top of page

back   |  next

Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

23. 本の森

「うおーーー、やあっと着いたぜ!!」

 ジャミ公は船を降りるやいなや思い切り大きな伸びをして、陸に降り立った喜びを表現していた。

 到着時はまだ午前中で、今日はタップリと時間の余裕がある。

 

「さて今日は……。かねてからの予定通り私達はメルビルの帝国図書館へ向かうことにしますが、ジャミルさんとクローディアさんはご自由にされて構いませんよ」

 ゲラ=ハが、図書館には用がなさそうな二人に話を振ると、クローディアは

「図書館は以前から少し行ってみたいと思っていたから、一緒に行くわ」という。一方、以前本なんてだりいなあなどと言っていたジャミルは行かないだろうと思っていたら、意外にも付いて来たのだ。

「本なんてだるいんじゃなかったのか?」と俺が訊くと、ジャミ公は

「まあ、思ったんだけどさあ、メルビルもあんまり遊ぶとこなさそうだからさ。折角だから付き合うぜ」

 ときた。何が折角なんだか。

 そうして俺たちは結局全員で、一直線にメルビル商店街の二階にある帝国図書館へと向かったのだった。

 

 

 入ってみると、世界一だという噂に違わぬ蔵書量だ。本、本、本。本で街ができているかのような大量の背表紙の壁に呆気に取られながらも、だいたいのジャンル分けをしてある吊り看板の文字を頼りに、それぞれ調べたい本がありそうなコーナーへと進んでいった。

 ゲラの奴は言語が関係していそうなコーナーを探し、俺とアイシャは地理や歴史のようなコーナーを目指す。ジャミルはどこか落ち着かない感じでうろちょろとその辺りを駆けまわっていたようだが、すぐに本の街のどこかに姿を消してしまった。クローディアはというと、どうも薬草などのコーナーに行ったらしい。

「俺は俺で適当に探すからよ、アイシャも目ぼしいと思ったら適当に探してみな」

 こんなに本が多いと見当も付かないが、取り敢えずそれっぽいのを片っ端から見てみるローラー作戦を取ることにした。「わかった」アイシャはこくりと頷くと、そのあたりにある本の背表紙の文字をじっと眺めはじめた。

 

 なんとか目ぼしい本の何冊かを見つけると、その場で一冊ずつ中身を確かめていく。すると司書らしき女性が寄ってきて「じっくりとお読みになるのでしたらあちらでどうぞ」と、奥にあるテーブルと椅子のあるコーナーを指さしていた。

「そうか、ありがとうよ」

 俺は何冊か見繕うとそいつを抱えて一度そちらに移動しようとしていた。すると、赤毛が少し上の方の本を取ろうと手を延ばしているのが見えた。

「も、すこし……うーっ」

 赤毛の指先が背表紙の本のわずかかかっていてどの本を取ろうとしたのか分かった俺は、背後からひょいとその本を取ってやる。

「あっ」

 赤毛は突然本を取られたことに驚き振り向いた。

「高いとこの本ならほれ、あそこにはしごがあるだろうが」

 図書館には俺でも届くかどうか分からないほどの高い位置にも本があるため、そんな高段の本を取るためのはしごがコーナーごとに設置してあるにはあるのだが。

「頑張れば取れるかなって思ってー」とアイシャは照れ隠しなのか、ぺろりと舌を出した。

 

 閲覧コーナーでじっくり一冊ずつ確かめてみるも、タラール族についての記述がある本は実に少なく、ヒントになり得るものは少なかった。

 しかしわかったことは一つだけある。北方騎馬民族と言われるタラール族というのは、昔から徹底的して他の民族と交流を拒んできた事だった。

「アイシャ、何か収穫あったか?」

 隣で本を読んでいたアイシャに小声で話しかけると、アイシャはしばしぼうっとしたような顔つきで、なにか考え事をしているようだったが、「……えっ、何?」と咄嗟に俺の声に反応する。

「悪い、考え事してたんならいいんだ」

 俺は苦笑し、本に視線を戻した。

 

 

 アイシャが今目を通していた本には、ローザリアやドライランドの歴史などが書かれた本だった。アイシャは何気なくその本をパラパラとめくるうち、タラール族についてのページを見つけた。そして、その中にほんの短く書かれた一節に心奪われてしまったのだ。

 それは、ちょうど八十年近く前の話。

 ドライランドには昔オングル族という蛮族が住んでいて、ドライランドを征服しようと荒らしまわっていたのだった。そしてそのオングル族はローザリア付近にまでその勢力を伸ばしはじめた。危機を感じたローザリアは彼らを打ち破るため、ローザリアとは中立の立場だったタラール族のリーダーだった女性と、当時ローザリアの皇太子だったカール二世の率いる軍団が協力し、みごと彼らを追い出したという歴史が書いてあった。本にシてみれば、たったの三行ほどの一節だったが、アイシャは以前聞かされた話を思い出していた。

 あの話と同じだ。クリスタルパレスで、カヤキス・レビタの父王となるカール三世から聞いた話と。

 国王様の話によれば、その女リーダーの名前は自分が与えられた響きと同じ、アイシャと言ったと語ってくれた。そして、カール二世とアイシャは愛しあったが、タラール族の掟によって引き裂かれてしまったと語ってくれた。

 その本にはタラール族の女リーダーの名前は書かれていなかったし、その後二人が愛し合っていたことなどは書かれていなかった。恐らく当人や関係者しか知らぬことだったのだろう。引き裂かれてしまったのなら、その事自体をなかったこととして封印してしまったのかもしれない。しかしその事自体はアイシャにはどうでも良かった。彼女にとって肝心なのは『タラール族の掟』の部分。

 ―タラール賊は、同じタラール族以外の者と結ばれてはならないという掟がある。

 国王様は、確かにそう言っていた。

 そのことを考えると、何故か胸が痛んだ。苦しいような、刺されるような。一体なぜそんな掟があるのだろう。自分は祖父に何も聞かされていないし、今まで誰かからそんな話を聞いたこともなかった。

 確かにあたしは今まで遊んだり乗馬にばかり夢中で、恋とか結婚とかそういうのに全然興味なかったから言わなくても大丈夫だろうと思われていたのだろうか。それかあまりにも自分がそういったことに無頓着なあまりに、耳にしていたとしても聞き逃していたのかも知れない。

 どうしてそんな掟があるのか、アイシャは無性に知りたいと思った。掟があるからには、何かしらそう決めねばならない理由があるはずなのだ。だけどその本には無機質に歴史の一節を説明するにとどまるばかりだった。他の歴史に関する本も同じ。だいたい、この図書館にはドライランド方面に関する書籍はあまり置いてないように思えた。当然のことながら、バファルや、そのバファルから独立したというローザリアのことや、昔バファルの領土だったというワロン島やリガウ島、そしてサンゴ海のことなどが中心で、その他の地域の本はあまり目のつくところにはないように感じる。

 これだけ本が在るなら一冊ぐらい、タラール後に関する専門の本などがあっても良さそうなのに、それすら無いのだ。なんだかここには、自分が知りたいことのヒントは無いのではと思い始めてしまっていたのだった。

 

「なかなか見つからないなあ。なんだかタラール族に関する本ってほとんどないみたい」

 分厚い本がどさりと重厚な音を立てて閉じられると、赤毛は目を閉じてはあーっと深い溜息を一つ吐いた。

「まあな……。それらしい本を何冊も見てみたが、載っていても精々数行だ。それも知りたいこととは関係のない武器のことやら、民族衣装のことやら。これじゃ何のヒントにもなりゃしねえ」

 俺も苦笑し、一度本を閉じると眉間を指で押えた。久しぶりに慣れねえ読書なんかすると、目が疲れていけねえ。

 しかし民族衣装と言えばだ。どうもアイシャの着ている服には少し秘密というか理由があることがわかった。一つは、馬に乗りやすいようにできているという点。もう一つは若い女独特の理由だったが、俺はそれを読んで思わず苦笑してしまった。このことをアイシャ本人は知っているのだろうか?恐らく知らないだろうな。言ったほうがいいのか悪いのか、少し考えてしまう所だった。

 

「あのね、ホークさんー、あたしおなかすいちゃったよ……」

 本を返し終えたアイシャが戻ってきて俺の隣のテーブルに突っ伏すと、ささやくような小声でそう呟いたのを確かに聞いた。

「そういやもう昼過ぎてるな」

 ただでさえ慣れない読書で頭と神経を使ったのだから、腹の虫が暴れ始めても無理なことではなかった。

「一回出て、腹ごしらえすっか」

 これまた小声でささやくようにアイシャの耳元でそう告げる。アイシャは何故かそうするとびくりと一瞬体を震わせた気がしたのだが、「うんっ」と元気に、しかし小声で答えていたので、ただの気のせいだと思っていた。

 俺たちは別のコーナーにある閲覧スペースに向かうと、ゲラがメモになにやら書いているのが見えた。

「そっちは何かわかったか?」

 俺がゲラに問いかけると、相棒は「首尾は上々です。例の古文書、解読できましたよ」と深く頷いていた。流石は俺の有能な相棒だ。その報告は後で聞くとして、あとはジャミ公とクローディアに一声かけるために見つけなければならない。

 やがてジャミ公を見つけたのだが、何やら熱心に本に見入っていた。あれだけ本など興味がなさそうにしていたくせに、目を輝かせて本に見入っているではないか。その真剣な食いつきように俺と赤毛は思わず顔を見合わせてから、ジャミルの本を覗きこんだ。

「何をそんなに熱心に読んでいるの?」

 アイシャもなんだかそんなジャミルに対して興味津々になったのか、思わずそう問いかける。するとジャミ公はその声にビクリと体を震わせた。

「ああびっくりした……驚かせんなよ」

 この油断も隙もない男が背後で声をかけられるまで俺たちの存在に気がつかないなんて、よっぽど熱中していたらしい。

「俺たちは用が済んだから出るがお前どうする?」

 俺が尋ねるとジャミルは

「ああ、そうだなー、でも俺はまだしばらくここにいるから、勝手にやっててくれていいよ」と言う。よほどあの本がお気に入りらしい。人は見かけによらねえもんだな。そう思い俺は本棚の上の方をふと見上げる。ジャミ公が座っていた本のコーナーの看板には、『ディスティニーストーンコーナー』と書かれていた。

 

 一方クローディアは、さっきの薬草などのコーナーにいるのかと思いきや、そこには姿はなかった。少し探してみると、わりと意外なところで見つかった。小説本のコーナーだ。「あーいた。クローディアさん、ご飯食べにいかない?」

 アイシャが小声で話しかけると、彼女はゆっくりと顔を上げて、ええ。と短く答えて本を返却に司書のいるカウンターのほうへと向かった。

「何の本読んでたの?」

 これまた興味深そうにアイシャが本のタイトルを見ようとすると『紅き戦姫』と書かれている。

「……昔いた、タラール族の女性リーダーのお話なんですって。主人公の名前が、アイシャと同じで」

「ええっ!!それ、本当?!」

 アイシャはそれを聞き、大声を上げた。とても驚いた様子だった。その声に周りの人間の視線が集まると、アイシャは思わず口を手で塞ぎ、小さく「ごめんなさい……」と言いながら、ぺこりと頭を下げる。

 そして返却されようとしていたその本をクローディアから「それ読みたい!」と言って受け取ると、一目散にジャミルのところへと早足でかけていく。

「ご飯食べたらこれ読むから、ちょっとその間持ってて!」

 と机に置いた。返却されてしまえばもしかすると誰かがまた借りてしまうかも知れないし、第一探すのが面倒だからだろう。

「え、別にいいけど……」

 その有無も言わさぬようなアイシャの勢いに、ジャミルも呆気にとられていた。俺たちは一旦図書館を出ると、赤毛に問いかける。

「ありゃあ、何の小説なんだ?」

するとアイシャは少し真剣な顔をしながら

「……ちょっとね、同じ話を聞いたことがあるから、気になったの。昔の話だけど、アイシャって同じ名前の女族長がいたって言う話、聞いたことがあって、それで……」

 俺はそうか、と答えるにとどまった。どことなくアイシャにしては歯切れの悪い話しぶりが気になりはしたが、それにしても歴史小説か、意外と盲点かも知れないなと思いもした。

 

 やがてパブに着いた。このパブは昼間は軽食などをやっているからちょっとした腹ごしらえにはちょうどいい。俺たちは軽い食事を各々頼み始める。

 するとそこには、以前ヨービルでも遭遇したことのある詩人の野郎がいた。歌っていたのは、どこかで聞き覚えのある情景。

「メルビルの闇にうごめく怪しい影。

 それは恐怖のサルーインの信者達。

 呪いを掛け、いけにえを捧げ、サルーインの力を増して行く。

 だが英雄が現れて、その企みを叩き潰した。

 悪の栄えたためし無し。―バファル帝国に栄光あれ!」

 最後まで歌うと、その場に居た客から拍手喝采を浴びる。しかしアイシャはふと気づいたようだ。

「あれ、これってこないだの事件のことじゃない?」

「確かに。もしかするとあのことをモチーフにされたのかも知れませんね」

 ゲラも同じように感じたのか、そう洩らす。

「でも英雄とか言われるとなんだか照れるね。エヘヘ」

 アイシャは苦笑いを浮かべながらも、注文した料理が来るやいなや、それを急いで食べ始めた。

「おいおい、焦って喉につまらすなよ」

 よほどあの本が早く読みたいらしい。すると吟遊詩人はこちらにいる俺たちに気づいたのか、つかつかとこちらへと歩み寄ってきたではないか。

「やぁ、またお会いしましたね。今の歌はあなた達の活躍を題材にさせていただきました。いかがでしたか?」

「どうって言われてもな……」

 俺はそっけなくそう答えるしか言葉が浮かばなかったが

「すごーい!なんか凄いかっこいい!!ありがとうー!」

 と、アイシャはなんだか歌の題材にされて喜んでいる様子だった。

「そう言ってくれると私も嬉しいです。では、また……」

 アイシャの嬉しそうな感想を聞いたことに満足したのか、詩人のやつはふわりと笑ってアイシャの頭をぽんと撫でると、またどこかへと姿を消したのだった。だが、訝しむような面持ちを、ドアから出て行く詩人に向けるクローディア。

「……あの人、どうして私達があの事件を解決したってことを知っているのかしら……」

 彼女が誰に話すでも無く一人でそんなことを漏らしていたのを、俺は聞き逃さなかった。

 

 そういやそうだ、新聞か何かに載っていたとしても、あいつは俺たちの名前も知っちゃあいないはずなのに。

Last updated 2015//8/21

back   |  next

bottom of page