡してみると、いろんなボトルが置いてあるのが見えた。アイシャには一体何に使うものなのかよくわからなかった。
「シャンプー?リンス?一体何なんだろう……」
まあ気持ちいいから別にいいか。
そんなことよりも、じっと湯船に入っていると気持ちは間もなくホークたちとお別れになるということに考えが及ぶ。
少なくとも、立ち寄る街はここで最後だ。明日にはこの街を出て、ガレサステップに入る。それを考えるとどうしようもなく惜別の情がこみ上げてきて、それはやがて涙となって外側に溢れだしてきた。
まだもう少し、一緒に過ごしたい。あの人達と……。思えば思うほど寂しさでポロポロと目から溢れたしずくが湯船に消えていく。
そんなことを考えているうち、なんだか頭がぼんやりしてきてしまった。
「……おい、アイシャ。上がってるか?」
部屋を出てから一時間半ほどで俺たちは戻った。一応用心し、アイシャがちゃんと風呂から上がっているか恐る恐る確認しながら部屋へ入る。
「……あ、おかえりー……」
なんだか腑抜けた感のアイシャの返事が聞こえた。一応風呂からは上がってんだな、よしよしと俺たちは安心して部屋に入ると、赤毛はガウンに似た部屋着を着て椅子に座り、顔にタオルを乗せて軟体動物のようにぐにゃりとなっていた。
「……どうしたんだお前」
俺は少し驚いて顔の冷たいタオルを取ると、顔が真っ赤だった。特に目の辺りが赤く腫れてるようにも見える。
「……何かお湯に入ってたら頭がボーっとして……」
「何だ、湯中りしたのかよ」
「ゆあたり……?」
「湯が熱すぎたんだろ。風呂でぶっ倒れなくて良かったな。おいゲラ、水持ってこい」
「ちょーどいいと思ったのになあー……」
まったく、何から何まで世話が焼けるぜと俺が思っていると
「お風呂頑張って入ってみたけど、やっぱり無理……。前入った時はこんなふうにならなかったのに……」
「前っていつ入ったんだよ」
俺はゲラが持ってきた水をアイシャに飲ませながら、何気なく尋ねてみる。
「うんとね……三週間ぐらい前かな……。ここの……クリスタルシティの……お城で」
「はあ?城だと?」
「うん……すごくでっかいお風呂だったー……」
おいおい、湯中りで幻覚でも見てんじゃねーだろうな、とも思ったが、三週間前というしな。まあ今はそんなことはどうでもいい。
「お前まだ何も食ってないのか」
「それどころじゃなかったもん」
「そりゃそうだな……」
仕方ないので、部屋のベルでルームサービスを頼んでやることにした。本当に何から何までしてやってる状態だ。マジで父親になったような気持ちになってきた。水を三杯も飲み干したアイシャはそんな俺の気持ちを見透かしたように「ごめんなさい……」と珍しくしょげていた。
「まぁ、お前の世話を焼くのももうすぐ終わりなんだから、気にすんなよ」
俺は慰めるようなつもりで言ったのだが、アイシャは一瞬泣き崩れそうな顔をしていたのに気づいた。何故だろう、その時は全く俺は心当たりがなかった。
その後いくらか回復したアイシャにルームサービスで頼んだ食事を摂らせながら、俺は一緒に頼んだ酒を飲みつつ明日の行程の確認をしていた。しかしアイシャは何やら上の空である。地図で村の場所を確認しようと訪ねてもぼんやりしていて返事もしない。
「……まだ上せてんのかっ?」
少しだけ大きな声でアイシャの意識を向けさせる。彼女はビクッと体を震わせて驚き、「え、え?」と挙動不審な反応を見せた。
「あのなあ、お前のことなんだぞ」
「ご、ごめんなさい」
アイシャは徐ろに立ち上がると
「ちょっと待ってて」と言い、バスルームへと駆けていった。どうやら顔を洗ってるらしい。湯中りのせいで頭が冴えないのか、眠いからなのか、分からないが。
「調子悪そうだな。明日大丈夫か。全くこんな宿にまで泊まったのにアレじゃあなあ」
俺がため息を吐くと、相棒からは
「まあお気持ちも分かりますが、キャプテンもあまり厳しく言い過ぎるのはよくありません」
などと逆にたしなめられてしまった。
その後少し持ち直したアイシャと明日の打ち合わせを行い、夜も更けてきたことから就寝することになった。
「お前はそのベッドで一人で寝ていいぞ。俺はこっちの部屋の簡易ベッドで寝る」
そう告げると
「ええーなんでー?じゃあゲラちゃんは??」
と何故か不満そうだった。
「私なら床で寝るので心配ありません」
「ええー、床!?」
相棒の返答に驚いた様子の赤毛。
「私は固いところのほうがむしろ好きなので、心配には及びません」
「そ、そうなんだ……」
「まあそういうわけだから、明日は早いから寝ちまおう」
俺は簡易ベッドを引っ張りだすと、コートを脱ぎさっさと床に就いた。
「おやすみ……なさい」
小さな声でアイシャが言うと、相棒が「おやすみです」と律儀に返事をしていたので、俺も「おう」とだけ返事しておいた。
それからどのくらい経ったのだろうか。
俺は奇妙な声が聞こえてきた気がして、目を覚ました。
朦朧とした意識を無理やり覚醒させていくと、その声はより明瞭となる。
どうやらそれは女が泣いてる声のようだった。しかも、結構な嗚咽混じりの泣き声。
「なん……だ……?!」
俺は片方だけの目を必死に凝らしながら、声の主まで近づいていく。天蓋付きの広すぎるベッドの中で、そいつは眠ったままだというのに泣きじゃくっていた。そう、声の主はアイシャだった。
Last updated 2015/5/11