Sweet Child O' Mine.
Romancing SaGa -Minstrel song.-
14. Strangers.
ワロン島を出発して四日ほどで、船はバファルの首都・メルビルへと到着した。着いた時はまだ日が高かったが、リガウ島行きの今日の便の船の予約はいっぱいだと言われてしまった。あのお宝の記事のせいか大人気らしい。リガウ島へはあまり大きな船を出していないので、すぐに予約がいっぱいになってしまうということだった。仕方なく俺たちは明日の便の予約を取ると、今日はここで一泊することになったのだった。
「わあ~、なんだかきれいな街!クリスタルシティみたいにキラキラしてないけど落ち着くかも」
船着場の先にはメルビルの城下町らしく、城と一体化したような荘厳で整然とした店などが円形の広場にそって立ち並んでいた。
とりあえず今日の宿を確保しておこうと、船着場の近くにあった宿に何気なく入る。するとその宿の主人らしき人物が、落ち着かない態度と険しい表情でウロウロしているのが見えた。
「おい、泊まりてえんだが」
俺が男に声をかけると
「今それどころじゃないんです。宿なら二階フロアにもあるんでそっちをあたってください!」
と言って宿を追い出されてしまった。
「何だあ?!客にあの態度かよ。訳がわからねえ」
俺は宿屋のその商売っ気のない態度に肩をすくめるしかなかった。
「何か事情があるのかもしれませんね。上にもあるというのであれば、そちらに行ってみましょう」
冷静な相棒の言葉に従い、俺たちは街の中心にある大きな階段を上がろうとする。するとそこへ足音を潜めるように近寄ってきたのは見るからに怪しげな雰囲気の男だった。
「おい……クローディアという女を知らないか……」
その不気味な仮面で顔を隠した男は、これまた不気味な声を発しながら俺たちに問いかけてきた。
「知らねえなあ」
「存じ上げません」
「知らないー!」
俺たちが答えると、そいつはチッと舌打ちをして何処かへ消えた。その態度には流石に苛ついたが、ここではできるだけ目立たないようにしたかったのでなんとか耐えた。
「なんか変わったやつ多すぎじゃねえのかこの街は」
「ホント!今の人、気持ち悪~い」
アイシャも少し憮然とした顔をして、男の後ろ姿見つめていた。
二階フロアの宿に行くと、こちらは機嫌よく歓迎してくれた。いや、本来それが当たり前なのたがな。
「おー、隣がパブとは気の利いた宿だ。こっちにして良かったな」
俺はパブを見ると今でのおかしな野郎どもの事などどうでもよくなり、部屋に荷物を置くと、すぐにそちらに向かったのだった。
ここはパブと言ってもこの時間はカフェをメインにやっているらしく、なんだか小洒落た雰囲気である。マスターに何でもいいから酒飲ませろと言うと、この時間はビールしかお出しできませんがと言われ愕然とした。ビールだと、あんなもん水も同じじゃねえか。
「ま、それしかねえなら仕方ねえけどよ。とりあえずくれ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
どうも俺は、やっぱりこの国とは相性が悪いような気がしてならねえ。
そうしていると、少し遅れて赤毛と相棒がやってきた。
「あ、ホークさんいたー。あたしおなかすいたよー」
「何だお前は口開くなり腹減ったってよぉ。好きなもん頼めばいいだろ」
テーブルに置いてあったメニュー表を指さすと、アイシャはそれを手に取りパラパラと見ていたのだが、その顔がみるみる輝いていった。
「ケーキだ!ねぇ食べてイイ?ケーキ!」
「ああん?別に好きなもん食えば良いだろ」
「やったーー!」
俺はぶっきらぼうな態度をしていたが、内心胸をなでおろしていた。この四日ほどの船旅の間はなんとなく気まずい空気が流れていてあまりアイシャと口を聞いていなかったのだが、こんなことで機嫌が治るなら安いもんだ。
その時、アイシャが壁に貼られた一枚の張り紙を見つけた。
娘を探して!
夜中に突然消えてしまいた。
礼金ははずみます。
宿屋コロンボ
「これって、もしかしてあの宿屋さんかなあ。これのせいであんなふうだったのかも」
「なるほど。娘さんが居なくなったとなれば、お父さんなら心配で仕事どころではありませんね」
「…………」
アイシャはしばし無言でそれを見つめていた後、椅子に戻ってもしばらく何かを考えている様子だった。
「ねえ、あの宿屋さんに話を聞いて、娘さん探してあげない?」
「何だと」
俺はなんとなく赤毛がそう言うような気がしていたのだが、相棒もそうだったようで、
「そうですね。うまくすれば報酬ももらえそうですし」。
と、二つ返事だった。
「しゃあねえなあ……。あんまり目立ちたくないんだが、人探し位なら問題ねえか」
そんな話をしていると、カウンターの方で何やら騒ぎが起きようとしていた。
「ねーちゃん美人だなあ。こんな所で一人してるならオレと飲まないかぁ?」
こんな昼日中にビールのような薄い酒で出来上がった男が、若い女に絡んでいるようだった。
「私は、人といるのがあまり好きではないの。悪いけどお断りするわ……」
「んなこと言わずにさあー」
酔った男が、強引に女の腕を引っ張った。
「何だあいつは。あの女やべえな」
「私が止めてきましょう」
相棒が目立ちたくない俺に気遣い自分が行くと言い出し席を立った所で、その男の体が宙を舞った。
「お断りすると、言ったはずよ……」
女は掴まれた腕を振りほどいただけのようだったが、男の体が大袈裟に飛んだのだ。男はそのことにより逆上し、
「このアマ……!」
と本格的に女に掴みかかろうとしていた。すると男の背後に一人の男が近づく。
「死にたくなければさっさと向こうへ行け」
酔っぱらい男の背中には、背後の男が突きつけた剣の切っ先があった。おいおい流石にそれはやり過ぎだろ、と思ったが、酔っ払っている男はそのことに気づいていないようだ。
「何だてめえは」
酔っぱらいは振り向き、今度はその男に挑もうとした。
「命を無駄にしたいのか……愚かな奴だ」
男の目に明らかな殺気が宿った。それを瞬時に悟った俺はやべえ、と咄嗟に身を乗り出すと、先に席を立っていたゲラが
「やめなさい、こんな男いちいち殺めていてどうなるんです!」
と発していた。酔っぱらいはその時初めて男が剣を抜いていたことを知り、悲鳴を上げてその店からいなくなった。
男はフッ、と息を吐くと剣を鞘に戻し「クローディア、怪我はないか」とその女に話しかけていた。
「私なら大丈夫よ。グレイ」
何だこいつら、知り合いか?だったら何故離れたところに座っていたんだ。本当にこの街はおかしな人間ばかりいやがる。
相棒は事なきをえたことに安堵し、こちらに戻ってこようと踵を返した。
オレもやれやれと椅子に座り直す。アイシャは今の様子を唖然と見ていたが、「あの人こわい……」と独り事を漏らしていた。
アイシャが気を取り直してケーキを食べいてると、先程の男がこちらへと歩いて来るではないか。アイシャはそれに気づき、咄嗟にだろうが俺にしがみついてきた。
「失礼だが、あんたは旅の者か?」
男が静かな声で質問をしてきた。
「そうだが何か用か?」
近づいてくるとそいつのただならぬ雰囲気がひしひしと感じられる。俺はギロリと睨みつけるように男を見てそう答えた。
「あんた、腕に覚えがありそうだな。予定がないなら少し俺たちの仕事を手伝ってもらえないだろうか」
ときたもんだ。
「そいつはヤバイ仕事なのか?」
俺が問うと
「殺人事件の捜査だからヤバイことはヤバイかもしれんな。しかし依頼筋はしっかりしているから結構報酬はあるぞ。どうだ」
もしかするとあの新聞に載っていた事件の事だろうか。しかし俺たちは明日にはここを発つつもりなんだがなと言うと
「犯人の潜伏先はもう目星がついてるから、あとはそこに踏み込むだけなんだ。二人では戦力が足りないかも知れないと思っていた所、あんたたちが居たというわけだ。どうだ、乗らないか」
報酬は美味しいと聞くと少し心が動く。すると
「あたし、宿屋さんの娘さん探してあげたいんだけど……」
唐突にアイシャが口を挟んできた。そういえばさっきそのことを話していたんだっったな。
「それは一階の宿屋コロンボの娘のことだろう。その娘のことも、この事件に絡んでいると俺は踏んでいる。多分だが解決すれば一挙両得だぞ」
男はこうダメ押しをしてきた。
「と言うかだ。あんたは何者なんだよ」
俺はその男を睨み続けていたが、こいつはどこ吹く風だ。良い度胸していやがる。
「失礼、名乗っていなかったな。俺はグレイ。冒険者だ」
「ただの冒険者か?」
「無論そうだが。あんたはどうだ?」
男の鋭い目が光る。
「俺もまあ、普通のただの旅の者だ。ま、美味しい依頼があるならやぶさかじゃないがな」
俺がそう答えると、その男……グレイがにやりと微笑った。
「ならこんな美味しい依頼を蹴る法はないだろう」
俺は相棒にどうするよと尋ねると、相棒はキャプテンが決めてくださいと言う。今度はアイシャに尋ねてみたところ、
「いなくなった女の子が見つかるなら、行ってもいいけど……」
という。
「報酬は弾んでもらうからな」
俺が言うと、グレイは再びニヤリと笑い、
「決まりだな、よろしく。あんたの名を聞いておく」
と右手を出してきた。
「俺はホークだ。こっちは相棒のゲラ=ハ。こっちはタラール族のアイシャだ」
一応握手をし、紹介をする。この男をまるきり信頼したわけではなかったが、小金が稼げるならまあいいだろう。
「クローディア、仲間が決まった。彼らと今夜踏み込むことにしよう」
グレイは先ほど酔っぱらいに絡まれていた女にそう告げていた。女はちらりとこちらを見ると、すぐに視線を外す。なんだなんだ、無愛想な女だな。
「彼女は少し人付き合いが苦手でね。クローディアというんだ。今夜一緒に行く」
「あの女が?大丈夫か?」
俺が思わずそう尋ねる。見た感じは美人で清楚な雰囲気があるが、戦いに参加するようには思えない、普通の女性に見えた。
「このおチビちゃんよりは役に立ちそうだがね」
グレイは俺の隣にいたアイシャをまじまじと見ながら、薄笑いを浮かべている。
アイシャは明らかにむっとした顔をするとぷいと向こうを向いてしまった。
「まぁ、同行してみればわかるさ。彼女は並の男なんかよりよほど役に立つ」
グレイはそう言うと、苦笑いに似た笑いを浮かべたような気がした。
「ホークさん、あたしあの人きらぁい。そりゃああたしはホークさんやあの人に比べたらちっちゃいかもしれないけどさ」
グレイがあちらへと一旦行ってしまったのを見計らい、赤毛は俺にこっそりとつぶやいた。あのグレイは俺ともほとんど変わらない身長のようだから、比べる対象があんまりといえばあんまりだ。お前はただでさえ小さいだろ、という言葉が喉元まで出かかる。
「ま、金のためだと思って我慢しろ」
俺は赤毛のてっぺんを宥めるようにぽんぽんと撫で付けた。
「事件のことを話しておこう」
グレイが、クローディアを伴いこちらのテーブルへやって来た。
近くで見れば更に美人だ。さぞかしモテそうだが、その顔には表情があまりなく、第一愛想がなく人と目を合わせない。性格なんだろうがもったいねえ女だな。
「事件のあらましはこうだ―」
メルビルでは一ヶ月前ほどから、住民が突然何の前触れもなく死亡する事件が相次いでいるという。最近起きた道具屋のパック殺害の事件では、ライバルの道具屋の男を怪しんで聞き込みをした所、怪しいフードをかぶった奴らが来て金を払えば誰でも呪い殺してやると言ったらしい。そいつらが怪しく、下水にでも潜んでいるのではという話となり、今夜踏み込むと言うわけだ。
「依頼主はメルビル警備隊だ。全く、偉そうななりをしているくせに事件一つ冒険者の手を借りなければ解決できないとはな」
何故かグレイは警備隊を蔑むような言い方をしていたのが少しだけ気になった。
「宿屋の娘さんが絡んでいるっていうのはどうしてなの?」
アイシャが質問すると
「呪い、といえばサルーインの秘密教団の得意技だ。あいつらは少し前から噂があり、若い娘を生贄にしてサルーインから力を得ようとしているらしい。だから夜遊び中の娘を見つければそいつを掻っ攫って生贄にしているのではと言うのは容易に想像できることだろう」
「しかしサルーインは千年も前に封印されていて、その力もディスティニーストーンによって封じられていると聞いたのですが、どうやって力を得られるのでしょうか」
グレイの説明に、ゲラが疑問を呈する。
「そこのところはよくわからないんだが。そもそもエロールだろうとニーサだろうと、姿すら見たことも無い神なんぞに祈る意味も俺にはわからんがね」
グレイはどうも宗教自体を否定する考えのようだ。しかしその発言に対し、物静かだったクローディアが口を挟んだ。
「……あなたは目に見えない物は信じないというけれど、それはまるで子供のような考えね。畏れを知らない不遜な考えともというべきかしら」
表情を変えずグレイを見つめているその目は少し冷淡で、しかし迫力があるように見えた。
「俺は不確かなものに縋るより、より確実なものを手に入れたいと思っているだけさ。今までそうやって俺は、自分の力だけを頼りに生きて来たんだ」
グレイの言葉を聞き、クローディアはハアと溜息をついて首を小さく左右に振っていた。
「まぁとにかく、今夜二時に下の宿屋の前に集合だ。怪しいローブのやつがその時間にうろついていると聞いたから、後を追う。見つからないようにな」
「分かった。じゃあ後でな」
必要なことだけ伝え終えると、グレイはクローディアを伴い、どこかへと消えた。恐らく夜に備えて一眠りするといったところか。
「なんだか変わった二人ですねえ」
「そうだなあ。取っ付き悪くて参るぜ。まあ組むのも今夜だけみたいだから我慢だな」
俺はすでに三杯目となったビールを喉に流し込んだが
「チッ、こんなんで酔える奴の気が知れねえ」
俺はちっとも酒を飲んでる気分になれず、忌々しくその黄金色の液体を見つめた。だいたい俺たち海賊にとってビールやワインは『腐らない水』として長い航海に持っていく飲み水そのものなのである。だから、こいつを酒と認識するのが正直できないでいる。
そうこうしていると、ケーキとジュースを飲み終えた赤毛が突然
「あのね、あたし一応宿屋さんでお話聞いてくるね」
と言い、席を立とうとしていた。
「そうか?じゃあ俺も行くぜ」
ビールに飽きていた俺は赤毛に付いて件の宿屋に行くことにした。いくらなんでもアイシャのようなガキが一人言っても、門前払いされるのではないかと思ったこともあった。相棒にはそんなに長くならねえと思うからここで待ってろと伝え、俺たちは一度パブを出た。
そうして俺たちは一階の宿屋を再び訪れると、先ほどの宿の主が相変わらずイライラとした足取りでそこら辺を意味なく歩き回っていた。
「娘さんのことだが……」
俺が話しかけると
「おっ、お前が娘を攫ったのか!」
と掴みかかろうとしてきた。俺はおいおいと思いつつ避けたが
「違います!私たち、パブの張り紙を見てきたんです!」
とアイシャが慌てて咄嗟に間に入る。
「そ、そうですか、……すみません、つい娘が心配で……」
主人はがっくりと項垂れると、経緯を説明してくれたのだった。
「放蕩娘が突然帰って来なくなった……か」
誰かさんみてえな話だな、と続けようとしたが、既で喉に飲み込む。ああ、赤毛はだからこの件が気になっていたんだろうなあ。薄々感づいてはいたのだがこう顕著になると、赤毛が何か無茶を言い出す前に早く解決してやりたいと思った。グレイの言うように地下教団とか言うのが犯人なら話は早いのだが。
いつにもまして真剣な顔をしている赤毛を見て、そう思わずにはいられなかった。
俺たちはパブに戻り、腹ごしらえをすると夜に備え早めに宿で一寝入りすることにした。
「寝坊すんなよ。一時半だ」
「わかってるもん。じゃああとでー」
今日はアイシャだけが一人部屋で俺たちは二人部屋だ。充てがわれた各々の部屋へと入り、夜更けを待つ。時刻はまだ八時だったので、あまり眠気は襲ってこないが横になるだけでもと思いベッドに寝転がる。そうすると、長年の習性と言うか、船の上では寝れるときには少しでも寝ておくべきという習慣が発揮されたのか、案外と早く眠りに入ってしまったようだ。
コンコンとドアをノックする音で目が覚めた。
「ん……?」
時計を見ると、一時ちょっとだ。
「アイシャか?」
俺はドア越しに声をかけると向こうから「うん」といういつもの声。
「いやに早えじゃねえか」
俺が少し驚くと
「ちょっとは寝たけど興奮して眠れないの。もう一時過ぎたしいいかなって」
「そうか」
全然寝てないようには見えないから、まあいいかと思い一旦部屋に入れる。
ゲラも目が覚めたようで、ごそごそと準備を始めていた。
やがて二時が近づき、俺たちは集合場所となる一階の宿屋の柱の影へと潜んだ。
すでにグレイとクローディアは来ていて、俺たちの姿を見ると一度ゆっくりと頷いた。
「やっぱりチビちゃんも来たのか。足手まといにはなるなよ」
またグレイの奴が余計な事を言う。
「もおっ、チビチビ言わないでよね!」
小声でアイシャは抗議していたが、グレイの奴は知らん顔だ。全く口の悪い奴だぜ。
「ホーク、あんたはなぜこんな小さな子と旅をしているのだ?」
唐突にグレイは聞いてきた。
「それは話すとなげえから、仕事が終わってもまだあんたに興味があったら話すぜ」
「そうか」
「誰か来ましたよ」
ゲラが、商店街の方から歩いてくるいかにも怪しげな男の姿を捉えた。黒いローブで全身を覆い、生気のない不気味な面持ちのそいつは俺たちの潜む柱の向こうを通りぬけ、ここから見える下水へと通じる扉へと消えていった。
「後をつけるぞ。気付かれるなよ」
グレイが言うと、一同静かに頷く。
下水道へと入ると、奴は少し周りを気にしながら奥へと進むのが見えた。足音を立てないよう後をつけると、やがて大きな扉へとそいつの姿が消えていった。
Last updated 2015/6/16