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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

05. The Minstrel.

 少し早めに宿に戻り軽く晩飯を食べると、早くも赤毛は眠そうに目を細めたり、目をこすっていたりしていた。まだ七時ぐらいなのだが、やはり寝不足のせいと、午後に方々歩きまわったせいもあるのだろう。

「飯食ったらもうさっさと寝ろ」

 という俺の言葉にハッと気づくと、

「ううん、もう少し起きてないと早く起きすぎちゃうし」

 と、頑張っていたが。

 気が付くとまた俺の肩口で涎を垂らしてやがる。

「口が緩いのかこいつは」

 半分呆れながらも酒を煽る。そんな俺に対し相棒のゲラ=ハは

「よほどキャプテンの肩の寝心地が良いのでしょう」

 などと本気なのか嫌味なのかよくわからないことを言ってきた。しかしその態度は上機嫌なように思えたから、きっと本心なのだろうと思っておくことにした。此処で一晩明かすわけには行かないだろ。そう言うと俺は赤毛を揺さぶる。

「おい起きろー。寝るならベッドにしろ」

「あい……?」

 寝ぼけつつも、俺の呼びかけに反応し少女はなんとか目を覚ました。

「もうベッドで寝ていいんだぞ」

「うん……」

 何故か赤毛はそれを残念がるような反応を見せたが、俺たちはさっさと食堂を後にし、宿泊する部屋へと向かった。アイシャの部屋の前まで連れて行き、明日こそちゃんとしろよなと言い含めると、はい、と殊勝な返事を返してきた。コレなら多分明日は大丈夫だろう。

「あと、お前な、またヨダレ垂れてるぞ」

 部屋の前まで来てそれを言わなかったのは、途中で自分で気づくかと思ったのだが。気付かずに来るとは思わずに声をかけたら

「うそーーーもう早く言ってよぉ!!!」

 と慌ててドアを閉めてしまった。

 

「まだ早いが俺も今日は疲れたから寝るわ」

「そうですね、私もなぜだか疲れました。でも、新鮮な体験ができましたよ。これは収穫です」

 相棒はいつもと変わらぬポーカーフェイスだが、語気に楽しげな雰囲気を感じ取った。

「へえ、例えば」

 俺が反射的に聞き返すと

「キャプテンの意外な面が分かりました」

 などと言いやがる。

「あーん?てめえこの野郎」

 今日は柄にも無いことばかりしていたから、嫌味を言っているのかと思った。だが相棒は喉をしゅるしゅると鳴らしながら

「誤解しないでください。嫌味などではありませんよ。私は、キャプテン……というより人間のことをもっと好きになりました」

 などとのたまう。

「ああー?……まっ、いいか」

 よくわからないやつだ。俺は最早追求するのをやめた。

 ちなみにゲラが喉をしゅるしゅると鳴らすのは、最も機嫌がいい時の仕草なのを俺は知っている。

 

 

 アイシャは、個室に入ると早速ベッドに突っ伏したのだった。しかしふと、自らの頬に触ると確かに涎の跡だとわかるかびっとした筋の感触。やだもー!などと小さくことりごとを漏らすとベッドから飛び起き、部屋にあった洗面用の貯め置きの水で素早く顔を洗うと

「もうっいじわるいじわるっ」

 再度ベッドへダイブすると枕に顔をうずめて目の前に居ない男への文句を言ってみたが、どちらかと言えば、涎のことを言ってくれなかったことよりも、そんな顔を一日に二度も見られてしまったことのほうが恥ずかしかった。

 普段寝ていても涎なんて垂らしたことなどないのに、どうしてこんな時に限って?自分でもわからずにみるみる顔が熱く真っ赤になる。

 

 だけど今日はとにかくちゃんと寝て、明日は叱られないようにしよう。迷惑かけないようにしなければ。そう思いたち、外着を脱ぐ。その時ポーチの中から、今日買ってもらったブローチが転がり落ちそうになった。

「わわっ、あぶない」

 ブローチをそっと手に取ると、ベッドに寝転がりそれをじっと見つめた。

「きれい……」

 薄暗いランプの灯りに翳すと、意匠をこらした細工と、安いものなのだからイミテーションの硝子玉なのだろうが、色とりどりの宝玉が乱反射してきらきらと輝く。いつまでも見ていられる。

 アイシャは村では年頃なのに恋に興味を持たず馬を乗り回してばかりいるせいか、村では男の子みたいなどと言われていたが、こうしたキラキラしたものは大好きだった。

 ただ、村ではこうしたものをあまり手に入れる機会がないだけで。街に行けばたくさん売ってるんだなあ。街ってスゴイ。などと感心するやら、今まで知らなかったことに対する一縷の悔しみも湧く。

「記念かぁ……」

 あの男は誘拐記念などと冗談を言っていたが、もちろんそれは嫌だ。

「ホークさんとゲラちゃんに会えた記念でいいよねっ」

 眠くて重いはずのペリドット色の瞳は、七色の光を映してしばしいつも以上のきらめきを放ち続けていたのだった。

 

 

 

 翌朝。

 やはり俺の中の正確な体内時計により、七時には目を覚ます。

 そして簡単な身支度をすると昨日と同じように受付ロビーへと降りて行く。するとやはり昨日と同じように赤毛がそこに座っていた。

「お前、まさかまた……」

 しかし嫌な予感はその顔を見るとすぐに解消された。

「おはようっ!ホークさん。昨日はたくさん寝すぎておなかすいたよー!」

 昨日とは打って変わって目はぱっちりと冴えていた。この娘、こんなに目がデカかったかなと思うくらいだ。顔色にも艶めきがあった。何より声に張りがあり、笑顔が元気いっぱいに輝いている。

「じゃあメシ行くか」

「わーい!」

 アイシャはスキップでも踏むように軽やかな足取りで宿の食堂へと向かう。そんな姿を見るとなぜだかこちらまで元気になってくるように思えた。

 ああ、これがこいつの万全か。ガキは元気な方がやっぱりいいぜ。

 

 

「アイシャさん。とてもよくお似合いですよ」

 三人で食堂で朝食を摂っている時、何気なくゲラ=ハがそんな言葉をかけていた。アイシャのケープの胸元に輝く、あのブローチを指さして。

「本当?えへへ、ありがとうゲラちゃん!」

 赤毛は少しだけ照れくさそうな顔をして、しかしはにかみながらブローチにそっと触れる。チラリと俺の顔を見たようだが、俺はわざと知らないふりをしておいた。

 

 

 食事を終え宿を出ると、早速旅へと出発だった。

 まずは近いヨービルへと向かう。それでもまる二日はかかる道程であり、ニューロード沿いとはいえやはり足が棒になる思いだった。旅人を当て込んだ宿場があるのが幸いで、休むことにさほど事欠かないのは良かったが。

「歩くのって、疲れる!」

 赤毛は早速文句を垂れていた。聞けば、普段遠い場所への移動は馬に乗ってのことばかりだったから、こんなに長く歩いたことが無いらしい。

「若い奴がふがいねえな。この際だからもっと歩いて鍛えといたほうがいいぞ」

 俺はなんとか発破をかけつつ、赤毛を歩かせていた。

「……はーい」

 しぶしぶながら、素直な返事だ。

「しかしお前、そんなにちっこい体して、本当に馬なんか乗りこなせてるのかあ?」

「バカにしないでよねー!乗馬だったら村の同年代の男の子にも負けないんだからっ」

「へぇー。一度見てみてぇな」

「村に戻ったら見せてあげるっ」

 道中の退屈しのぎにそんな他愛無い会話を交わす。アイシャは得意気に馬に乗れることを自慢していたが、そもそもこんなチビッコだと馬の上に乗り込むことすら苦労するんじゃねえのか?と疑問がわいた。これは村に着いたら検証させてもらうしか無い。

 途中で何匹かのモンスターに出くわしたが、難なくそれらを撃退し、二日目の夜にはやがて俺たちはヨービルへと到着することができた。

 ここで一泊し、また翌日からは同じくらいの日程を掛けてアルツールへと向かう。とりあえず今日は疲れと喉の渇きを癒やすためにパブへと向かった。アイシャも一緒だから、長居はできねえが。

 

「よければおくつろぎのお供に私の語りを聞いていきませんか?」

 そこにいた一人の吟遊詩人の男が話しかけてきた。サービスで小話をしてくれるらしい。この吟遊詩人はその道ではちょっと有名な人物でもある。旅人にとっては必携品とも言われるマルディアス全土をガイドする本を数年に一度出版している。いつも世界を放浪しているという噂で、旅先で出会えればラッキーだとすら言われているのだ。

「いいぜ、話聞かせてもらおうか」

 赤毛も興味津々に身を乗り出す。

「それではお言葉に甘えましょう」

 その言葉を合図にジャラリン、と奏でられる彼の楽器の音色。

「……昔、追い剥ぎを生業としていた男がおりました……」

 その詩人の話は、ニューロードを生涯をかけて償いのために築き上げた男の話だった。

 元々旅人を狙い人気のない道で金品を強奪していたが、何かのきっかけがあり足を洗ってからは、逆にこれからは旅人が追い剥ぎに遭いにくいようにとレンガを一つ一つ積み上げ、今や全世界に張り巡らされたニューロードを創ったとのことだった。

 話が終わると、俺の脳裏には一つ疑問が浮かんだ。

「一体その男は何故追い剥ぎをやめられたんだ。どんなきっかけで?」

 その質問に対して詩人の男はフワリと笑うと

「さあ……残念ながらそこまではわかりません。まあ、誰でも小さなきっかけを転機にして、大きく人生が変わるということがありえますからね。気には成りますね」

「ありがとう!楽しかったよー」

 アイシャは無邪気に詩人にパチパチと拍手を送っている。詩人は彼女を見るなり

「あなたはタラール族の女の子ですね。こんなところで見るなど珍しい」

 と、その手を伸ばして徐ろにアイシャの赤い髪を触った。アイシャはそれを嫌がりもせず、詩人の触るがままにさせながら

「タラール族のこと知っているんですか?」

 と質問をしていた。

「知っていますよ。昔は一大王朝に迫る勢いでよく栄えていてましたが、最近はかなり人数も減ってしまって、色々となごり惜しい物があります」

 詩人は一瞬遠くを見るような目をしたかと思うと、アイシャの赤毛の頭を慈しむように撫で始めた。

 その優しく慈愛に満ちた眼差しはまるで父親のようだ。赤毛はその様子を少しぼーっとした顔でされるがままになっている。

 野郎、よく見りゃわりと色男じゃねーか。そんな野郎にナデナデされて、悪い気がしないのはやはり女の子だからか。

「詩人さんっていくつなの?うちの村に来たことがあるの?」

 突然アイシャはその男に質問をする。

「どうしてですか?」

「だって、タラール族がそんなに栄えていたって、だいぶ昔の話だもん。おじいちゃんから昔話で聞かされたぐらい……」

 確かにタラール族が王朝に迫るほど栄えていたのは、実に数百年前なのである。その事実を知っているのは、今やタラール族の者と歴史学者だとかの一部の人だけのはずである。

「私も昔話で聞いたことなんですが、見てきたように話してしまうのは吟遊詩人の性というものですかねぇ」

「ふーん……」

 詩人はアイシャの頭からやっと手を離すと、楽器を担ぎ直して、

「聞いてくださって有難うございます。機会があればまたお会いしましょう」

 と、再びフワリと笑って悠然とパブから出て行った。

「なんだか、不思議な方ですね」

「んー?んん」

 相棒が詩人に対してそんな感想を漏らすが、俺は大して興味もなかった。

「ほんとだね。手がすごく暖かかったよ」

 ニコニコしてそんなことを言う赤毛に俺が「色男だったからな」と漏らすと

「そ、そんなんじゃないよぉー!」

 などとひっくり返った声をあげて反論をしていた。心なしか顔が少し赤かった気がする。

 

 

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Last updated 2015/5/1

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