Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-
06. あまい果実
俺たちはヨービルで二日ぶりにベッドでぐっすり休み、翌日にはアルツールへ向かった。
こちらも大体二日で到着した。やはり足が棒になり疲れ果てていたが、時刻はまだ昼過ぎと寝るにはまだ早い。
「とりあえずやることもねえし飲むぜ」
俺が言うと
「えーまだお昼だよ?」
「さすがにこの時間から飲むのはあまりいただけません」
と、二人がかりで制止されてしまった。
「じゃあどうすんだ。このままじゃ手持ち無沙汰だろ」
「普通にご飯食べようよ」
「そうですね。賛成です」
何故かやたら意見の合う赤毛と相棒にどんどん話を持って行かれてしまう。まぁ正論といえば正論なので、言い返せないのだが。
とりあえず宿を探して街を歩いていると、とある屋台に赤毛が興味を持ちそちらへと走り寄っていった。
「アルツール名物果物いらんかねー。一口食べれば体力気力漲る自慢のフルーツ目白押し!」
「わー、おいしそう!!」
そんな呼び込みとカラフルな果物、そして甘い匂いに誘われたのはいいのだが、次の瞬間赤毛が「……高っ!!」と素っ頓狂な声を上げたのを聞いた。
「なんだこりゃ、この屋台はボッタクリかよ」
俺もそして相棒も、その果物の値札を見て驚かずにいられなかった。そりゃもう果物の値段とは到底思えないほど、ヤバイぐらいお高いのである。
「うちは高級フルーツが売りなんですよ。だけどその分美味しいし、いろんな効能がありますよ。まぁ今回はちょっと凶作だったもんで、その分採れるフルーツが少なくお高くはなっていますが……」
なんせ一番安いものでもちょいとした宿一泊分と来たもんだ。さすがに果物ごときにこの値段は……と思っていると、一人の男が声をかけてきた。
「お兄さんたち冒険者かい?腕に自信がありそうだね。良かったらちょっとうちを手伝わないか?お礼にそこにるのと同じ果物プレゼントするよ?」
そんな思いがけない言葉に、アイシャの瞳がみるみる輝くのがわかった。
「ほんとー!?やるやる!やります!!!」
「おいこら、内容も聞かずに引き受ける奴があるか」
俺は高級フルーツの報酬に目が眩み二つ返事をする赤毛に呆れてたしなめた。
「決しておかしな依頼じゃあありませんよ。うちはそのフルーツを栽培している農家なんですがね、最近虫が多くてちょっとうちの者だけじゃ駆除できず困っていたんです。虫のやつも最近のモンスターの凶暴化のせいか一匹一匹が少し手強くなっていて……あなた達にはその虫を退治していただければと思いまして」
「虫だと……面倒臭そうだな」
ワロン島のジャングルでもさんざん見たが、あいつらは大して強くはない代わりにちっこくてすばしっこいのが実に厄介で、それも大量ともなると面倒臭さに拍車が掛かりそうな依頼だったので、俺は難色を示していた。だが
「……虫、ですか。悪い話ではありませんねえ」
意外なことに乗り気だったのは俺の相棒だった。そういえばゲッコ族は虫が大好きだったことを思い出した。
「ゲラちゃんもやるー?あたしはやる!」
ゲラの奴も乗り気なのがわかると、赤毛は俄然やる気を出してきた。さっきまで歩き通しで疲れた足が痛いと愚痴っていたくせに。
「ホークさんはどうするのー?」
「二人より三人のほうが多分早く終われると思いますが」
左右から熱のこもった視線の集中砲火を浴びる。
「……分かったよ。分かったからそんな目で俺を見るんじゃねえ」
二人から浴びせられるきらきらした目に俺は完全に圧倒される格好となってしまった。
―それから三時間以上経っただろうか。夕日が辺りをオレンジに染める頃にやっと駆除が終わり、俺たちはパブにいた。俺は酒を煽りながら虫に刺された腕を掻き毟り、隣には報酬として貰った果実を満面の笑みで頬張る赤毛がいた。
「しっかしなんで俺ばっか刺されんだよ。なんでお前は刺されねえんだ、ゲラの野郎はともかくよぉ」
「ホークさんは体が大きいからかなあ?でもあたしも刺されたよ、一箇所」
と言い、丁度腰の下辺り……要するに布地のない尻の横の部分を気にしていた。赤い点がひとつ。
「……だからお前よ、その服なんとかなんねえのかよ。嫁入り前の娘がそんなとこ刺されやがってよ」
俺は思わず手を額にやりながらそうこぼしていた。
「お嫁に行く頃には治ってるから大丈夫だもんっ」
「へっ、お前みたいなじゃじゃ馬娘をもらう男がいるのかね」
「もうーーー意地悪ーーーっ」
アイシャは口を尖らせていたが、ぱくりと果物を食べると
「うーーーーおいしいよぉーーーーっ!」
と途端ににこやかになり上機嫌になった。
報酬として貰った果物は、少し形や色が良くなかったり、部分的に痛みのあるような店頭には出せないたぐいのものだったようだが、効能や味には問題は無いらしい。
「ホークさんも食べたらいいのに。スゴイ美味しいよ。値段が高いの少しだけわかった!」
アイシャは果物を俺に勧めてくるのだが
「いらねえ。俺は甘いモノはあまり好きじゃねえんだ」
これは本当だから仕方ない。昔から果物だの、甘いデザートだの、想像しただけで吐き気がするほどだ。実のところ、隣で甘い芳香を撒き散らかされるだけで少し迷惑だった。ひどく甘味がある芳醇な果実なのは伝わってくるが、俺には不要だ。
「えー、せっかくの報酬なのにい」
「いらねえ。いいからお前が全部食べろ」
「こんなに美味しいのにぃ……」
「俺は好きじゃねえって言ってるだろ」
そんなやりとりをしている間にもアイシャは飽きもせず休むこともなくパクパクと果実を食べ続け、しまいには最後の一口サイズになってしまっていたのだ。
「なんとか言いながらお前、もうそれしかねえじゃねえか」
勝ち誇ったように俺が嫌味を言ってやる。そうすると赤毛は少しそれを見つめて何を考えたかと思うと、それを俺の目の前に差し出して来たのだ。
「じゃあ、最後の一口だけ食べて」
「おいおい、そいつはお前の食いかけじゃねーか、いらねえよ」
「これだけでも食べてよ。美味しいから」
「……しつけえぞ」
あんまりしつこいので睨んでやったが、赤毛は全く引き下がらなかった。
「ねぇ早くー。これ汁気が多いからお汁垂れてきちゃうよぉ」
見ると、俺に食わすため高く果物のかけらを持っているため、手首辺りまで確かに果汁が滴っていた。俺は(早くーじゃねえんだよ早くーじゃあ……)と思いつつも、なぜか赤毛にそう急かされると早く食べなきゃならない気持ちになり、一欠ならと食べてみることにした。
ただし、こいつの手もろともだ。
俺は果物を受け取る素振りをしつつアイシャの腕を軽く掴むと口を大きく開けて、果物にその指ごとかぶりついてやった。もちろん甘咬みだが。
「ぎゃあっ痛ぁいっ!」
赤毛は吃驚して手を即座に引っ込めた。痛くはしてねえだろ、と心で思いつつ
「ブハハハハハッ、人に嫌いなものを勧めた罰だぜ」
と勝ち誇って言ってやった。
「んもおーー」
言いながら右手に垂れた果汁を左手で掬い上げ、果汁がついた両手の指をチュパチュパと吸いながら
「けど美味しいでしょ?それになんだかすごく元気になるよ!」
と、大して気にした様子もなく、ニコニコと笑っていた。
「ん、……まぁなぁ。思ったよりは悪くはねえが……」
確かに、しつこく放つ甘い香りの強さにしては、食べてしまえばそれほど口の中でいつまでも甘みを残さず、解(ほど)けてフワリと消えていくような類のものだった。
そんなことよりお前、お前が舐めてるその指は俺がさっきかぶりついたとこだぞと言ってやりたかったが、余計な騒動を増やすのも面倒なので黙っておくことにした。
「うわーんこんなお仕事なら毎日やりたいー!」
すっかりあの果物のことで頭がいっぱいである。
「私もこの近辺に住んでいれば毎日引き受けますよ。良い果物を食べているせいか、ひどく美味しかったです。あんなに美味しい虫は、今まで食べたことがありません」
相棒は相棒で、駆除のついでに食べた虫の美味しさに感激している様子だ。
「……勘弁してくれ」
俺は一人苦虫を噛み潰したような顔をしながら、先ほど口に広がった甘みの余韻を消すため必死に肉にかぶりつき、酒を煽っていた。
「明日はクリスタルシティに向けて出発する。今までよりも長い行程になるから今日はさっさと寝て体力養っとけよ」
「はーい!」
宿に戻り、アイシャの部屋の前で念を押しておいた。
「じゃあ明朝な」
俺たちが部屋に戻ろうとすると、赤毛がなにか言いたそうに手を伸ばすのが見えた。
「何かあんのか?」
一瞬気になって尋ねると、
「あの……」
最初はもじもじとしていたが、
「今日はわがまま聞いてくれてありがとう。ふたりとも大好きっ。おやすみなさいっ」
それだけ言うと恥ずかしそうにドアを閉めてしまった。
俺とゲラは思わず顔を見合わせる。
「大好きだと、ハハッ光栄だな」
俺は苦笑交じりにそうでも言わないと、なんだか間が持たない気持ちになっていた。
「全く楽しい人ですね。人間の多くが、アイシャさんのような人ならいいんですがね……」
相棒は意味ありげにそうこぼしていた。
確かにゲッコ族はその見た目から、親交の深いワロン島の住人以外の人間からはモンスターと勘違いされて怖がられたり、特に女性からなどは気持ち悪がられてしまうことも多い。ひどい時などいきなり攻撃されてしまうこともあると聞いた。
あのアイシャは一度もそんなことがなかったな。むしろ最初からフレンドリーな雰囲気だった。村から出たことがない彼女が『ゲッコ族』を知っているわけはないのに。
そして翌朝、クリスタルシティに向け出発することにした。出発前からアイシャが心なしかワクワクしているように見えたので尋ねた所、一度だけ行ったとこがあるらしい。
「だけど街の中とかはほとんど見てないから、また行くの楽しみなんだ!すっごくきれいな街なんだよ!!」
と瞳をキラキラさせながら話してくれた。
しかし街の中をほとんど見てないって、じゃあどこに行ったと言うんだろうか。
それから三日ほどしてやっと、ローザリアの首都であるクリスタルシティに到着した。
道中、何度かモンスターに遭遇しその都度撃退したが、赤毛の成長が目を見張るものがあり、俺は心の中でかなり感心していた。体は小さく非力だが、機敏さとセンスがかなりいい。もう少し体を鍛えて訓練すれば、なかなかのものになると思った。
「お前なかなか戦いの勘はいいな」
そう褒めてやると、これまた嬉しそうに満面の笑みを浮かべて喜ぶ。その度に強さを増していく。これがおそらく褒めて伸びるタイプというやつなんだろう。
Last updated 2015/5/11