Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-
01. Pirates meets girl.
「……ねぇ、ホークさんはどうして海賊になろうと思ったの?」
考えに更ける俺の脳内の雨雲を、まるで鈴を転がすように軽やかで明るい女の声が一瞬にして打ち消した。俺が考えに更ける間、その声の正体はいつの間にか隣にいたようだ。
「何だ突然。びっくりするじゃねえか、考え事をしていたのによ」
言葉とは裏腹な態度で俺は、手のひらでその少女の高く結わえてある赤い髪のてっぺんを軽い調子でぽんぽんと撫で付けてやった。
「そうだったの、ごめんなさい。ぼんやりしていたから暇なのかなあって思って。ちょっとお話したかったの」
少女は俺の思案の邪魔をしてしまったことを悟ると、頭を垂れて伏し目がちになり、まるで叱られた子犬のようなしょんぼりとした顔をしてしまった。
確かに。今俺たちは船に乗り、東の地へと向かう船の上だ。特にすることもなく、暇といえば暇なのは間違いない。だがそれは、むしろアイシャのような活発で若い少女のほうが強く感じていることだろう。
「別にいいんだがな。今考えたってどうなるわけでもないことをぐるぐると思い出していただけだからな。で、話ってなんだ?」
俺は気を取り直し、彼女に尋ねた。
彼女は少し間があってから、
「……怒って、ない?」
と、もじもじしながら上目遣いで尋ねてくる。なので俺は
「ああ。そんなことで怒るわけねぇじゃねえか」
と、はっきりとした、しかし穏やかな口調で答えた。そうするとみるみるうちに少女の顔が輝き出す。
「よかったっ」
打って変わって明るく弾む声を上げると、俺の右腕に手を回しながらまとわりついてきた。
俺は分厚いコートをいつも着ているのだが、彼女が腕を回したそちらの腕には袖を通しておらず、素肌の状態の腕に彼女の体が密着してくる感触に戸惑った。
なぜなら、彼女の服からわずかに露出されている体の側面の部分、厳密に言えば彼女の小さいが柔らかい膨らみを直に感じるからだ。常日頃俺は、そういう服をあまり着るのは好ましくない旨を伝えているのだが、このガキは言うことを聞きやしない。
「あんまりべたべたくっつくな、周りから見たら何だと思われることやら。何度も言ってるだろ」
「別に、ヘンなことなんてしてるわけじゃないからからいいもんっ」
そんな俺のと戸惑いなど知るべくもなく、彼女はいつも無遠慮と思えるほどに俺に甘えてくる。すっかりと日常的な行動になりつつあるのだが、未だに俺はそんな少女をどう扱うべきか戸惑ってしまうのだった。
「それでね。さっきの話だけど、ホークさんはどうして海賊になろうと思ったの?一度聞いてみたかったんだっ」
その大きな草原色の瞳を見開いて、彼女はそんなことを尋ねてくる。
「なんでそんな話が聞きたいんだ」
「理由は特に無いけど、知っておきたいなあーと思ってー」
屈託ない笑顔で俺にぶら下がりながら、俺の顔から視線を外そうとしない。
「アイシャ、まずだな。俺は『海賊になろう』と思って目指したことは一度も無いんだぜ」
俺のそんな答えに、今まで笑顔だった少女はきょとんとした顔をする。
「じゃあどうして海賊をしてたの?」
「それはな。生まれて間もない時から俺は海賊船の中で過ごしてきたからだ。アイシャが生まれながらにタラール族だったみてえに、俺も生まれながらの海賊だったのさ。それが当たり前だと思って過ごしてきたんだ」
「へええ、そうなの。じゃあホークさんのお父さんやお母さんも海賊だったの?」
「いや、俺はどうやら……親から捨てられた子供だったらしい。生まれてすぐの俺は海岸近くの小舟に乗せられ、パイレーツコーストの近くまで流れ着いていたと聞いた。そこでコーストにいた、俺の育ての親みてえな人が拾ってくれたってわけだ」
アイシャはそこまで聞くと、ハッとしたような顔をしてみるみる再び子犬の顔に戻ってしまった。
「……ごめんなさい、やなこと聞いちゃったのかな、あたし……」
あからさまに声のトーンが下がり、戸惑いの色を見せていた。
「別にかまやしねえ。自分でも覚えてねえ親のことなんて恨む気にもなりゃあしねえし、なんとも思ったことはない。気にしたこともねえよ」
「う、うん……」
少女はそれ以上何かを聞くことも出来ずに、その場に佇んでしまっていた。
俺はため息を一つ吐くと
「俺のことなんて、どうでもいいだろう」
と零してしまった。だが次の瞬間、
「そんなことないよ!」
少女の強く否定する言葉が飛んできた。間髪を入れずにそんな言葉が返ってきたのがちょいと予想外で少し驚いたのだが、そこに更に追い打ちを掛けるように彼女は続ける。
「あたし、ホークさんのこと、いろんなこと知りたいから、聞いたんだもん」
そんな言葉に、俺は更に狼狽える。
「なんで俺のこと何か知りてぇんだよ」
「だって、ホークさんのこと大好きだから…………っ!」
自分が発した言葉に自分でびっくりしたのか、アイシャは素早く口を手で抑え、顔を真赤にし始めた。
「違うの、好きってそういうんじゃなくてっ。その……」
あわあわと弁解をするのを俺は黙って耳を傾けていたが、彼女は無反応に自分を見つめる俺に対して何かを諦めたのか、はぁっと大きなため息をつくと、再び俺の腕にしがみついて来た。
「……もうっ。いじわる」
腕に当たる少女の顔から、強い熱を感じる。その後しばらく、俺たちは身じろぎもせずに無言のまま、甲板に吹く風を楽しんでいたのだった。
――この少女と俺が出逢ったのは、だいたい二週間ほど前。北エスタミルという街だった。
俺はその時、バラックと怪しい店が建ち並ぶ貧民の街・南エスタミルの怪しいパブでとある依頼を受け、その街に訪れていたのだ。
「クジャラートのリー(首長)であるウハンジ様が最近、どこかに若い娘を集めて遊び呆けているらしいのだ。その場所を見つけ出して欲しい。依頼主は、ウハンジ様の奥様だ」
というものだった。
そいつが言うには褒美はたんまりと出すというので、二つ返事で快諾してやった。もっとも、そんなくだらねえものを作って享楽を貪るような腐った権力者の楽しみを、この手で奪ってやろうという気持ちのほうが強かった気がするが。
とは言うものの、どこをどう探せばいいのだろうか、と俺の有能な相棒であるゲッコ族のゲラ=ハと相談し、情報を求めまずはあてもなく南エスタミルの街中を歩いてみた。
この街の雰囲気は嫌いではない。そこはかとなく漂う退廃した雰囲気と、油断のならないピリついた空気。パイレーツコーストにいた時に似た殺気とギラつきを感じ、どこか懐かしい気持ちになった。
しかしまとわりついてくる物乞いのガキが予想以上に鬱陶しい。最初は小金をばらまいて追い払っていたが、いい加減切りがなく、うんざりしていた頃だ。街征く住民らしき男たちの話が耳に飛び込んできたのだ。
「……あそこのうちの娘、とうとう奴隷商人に連れて行かれたらしいぜ。借金のカタだって言うけど、いくらなんでもひでえ話だよなあ」
「ファラは器量よしだったからなあ……きっと、以前から目をつけられてたんだろうな」
そういえばさっきもこの街は奴隷商人が横行しているといった噂を耳にした。娘をさらって奴隷に……。下世話な話だが、器量よしの娘が奴隷にされるということは、どんな人間でもその末路はだいたい予想がつくだろう。しかし俺はここである疑問が過る。
「しかし奴隷商人と言っても、使い道やら買い手のツテがなきゃそうそうそんなリスクや手間は負えねえもんだろ」
俺は、ワロン島でゲッコ族をさらって労働力にしたり、その皮を材料として剥ぎ取ろうとしていたクソのような男、ブッチャーの所業を思い出した。あの時はブッチャーらが自らゲッコ族を利用しようと捕まえていただけだが、そもそも商人と言うからには使い道がある人間に依頼されてのことだろう。何のアテもなく、ただ人をどんどんさらって行くなんてのはただの気狂いだ。肉体労働に駆り出される男ならまだしも、女の買い手というのはなかなかそうしょっちゅう需要があるもんじゃないのではないか?そんな疑問を思いめぐらしていると
「……ああ、あれはファラのおふくろだよ。可哀想になあ」
そんな言葉が耳をかすめたので、何気なく声の主の目線の先を見た。そこにはボロボロの小屋の前で娘の名を呟きながら泣き崩れる中年の女性の姿がある。見るからに憔悴していて、俺も気の毒な気持ちになったものだった。
「奴隷商人な……ちょっと探りを入れてみるとするか」
気を取り直し、しばらく街を探っていると、そんな奴隷商人のアジトだという建物を発見したのだ。なぜわかったかと言えば、なんともご丁寧なことに入り口にそう書いてあったのだ。奴隷商という看板を掲げて堂々たる商売を行っている。なんて街だろうか。さしもの俺も呆れずにはいられなかった。
「邪魔ァするぜ」
看板を掲げているのだからと、堂々と俺はその建物に入っていった。
「なんだぁ?おめえは」
中にいたいかにもごろつきといった風情の男がこちらをギロリと睨みつけてくる。
「ちょっと聞きたいことがあってな」
「商売の話か、それともうちで雇えとでも?」
体躯の良い俺を見て、男はそんなことをほざきやがる。
「最近借金のカタにお前らに連れて行かれたファラとか言う女がどこに連れて行かれたのか聞きてえんだが」
「ああー、あの娘。あれは上玉だったなあ~。ああいうのがウハンジ様の好みみてえでもう報酬ガッポだっ……」
男はそこまで上機嫌に話したかと思うと突然
「だっ……いや、ン゛ッ!!ン゛ッ!」と咳払いをしてごまかしていた。まったくごまかしきれていないのだが。
「てめえにゃあ関係のねえことだ。商売の話しじゃねえならとっとと失せな!」
男は焦って、俺を追い出しにかかろうとしていた。
「……フン。こんな商売、ほどほどにしとけよ」
俺は捨て台詞を吐いて建物から出た。しかし収獲は十分である。『ウハンジ』という名を確かに聞いたからだ。そうか、そういうことなのか。
やがて街の者から、この街には下水道が張り巡らされていることを聞いた。もしかするとさらわれた者たちが隠匿されているかもしれないと捜索してみると、確かに下水の中にある小部屋の中に攫われた人間がいるにはいたが、そこには男と年のいった中年女ばかりで、若い女達は別の場所に連れて行かれたという。そいつらを逃してやり、女達の行方を探して下水道をうろついていると、光がある。入ってきた時と違う出口だった。しかもそこは見覚えのある街だった。そこは北エスタミルだったのである。
「なんでえ、ここと地下で繋がってたのかよ」
なんだか肩透かしを食らったような気持ちになりながらも、ふと俺は以前この街に立ち寄った際に聞いたある話を思い出した。
「このアムト神殿に、最近ウハンジ様がよくおいでになる。アムト様への信仰に目覚められたのかな」
あのウハンジが愛の神を信仰?改めて思うとおかしな話だ。女をさらって囲いものにしようとする、そんな神をも畏れぬ下衆な行為をするような人間がアムト神だとよ。
―だが待てよ。そんな奴が神殿のような場所に足繁く通うには、何かがあるはずだ。俺はそこへ入ってみることにした。
その巨大な神殿の中は清らかな空気が流れていた。愛の神であるアムトのイメージなのか、全体的に赤だのピンクだのというカラーをあしらわれていたが、不思議といやらしいとかどぎついイメージではなかった。が、こんなところにいては俺の全身が痒くなっちまう。愛だのなんだの、まるで俺とは無縁の場所だからだ。更にここはおかしな匂いのする煙だか効果なんかが焚かれていて、ずっといると頭がクラクラしてきそうだった。さっさと用を済ましてここから出たいと心底そう思った。
祭壇の上には、若い女の神官がいた。その女性にウハンジのことを尋ねてみる。だが彼女は「よくおいでになりますが、お祈りもせず、すぐに帰って行かれます」という答えだった。この神官がしらばっくれているのか、もしかしてハズレなのかと思ったが、その巨大な神殿の端のほう、照明の光も届きにくい薄暗い一角に、この神殿には似つかわしくないいかつい男が数人いるのが確かに見えた。そんなことを言ったら、多分俺もそうなのだが。
そいつのそばへと近づいてみると、そいつの後ろには扉があって、明らかにその扉の門番をしている風情に見えたのだ。
「よう、この扉の奥に行きてえんだが、通してくれるかい」
俺はそいつにこう声をかけた。だか男は予想通りそんな俺を追い払いにかかった。
「何だてめえは。怪我をしたくなかったら向こうへ行け」と取り付く島もない。
「ハッ、怪我だと?人を見て物を言え。てめえごときが俺に傷などつけられるワケねえだろうが。お前こそ怪我したくねえならそこを退きやがれ」
俺のそんな言葉にそいつも一瞬息を呑んだようだった。しかし
「悪いがこれが俺の仕事だ。怪我で済ませなくしてやろか!」
そう言うと、そいつは素早く剣を抜いて俺に襲いかかってきたのだ。俺の方も、抜身で後手に隠し持っていたサーベルで応戦する。門番の男二人はガタイこそ良かったが全くの見掛け倒しで、勝負はあっという間にケリがついた。
「フン、最初ッから素直に通せばいいのによ、身の程知らずは命を縮めるぜ」
気絶しても尚扉の前を塞いでいた仕事熱心な男を、俺は足でゴロリと退かして扉の奥へと進んだのだった。
Last updated 2015/5/1