碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ
06. 追想
―それはあの日のこと。ガーネットの育ての母親・ブラネ前女王はイーファの樹で自らの召喚した竜王バハムートに攻撃され、ガーネットに―幸運にも―最期を看取られながら、息絶えた日。クジャの呼んだインビンシブルの力により、魂はほぼ抜け切っていたはずのブラネ女王が死の目前に見た走馬灯―。それは、欲にまみれた夢の残りかすなどでは決してなく、大事に育てた愛娘、ガーネットと愛する夫と三人で見た、芝居の思い出だった。彼女は、もう一度三人で見たかった、とも言った。そして、私は思うとおりに生きたと彼女は言った。更に、ガーネットにもこう告げた。
「お前も、思うとおり生きなさい―」
何故か今、あの母の遺言がガーネットの脳裏に激しく響きわたっていた。母が描き従った想いとは何だったのか。
ガーネットは今も思うことがある。あのとき、自分が家出などを仕出かさなければ、母はあれほどまでの暴挙に出ることは無かったのではないかと。きっと自分が家を出たことで、最後の家族である娘にも裏切られたという強い孤独に陥ってしまった母は、こうなったら世界ごと自分の足元にひれ伏せさせてやると、意地になってしまったのではないかと。それを思うと今も心が痛む。なぜ誰も、無論自分も母の孤独を理解してあげられなかったのか。
しかし今はそれと同じ立場に自分が置かれているのだ。しかしベアトリクスが言うとおり、自分には戻ってきてくれたジタンがいる。そして、たくさんの人たちに支えられていると実感はある。が、ひとたび孤独感に苛まれたら、女王などなんと悲しいものなんだろう。母・ブラネの気持ちが少しだが解る。
「ベアトリクス、私は、ジタンにまた生きて会えた事を神に感謝しています。けれど、……スタイナーの指摘は間違っていない……。わたくしの心は千々に乱れて、動揺ばかりです。お母様がおっしゃるとおり、思うように生きてよいのであれば……できることなら…………わたくしは、全てを投げ出して、彼の元に行きたい」
「ガーネット様……」
ベアトリクスはガーネットを心配気な表情で見つめる。するとガーネットはふふっと笑うと、首を何度か横にゆっくりと振った。
「でも安心して。それが出来るほど、わたくしはこの国を愛していないわけではないから……」
と、少し寂しそうな笑顔でベアトリクスに告げた。
「わたくしったら、なんだか弱気なことばかりを言っているわね。みんながこんなに心配をしていてくれているのに。ごめんなさい」
ベアトリクスに謝るガーネットだったが、そんな彼女を見て少し安堵したのかベアトリクスは
「夢にも思っていたジタン殿がご生還されて、少し浮き足立っておられるのですよ。これからは夢ではない、現実なのです。ずっとそばで見守っておられます。そしてわたくしたち臣下も、及ばずながら命あるかぎり陛下の手となり足となる所存です」
と言い、右手を胸に当て深々と礼をした。
「わかっているわ。わたくしは幼い頃よりこの国を治め守るよう教育された身ですもの。まっとうしたいと思っているわ」
深々と頭を垂れたままのベアトリクスに苦笑を向けるとガーネットは
「皆には感謝しています。今までも、そして、これからも。家族のように愛しています」
そう笑顔で告げた。
「それでこそ、ガーネット様です」
ようやくその顔に笑みを取り戻したベアトリクスは、もう一度深々と頭を下げて
「何の悩みもなく人生を歩む者など居はしません。それが女王陛下であろうと然りです。話して楽になることならば何でもこのベアトクスめにお話し下さい。微々たる力でしょうが、いつでもわたくしは、陛下のおそばに……」
「ええ……。ありがとう」
ガーネットは心から、感謝の言葉を言った。まだ、あの言葉は心に引っかかっているのだが、これ以上このことを考えるのは今はやめようと思った。この父と母が残してくれた国を守りたいというのもまた、偽りのない心からの願いなのだから。
「それでね、ベアトリクス。ひとつ相談したいことがあるのだけど」
ガーネットはさっきのジタンとの約束を思い出し、話を切り出した。
「ちょっと、キザだったかな……」
一方、ジタンはアレクサンドリアの城下町を歩きながらさっきのキスの事を振り返り、1人で照れていた。咄嗟に出た言葉だったが……「忘れ物」なんて、とっさに出たセリフだったが、もう少しマシな言い方は遭ったかも、と後悔するやら、照れるやら。するとやがてあたりに響きわたるプロペラとエンジンの大轟音が耳を劈(つんざ)いた。
「うわ、やっべえ。置いてかれちまう」
ジタンは足を速めた。
ルビィの地下劇場に到着すると、マーカスたちが帰り支度を整えていたところであった。
「よお、ジタン。間に合ったな。あと十分待っても帰ってこなかったら置いていこうと話してたとこだぜ」
というのはブランクだ。
「ダガーとは仲直りでけたんかいな??」とルビィがひょっこりと首を突っ込む。
「まあね。……あ?」
またまた、不思議なことをルビィは言った。ダガーがへそを曲げていることなんて、ルビィは知らないはずなのに。
「なんで、仲直り、なんて?」
「決まってるやん。ええとこで帰られたら女は大体怒るわ。少なくとも、機嫌ようは待ってなかったやろ?」
ジタンはまるで預言者を見るような目で、ルビィを眺めて感心したが、すぐに「どうして、行く前に教えてくれなかったんだよ」と、文句が口をついた。
「言うてたからいうてもどうもなれへんやん。それに、ジタンやったら大丈夫やろて思うてたし」
事もなげにルビィは発する。
「おい、日が暮れる前にさっさと行くぞ。ジタンはアレクサンドリアに残るのか??」
ボスであり父であるバクーがジタンの頭をバシバシと叩いてそんなことを尋ねる。しかしジタンは
「痛えなあ、馬鹿言えよ、オレもタンタラスに帰るさ。オレの帰る場所はいつだってタンタラスなんだからな」
「よおし。さぁ、帰るとすっか。我がタンタラスのアジトへ!なんてな、がはははは!!……ヘプション !!うー、冷えてきやがった!!」
「さぁ、ボスのくしゃみが増えるとあとあと厄介やねんで。さっさと帰り」
ルビィの呼びかけで、一同は腰を上げた。
「ジタン、今度来るときは絶対モノにすんねんで」
「うるさいよ、ルビィ。大体自分はロウェルとどうなってんのさ!」
ジタンが渾身の捨て台詞を決めたと思うと、ブランクになぜか無理やり「早くしろよ、置いていくぞ!!」と急かされてその返事を聞くことが出来なかった。
そしてルビィを除くタンタラスの面々は、リンドブルムに向けて夕暮れの空を飛び立っていった。
それを、気配を察してかガーネットは自室からそっとタンタラスの劇場艇を見送っていたのだった。
Last updated 2015/5/1