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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

02.  旅は道連れ世は情け。

「一体……これからどうなるの」

 一人の女が泣き出しそうな顔でひとりごとのようにつぶやいていた。

「大丈夫よ、大丈夫。きっと抜け出す方法はある」

 その女を励ます、別の女。

「……私、ここに来れば食べるのにも困らないし、清潔な服やベッドや部屋があるって聞いてのこのこあいつらの口車に乗ってしまって……。確かにここに来れば言われる通りにはなった。だけど、外を歩く自由もないし、何よりあんな奴の愛人にされることがこんなに苦痛なんて思わなかった。もういや、貧乏でもいい、南エスタミルに帰りたい!」

 そう叫ぶと今度はさめざめと泣き始めた。

「そういえば、ファラはあたしと違って借金のカタに連れて来られたんだったよね……。そっちの赤毛の子は、どっかから無理やりさらわれてきたっていうじゃない。あたしなんて自業自得だわ……」

 女は更に落ち込んで、泣き始める。

「そんな、自分を責めちゃだめよ。本当に生活に困ったらあたしだってあんたと同じ決断、したかもしれないし……」

 ファラと呼ばれた女は、そう言って彼女を励まし続けた。

「そうだよ、弱みに付け込んで女の子を閉じ込める奴が最低なんだから」

 赤毛の女の子もファラに同調する。

「そうだよ、そういえば今日、またウハンジが来るみたいよ。今日は誰が選ばれるんだろ……嫌だなあ」

 更に別の女がつぶやく。自分ではありませんように、と祈るように手を組んでいた。

「今のところあいつのとこに行かされてないのは新入りのあなた達だけだから、もしかしてどちらか、両方かも……」

 ファラと、赤毛の少女はつい昨日ここへと連れて来られたばかりだった。それを聞いて、ファラは「冗談じゃない。いざとなったら殺してでも抜けだしてやる」と息巻いていた。しかしそんなファラに対し別の女は、

「無駄よ、あいつの部屋、部屋の中にも外にも見張りの男がいる。女一人で複数の男、どうにかなるわけない」

「ウッソー……」

 ファラは改めて身の危険をひしひしと感じ始め、泣きそうな顔になる。そして腕をさするような仕草をしていた。きっと鳥肌が立っていたに違いない。

 赤毛の少女はそんな女達のやりとりを聞いていて、わからないことがあった。

「でも……そのウハンジとか言う人の部屋に連れて行かれて、何をされるの?」

 あっけらかんとそんなことを尋ねる少女に、女達は目を丸くしたり、え……、などと気の抜けた声をあげる者もいた。

「よく考えたらあんた、まだ小さいよね……まさかこんな小さい子にまで手を出すのかしら、ウハンジって」

「やばいよね、それ絶対やばいよ。やばすぎ」

 確かにここにいる女達の中では、赤毛の少女は明らかに最年少だった。だからといって、小さいなどと言われるとムッとしてしまうが。

「大丈夫、きっとジャミルが助けに来てくれる……!」

 ファラはそう、祈るように呟いた。

 その時だ。その部屋の扉が開く音がした。女達はウハンジが来たのかと思い一斉に身を固くし、緊張した空気が流れる。だがそこから現れたのは、ウハンジではなく見慣れないかなり大柄の髭の男と、トカゲのような姿をした人物だった。

「ははっ、ビンゴだな」

 男は女だらけの部屋の光景を見るやいなや、ヒューッと口笛を鳴らした。そんな風にしていきなり現れた男に女達はキョトンとした顔をしていたが、

「お前ら、早くここから逃げろ。もう自由だぜ」

 低いがよく通る声。女達はしっかりとその言葉を聞くと、一瞬間があってから、甲高い歓喜の声を一斉にあげた。

 男はニヤリと笑うと、数人の女達の顔を眺める。その中に、ひときわ背が低く、燃えるような赤毛が印象的の、年端が行かぬような娘に何故か目が行った。

 (あんな小せえガキまでが?……ありえねえだろ)

 その男……、つまり俺は思わず苦笑いを浮かべていたのだろう。そんな俺を見て、その女の子は俺に近づいてきたのだ。

「……あの、あなたは誰なんですか」

「ああ?俺は、ちょっとした仕事でこの場所を突き止めにきた者だ」

 なるほど。近くで見ると確かに彼女は整った顔立ちで、可愛らしい顔をしていた。おそらくあとせめて二~三年もすれば結構いい女になりそうだという予兆を感じるには十分の顔立ちだった。しかし今はまだどう見てもただの子供にしか見えない。こんなのにまで手を出すとは、ウハンジとか言うのはとんでもない変態親父だと思ったものだ。

「えっと、ここはどこなんですか?」 

 赤毛の少女は更に俺に対して質問を続ける。

「ここか?ここは北エスタミルって街の中の神殿だ」

「きた……えすた……みる?」

 街の名前を聞いてもまったくピンときてない様子だった。眉をひそめ、首をかしげるばかりである。

「もしかしてお前さん、ずいぶん遠くからここに連れて来られたのかい」

「多分……。私、タラール族のアイシャっていいます。ドライランドのガレサステップに住んでます」

 その少女……アイシャはそう自己紹介してくれたが、俺の方も陸のことは明るくないので、タラール族だと言われてもすぐにピンと来るわけもなかった。そういえば、ノースポイントの街でそんな民族がいるということを聞いたような気もするが、という程度である。

「うう……ここって、ステップからどれだけ離れた所なんだろう……」

 少女はほとんど独り事のようにつぶやきながら、頭髪と同じ赤い眉を顰めている。明らかに困り果てていた。

「ああ、ガレサステップってとこなら前に隣のニューロードを通ったことはあるぞ。ここからはまぁちぃっとばかり遠いが、一人で帰れるか?」

 俺はあまりにも困り果てている様子の少女に、つい仏心を出して尋ねてしまった。すると少女は

「よくわからない……。どうしよう……」

 と当惑のセリフを発して本当に弱った顔をし、目線が泳ぐ。しかしその次の瞬間、俺の顔をじーっとその大きな目で見つめてきた。

「ん?」

 その視線に気づき、何かあるのかと声をかけたその時だった。

「ファラ!!」

 一人の女が新たに入ってきたようだ。長い黒髪、切れ長の目は明らかにクジャラート人。女にしてはやや長身だった。長い前髪を顔の前に垂らして隠そうとしていたが、なんだかちょっと不自然な化粧をしていた。一言で言うとケバすぎるのである。化粧慣れしてないというのが一目瞭然だった。

「……ん?」

 俺はその女に微妙な違和感を感じたが、その予感は当たっていた。

「ちょ……あんた、まさか……ジャ、ジャミル?!なぁにその恰好!!あははははっ!」

 入ってきた女をまじまじと見るなり、ファラは吹き出すように大笑いをしていた。

「笑うな!女に化けてまで助けに来てやったんだぞ!!?」

 ああ、やっぱりか。こいつは紛れも無く、女装した野郎だったのだ。おおかた攫われてきた女に化けて潜り込もうとしたのだろう。

「あははっ……あー、ふひー、ごめん……」

 ファラはやっと笑いを収めると、

「来てくれるって信じてた……ありがとう」

 と照れたようなはにかむような表情と小声で、ジャミルと呼ばれた女……いや、男に礼らしき言葉を投げかけていた。目の橋には涙が光っていた。それは嬉しさのせいなのか、笑いすぎたせいなのかはわからなかったが。

 ははーん、こいつら恋人同士か?

「まぁ、いいってことよ。さあ逃げようぜ。って、あんたは??!」

  そのジャミ公は、今俺に気づいたらしい。どれだけ自分の女しか見ていなかったのか。

「俺も、此処の女達を見つけに来た者だ」 

「そうかい!ウハンジの手下かと思って冷やっとしたぜ。さあ早く逃げようぜファラ」

 そんな会話を交わしていると、扉からすでに出ていた女が悲鳴を上げたのが聞こえた。

「どうしたんだこれは!」

 野太い男の声がする。その声の持ち主は少しして扉から姿を現した。数人の護衛の者と共にこの部屋に入ると、すぐに俺の姿を見つけ、激昂していた。

「何だ貴様らは!賊か!!お前たち、曲者を捕らえよ!」

 取り付く島もなく、俺たちに対し兵士をけしかけてきた。まあ賊であることには間違いないが、てめえは女をさらって監禁しておいて、賊も曲者もへったくれも無いだろうに。相手は三人。ゲラ=ハもすかさずスピアを構えた。女装の男・ジャミルも細身の剣を取り出し、強行突破の姿勢。そんな俺たちを見て、意外にもあの少女が応援を買って出たのだ

「あたしも頑張る!!この人たち許せない!」

「莫迦、ガキはすっこんでろ」

 俺は驚いて後ろに下がるように言ったが、そのガキはなんとどこに隠し持っていたのか、手斧を持って兵士たちにまるで弾丸のような勢いで応戦していった。

「ぐわぁぁ!!」

 少女の予想外の攻撃に、油断した兵士の一人が苦痛で呻く。意外にも攻撃がヒットし、兵士に手傷を負わせていたのだ。

「ヒューッ……なんてじゃじゃ馬だ」

 俺はその無鉄砲ぶりに思わず感心したが、所詮は小柄な少女の攻撃である。兵士は深手を負うことはなく、すぐさま反撃の体制をとるのが見えた。

「危ねえッ!」

 兵士の放った術がアイシャを狙い放たれた。俺は咄嗟に彼女を庇ってしまい、その攻撃をまともに受けてしまったのだ。

「ぐっ……!」

「きゃあ……!!」

 そんな俺を見て少女は悲鳴を上げた。幸い大きな威力のある術ではなかったので俺はすぐに体勢を整えると低い姿勢のまま敵に斬りかかっていった。ひ弱な術士たちは俺とゲラ=ハとジャミル、そしてアイシャの手によりあっけなく倒れ、そのさまを見ていたウハンジは焦りの色を隠さなかった。

「てめえがこんなことを画策した張本人か。なぁるほど、悪そうな面をしていやがるぜ」

 俺が言うのは何だがな、と心の中でつぶやく。

「ひ、ひいいっ助けてくれ……!」

「さぁてどうしようか」

 助けを懇願してきた小太りの爺に対して、実のところ赦す気持ちはなかった。死なない程度にはぶちのめしてしまいたいと思いもしたが、俺は所詮この場所を突き止めろという仕事を引き受けた者に過ぎない。しかも依頼者はこの男の妻である。出すぎたことをすれば報酬がもらえなくなる可能性も少しは考慮しつつ、この爺の被害者の意見を聞いてみることにした。

「おい、お嬢さんたち。このスケベ爺をどうしてやろうか?」

 俺がそう尋ねるとファラはためらいがちに

「一応クジャラートのリーだし……あんまりひどいことすると後がまずいかも」

 などといやに冷静な意見を出した。赤毛の少女、アイシャの方は

「ん~~、やったことは許せないけど、でも反省するならいいんじゃないかな?」

 などとあっけらかんとした意見だ。他の女達も、そんなふたりの意見に同調していた。きっとウハンジのやつをどうこうするより何より、一刻も早くここを出たいに違いないのだ。エスタミルに住む者も多いので、ファラの言うように、あとが怖いというのもあるのかもしれない。

「オーケー。あの子らに免じて赦してやるぜ」

「あっ、有難うございます……ッ!」

 俺の言葉を聞き、小太りの男・ウハンジは這うようにしてその場から逃げていった。無様そのものである。クジャラートのリーだそうだが、あんなのに統治されているクジャラートの民たちが哀れだとすら思えた。

「なんだかなあ……俺、クジャラートに住むの嫌になっちゃったよ」

 案の定ジャミ公はあんな情けない自分たちの首長に対し、げんなりとした表情を浮かべ怒りを通り越して呆れの言葉をつぶやく始末だ。

「さあ、もう邪魔は来ないだろう。お前たち、勝手に家に帰んな」

 俺はそこら辺の女達にそう声をかけ、自分も依頼の報酬を受け取るために南エスタミルに戻ろう思っていた。その時ふと、あの赤毛と目が合ってしまった。赤毛の少女、アイシャは俺に対して不安の色を濃くした面持ちでこちらをじっと見つめていたのがわかった。俺は短くため息を吐く。そういやこのガキ、帰り方がわからないと言っていたっけ。

「……お前、一緒に来るか。一人じゃどうしていいかわかんねえんだろ?」

「……うんっ!ありがとう!!」

 俺のその言葉に、雨が降り出しそうな曇天の空のような表情が一変して赤毛は瞬く間に太陽輝くような笑顔をのぞかせた。現金なガキだと思ったが、あれだけの笑顔を見せられると悪い気がしねえ。気が付けば、ついこちらまで釣られてニヤリと笑っていた。

 

 この時はまだ、この娘とそれほど長い旅を共にするなど、思いもよらなかったが、今思えば、長い旅の中であの笑顔に俺は多分、ずいぶんと励まされ、癒やされてきたものだった。

 

 

 

「あの」

 唐突にアイシャが前をスタスタと歩く俺のコートを引っ張った。

「あ?」

「あのね、お名前、聞いてもいい?」

 彼女は上目遣いで、やや控えめな口調で俺にそんなことを尋ねる。

「そりゃあ数日は一緒にいるんだからな。言ってなかったか。俺はキャプテン・ホーク、海賊だ。ま、今は船を無くしちまって陸に上がったカッパみたいなもんだがな。こっちは俺の相棒のゲラ=ハ。ゲッコ族だ」

「宜しくお願いします」

 紹介された相棒もいつもの丁寧な口調で少女にあいさつをした。

 アイシャは一瞬ポカンとした顔をしていたが

「……よろしくねっ。ホークさん、ゲラちゃんっ!」

 そう満面の笑顔で返してきた。

 何故ゲラ=ハのことは『ちゃん』付けなのかは分からなかったが。

 

Last updated 2015/5/1

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