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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

25. Inner dark.

「ジャミル!ジャミルだー!おかえり!!」

 先ほど声をかけてきたダウドという男も伴って、俺たちはファラの家へと向かった。ちょうど家の前にいたファラもすぐにジャミルに気づいたらしく、笑顔で駆け寄ってくる。

「あれー?あんたアイシャなの!?それにこないだ助けてくれた人たち!」

 そういえば、このファラには特に名乗ってなかったな。

「ああ、今はこの人達と妙なところで再会しちまってさ、何だかんだで一緒に旅してんだよ」

 ジャミルがファラにそう述べると、

「俺はホークだ。名乗ってなかったな」

「私はゲラ=ハです」

 と、改めて自己紹介をした。そしてもう一人。

「あの、あなたは……?」

 ファラが問いかけたのは、クローディアだった。彼女はウハンジの部屋に行ったときにはまだ出会っていなかったので、ファラにとっては初対面となる。

「私はクローディア……」

 クローディアは控えめにファラに名乗ると、軽く会釈を交わした。

「ふーん……すごく美人な人ね。ジャミルの好みっぽい。旅を一緒にしているのは、もしやこの人がいたからじゃないの?」

 ファラは、クローディアの顔や全身をジロジロと見つめ、最後にジャミルをじろりと睨みつけた。

「勘弁してくれよ!そんなんじゃねえよ。偶々だって。ま、確かにファラよか美人なのは確かだけどさ!」

「もう!ジャミルのバカバカ!!!」

 ファラは顔を真っ赤にして、からかうジャミルのあとを追っかけていく。

「やれやれ、痴話げんかなんてふたりの時だけでやれってんだ」と俺が苦笑していると、クローディアはクローディアでなんだか困惑したような面持ちで二人を見つめていた。

「ジャミルって、女の子からかうのが好きなのかな」

 散々自分もからかわれた口なので、赤毛はポツリとそんな感想を漏らす。

「はっ、ちげえねえな」俺もその意見に同意していた。すると、呆然とジャミ公とファラを、見つめていたクローディアが

「……私は、女の子じゃないのかしら……」

 などと、ポツリと呟いたのが確かに聞こえた。

 

「あの、ジャミルさんはこちらで色々積もる話があるでしょうし、わたしたちはパブにでも行っていましょう」

 ゲラが、なんだかここにクローディアがいることに危機感を感じたのか、パブに行くように促してきたのだ。

「そ、そうだね。あたしたちがいたら、話の邪魔になるだけだし……」

 赤毛も同様のピリ付いた空気を感じたらしい。

「ま、そういうことだ。用が済んだらパブに来な」

 俺は肩をすくめながらそうジャミ公に告げると「あー、何かわりいね」とバツの悪そうな顔をしていたが、お前が余計なこと言わなきゃこうはならなかっただろと呆れるしかなかった。

 

 この街は、以前来た時も思ったものだがかなり治安が悪い。パブへと向かう短い道すがら、追い剥ぎまがいだの、物乞いのガキだのにさんざん捕まり、ちょっと歩いただけでも面倒くさくて疲れてしまう始末だった。ただこの街で意外なことは、街の中とは違ってパブの中はある程度の秩序が存在している。それは、気持よく飲んでいる者の邪魔をしない、そんな暗黙のルールができているような空気があった。まるで、どんな悪人でも旅人でも酒の前では平等だと言わんばかりだ。俺とゲラだけならともかく、女二人を連れて町中をあまりうろつきたくなかったので、今日はここに居座ることにしたのだった。

「まったく、前来た時も思ったがよ、うっとおしい街だぜまったく。パイレーツコーストの方がマシなんていう場所があるたあ思わなかったぜ」

 俺の言葉を聞き、ゲラも苦笑する。

「しかしそうはおっしゃいますが、コーストではキャプテンに喧嘩を売り物をたかる命知らずはいませんから、居心地がいいのは当然でしょう。むしろ居心地だけはどこよりも良かったはずです」

「ま、あのブッチャーの野郎がいなきゃな。そりゃあマジで天国だったぜ」

 俺はパブに入るや否やすぐに強い酒を頼むと、テーブルに腰を落ち着ける。そして「確かにコーストじゃあ、船長クラスはいわば王様みてえなもんだからな」と言って嗤ってみせた。

 コーストには今大体五~六人の船長が出入りしていて、余程のことが無い限りはそれぞれがお互いのやり方に深く干渉すること無く、自分のやり方を貫き通して自由に活動していた。多くの荒くれの船乗りがあの場所で暮らし、やがては自分も船を持って船長に、というのが目標である。そしてその船長は、ある意味王国の主のようなものだ。その座に憧れ、船長を目指す者も多いのも事実。しかし俺はあくまで海賊という生き方自体が好きだからやっていただけなのであり、別に王様気取りを楽しんでたわけじゃない。しかしそんな王様気取りを誰よりもやりたくてあんなことをしたのだろうな、あのブッチャーは。莫迦なやつだぜ。そして、哀れなやつだとすら思った。所詮あの小さな街の王になったとして、何があるというのだろうか。

 ゲラと俺がそんな会話を交わしていると、赤毛が何故か不安げに俺を見つめているのが気配で分かった。俺はあまり赤毛にコーストにいた頃の話をすることは無いから珍しいのか、どこか怖さもあるのか、とも思った。

「……何か頼むか?」

 俺は、赤毛の不安を取り除くようにその頭をぽんと撫でると、ようやくアイシャは安堵したかのように、笑顔で「うんっ」と頷いた。

 その時だ。

「あらあ~?もしかしてホーク?ホークじゃない??」

 俺は唐突に名前を呼ばれた。それも女の声でだ。騒がしいパブの薄暗い明かりの中で、その艶っぽい声の主の姿が現れる。その姿は、確かに見覚えのある女だった。

「……あ?お前、バーバラか。久し振りだな」

「やぁっぱりホークね!ゲラ=ハも久し振り。もしかしてあれからまだここにいたの?」

 声の主は、以前少しだけ世話になったバーバラという女だった。女にしてはやや長身の抜群なスタイルを強調するかのような露出の高い服をまとうのは、彼女が踊り子だからだ。それもただの踊り子ではない。ニューロードでは知らぬもののいないと言われる随一の技を持つ、踊りと歌の名手だった。踊り子にしては珍しいとも言える短くした銀髪も、却ってその整った顔立ちを強調しているようだった。

「いや。あちこち回って、さっきここに着いたばかりだ」

「ま、そりゃあそうね。この街は長逗留するところじゃないですものね。それにしても奇遇だわ。良かったら一緒に飲んでもいいかしら?」

 バーバラは旧友に会ったような嬉しげな気持ちを隠そうともせず、俺たちのテーブルに呼ばれようとする。

「あ、あのー……」

 そこへ、赤毛が遠慮がちに声を上げた。

「このひと、誰?」

 妙に抑揚のない声が気になったが、

「ああ。こいつは以前、ウソからここまで馬車で送ってくれた奴でな」

 俺がそう紹介していると

「んもう、こいつとか奴とか何よ。ちゃんとバーバラって名前があるのよ?よろしくね、お嬢さん」

 俺の投げやりとも言える紹介のは仕方にしびれを切らしていたバーバラは、自分でそう言い放ちアイシャにウィンクをした。

「でもどうしてタラール族の女の子がこんなところに、しかもあなたなんかと一緒に旅をしているのかしら?」

「何だお前、タラール族を知ってんのか」

 俺は意外に思いしてバーバラに訊くと

「そりゃあね。ドライランドはキャラバンで何度も通っているんだから、あの辺りに住んでる人たちのことぐらい知っているわよ。残念ながらその村自体に立ち寄ったことも、ましてやショーをやったことは無いのだけどね」

 と言う。

「ま、色々あってな。今はそのタラールの村の住民が行方不明になっちまって、彼女は取り残されちまって、その消息を一緒に探してやってるところだ」

 俺がそう言うと、バーバラは少しだけきょとんとした顔をした。

「……あなたが?この子の?」

「ああ。そうだが?」

 何か文句でもあんのかと一瞬眉間にシワを寄せたが、バーバラと来た日にはなんだか面白げに笑っていやがった。

「てめぇ、なぁにが面白いんだ」

 バーバラの言いてえことはおおよその検討はつくが、それを言わせまいと俺はじろりと睨みつけてやる。しかしバーバラはそれを物ともせず

「うふふ、ごめんなさいね。なんだか、とっても意外だったから……ふふふ。だけど、この子苦労しているのねえ。私も行き先で手がかりがあったら探してみるわよ。それで、あなたはなんていう名前なの?」

 バーバラは先程から一言も発さない赤毛を見て、手を差し伸べた。

「あ、あたしは……アイシャっていいます……」

「よろしくね、アイシャ」

 バーバラは半ば強引にアイシャの手を取るとぎゅっと握った。しかし赤毛はすぐにその手を解くと、下を向いてしまった。俺はアイシャのそんな態度が不審に見えたが、旅の疲れでも出ているのだろうかとも思えた。

「あなたは?あなたも初めて見る顔ね」

 バーバラは、クローディアにも水を向ける。

「……私はクローディア」

 いつものようにとてつもなく短い自己紹介をすると、クローディアも軽くバーバラと握手を交わした。

 

「それでどう?あなた、新しい船を作る費用は貯まってるの?」

 すっかり俺たちのテーブルに腰を据えていたバーバラが何の気なしにそんな話を始めた。

「まぁ、ぼちぼちってぇところだな。そう簡単にカネが貯まりゃあ苦労はねえよ。お前たちこそ儲かっているのか?」

「ま、こっちもぼちぼちね。何しろ最近やたら怪物の数が増えたでしょう。だから移動するのもなんだかしんどくて。一体どうなっているのかしら。中にはサルーインの復活が近いだなんていう人もいるのだけど本当なのかしら。嫌あね。こっちは踊りを生業をしているっていうのに、なんでか成り行きで誘拐された子供を助けたりなんて仕事までやっちゃったわよ」

 バーバラはそんな愚痴をこぼしながら、酒と肉をどんどん平らげていく。その食べっぷりに、アイシャも驚き目を丸くしていた。

「……お前相変わらず肉ばっかり食ってんだな。よくそんなに食ってその体キープ出来るもんだ」

 以前、このバーバラとはウソのオアシスで飲んだくれている時に出会い、意気投合して一緒に飲んだのだった。そのよしみで、馬車でウソから南エスタミルまで送ってもらいそこで彼女はウエストエンドに行くと言って別れたわけだが、その時もこいつの酒と肉の消費量にさすがの俺も驚いたものだった。女でここまで呑んで食う奴は見たことなかったからだ。その食べ方は優雅で上品なのだが、何しろ平らげるスピードが半端ではない。

「踊りとか歌ってすご~く体力いるのよ?このくらい普通よ。これ以上減らしたら、体力なくなってガリガリにやせ細っちゃうわ」

 そう言うバーバラに、いつの間にか現れた小柄な男が口を挟んできた。

「いやあ、姐さんは特殊ですよ。だいたい、うちのエンゲル係数の八割は姐さんのぶんなんですからね。飲食量を減らしてもっと省エネで生きて欲しいです。もうそろそろ三十路ですし体の方も……うぐあっ!!!」

「お・だ・ま・ん・な・さ・い、ね?エルマン……ッ!」

 三十路と聞いて気分を害したのか、エルマンと呼ばれた付き人の頭を素早く脇の下にはさんで固定し、更には腕を思い切り後ろへと捻じ曲げて固定するという荒業で口を封じていた。

「あだだだだだだだだ!!!!!!すいませんすいません!!!!!!!!!!!姐さんすいません!!!!!!!」

 たまらずエルマンはテーブルの端を必死でバンバンと叩き降伏の意思表示をする。

「おいおい、関節技なんてさすがにやり過ぎじゃねえのかよ」

 そう言いつつも俺は笑いながら、バーバラの見事な技を眺めていた。そう、こいつは見た目の優雅さに反し、体術のエキスパートでもあるのだ。しなやかな筋肉から織りなされる技は、かなりの破壊力がある。

「あら。この技って、あなたの技からヒントを得たのに。もっと褒めて頂戴よ」

 唐突にバーバラがそんなことを言い出すが、俺には心当たりが無く、首をかしげた。確かに俺は体術の心得もあるにはあるが、関節技なんていつ使ったのだと。

「俺はそんな技、見せてねぇぞ?」

「見せたわよ」

「いつだよ」

 バーバラは「ほら……」と言って俺に耳打ちしてきた。

「……お前は莫迦かっ」

 その内容を聞いて、俺は呆れ半分にバーバラの頭を軽く小突いた。バーバラはいたずらっぽく笑うと、「ああ、お肉美味しいわ」などと言いながら、再び肉の消費を始める。するとその時、俺の背中をトントン、と叩く感触があった。その手の主はゲラの奴で、顔を見ると何故か小刻みに顔を左右に振っていた。なんだと思いゲラの視線の先を見ると、赤毛が、見たこともないほど憮然とし尽くした顔をして、こちらを睨んでいるじゃねえか。その目には涙もかなり溜まっていたが、俺は事態がにわかに飲み込めなかった。

 そして次の瞬間、アイシャはがたりと勢いよく椅子を立ち、無言でパブを出て行った。もしかして言葉を発せなかったのかもしれないが、その動きを俺はどうしてだか唖然と見ているほかなかった。だが

「もう……ホーク。あなたこの物騒な街にお嬢ちゃん一人にしてもいいの?あなた今、あの子の『保護者』なんでしょう?」

 そう言われ、俺はようやくハッとなった。

「……おいアイシャ、お前どこ行くんだ!?」

 俺は急いで赤毛のあとを追いかけた。パブのドアを明けて外に出ると、パブの目の前にある坂道の壁に頭をくっつけて、寄りかかっているのが見えた。よく見ると、なんだか胸を押さえていて苦しげにしているようにも窺える。

「何やってんだ、お前……」

 俺は他にかける言葉が見つからずに、そう声をかけると赤毛の側に恐る恐る歩み寄った。赤毛は俺に声をかけられると一瞬顔を背ける仕草をしたが、俺がすぐ側にまで近づくと観念したように強く息を吐きだしていた。だが息も絶え絶えとなっている。

「ごめ……んなさい……。あの、なんだかあたし、息が苦しくて、気分がわるくなっちゃって……。どうして、かな……。ごめんなさい……」

 そう言って、何故か懸命に謝り続けているアイシャがとても奇妙に映った。具合が悪いといってなぜ謝る必要があるというのか?ついには目に溜まっていた涙をポロポロとこぼしながら、その場でうなだれてしまった。

「そ、そうか。大丈夫か?」

 俺は正直、戸惑い困惑していた。これまでにもアイシャが体調を崩したり、何かにつけ泣いてしまうことはよくあったかもしれないが、今度ばかりはちょっと異常な事態なのではないかと思えたからだ。本当にどっか悪いんじゃねえかと心配になる。

「あたし、何かヘンなの……ごめん……」

 言いながら、また顔を背ける。一体何なんだ、俺はまるでその態度の意味が分からなかった。だから、ひたすら彼女を見守るしかない。

 もっとも、分かってないのは俺だけだったようだが……。

 

 

「バーバラさん……。悪戯にも程度というものがあるんじゃないでしょうか」

 一方パブの中では、俺の相棒が珍しく呆れ返った声をあげ、踊り子を非難していたのだった。

「ごめんなさいね、だってなんだかあんまりあの子が可愛くて。……さすがにやり過ぎたわ」

 ちょっとだけからかうようなつもりだったのに、これほど少女の精神をぐらつかせてしまうなどバーバラにしてみても予想外といえる出来事だったようだ。

「あとでちゃんと、アイシャさんに謝ってください」

 ゲラに厳しく釘を刺され、「わかってるわよ。でも、ホークには謝らなくても?」とバーバラは『一応』確認をしてみる。彼女にそう訊かれた相棒は、

「……この際、キャプテンも同罪ですね」

 こうきっぱりと言い切っていたのだった。

「それにしたって、可笑しいわよね。人ってどうしてこうも自分のことになると何も視えなくなってしまうのかしら。それはあたしも含めてだけど……」

 バーバラは、ふうと短いため息を吐いて、ドアの向こうに消えた俺たちふたりの姿の幻影を追っていた。

 

Last updated 2015//9/5

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