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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

27. Softheartedness.

 宮殿を出て少し離れた場所にまで歩いた時、ジャミルは突然立ち止まったと思えばくっくっくっ、と最初は含み笑いをしていたのだが、やがて大笑いを始めたので、アイシャなどは一瞬きょとんとしてしまっていた。

「あっはっはっ!!!あのっ……ウハンジの顔ったらねえぜ!ザマア見やがれ!あっはははは!!!ヒーーッ!おっかしいぜ。笑いこらえるのがこんなに苦しいとはね!」

「おいおい、いくらなんでも声がでけえぞ」

 あまりにも愉快そうに腹を抱えるジャミルがあんまり大きな声でウハンジだとか言うものだから、通行人が訝しげにチラチラとこちらを見ている。だが俺もジャミルの気持ちに似た感情を持っていたので眉をひそめて咎める気にはならず、少し諭す程度にしておいた。

「だけど、あんなウハンジみたいな人でも、自分の娘のことになるとあんなふうになるんだね。意外だな」

 そのアイシャの言葉に、ジャミルは笑うのを止め、「はあ?」という素っ頓狂な声を上げる。

「アイシャ、もしかして信じたのか?あの娘だとかって話」

 アイシャはそう言われて、えっ?と目を丸くした。

「……まぁ、本当にクジャラートのリーの娘さんが誘拐されたなら、普通はもっと国の兵でも何でも挙げて堂々と捜索するでしょうね。少なくとも、どこの馬の骨とも分からない冒険者などにこっそり依頼するなどありえないでしょう」

 ゲラが冷静な分析を述べる。普通に考えたらそういうことになるだろうな。しかしアイシャはまだよく解っていないようで、「えっ?えっ?どういうことなの?」とつぶやいている。

「どうもこうも。だいたい、ウハンジに娘がいるなんて話聞いたこともねーや。そもそもあそこは子供がいないらしいからな。クジャラートに住んでてそんなの知らない奴いねーんだよ、あいつ莫迦だな」

 ジャミルはニヤニヤしながらアイシャにそう教える。ジャミルの勝算はこれだったのだ。ゲラの言うようなことは俺も予想していたのだが、ジャミルは絶対の確証があったから、あれほど強い態度に出られたのだろう。

「えっと……、じゃあ、娘さんってだれ?」

「誰って決まってるだろ、言わせんなよ。あいつのコレだろ」

 ジャミルは小指を突き出して、忌々しさを隠さない顔つきをしていた。多分ファラのことを思い出し、胸糞悪くなったのだろう。しかし、そういう意味では世間ずれしていないアイシャは、そうされてもまだ意味が解っていなかった。

「こ、小指?……ってなんなの?」

「はぁ?……もういいよ。とにかく、さらわれたのはウハンジの『娘』じゃないってこと」

 ジャミルは、あまりにもモノ知らずのアイシャに脱力し、説明するのを諦めてしまった。

「けど、依頼はちゃんとやるんでしょ?だって、さらわれた子は何も悪くないのに。可哀想だよ」

 アイシャは、もしかしてジャミルがウハンジから小金をせびり取っただけで満足していやしないかと心配したようだ。

「ま、ウハンジの野郎の依頼っていうのは気に入らねえが、成功報酬はちゃんと別にあるみたいだからな。一応依頼の方もやるだろ?」

 俺はジャミ公に確認するように言うと、奴は「まあな。確かにさらわれちまった女の子には罪はないもんなあ」と一応納得していたようだった。その言葉を聞いてアイシャはほっとしたように胸を撫で下ろす。

「そうだよね……良かった!あたしもあの時、みんなが助けに来てくれなかったらどうなってたかわからないから、すごくその女の子のことは助けてあげたいの」

 アイシャがそういうことを言うもんだから、ジャミルは再びウハンジへのいらだちが再燃したようだ。しかし自分に言い聞かせるように

「そうだ、あいつのためなんかじゃなくて、あくまでさらわれた女の子のためってことだ!」

 語気を荒らげそう言いながら、ジャミ公はスタスタと路地を歩いて行ってしまった。

「なんでジャミル、あんなにイライラしてるんだろう」

 アイシャはその妙な剣幕に圧倒されたらしく、その後姿を呆然と見ている。

「そりゃあまあ、大事な女がウハンジにさらわれたことがあるんだから、本当は恨み骨髄なんだろうよ」

「あっ……そうか、そうだよね……。あたしったらどうして気が付かなかったんだろう」

 アイシャは、俺の言葉を聞いて初めてジャミルの気持ちに思い至らなかったことに、自分で驚いていた様子だった。しかしアイシャにしてみりゃ自分はさらわれた立場だから、近い立場の方に肩入れしてしまうのは当然なのかもしれない。

「……お前だって、ウハンジの奴にさらわれて監禁されてたんだから、奴のことは恨んでるだろ?」

 何気なくそんなことを尋ねたのは、あの時のアイシャの、ウハンジを見つめる目が少し気になっていたからだった。

「うん……確かにの時は怖い思いをしたし、あの人のことは好きじゃないけど、今日はなんだか可哀想だなあって思っちゃったんだ。本当の娘さんじゃないかもしれないけど、あんなに必死になってるってことは、やっぱり、とっても大切な人だからでしょ?」

 そんなアイシャの言葉を聞き、俺は半ば呆れてしまった。自分をさらった人間が可哀想だと?

「……お前なぁ、お人好しにも程があるぜ」

 俺が思わずため息混じりにそう吐き出したものだから、アイシャはムッとした顔をした様に見えた。

 本当のところ、アイシャがそんなお人好しが言えるのは幸い攫われて来た直後俺たちが助けに来たから、あのウハンジに何もされずに済んだからだと言ってやりたかった。もし……もしもだ。ファラやこいつが『何かをされた』あとだったとしたら、おそらくジャミルの奴はあの場でウハンジを八つ裂きにしてしまっていただろう。

 そして俺はその時、もしもアイシャがすでにあの時『そういう目に遭っていたとしたら』ということが脳裏をよぎった。すると、自分でも信じられないほどに全身の血が沸きたぎるような感覚に襲われたのだ。それは軽いめまいすら覚えるほどに。知らずのうちに表情は険しくなってしまっていたのだろう。アイシャが不安げな表情で俺を見ているのにはたと気づいた。俺はその瞬間、なぜだかアイシャにどんな顔をしていいかわからずに顔を背けると、そのまま早足でジャミルが消えた路地へと足を向けたのだった。

「おい!お前ら!何してんだ!!」

 その時、路地の向こうからジャミルの大きな声が響いてきた。俺はその声色からただごとではないと感じ、咄嗟に小走りになりジャミルの声がする方へと急ぐ。そんな俺に、ゲラやクローディア、そしてアイシャも続いた。

 そこには一人の若い女を取り囲む複数の男たちの姿があり、見つかっては仕方ないとばかりに、突然ジャミルへと襲いかかっていたのだ。ジャミルは相手の一太刀を素早く躱すと、レイピアを抜いて敵に一撃を加える。一人はそれで倒れたが、多勢に無勢か、残る男たちは次々とジャミルに斬りかかっていった。

「こんな街中で物騒過ぎますね!」

 咄嗟にゲラが投げた愛用のスピアが、今まさにジャミ公に斬りかかっていた男に命中し、男は悲鳴を上げてその場に転がったのだった。

「おせぇよおっさん!」

 ジャミルはほっとした顔をしながらも、その軽口は健在だ。

「うるせえよ。何なんだこいつらは」

 俺が狭い路地の中で残る男どもを素手で殴りながら尋ねたが「しらねーよ!少なくとも俺の友達じゃないね!」と言う。狭い路地での戦いのことで、男どもも大して強くなかったこともあり、クローディアとアイシャが加勢するまでもなく総勢六人の男どもは倒れた。しかしなんとも奇妙なことに

「クジャ……ラート……ばん、ざい……」

 などと口々にうめいてその体は霧のように消え去ってしまったのだ。

「一体、なんだってんだ」

 俺もジャミ公も訳が分からず首を捻っていると、恐怖のあまり腰を抜かしてへたり込んでいた娘に気付き、ジャミ公が近寄って声をかけた。

「おいあんた、大丈夫か?一体どうしたんだ?」

 手を差し伸べられた娘は、ジャミ公に手を取られやっとの思いで立ち上がると

「ありがとうございます。あの連中に急に囲まれて、連れて行かれそうになって……」

 と、未だ恐怖に震える声で話してくれた。

「こんなこと言うと何だけどさ、あいつらに襲われるような何かわけでもあるのかい?」

 ジャミ公がそう尋ねると、彼女は顔をブンブンと左右に振って

「そんな、そんなこと何もありません」と強く否定していた。

「そうか、ごめんよ。しかしこんなでかい街中で、堂々と人攫いとはな」

 『人攫い』と言うと、脳裏を過るのはたった今ウハンジに依頼されていた件のことだ。その犯人と同一人物なのではないかと誰もが思ったのだった。

「まったく見覚えのない連中なのかい?」

 俺は一応、念を押すように彼女に尋ねた。娘は少し考えていた様子だったが

「ありません。ですが……そういえばあの人達、タルミッタ訛りがあったような気がします」

 と教えてくれた。そして娘はもう一度ぺこりと頭を下げると、足早に街の中へと消えていったのだった。

 その後姿を見送ってから、アイシャがジャミ公に尋ねた。

「あの子、タルミッタ訛りって言っていたけど、タルミッタってどこ?」

「ああ、南エスタミルよりもっと南の街だよ。大昔はクジャラートの首都だったんだけどさ、リーの一族がエスタミル王国を築いてからは廃れるばっかりの古い街だよ。あそこは田舎臭そうだし俺は行ったことないね……」

 そう言いかけてから、ジャミ公は突然黙りこみ、何かを考えていた様子だった。

「どうしたの?」

 アイシャがそんなジャミルを怪訝に思い、声をかけた。

「……そういやあそこにはウハンジの反対勢力のトゥーマンっていう奴がいるんだ。元々のクジャラートの王族だった一族のやつで、ウハンジからクジャラートを取り戻したがってるって噂を聞いたことがあるぜ。―これ、もしかしてビンゴなんじゃ?」

 ジャミ公はそう言うとニヤリと笑った。

「やれやれ、それに気付いたんなら行くしかねえじゃねえか」

 俺は実際の所、ジャミ公がまんまと前金をせしめたものの、あのウハンジの依頼だということで、この仕事には乗り気にはなれなかった。しかしこうしてすぐにヒントが目の前に転がってきてしまったからにはやらない手はないと判断せざるをえなかった。

 そんな訳で、俺たちはタルミッタへと向かうことが決定したのだ。

 

 その日はもう夕暮れ近くだったので、俺たちは今日のところは北エスタルに泊まることにし、ついでに武器などの手入れや買い物も行うことにした。この街はとにかく大きく、貿易の中心部であるため何でも揃う。ジャミ公に言わせるとタルミッタは町だけは大きいが『田舎』だそうだし、南エスタミルから歩いて二日はかかるらしいので、何かあった時ため万全の準備をしていくに越したことはない。

 そうして、ひと通りの準備が終わった頃には辺りはすっかりと闇に包まれ、俺たちは宿を取ると腹ごしらえをすると各々は早々に部屋へと引っ込むことになった。明日は早めに立つこともあったが、何より今日は実に色々なことがあり少々皆疲れ気味であったのかもしれない。

 俺は充てがわれた個室に入り、ベッドに倒れこむとすぐに眠れるだろうと思ったのだが、意外にも神経はやたらと冴えていて、意識が眠りの淵へ落ちることを許さなかった。

 今夜は銀の月がやたらと強い光を放ち、赤い月はほとんど欠けていた。そんな月明かりだけの闇と静寂の中で、ふと思い出したのは昼間の赤毛の態度だった。自分でも「あたし、何かヘンなの」などと言って、いやに苦しそうにしていた姿が気になって仕方がなくなる。そういや以前アイシャがワロン島でぶっ倒れた時、じじいが、このぐらいの女のガキは心身ともに不安定だとか言ってやがったな。とふとそんなことを思い出す。こんなことが度々続いてしまったら、一緒に旅することも困難になるんじゃねえか?という不安も過った。

 そして、あのウハンジにすら同情するような態度も気に食わなかった。そんな純粋で優しい所がアイシャの良いところだと言ってもだ。一歩違えばどんな目に遭わされていたか考えたことがあるのか、とそんなこと思うとその危機意識のなさに再び苛立ちが募る。

 しかしこれ以上あのウハンジのことを考えていてはイライラが増すばかりだったので、俺は一旦ベッドから起き上がると、窓を開け、少し涼もうと窓の桟に腰掛け外を眺めていた。考えてみりゃ今日はやたらに早く部屋に引っ込んじまったものだから、時間的にはまだ深夜とは行かない。外にはまだそこそこに多くの人が行き交っていた。

「あ、ホークさん!」

 唐突に近くから聞き慣れた甲高い声が飛んできたので、不意を突かれた形になった俺は一瞬驚いて、声の方に顔を向けた。俺の左隣の窓、俺がちょうど背にしていた方の窓から、赤毛がこちらを覗いていたのだ。

「何だ、お前。まだ寝てなかったのかよ」

「ホークさんこそ。あたし、なんだか眠れなくて。お部屋に入るの早すぎたかなあ」

 アイシャはいつもどおりの明るい声で、俺にそう話しかけてきた。

「俺も、まあそんなところだ。なんだか今日は疲れたと思ったんだかな」

 俺は肩を小さくすくめて、そんな返事をする。するとアイシャはしばし無言であったが

「……あのね、良かったら、今日そっちの部屋に行ってもいい?」

 などと言い出した。

「来てどうすんだ」と俺が尋ねると、赤毛は「……ダメ?」と首をかしげる。その仕草がいやに可愛らしくて、追求するのを忘れ「別に、構わねえけどよ」としか答える事ができなかった。すると赤毛は「じゃあ今から行くねっ」と言い、すぐに窓を閉めてしまったのだ。

 なんなんだ一体と思っていると、数分もしないうちにトントンと部屋のドアをノックする音が響いた。本当にすぐに来たのかよ、とその早さに苦笑しつつ、窓から腰を下ろして扉に向かい、開けてやる。そうするとアイシャはすぐに、俺にぶつかってくるようにして抱きついてきたのだ。俺は少しだけ面食らったが、こう言う行動は赤毛のいつものことの範囲内だから、大して疑問にも思うこともなかった。

「どうした、もしかしてまた、怖い夢でも見たのか」

 俺の問いかけに、俺の体に抱きついたままの赤毛は、そのまま顔をゆっくりと左右に振った。

「そうじゃないけど………………一緒にいたいの……」

 赤毛は俺の胸元でくぐもった声ではあるが、そうはっきりと言ったのが聞こえた。その瞬間俺はざわり、と一瞬だが首筋あたりの鳥肌が立つのを覚えた。この感覚、どこかで感じたことがある。あれは一体どこだっただろうか。しかも、なんとなくクラクラとするような感覚がある。不思議な感覚だったが、この感じもどこかで……。

 ドアが閉まると、赤毛は顔を上げて俺をジッと見つめると「あのね、どうしてもね、言いたいことがあったの」と告げた。

「言いたいこと?」

「うん……今日はいきなり具合悪くなっちゃって、心配かけたから、やっぱり、ちゃと謝りたいって思って」

「そのことかよ。俺は別に気にしちゃいねえよ」

 全く気にしていないと言うと嘘になってしまうが、そう言うとアイシャのほうが気にしてしまうかもしれない。

「まぁ……、結構具合が悪そうに見えたから、そいつは少し心配していた。どっか悪いんじゃないだろうな?もしそうなら言ってもらわにゃあ困るぜ?」

 アイシャはしばし沈黙していたが、胸元でゆっくりと顔を左右に振ると、「ちがうの……」とかすれる声でつぶやいた。

「何が、違うんだ?」そう俺が問いかけると

「具合が悪くなったのは本当だけどね、あたし、どこか病気とかじゃ、多分、ないの」

Last updated 2015//10/2

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