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Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-

22. 確信

「すみません、今日の出航の時間を確認したら、午前は八時半でした。少々急ぎで悪いのですがそれに乗ろうと思うのですが」

 明くる朝、目を覚ました各々が朝食を食べに食堂に自然と集っていた俺たちに、早起きの相棒が唐突に告げた。それを逃すと夕方まで便がないということだった。

「まじかよ、アイシャのやつまだ寝てるぜ、起きて来てねえもん」

 ジャミ公がひとりだけ食堂に顔を出さないアイシャの心配をしていた。あと一時間ほどあるが、女の身だしなみは長えからなあ。特に赤毛のあの頭では。

「のんびりしてても差し支えねえが……まぁ用もないのにここに居ても仕方ないわなァ」

「そうだよ、俺早く戻りてえよ」

 ジャミルはいやに早く大陸に戻りたいと主張していた。なんでも、ここじゃ遊ぶ場所もろくに無くてつまらないのだと。

「俺はシティーボーイだから、田舎は似合わないんだよ!」などと言っていたが、その言葉に対してクローディアは、

「私はこの島、わりと好きだわ……。のんびりとしていて都会みたいに騒がしくないもの。それになんだか懐かしい感じがするの……」

 と言う。するとそれを聞くとジャミ公は

「まあ確かに風光明媚なところだよな!考えてみたらそんなに嫌いじゃないかも!」

 などと早速の手のひら返しである。

「とにかくおっさん、アイシャの部屋の鍵持ってるだろ。起こしに行こうぜ」

 そのジャミ公の言葉に同意し、俺とジャミ公は早々に食事を切り上げアイシャの部屋に行くことにした。

「おい、アイシャ、起きたか?」

 俺はドアの前で一応中にいるであろうアイシャに声をかける。するとよく聞き取れないが、中で何か言ってるようにも聞こえた。しかし声が小さく何を言っているのか分からない。

「いいか、入るぞ?」

 俺は鍵を差し込み、ドアを開ける。

 部屋に入った瞬間ジャミ公は「うわっ、酒くったせえっ!!」と叫ぶと顔をしかめた。酔っ払いの部屋なんてそんなもんだ、と思いつつ目の前のベッドにぐったりとしているアイシャはいた。目は覚めているようだったが、頭を押さえたまま動けないようだった。そのうえうーうーと何か唸っている。

「ははあ、もしかして頭が痛えのか?」

 俺の問いかけにこくりと頷く赤毛。

「あーあ、これはこれは見事な二日酔いですなあ!」

 ジャミルは苦笑しながら肩をすくめた。間違いねえ。俺も苦笑いを浮かべるしかなかった。

「どうするよ、船に乗れるかなこれ?」

 早く本土に戻りたいジャミルは心配そうにアイシャの様子を見てこぼし始めていた。

「アイシャ、吐き気はあるか?」

 俺が問いかけると、赤毛は目をぎゅっと瞑ったままで顔をゆっくりと左右に振る。

「頭だけが痛えのか?」

 再びの問いかけにはゆっくりと顔を縦に振った。

「じゃあ多分大丈夫だ。この様子じゃ朝飯は食わねえだろうからこのまま行こうぜ」

 

 

 

「キャプテン、間に合わないかとヒヤヒヤしましたよ」

 船着場でそわそわと俺たちを待ち受けるゲラの顔と声色は、幾分安堵しているような色を伺わせていた。

「悪いな、ちょっと準備に手間取っちまってよ」

 俺は赤毛を昨日のように抱えて船着場に辿り着いた。結局起きられるかギリギリまで待ったのだが、無理そうだと判断しブーツだけ履かせて髪もバラバラのまま俺が担いで船着場まで運んだという訳だった。

「これは……相当なものですねぇ」

 さすがのゲラも苦笑しているような声色をあげ、俺に担がれているアイシャを見つめた。

「もう……二度とおさけなんて……のまないからぁ……」

 アイシャは少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、そんなことを呟いていた。

「酔っ払いって大抵そんなこと言って数日経つと忘れて飲むんだよな!」

 俺とアイシャの分の荷物のほとんどを持たされていた腹いせなのか、ジャミルがからかうようにアイシャに言うと

「あたしヨッパライじゃないもん!……ってて……。う~~~~……」

 ジャミルの挑発に一瞬威勢よく反論したアイシャだったが、すぐに頭痛によって阻まれ、またぐったりとしてしまった。

「ま、あとは船なんだから酔っ払いお嬢は今日一日大人しく寝てることだな」

「ホークさんまでぇ~~」

 アイシャは俺にそう言われて泣きそうな顔をしていたが、俺が笑っているのを見ると、なんだか観念したような顔をして目を閉じ、俺の首に抱きついてきたのだった。

 

 無事乗船し、船室の振り分けを見ると今回は各々個室で取られていた。なんとか今回は個室が取れたからそうしたのだという。俺がジャミ公がやかましいとさんざんと文句を言っていたのを気にしていたらしいのだ。

「昨晩のようなアクシデントも回避できますしね」

 それはクローディアがうっかり鍵を持ったまま二人部屋で先に寝てしまった件のことのようだった。

「ごめんなさい、私、うっかりしていて……」とクローディアは相変わらず無表情だが気にしていたのか、申し訳無さそうな声色で謝りの言葉を口にした。

「いえ、昨晩のことは気になさらないでください。ただ、時にはそういうこともあるので、今後出来る限りそうしようと思っただけですから」

 ゲラはそんなクローディアに弁解めいた言葉をかける。

「どっちにしろ昨夜はこいつが酔っ払って大変だったからよ、気にすんな」

 俺はそれだけ言うと、ともかく肩に乗っかる『大荷物』を降ろそうと赤毛に充てがわれた部屋へと向かった。その後ろからアイシャの荷物も持つジャミ公も付いてくる。

「ここか、おい鍵開けろ」

「へいへい!」

 ジャミルは先ほど渡された船室の鍵を持ち、アイシャの部屋のドアの鍵を開けた。この船の個室は普通の宿の個室に比べ格段に狭く、簡易的なベッドとテーブルと丸椅子のようなものしか無いのだが、寝て荷物を置くだけなら何の支障もなかった。

「よっこらせっ……と」

 ベッドに赤毛を下ろし、横にさせる。まだまだ頭痛は炸裂中のようで、「……ありがとう……」と苦しそうに絞り出すのに精一杯のようだった。

「ま、晩飯頃には良くなるだろ。大人しく寝てろよな」

「……あい……」

 力なく返事するアイシャを後に、俺は一旦部屋から出る。自分の荷物を部屋に置くためだった。

 しかしその後は、船の上で特にすることも無い。そうすると必然的にというのだろうか、寝込んでるアイシャの面倒でも見るぐらいしかやることが無くなってしまうのだった。とはいえ今はゆっくり寝かしておいたほうがいいだろうと思い、取り敢えず甲板にでも出ることにした。その時だ。

「アイシャの具合はどうなの?」

 背後から唐突に話しかけられた。それはクローディアだった。

「ああ、ただの二日酔いだな。頭が痛えと言ってぐったりしてるよ。吐き気はねえようなのが幸いだ」

「そうなの……じゃあ、少し待ってて」

 そう言うとクローディアは、自室に戻って行った。

 なんだろうと思ってその場でのんびりと海を眺めていたのだが、小一時間間は経った頃だろうか、ようやくクローディアが部屋から出てきた。

「これを飲ませれば少しは楽になると思うわ」

 手にはなにやら包み紙。水などに混ぜて飲めば、酔いの症状が緩和されると言う。

「へぇ、早速飲ませてみるか」

 俺は船で軽食が摂れるスペースに行くと、水を拝借しクローディアの調合したという薬草を混ぜてみた。透明の液体に、みるみる緑色が侵食していく。なかなかこれはまずそう……いや、効きそうな色だと苦笑いをした。

「クローディアは薬草づくりの知識があるのか」

 俺が尋ねると

「ええ。森に生えている薬草なら、だいたいオウルに叩きこまれたから……」

 なるほど、彼女は森の魔女に育てられたのだったな。だったら薬草の知識ぐらいあって当たり前かと納得した。

 俺たちはアイシャの部屋へ行くと、横たわったままのアイシャに声をかけた。

「クローディアが薬作ってくれたぞ。飲んでみるか」

 俺がそう話しかけると、アイシャは薄く目を開けて「ん……のむ……」と反応した。上体を起こしてやり、その緑色の液体を飲ませてやった。するとアイシャは一瞬顔をしかめたが、なんとか全部飲みきった。すると

「もしかしてかなり苦いかも知れないけど……」

 などとクローディアがその時になって言うもんだから

「そういうのは普通飲む前に言わねえか?」と思わず突っ込んでしまった。アイシャはそれを聞いて、力なくフフッと笑っていた。

「確かに苦かったけど、喉、乾いてたから、なんとか飲めたよ」

「そう……。良かったわ。きっと二時間もすれば元気になると思うわ」

 アイシャの言葉に、胸をなでおろしたような表情を浮かべるクローディア。そして用は済んだとばかりに部屋を出ようとする彼女にアイシャは「ありがとう……」と声をかけた。

彼女は少しだけ振り向くと、少しだけ会釈をするように頭をこくりと下げると部屋からつと出て行ってしまったのだった。

「二時間だとよ。丁度昼飯時だな、もし来れそうなら食堂に来ればいい。それまでゆっくりしとけな」

「うん……。わかった」

 アイシャは部屋から出ようと立ち上がる俺を細く開けた目で追いながら、はっきりと返事をしたのを確認すると、軽く頭をなでてから船室を後にした。

 

 

 そしてちょうど正午をまわった。

 そろそろ飯でも食うかと船の食堂に足を向けると、突然背後から何かがぶつかってきて、俺は一瞬驚いたが、すぐにそれが何者なのか気配でわかってしまった。

「おなかすいたぁ~~~~~!」

 そのぶつかってきたものの正体は人目も憚らず、思いの丈を絶叫していた。

 バラバラだった髪を簡単に一つに結わえただけのスタイルにしていて、前髪だけはいつものようにピンで留めていた。あんなややこしい髪をしなくても、これで十分可愛らしいじゃねえかと瞬時に思ったものだった。

「丁度二時間だ、すげえなクローディアの調合薬は」

 アイシャは俺の腕を取ると「うんっ!すごいね!ウソみたいに頭痛取れた!!」といつもの元気な顔を輝かせていた。

「あれぇ?アイシャ頭痛はもういいのかあ?」

 ジャミルもやってきて、元気いっぱいのアイシャに目をぱちくりさせていた。

 

 

「……それにしてもさあ、果実酒ぐらいであんなにひどい二日酔いになるかい?フツー」

 俺たちは軽い昼食を取るのみだったが、よほど腹が減っていたのかパンや肉料理にがっつくように食べるアイシャにジャミルは視線を向けた。

「果実酒?」アイシャは一旦手を止め、ごくりと食べ物を飲み込んでから聞き返す。

「昨日クローディアの果実酒飲んじゃったんだろ?けどあれ一杯だけでそんなになるのかなあと思って。それに今朝、凄い部屋が臭かったしさ。果実酒の臭いじゃないよあれ」

 臭かったなどと言われてアイシャは恥ずかしそうに下を向いた。

 確かに、果実酒なんて精々がアルコールは十数パーセント程度だ。いくら未成年とはいえ十五歳のアイシャが、そんな果実酒でコップ一杯であれほどひどくなるなら、受け付けない体質なのかもなあと思った。しかし

「……果実酒だけじゃ、ないよ……」

 更に恥ずかしそうに顔を下を向けて、か細い声で言う。

「え?」

 ジャミルが聞き返すと

「ホークさんのお酒も……飲んじゃった……」

「なんだとお~~?!」それを聞き俺は思わず手で顔を覆った。

「そ、それはいくらなんでも、まずいです……」ゲラのやつも目を見開く。「喉や食道が痛かったでしょう?」とゲラが聞くと「うん……。ごめんなさい……」とバツが悪そうに赤毛は下を向いた。

 そういや途中、いつの間にかグラスがカラになったなと思ったような気がする。しかし俺は意識せず飲み干したんだろうと気にせず追加を飲んだものだから、全然気付くことはなかったのだ。なんと無防備なことかと自分でも呆れる。

「俺の酒はよぉ、バーボンつって、まあ、あんまり女子供が飲む酒じゃあねえな……」

 しかもたいていストレートでいくものだから、相当きつかっただろうに。

「うえー、ストレートのバーボンとかおいらぜってームリ!!ムリムリ!一口飲んだだけで吹いちまう。よくコップ一杯飲めたなあアイシャ」

 ジャミ公は胸元を抑えて、苦笑いを浮かべていた。

 

 アイシャは実のところ、興味津々でクローディアの残していった酒を口にした時は、少しだけ美味しいと思ったのだった。その飲み物はクローディアには不評だったようだが、自分には果実とアルコールの醸す独特の芳醇さにちょっとした感動を覚えていた。

 そこでちらりと隣を見ると、ホークの飲んでいる琥珀色の液体がそこにあるのが目にとまる。クローディアの果実酒とは明らかに色や香りが違うのはわかる。

 いつもホークが大量に、そして美味そうに口にするこの液体は、どんな味がするんだろうという好奇心が勝った。そしてホークの隙を狙ってそれを手にして口にした途端、喉と胸の奥が瞬時に焼けつく感触に襲われた。

 飲んだことを悟られないようそっとグラスを置いて下を向いて無言で耐えたが、果実酒とはまるで趣が違う。美味しさのかけらも感じられず、ただの刺激物だった。こんなものを毎日たくさん美味しそうに飲んでるホークさんって一体……と信じられないような気持ちになったが、すぐに顔が熱くなり、頭の中が霞がかかったようにぼんやりとして、回転し、気が付くと意識を失うように眠りこけていたのだった。

 まさかあんなことになるなんてことは予想できず、軽率なことをして迷惑をかけてしまったことに強い後悔を覚えた。

 でもひとつだけ。

 酔って朦朧とした意識の中で、泣いてしまった自分を包んでくれた大きな存在を、改めて確かめられたこと。

 その点だけは酔っ払ってしまってよかったかも……などと思うとホークにさんに怒られてしまうかな、と心の中で苦笑いしてしまう。

 もしかして夢だったのかな、などと思えるほどに、フワフワとした意識の中での出来事だったが、でもあの腕の中の感触は、そして耳元で囁いてくれた低い声は、絶対に夢なんかじゃないと確信できた。

 そして、その時のことを思い出した途端になんだか胸が熱くなったり痛くなったりして、ドキドキしてしまった。顔がだんだん赤くなっているのが自分でもわかる。

 

「なあー、それについちゃもう怒ってないからさぁ。顔上げなよぉ。メシ冷めちまうぜ」

 ジャミルがいつまでも食事の手を止めて下を向いたままのアイシャを落ち込んでいるのかと心配し声をかける。すると赤毛はその声にハッとしたように顔を上げると、その顔はパッと見てわかるぐらいにまだ赤らんでいた。

「あれ、まだ酔いが残ってるのか?ムリもないけどさ」

 ジャミルはその顔を見て怪訝な顔をしている。

「何でもないのっ。気にしないで」

 アイシャは少しだけ慌てたような口調でそう告げると、メシの残りを平らげ始めたのだった。

 

 

 出航から丸二日ほどを要して、船はようやくメルビルの港へと入港した。

Last updated 2015//8/21

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