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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

04. LiItle Shopping Monster.

 翌朝。安い時計なんかよりもよほど正確な体内時計が俺の脳を勝手に覚醒させる。意識が浮上し、片方だけの瞼をぱちりと開かせた。

「ア゛~~~~ッ……よく寝たぜ」

 ベッドの上で伸びをする。隣のベッドに目を遣ると相棒の姿が無かったが、いつものことだ。あいつはいつも夜明け頃にはもう目が覚めて、たいてい武器の手入れをするなり、一日のスケジュールを確認したりと忙しい。勤勉な相棒を持ち俺は本当に恵まれている。もとよりゲッコ族自体がそれほど睡眠を長く取らない種族だってこと知っていたが、それを踏まえても勤勉なことに違いなかった。

 

 時刻は七時十五分。俺は飯を食うために部屋を出た。階下の受付ロビーにドスドスと下っていると、その大きなロビーの長椅子にちょこんと座る赤い髪したあの少女の姿があった。

「おう、えらく早いな」

「……ホークさんこそ」

 じとりとした目で見つめられた。どうやらあまり眠れなかったのか、若いくせして目の下に影がてきていやがる。目もなんだか腫れているようだ。

「お前……ちゃんと寝たのか?何かあんまり体調よくなさそうだぞ」

 俺は心配して声をかけた。街を出れば、ニューロード沿いとはいえ多少は敵とのきつい戦闘などにも遭遇するかも知れない。寝不足のフラフラな体勢で乗りきれる訳がねえ。

 しかし。俺の問いかけに対して赤毛は答える素振りもない。それどころか、その場でこっくりと舟を漕ぎだす始末だった。

「…………まさかとは思うが、ほとんど寝てねえのか」

「だって、眠ろうとしても、全然眠れなくて…………」

「なんて奴だ、それじゃろくすっぽ歩くこともできないだろ」

「だって」

 だってだってを繰り返す少女に、一瞬喝を入れてやろうかと思ったのだが、丁度そこへ相棒が姿を現した。俺はため息を吐いて

「おい、ゲラ。今日は中止だ」

 とだけ言い放った。

「はい……多分そうおっしゃられると思いました」

 表情一つ変えず相棒は頷く。変えられないの間違いではなく、心底わかっていたという面持ちが俺にはわかる。

「どうしてどうして?!」

 一人騒ぐのは、もちろんアイシャだ。

「今言っただろう。街の外は危ねえんだから、そんな寝不足の状態で歩くのは無理だぜ。だから今日は中止だ。明日には万全に整えとけよ」

「ええ~~~~~!!!」

 赤毛はあからさまに不満気な声をあげた。

「ええーーーーーーじゃねえっ。ガキは素直に大人の言うことを聞け」

 俺が少しだけ大きな声でそう叱りつけると、みるみる赤毛の顔が、その毛の色と同じように紅潮していった。怒っているのだろうか。 俺のことをいっちょまえに睨みつけやがる。悪いのはちゃんと寝てなかったのはこいつのせいなのに。俺も聞き分けのないこのガキを大人気ないと思いつつも

「文句あんのかてめえ」

 と腕組みし、上から威圧するように少し凄みながら睨んでやった。すると赤毛の俺を睨みつける大きな瞳にみるみる涙が満ちてきて、唇がワナワナと震え始めたのだ。

 (あ、やべえ)

 そう思うが早いか、崩壊する目元。瓦解した涙腺からは大粒の水滴がぼたぼたとこぼれ落ち、椅子に座っていた彼女の膝にあった手を濡らしていた。

 (やっちまった……)

 俺は多分誰が見てもヤバイという表情をしていたに違いない。少しだけ焦ってしまったのか、なんだか頭が痒くなる。ガキ、それも女の子の泣く顔ってのは何故こうも罪悪感を掻き立てられるのだろうか。

「分かった、OK。いいか、アイシャよく聞け」

 俺は出来うる限り平静を装った声を出すよう心がけながら、椅子に座ったまま声をなんとか殺しながら泣き続ける赤毛の前に、徐ろにしゃがみこんだ。目線を同じにするためだ。

「いいか。最近はこの辺りも、怪物が頻繁に出ていてな」

 ゆっくりと諭すように、しっかりと少女の顔を見ながら話す。

「そんな状況で、半分寝てるフラフラの娘を連れて歩くなんてのは、いくら俺たちでもキツイんだ。できればな、お前も万全の体調できちんとついてきてほしい。わかるな?」

 アイシャはそんな俺の話りかけの間に、いつのまにやら涙を莫迦みたいにこぼすのを止めてくれていた。しっかりとこちらを見て、こくんと一度頷いた。だがしかしそれだけでは俺は許さない。

「わかったのなら、返事は」

「……はい」

 声は小さくまだ涙混じりの色ではあったが、ちゃんと返事をしてくれたので、それで赦すことにしておこう。

「よし。いい子だ」

 俺はご褒美とばかりに赤毛の頭に手をやり撫でてやった。

「……ごめんなさい」

「わかりゃあいいんだ。もう泣くんじゃねえ」

 俺は立ち上がると、目の前にいた受付の者に今日の部屋、もう一泊とっといてくれ。と声をけた。

 振り返ると、赤毛は泣き止んだものの元気がなさそうに俯いていた。眠いのもあるだろうが、明らかに落ち込んでいる様子が見て取れる。女のガキが元気を失くした目の色を見ていると、なぜだか俺は罪悪感に駆られてしまう。

「……まぁ、今から昼すぎまで寝たとしても、また夜に寝られなくなって昼夜逆転しちまうのが落ちだなァ」

 俺は一瞬そう考えた。そうするとまた明日もおじゃんじゃねえか。冗談じゃない。

「今日は眠くても一日中街ン中ひっぱり回してやる。支度しろ。まずはメシだ」

 しょぼくれていた赤毛に向けて声を掛けた。少女は初めはキョトンとしていたが、言葉の意味を理解すると

「う、うんっ」と慌てた様子で立ち上がり、こちらへ小走りに近寄ってくれた。

 

 それから俺たちは、宿の食堂でまずはメシを喰いつつ今後の足取りの確認を綿密に行った。元々今日はヨービルに行くとは決めていたが、それ以外は全くノープランだったからだ。赤毛は時折また眠りそうになりながらも、必死に話しについてくる。その後は街を歩き回った。道中に必要な物を買うためである。薬局へ寄ったり、武器の手入れも行う。時間がある時に、こういうことは徹底的にやっておかなければ。

 その途中、アイシャらが閉じ込められていた牢のあったアムト神殿が見えた。もう安全だろうとはいえ、アイシャはそれを見るとやはりいい気はしないのか、少し前を歩いていた俺に小走りに追い付くと、俺のコートの袖をぎゅっと掴んでその場所の側を通りすぎようとするのだった。

 気が強いように見えて、やはり怖い目にあったのだろうから仕方ない。その行為を無言で許容するしかなかった。

 

 買い物などを済ませると昼過ぎとなり、遅い昼食を摂ろうとする頃には案の定赤毛の少女の眠気は深刻なものとなっていたようだ。俺の左隣に座ってメシを食っていた赤毛の頭は、今にもテーブルに頭でもぶつけそうなほどガクンガクンと上下していたのだ。ただでさえ重そうな頭の飾りがあるのに、あれではヘタをすればその細い首をヤっちまうんじゃないかとちょっと心配にさえなる。

「おい。ちょっとなら寝ていいぞ」

 見かねた俺は、赤毛に肩を貸してやることにした。

「メシの間だけだからな」

 俺が自分の肩をパンと叩くと、赤毛は意味を理解したようで、少し遠慮がちながらも頭を俺の肩に預けてきた。

「あの……ありがとう……」

 腑抜けた力ない声で礼を述べたと思ったら、次の瞬間にはもう寝息を立てていた。

「マジでほとんど寝てないんじゃ、こいつ」

 俺は苦笑しつつ眼前の相棒に語りかけた。

「本当にこれで街を出ないで良かったです。まあヨービルまでなら船で行くという選択もあったのですが、あそこは小さな街なので、こんな準備はできなかったでしょう」

「船代もったいねえしな。そもそも船賃に金を払うこと自体俺は好きじゃねえ」

 そういった軽口を叩きつつ、ゆっくりとメシで腹を満たす。

 その時耳に入ってきた、隣の冒険者らしきものたちの声。

 

「おい、聞いたか。イナーシーが大荒れで、物資が滞ってるらしいぜ」

「まじかよ、ブルエーレ行きのの船に乗ろうと思ってたが乗んなくてラッキーだったじゃんか」

「本当だよ。ブルエーレからの船は難破してバルハラントまで流され、ほとんどの乗客が死んじまったらしい……」

「あんな内海がそこまで荒れるなんてこと、ありえるのかね」

 イナーシーはローザリアとバファル、騎士団領・バルハラントに囲まれた閉ざされた海である。ああいった内海が船が難破するほど荒れることは正直珍しい。だからこそ物資の行き来が安定していたのに、ヨービルやアルツールなどでは物資が止まり困ったことになっているらしい。

 

「どこの海も時化てやがんのか……」

 少し前の苦々しい記憶を呼び起こされ、俺は自然と眉間にしわを寄せつつ酒を煽る。今日はどこへももう行かないというので、昼間っから酒を煽るがどうにもムードがない。それもこれもこの肩に乗っかる物体のせいだろう。

「昼食だけというのに、もう酒を飲みますか。その少女に配慮しているのですか?」

「うるせえぞゲラ。いいじゃねぇかたまにはこういう昼酒もよ」

 言いつつも、赤毛の頭を肩に乗っけているのであまり大きく動けないのでもどかしい。しかもよく見ると、光る一筋の糸がその小さな口元から流れていた。

「……こいつ、ヨダレ垂らしてやがる……」

 量は少ないが、確かに涎だった。俺は小さくため息をつく。

「そろそろ、出るか……」

 赤毛がよだれを垂らすほど寝ているのを見て、あまり熟睡させすぎてもいけないと思った。

「おい起きな。出るぞ」

「ふぇ……?でる……??」

 俺に揺り起こされビクリと体を震わせ、赤毛は覚醒した。いや、半分寝ぼけているのだろうか。半開きの目をこすり、キョロキョロしていて、状況がすぐには思い出せない様子。

「お前ヨダレ垂れてたから、拭いて行けよ」

 その俺の言葉に赤毛は「ええっ」とひっくり返った声を上げ、自らの頬に手をやる。確かに右頬を伝うべたりとした感触がわかったようだ。少女は恥ずかしいのか顔を真っ赤にし、おしぼりで丁寧にそれを拭き取っていた。

 

「あのう……ごめんなさい。服、汚れたんじゃ」

 赤毛は自分の涎でコートが汚れたのかと気にしていた様子だったが

「元々が長年の汐風や塩水なんかで汚れてんだから気にすんな」とだけ言っておいた。

「塩水?」

 赤毛は不思議そうに尋ねてくる。

「正しくは海水だな」

「そっか……海の匂いなんだ」

 何故か一人で納得しているような独り事を漏らすアイシャ。

 「海の夢でも見たかい」

 俺が冗談めかして問いかけると

「多分、海の夢だと思う。けどよく覚えてなーい!」

 という、無邪気な答えが帰ってきた。

 

 しかし考えてみれば午後は比較的することもなく、どうしようかと考えていたのだが、一時間あまりの睡眠で元気が出たのか、赤毛は先程よりも活発にあちこちの店に顔を突っ込むようになっていた。

 北エスタミルは、クジャラートの首都なのであちらのエキゾチックな文化の佇まいである一方、ローザリア文化とも交じり合い、実に様々な店が軒を並べる。

「すごーい、こんなの初めて見たー!」

 アイシャは改めて見る多くの文化に目をキラキラさせていた。旅路には全く関係ないような店にもいちいち入っていくのだが、まあどうせもうやることもねえし、今日一日引っ張り回してやると言ったので、付き合うことにしたのだった。

 しかし赤毛と来た日には、店に入るだけ入り、何かを買うわけでもないのに実に楽しそうなのである。それが俺などにとってはおかしな風景にも見えた。

「何か買わねぇのか?」

 これだけ店に入り品物を見ているというのに、あまりにも何も買わないので俺はさすがにどうなんだと思い声をかけたが

「見てるだけで楽しい!」

 との答えが返ってきた。おいおい、度が過ぎるとそりゃあ冷やかしってもんだぜ。

「女性の買い物とは、こういうものなんでしょうか……」

「知らねぇ、俺に聞くなよ」

 俺が知るかぎり相当辛抱強い相棒が珍しく苦痛そうな声を上げて俺にそう尋ねてくるが、俺だってわかるわけない。女と買い物なんぞしたこと無いからな。

 赤毛が物を見ている間俺らは、そのへんに備え付けられているベンチやら、花壇のふちに腰掛けるなどしていたが、待っているうちにこちらのほうが眠くなる始末だった。確かに何も買わずうろつくだけってのは苦痛だ。まぁ時間だけは潰せているし、本人が異様なまでに楽しそうなのが、救いではあったが。

 そうこうしているうち、かれこれ三時間以上経つ。辺りに伸びる影が長くなりつつあったので、飽きもせずアクセサリーの類を眺める赤毛にそろそろ戻るぜと伝えた。

「あ……はぁい」

 アイシャは名残惜しそうな顔をして、アクセサリー屋を離れようとする。しかしもう一度振り返り、それをまた見つめていた。一瞬だったが、はぁと小さくため息を吐いたように見えた。

「何をそんなに熱心に見てたんだ」

 俺は何がそんなにアイシャの気を引いているのか、少しだけ興味が沸いて思わず尋ねていた。

「いやぁ、いいの。行こ」

 アイシャは小走りにこちらに来ようとするので、すれ違うように店の陳列に俺はたどり着く。

「今の娘、何見てたんだ?」

 店員に尋ねると、「ああ、これですね。綺麗でしょ。最近人気の細工師の作品でして、お値段も手頃となっております」などと言いながら、示したのはブローチの類だった。

 確かにカラフルな花をモチーフにした珍しいデザインで、値段を見ても大して高くない。なんで買わねえんだろうか。

 「もしかしてお前、金持ってねえのか」

 戻ってきたアイシャは小さく頷いてしょんぼりとした顔をしていた。

 「ここに連れてこられる前は少しは持ってたんだけど、知らないうちに盗られてたみたい……」

 「なんだそりゃあ、早く言えよ」

 さしずめ、攫われて連れて来られる間に奴隷商人にくすねられたという所か。手斧は没収しなかったのに少女のサイフだけはちゃっかりいただくとは。セコイと言うかなんというか……。

「おい、これくれ。買うぜ」

「はい、毎度ありがとうございます」

 店員は先ほどのブローチのタグを切り、俺の五十金銀貨とそれを交換した。

「ほれ。記念に取っとけ」

 アイシャはのやりとりをポカーンと見つめていたが、ブローチが自らの手に渡ると顔を紅潮させて、 「えっ、ええっ!いっ、いいのっ?いいのっ!?」

 と興奮してはしゃいだ声を上げた。

 「昨日の報酬のほんの一部だ。気にすんな」

 そう告げると、「やったー!やったやったー!ありがとう!!」と甲高い嬌声を上げ、飛び上がらんばかりに飛び跳ねて喜ぶ始末だ。そして、さっさとその場を立ち去ろうとしていた俺の右腕に駆け寄るとぎゅっと腕を絡ませてきた。どうやらこの仕草はこの赤毛のうれしさとか感謝の表現らしい。しかし俺は、そういうことをしてくる少女に困惑するばかりだ。

「おいこら、あんまりベタベタすんなって言っただろうが」

 軽くいなすが、赤毛は腕を離そうとしなかった。

「だってだって!嬉しいんだもん!でも」

「ん?」

「何の『記念』なの?」

 さっきの「記念に取っとけ」という言葉か。そういえば、自分でもよく考えずに発した言葉だった。少女に物を買ってやるのに、何か言い訳が自分の中で必要だったのかもしれない。

「そうだな……まぁ、誘拐された記念でいいんじゃねえかぁ?」

「ウソー!やだあー、そんな記念やだあー!!あははははっ」

「ブハハハ!!そりゃあそうだな!」

 そんな軽口が自然と出てきた。赤毛も「やだー」などと言いつつ笑っていて、ケラケラと鈴を転がすような笑い声が妙に心地よかった。そんな無邪気な笑い声に俺も釣られて笑っていた。

 ただ、「誘拐」という単語を発したおかげか、街にいた周りの人間がチラチラこちらを見ていた気がする。

 おい、誘拐犯は俺じゃあねえからな。

 

 更にその後だ。ゲラの野郎が「いい買い物をしましたね」などと言いやがるので、俺は「ああ。これで午後の買い物の時間が無駄にならずに済んだぜ」と嘯いておいたのだった。

 

 

 

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Last updated 2015/5/1

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