Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-
03. Wild Wild Life.
南エスタミルへ行くには下水道からでも良かったのだが、少女も一緒であることもあり、ここは無難に船で向こうの街へと行くことにした。
到着するとまずジャミルと一緒にファラを家まで送り届けてやる。彼女の家へ到着すると泣き崩れていたファラのおふくろと彼女が抱き合い無事を確かめ合っており、アイシャはというとそんな光景を目の当たりにして、その大きな目からポロポロと涙を流して「ファラ、良かったね……」とつぶやいているのが聞こえた。その時俺は、ただのじゃじゃ馬かと思いきや人のために泣けるとは案外いい娘かもしれん、とふと心に思ったものだった。
再会の喜びを傍観したあと、俺たちはまっすぐに依頼を受けたパブへと向かう。相変わらずカウンターの端っこの薄暗いところに、例の依頼者はいた。
「北のアムト神殿の中だったのか!あんな場所にハーレムを作るとは、無駄に知恵を絞られたものだな……。まぁいい。さあ、褒美だ。受け取ってくれ」
男は重みのずっしりとある袋を俺に渡すと、「奥方様にさっそく報せねば……」などとつぶやいてなんと黒い煙とともに消えてしまった。怪しげなやつだ。そんな術が使えるならてめえで探したほうがいいんじゃあねぇのかとも考えたが、金をもらえたのでよしとすることにした。
「ここが、今いる南エスタミルだ。わかるか」
「う、うん」
俺はそのパブでしばし祝勝会と洒落こみ、ゲラ=ハと酒を飲みながら地図を広げてアイシャに場所の説明をしてやっていた。
「で、お前らが捕まってたのはさっきの街の北エスタミルだ。あそこから徒歩でヨービル、アルツールを経由し、クリスタルシティも通って、ニューロード沿いに更に北に行けばガレサステップだな。まあ徒歩なら、だいたい全部で十日ってとこか」
「そんなに遠いんだー……」
アイシャは想像以上に遠くまで連れて行かれていたことに驚き、落胆している様子に見えた。が、実際は違うようだ。
「こんなに遠くに来たの初めてで、びっくりしたけどよく見たら見たことがないものばっかりでなんかわくわくしちゃうなっ」
とこうきたものだ。
「はぁ、脳天気なやつだな。故郷じゃ今頃家族とかが心配してるんじゃないのか?」
「確かにそうだね……。こんなに長く村に帰ってないのは始めてだから心配してるかも」
などと一瞬、眉をひそめ悲しげな表情になったと思ったが、しかしすぐに次の瞬間
「あ、これおいしそー。食べてもイイ?」
と、運ばれてきた俺のツマミを奪おうとニコニコした顔を向けてきたのだ。
まったく女、しかもガキの考えてるこたぁまったくわからねえぜ。ここへ来て、俺は改めて少女の姿をまじまじと見た。そいつは俺の隣の席でニコニコと料理を食べ、満足そうな笑みを浮かべていたが、よくよくその服装を見ると驚くと同時に何やら複雑な気持ちになってしまった。
「……お前、よく見たらすげえ格好してるな。そんな格好してるから変なのに目ェつけられんだぜ」
少女の格好とは、正面から見るとすぐにはわからなかいが、横から見るとパックリとサイドの布地がなくなっている。体の前後を覆う布地をベルトのようなものでつないでいるような服だった。その下はアンダーシャツなども着ておらず、ようするに少女のちょっときわどいところの素肌が丸見えだった。ガキとはいっても、それなりに成長した胸はあるのが見えるし、ちょっと動けばケツだってほとんど丸見えだ。これじゃおかしな男が変な気を起こしても、ムリなことじゃなかった。
「ええー、そんなに変かな、うちじゃああたしぐらいの歳の子だと普通なんだけどな」
「マジかよ……どうなってんだお前たちの村ってのは」
それに気づいたからには、いよいよ少女を故郷へと確実に送り届けなければ、どうなるか分かったもんじゃねえという気持ちが沸き上がってくる。そのあまりにも無防備な少女を、とてもじゃないが放っておける代物じゃないという気持ちだった。
「あたし、こんなとこまで連れて来られちゃったけど、ホークさんみたいな親切な人に会えて良かった」
少女は俺を見て屈託なくニコッと笑った。何故かその笑顔を見ると、不思議と何もかも許せるような気持ちになってしまったのだった。
俺たちはその日さっそく定期船に乗り込み、北エスタミルへと戻った。この街は俺のような者がいる分には構わないが、よそ者の女の子を置いとくには危険な香りしかしないからだ。そして、北エスタミルに着いた頃にはすでにどっぷりと日が暮れており、今日のところはこれ以上進めないと宿を探すことにした。
「じゃあ俺とゲラはこっちの部屋にいるから、お前はあっちだ。明日朝八時にここに集合。じゃあな」
俺は取ってやった部屋の鍵をアイシャに放り投げると、さっさと部屋へと戻ろうとした。しかしアイシャは
「えー、もう寝ちゃうの」
などと不満そうな顔をこちらに向けている。
「俺はまだ起きているが、お前はあんなとこに監禁されてたんだからさぞ疲れてるだろ。さっさと寝ちまえ。お前の部屋は個室だからゆっくりできるだろう」
俺はアイシャのために、いつもの雑魚部屋でなく、一人でゆっくり寝られる個室で少し高い部屋を取ったのだ。
「えー、あたしもっとホークさんとお話したあい!」
「はぁ?」
そんな少女のセリフに、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「話ったって、一体何を話すんだ?」
「うーんと、海のこととか!」
「俺は若いもんに昔話を自慢気にベラベラしゃべくる爺じゃねえんだぞ」
「べ、別にそんなこと思ってないよぉ」
これだけ世話してやって、昔話まで要求するたあなんつうふてえガキだと思った。だがちょっとイラついたからといって、そんな少女にはキツイ言葉を放ってしまったことに気づいた。アイシャの顔が見る見る悲しみに沈むのがわかったからだ。
「ごめんなさい……。あたし、なんだかすぐに一人で寝ちゃうのが、寂しかったの……」
消え入りそうな、そして心なしか涙まじりのような声でポツリというアイシャを見ると、何故か心が痛んだ。
「いや……。俺の方も済まねえ。お前みたいなお嬢ちゃんの扱いに慣れてなくてな」
「寝るね。おやすみなさい……」
ゆっくりと踵を返すと、とぼとぼとアイシャは部屋の方まで歩いて行こうとする。いかにも力なく、そして寂しそうに映った。普段は元気な素振りを見せていても、見知らぬ土地に一人にされることが内心かなり怖くて不安なんだろう。俺は今やっとそんな気持ちに気づいたのだった。
「……少しだけだぞ。ガキを酒場に遅くまで置いて置けねえ」
「えっ」
俺の言葉に少女はぴたりと立ち止まり、小さく声を上げた。
「爺の昔話に付き合え」
そう言う俺の言葉を聞いて少女はくるりと振り向いた。そして
「ありがとう……っ!」
弾む声と同時に、その顔に太陽が蘇っていた。
「やったーやったやった♪」
そんはしゃぐ声とともに、アイシャはよほど嬉しかったのか、俺の腕に両腕を回してギュッとしがみついて来たのだった。俺は予想外のそんな少女の行動に驚いて、彼女の顔を見た。するとアイシャも俺の顔を見ていて、目が合うとニッコリと笑いかけてくれたのだ。
「こらっ、こらこら……あんまりベタベタと馴れ馴れしくするんじゃねえよ。周りが見たら俺が変な目で見られちまうだろ」
「そうかなー?どうしてー?」
「どうしてってお前……」
言いかけて、俺もなぜそんなことを言ったのかわからなかった。
おそらくだが、なんとなくあのウハンジの野郎のことが脳裏をかすめたんだろう。冗談じゃねえ、あんなのと同類だと思われちゃ俺もおしまいだ。
「ねーホークさん」
「何だ」
パブで酒を煽る俺の横にチョコンと座る小柄な少女が唐突に話しかけてきた。
「ホークさんって『かいぞく』だったんでしょう?」
「ああそうだ」
「かいぞくって、なにをするの?」
「……そんなことも知らねえのかよ」
少女の発言に俺は肩透かしを食らった気分になった。
「いいか、海賊ってえのはな。簡単に言うと海を渡る貨物船なんかにお邪魔してだな、ちょいとばかり金目のものをいただく仕事だな。俺は帝国の船を専門にしていたが」
「……それって、泥棒みたいなことなの?」
「まあ簡単に言ったらそうなる」
「ふ。ふーん……」
アイシャはそれだけ言うと黙りこくってしまった。目の前のおっさんが、実はヤバイやつだと思い始めたに違いない。しかししばらくしてから
「……今は海賊やめたの?」
素朴な疑問だ。先程より少女の声色は遠慮がちに響く
「やめた訳じゃねーけどな。今は事情があって船がねぇもんだからしょうがなく休業中だ」
俺は酒をグビリと煽ると、少し乱暴にグラスを置いて、ハーーッと深いため息を吐いた。船のことを言われると意識してなくとも参っちまう。
「でもさ、海賊だったら船もどっかから頂いてくればいいんじゃない?」
「ほー、面白い案だなあそりゃあ」
少女の意外な提案に、俺は笑わずにはいられなかった。そりゃ確かに海賊の中には船そのものを港や襲った船の相手から強奪し、占拠し、自分の船にする奴もいることは確かだ。
「俺はな、確かに人から金品を巻き上げるような真似をしていたが、そいつは帝国の物資が目的だったり、非道な真似をして儲けてやがる奴らからかすめ取るのが目的だ。船はあくまで自分がこだわって造り、愛した船だけを乗り続けるのが信条だ。お手軽に奪った船なんかじゃどうもしっくりこねえ」
「ふーん……そういうものなの」
「第一、襲った船を奪うってことはどういうことか、分かるか?」
俺は軽々しくそんなことを口にする赤毛に逆に質問してやった。赤毛はしばし考えていたが、「……わかんない」と首を軽く左右に振る。
「襲った船の乗組員を皆殺しにするってことだ」
それを聞いて、赤毛は一瞬怯えたような顔をし、ぴくりと震えた。
「俺は人を殺すのは好きじゃねぇからそれはやらねえと決めてる。人間にはよ、自分の中で頑なに守らなきゃならねえ線引きってのがある。それがないような奴ってのは、どんどん堕落して、時には人じゃなくなっちまうんだ。いくら困ったと言っても、そこまでして船を手に入れたいとは思わねえよ」
実際、残虐非道な仕事を好んでやってきた奴らの寿命の短さは、理屈ではなくこの目で見てきて肌で感じていたことだ。それは無茶をして帝国に捕まり高いところに吊るされることはもちろん、身内からも見切りをつけられ、制裁の名の下命を落とすといったことも稀ではなかった。それよりも何よりも、俺は海を、そして船を愛さない船乗りは大嫌いだったから、このラインをまず破ることはありえないのだ。
アイシャは少しばかり説教臭くなっちまった俺の口上に割合真剣な顔で耳を傾けており、時折うんうんと頷いていた。草原色の大きな瞳を見開いて、きらきら光っていた。そのあまりに純粋な光に俺は目潰しを食らいそうになったのを覚えている。
それからしばらくしてから時間が時間だというので、やはり宿に戻ってもらうことにした。周りにはちょっとしたごろつきも増えてきて、明らかにアイシャは浮いている。俺ももう寝るからと言い含め、飲み代を払いアイシャとゲラ=ハと共に宿へと向かった。
「ホークさん、今日はありがとう。また明日ね」
「おう。寝坊すんじゃねーぞ」
「はーい」
アイシャの泊まるべき部屋の前でそんな他愛もないやりとりをし、俺とゲラ=ハは二人部屋へと足を向ける。アイシャはそんな俺たちの背中を見つめていた。少し淋しげで、つまらなそうに色の目をして。
まったく、ばかみたいに人懐っこい娘だ。アレじゃ人さらいにさらわれたって無理もねえ。第一、仏心を叩き起こされちまった結果とはいえ、なんでこの俺がこんな小さいガキのお守りをするはめに。そんな風に頭を抱えていると、相棒が
「キャプテン、あの娘、まだこちらを見送っていますね」
と、心配そうな口調で発した。
「ああ。とっとと部屋に入っちまえばいいのに。まさか、このまま置いてかれるとでも思ってやしねえか」
俺は肩をすくめた。
「正直、扱いに困るな」
苦笑いしそう漏らすと、相棒から意外な言葉が投げかけられた。
「そうですか?わたしにはキャプテンが少し楽しそうに見えました」
「何だと、一体どこがだ」
相棒のそんな言葉に俺は心底驚いていた。楽しそうに見えただと、俺は困っているんだよ。ガキのお守りなんてしたことが無いからな。
やがて俺たちの泊まる部屋に着いた。中に入るとさっさとコートと靴を脱ぎ散らかすと、巨体をベッドに沈める。
「何かしらねーが疲れちまった。気疲れってやつかもな」
片方だけの瞼を閉じるとあっという間に闇の中。意識は現実から離れていった。
「……もう寝たんですか、相当お疲れだったんですね、珍しい」
相棒は俺の散らかした服を拾うとハンガーに掛け、自分の上着も同じように丁寧に吊るしたあとはその硬い表皮に覆われた体を俯せにしてベッドに横たえたのだった。
(本当はベッドよりも、岩場が好きなんですけどね。)
Last updated 2015/5/1