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碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ

07. エーコの企て。

 その日は朝から土砂降りで、「まるでブルメシアにいるみたいだなぁ」などとのんきにベッドに寝転がり、ジタンは旅で見た廃墟のブルメシアの雨煙に霞む風景を思い出していた。

(そういえば、フライヤとフラットレイはどうなったのかなぁ。)

 雨が降る日は基本的に、『仕事』や劇場公演が近い時意外はタンタラスの人間は何もせず各自の好きなことをやっていたが、あの日以来ジタンはボーッとしていることが多くなった。再会の日から二週間経つか、ガーネットからは何の音沙汰もなしだ。デートの約束をしたのはいいが、やはり城から出るのは至難の業なのかと考えた。ならば、無理やり何らかの事件にかこつけて、連れ出そうかなあなんて、漠然と作戦を練ってみたりもしてみた。

(そうだなぁ、まずだな……。深夜にダガーの寝室に忍び込むだろ……んでもって……ダガーにラムウとか召喚してもらって時間を稼いで……ガルガン・ルーでトレノに直行……)

 ……と、そこまで考えたところでジタンは独りで苦笑いを浮かべる羽目になった。

 (オレはいつの間にこんなアホになったんだろうか……。)

 そんな自己嫌悪に陥っていた。そこに突然静寂を切り裂くスットンキョウに甲高くて明るい声が飛び込んできたのだった。

「こんにちはー!!ジタン、いるーーーー??」

 そんな声を出すのはエーコ以外にあり得なかった。エーコはまるで自分の家のようにアジトに上がりこむと、ジタンの寝ている二段ベッドの上段に迷わず上ってきては、

「やっぱり、ここだ」というと、にんまりと笑った。

「……なぁにを企んでるんだァ??エーコ」

 そう、エーコがこの笑い方をするときには何か企んでいる時と決まっていた。

「企んでるなんて酷いよぉ、ジタン!!いい事教えてあげようと思ったのにさぁ!!」

 いい事、と言われて真っ先に思いつくのはダガーの事だ。もしかしてリンドブルム城の方に手紙を??と思うや否や、ジタンはガバッと起き上がり

「何だ?いい事って??」とまるで掌を返したようにエーコに笑顔を見せた。しかし

「さぁ、どうかなぁぁ。教えてあげなくてもいいかもぉ」

 エーコは幾分か気分を害していたのか、そんなジタンを見て答えを焦らしていた。

「そんな意地悪言わないで、教えてくれよ、エーコちゃん!!エーコ様!!」

 それを聞いて、エーコは一瞬考える。そして

「ねー、ジタン。今日のエーコかわいい??」と尋ねてみた。

「へ!!?」

 ジタンはあまりにも予想もしないエーコの問いかけに、一瞬何を言っているか解らなかったがすぐに、

「あっ、ああ、かわいい!かわいいよ、エーコ!!エーコはいつも可愛いだろ!!?」

 と、褒めておいた。

「きゃー!!本当??」

 エーコはその言葉を聴いて、とても素直に感激していた。

「ああ!!もし十年後だったら惚れちゃうくらいかわいいぜエーコ!!」

「えっ!!?」

「で、いい事って何だよ、エーコ。教えてくれよ」

 エーコは少しホケッとしていたが、はっとしたように

「えっ、あっ、あのねっ」と話を切り出したのだった。

 

 

 雨の中、エアシップに乗って、オレたちはリンドブルム城内に着いた。

 あの旅以来、足を踏み入れる事の無かった城内だ。本来なら民間の人間は何か相当の要件がない限りは入ることが出来ないのだ。よくも軽々と出入りしていたよなと、しげしげと城内を見渡す。すると見張りの兵がこちらに気づき歩み寄って

「貴方はジタン殿ではありませんか。お久し振りです」と、挨拶してくれた。そして「エーコ様、雨の中お疲れ様です」と、敬礼をする。するとエーコは途端に不機嫌そうにふくれっ面をして、

「もー、あのねっ、そーゆーのやめてって言ってるでしょっ。キモチわるいんだからぁっ」

 と、兵士に文句を飛ばした。

「はっ、すいません。しかしエーコ様はこの大公家の公女様であらせられますから……」

 と、苦笑いしながらも、兵士敬礼のポーズを崩さなかった。エーコは

「もういいよっ。めんどくさいなぁ」などと言いながら、ジタンを引っ張ってそのままホールを抜けた。やがてエレベーターに乗るとハンガーを抜け、「こっちこっち」と、機関室までまっすぐにジタンを連行する。

 もちろん、機関室は国の重要機関なので重装備兵が立ちはだかっていたが、エーコが「通して頂戴」と兵士に告げると直ぐに「はっ。エーコ様、お疲れ様です」などと敬礼をするやすんなりと道を譲ってくれた。

「エーコも偉くなったもんだなぁ」とジタンは小さな声でエーコに話しかけた。

「うふふ……。でも、気持ち悪いでしょ。エーコは別にそんなことしてほしくないのにさ」

 そう言うエーコは、どことなく寂しそうにもジタンは見えた。こういった顔をつい最近見た気がする……と、漠然とエーコのそんな表情とガーネットと重ね合わせていた。

「あっ、おとうさんも来ていたの」

 機関室ハンガーデッキの指令テラスに、機関長とシド大公の姿があった。

「おお、エーコや。なんじゃ、もうジタンを連れきたのか」

「うん!!だって、早く見せたくて仕方がないんだもん!!」

 なぜかエーコはウキウキして、シドの腕を軽く振り回していた。

「こらこら。はっはっはっ。気持ちはわかるぞー。わしもヒルダガルデを始めて造ったときは……」

「その話はもう耳にタコだよ、おとうさん」

「そうじゃったな!!年寄りになるとつい同じ話を何度もしてしまうワイ!はっはっは」

「あのー、で……、なにを オレに見せたいわけ??」

 すっかり親子の会話で盛り上がっていた二人に、ジタンは申し訳なさげに話しかけた。

『そうそう!』

 二人はジタンの言葉に同時に振り向き、同時に人差し指を立てて、言葉をハモらせていた。(すっかり親子だなぁ~)ジタンはその適応ぶりに感心するしかなかった。

 そして、(良かったな。)とも。

「実は今ね。新しい小型機の開発をしてるの。おとうさんがあたしの誕生日にって思って考えてたらしいんだけど、へへ、一週間前こんな手紙見ちゃったらさぁ……」

「へ、て、手紙?」

「モックが手紙を持ってウロウロしてたから、悪いけど読んじゃった。明日、デートできるってさ!良かったネェ、ジタン」

「人の手紙を勝手に読むんじゃないよ!は、早くくれよ、手紙!」

ジタンは大慌てでエーコから手紙を奪い取った。するとエーコは膨れて、

「だって、それリンドブルム城宛なんだもん。最初に読んだのおとうさんだよ?」

 と抗議する。

「何だって……?」

 その封書の宛先をよく見てみると、それは直接ジタン宛ではなく『リンドブルム城主気付』となっていた。そして差出人は、『アレクサンドリア女王陛下代理人・ベアトリクス将軍筆』であった。これではエーコやシドに読まれたとしても文句は言えるはずもない。読まれても差し支えない内容なのだろうとも思った。

「そうか、ベアトリクス経由な訳ね……」

 ジタンはほっと胸を撫で下ろす。しかしなぜ、わざわざリンドブルム城主気付なのだろう?

「はっはっは。残念じゃったのう、ガーネットからのラブレターでなくて。世界視察なぞと銘打っておられるが、ようするにデートであろう??ベアトリクス将軍殿も心配して、このエーコを同行させる事を思いついたのだ」

「へっ!!エーコを??」

ジタンはシドの思いがけない言葉にぎょっとして、手紙を読み始めた。そこには「……一月三十一日、我が国ガーネット・ティル・アレクサンドロス十七世女王陛下は世界視察外遊の為、ジタン・トライバル殿を参与に伴いましての旅をご所望であられます」ここまではいい。

「つきまして、その際は貴国公女、エーコ・キャルオル・ファブール様の同行も許可も願いたく……」とある。

「何でだぁ??」

 ジタンは思いがけず叫んでいた。

「何よう、エーコがいたらそんなにイヤなの!!?」

「う、いや、そういうわけじゃないんだ。でも、なんていうか予想してない話だったから意外でさ……ごめんな、エーコ」

 エーコの怒りようを見て、ジタンはたじろぎ、弁明した。

「そりゃあさ、エーコがいたらお邪魔なのわかるけどさ……」

 エーコは背を向けて、いじけたように呟いていた。

「だから、邪魔なんて思ってないってば、エーコ。ごめん」

 そこでシドも、フォローを入れた。

「きっと、ガーネットの配慮なのであろう。まったくこんなときにも優しい子だ。まあどちらにしても二人だけでは飛空艇の旅は無理だろう。そこでな」

 ジタンに、目の前のハンガーで調整を受けている中型の見たこともないような型の飛空艇を指した。

「手紙を見てからな、本来はエーコの誕生日に合わせてぼちぼち完成させる予定であった視察用の中型艇だが、急いで外装デザインを考え、完成した。ヒルダガルデのような大きな船ではちと目立ちすぎるだろうしレッドローズ2号機は軍艦だからなおさらだろう?だから、エーコも同行させてくれる礼も兼ね、この船をお前たちに貸そうというわけだ」

「デザインは、エーコも考えたんだよ」

 そう言われてみれば、あまり男は考えないようなデザインだった。天使、あるいはアレキサンダーを思わせる羽のモチーフや花や、崩壊する以前のマダイン・サリを思わせる荘厳な建物のモチーフ。それでいてくどくないシックな色使いとが印象的だった。

「なるほど……。センスいいよ。エーコ、やるな!」

「そう??そう??」

 ジタンにセンスを褒められて機嫌を直し、エーコは嬉しげにジタンの腕に抱きついた。「早く乗りたいなぁ!!うーーー、楽しみっ!」と身震いさえしていた。「モーグリのみんな、待っててね!!二年ぶりだよぉ!!」と一人、遠いマダイン・サリのモーグリたちに呼びかけるように呟いていた。

(ああ、そうか……)

 ジタンははっとした。エーコも、あれ以来マダイン・サリには帰っていないのだ。イーファの樹の根の暴走はことのほか酷く、マダイン・サリに戻るのはあまりにも危険だという判断でこのリンドブルムに来たという。

 最初はアレクサンドリアに来てはどうかとダガーに言われたらしいが、タンタラスでジタンを待ちたいという理由でリンドブルムに残った。すると利発なエーコは子供のいないシドとヒルダに気に入られ、男ばかりのタンタラスではエーコには色々と不都合なことが多いだろうということで、城で正式に養女として引き取られたそうだ。それ以来、リンドブルムから出たのはあのパーティーの時だけだった。本当は、故郷や仲間のモーグリたちが心配で仕方がないのに。

「エーコ、楽しみだな。みんな元気だぞ、きっと」

 ジタンはさっきの詫びも手伝ってか、やさしくエーコを元気付けた。

「うん、うん!」

 エーコは最早さっきまで不貞腐れていた事などなかったことのように、飛び跳ねて喜んでいた。そんなエーコのはしゃぎぶりを見てしまうと(まぁ、いいか)と、ジタンは思ってしまうのだった。

「まだフライト実験は間に合わなくてやってないけど、だいじょぶだよねっ。おとうさん?」

「な、なんだってっ!?」エーコの発言に、ジタンは驚く。

「もちろんじゃ!このシド・ファブールの造る艇だぞ。完璧!に違いあるまい!」

「一国の女王様を乗せるんだぜ。いいのかよ??そんなことでよ」

「なあに、……もしもの事を考えてだな、艇にはクルーも二~三名つけるから大丈夫……ブリ……」

 咄嗟にシドの口からブリ虫時代の口癖が口から漏れた。「うおっほん!!」シドは咳払いで誤魔化そうとしていたが、

「……大公さんくさ、自分がな~んや不利やなかろうか~ってげな場面になったら、今だにこげんか口癖の出るとですバイ」

 と、機関長がぼそっと呟いた。

「おいも、99.9%保障ばしますよ。ただくさ、普段使わんようなパーツば使うたけんそこだけですたい、不安な点は。まあ、墜落するごたあ酷い誤差はなかですけん。心配いらんですよ」

「そう、機関長の言うとおりだ。はっはっはっ」

 シドは誤魔化すようにオーバーに笑っていた。

「おいおい、しっかりしてくれよ……」

 ジタンは一抹の不安を隠しきれなかった。しかし墜落はないらしいし、やっと城を抜け出してダガーと会えると思うだけで、嬉しかった。

 

 

 

 そして、翌日。

 時間よりかなり早くジタンはリンドブルムの停泊ハンガーに向かう。するとそこにはすでにエーコがそわそわとした様子で待っているのが見えた。

「よお、エーコ!早起きだなあ」

「昨日嬉しくてあんまり眠れなくって。朝も早く目が覚めちゃったぁっ。えへへ」

 するとそこへ、シドと数名の乗船クルーがやってきた。

「昨日も言ったとおり、技師班を同行させよう。それとだ、操縦は二名交代で行う。このエリンちゃんは知っておるな。女性ながらに腕利きの名操舵手だ。彼女がついていれば空の上は何の心配も要らん」

「シド様……人前でちゃん付けはおやめ下さい」

 エリンはやや困惑したような顔で、シドに抗議していた。

「おいおい、またヒルダにブリ虫にされっぞ……。おっさん」

 ジタンは呆れたようにそうこぼした。

「おかしな気などないぞ!……しかし、ヒルダには内密にしてくれ……」

「その時点であやしいっつーの……」

 ため息を吐きながら、ジタンはぼそっとこぼした。

「とにかくだ、エーコをよろしく頼むぞ、ジタン。そしてガーネットもな」

「解ってるって!!」

 そうして、ようやく一同は乗船した。勿論目指すはアレクサンドリア城!

「プリンセス・エーコ号、処女航海。はっしーーーん!!」

 舵をとるエリンが発進号令を叫ぶと、クルーたちから「エリンちゃーん!イエッサーーーーー!」というまるでファンコールのような声援が飛んだ。

「な、なんだあ!??」

 ジタンが驚いていると、

「エリンはね、うちのクルーの中ではアイドルなんだよ」

 と、エーコが説明してくれた。

「おとうさんもファンクラブに入ってるの。会員番号一番、名誉会長だって」

「あ、だからちゃん付けだったのか」

 そういや、最近ブロマイドがバカ売れしてるリンドブルムの飛空艇クルーがいるって聞いたことがあったな。確か、シナのやつも持ってたような……。ジタンはさっき、勘繰りすぎたことをシドに悪いと思った。しかし、一国の王が臣下のファンだとは世界は平和になったんだなぁと、ジタンはしみじみ感じていた。

(それにしても、「プリンセス・エーコ号」て……。スッゲエ名前だな。)

 

 そうこうしているうちに、あっという間にゲートを通過し、山脈を抜けて、アレクサンドリア城に聳え立つアレキサンダーの御剣である尖塔が姿を現す。それはオレンジの朝陽に照らされて、一段と美しくきらきらと輝いていた。まるでジタンたちを歓迎するように。

 城の全貌が見えてくると少しジタンは緊張した。嬉しさと期待と不安が入り乱れて、変な鼓動が体を駆け巡った。やがて手紙に書いてあった通りに、城の中庭にプリンセス・エーコ号を着陸させる準備に入る。ジタンがふと下を見ると、すでに中庭に面した渡り廊下では、ベアトリクスとスタイナーが待ち受けていた。(げっ……おっさんっ)ジタンはあの日の事を思い出し、あまり顔を合わせたくねぇ、と思わず引っこんてしまった。

(まさか、おっさんまで一緒に来るなんて言わねぇよな?)

 そうジタンがひやひやする中、艇は無事に着陸をした。まず、エーコが飛び出していき、そのあとをゆっくりとジタンが降りていく。幸いスタイナーはこちらを見ようともせず突っ立っているままだ。

「ジタン殿、エーコ様、お待ちしておりました。今、ガーネット様をお呼びしてまいりますのでお待ちいただけますか」

 と、ベアトリクスは礼をするなり城の中に入っていった。ジタンはスタイナーをチラリと見たが、相変わらず彼は何も言わずにただ直立不動で立っている。

 何か言われるかと思っていただけにジタンは却って拍子抜けした。一瞬スタイナーはこちらを見たが、すぐに明後日のほうを向いて直立不動の姿勢を続けていた。

 実はスタイナーは、ベアトリクスにジタンが来ても決して余計なことを言わないようにときつく叱られていたのだった。言いたいことは山ほどあれど、ここは徹底無視を決め込むほか、この口を閉ざす方法がなかったのだ。

 やがて、ベアトリクスとともに、ダガーが姿を現した。こちらを見るとエレ思想に笑顔がこぼれているのが分かった。だからなのか、ジタンもつられるようにして相好を崩していた。

「ジタン……。今日はよく来てくれましたね。五日間の旅のお供、しっかり頼みますよ」

 ダガーはやや硬い口ぶりだったが、その笑みは満面の笑みがこぼれそうで、とても嬉しそうな笑顔だった。

「あ、ああ。このジタン、お供させていただきますよ!」

 なぜかジタンもつられて改まった喋り方になっていたが、その笑顔はダガーと同様だった。顔を見たとたん、心の片隅にあった不安など掻き消され、嬉しさといとしさばかりがこみ上げてくる。本当は、この場で抱きしめたいくらいだった。しかし無論、スタイナーなどの目があるため、ぐっと堪えていた。

「ジタン殿、くれぐれもガーネット様をよろしくお願いします」

 ベアトリクスが、深々と頭を下げる。

「ああ、任せとけ」

 ジタンは自信たっぷりに、ベアトリクスに言った。そして

「ジタン!しっかりと陛下とエーコ殿だけは死んでもお守りするのだぞ!!」

 と、スタイナーは控えめな言葉を投げてきた。その後に、何か小さな声で言ったようだったが。多分、「お前はどうなってもかまわんが」とか、言ったに違いない。ジタンは「はいはい」と受け流すと、

「さあっ、ダガー。早く乗りな。エーコもな」と、促した。

「わたくしがいない間、アレクサンドリアを頼みましたよ、スタイナー、ベアトリクス」

「ははっ!お任せください!陛下!」

 二人揃った声と足並みで、ぴしりと敬礼をする。

「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 ひととおりの挨拶を済ませ、船に乗り込んだ。

 

 ようやく、待ちに待ったデートのはじまりである。

 

(ただし、エーコのおまけつき。)

 

 

 

 

Last updated 2015/5/1

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