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碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ

05. 悲しみのスタイナー

 一方、ここは兵務室。プルート隊の兵が休憩をしたり、着替えなどを行う部屋。昔のことを思い起こしてみれば、ジタンとブランクがこのプルート隊に変装した部屋である。その部屋で先刻から、奇妙なうなり声と嗚咽と、とにかく言葉に表せないような擬音がもれ出ているのを、プルート帯の兵士や城の者たちは耳にしていた。

「うっ、うお゛っ!!ヴお゛うっっ……・自分はもう駄目である!!あ゛ヴっ……・。□дб×▲゛%Rπ……・うお゛お゛お゛……!!」

「一体、何事です、この騒ぎは?」

「あ、ベアトリクス様、あのう、今さっきから兵務室から気色の悪い声とか音がするんですぅ……怖くて入れないんでよう……」

 そんな情けない事を洩らしていたのはプルート隊所属の兵の一人、ハーゲンだった。他にも同隊の兵や、部下である女性兵、学者や侍女、コック等までもこの奇妙な音に群がっていた。が、誰一人として部屋の中へ入り、正体を突き止めようという者がいなかったようだ。

「もしやここ、何かの呪いがかかってるんじゃあ……」

「祟りだよ!この唸り声、アレクサンドアに古くから伝わるアレですよ!」

「学者さんっ、あ、アレってなんすか!!僕達毎日ここで着替えとかしてるんですよ!」

「こわぁい!!で、あれって??」

 そんなやり取りを聞いて、流石のベアトリクスもあきれ返っていた。

「あなたたち……侍女や学者の人たちはともかく、女性兵やプルート隊のみなさんはそれでもこの城をお守りする命を仰せつかっている者達なのですか!?」

 そう言って一同を一喝すると、「私が見てきます」と、一同の前へ躍り出る。確かにこの中の音は不気味で異常だった。ベアトリクスは常に腰へ帯刀しているセイブザクイーンをスラリと鞘から抜くと、ドアノブを音がしないよう慎重に回し中に勢い良く入る。彼女が扉を開けた瞬間にはギャラリーは悲鳴などをあげ蜘蛛の子を散らすように階段の影やホールのほうに逃げていった。

「そこにいるのは誰です??」

 ひとり果敢にも兵務室に乗り込んだベアトリクスがそこで見たのは――

「誰だ!!?姿を見せろ!!」

 薄暗い部屋の奥から問題の音を出す元凶らしき者が、こちらを見た。「はぁっ!?」ベアトリクスはその者を見て戦慄を覚えた。一瞬斬り捨ててしまおうかと思うくらい、鼻水と涙とよだれでぐちゃぐちゃになった、自分の伴侶だったのだ。

「うっ……な、何をしているのですか……スタイナー……?」

 ベアトリクスは恐る恐る尋ねた。なぜかまだ、セイブザクイーンは構えたままだ。

「おおあう!!ベアトリクスではないかぁ!!……ちょうどいいところに来た!!あうっ……あうお゛っ話を、聞いてくれないか!!!」

「一体、何があったというのですか……あなた……」

 ベアトリクスは、この時初めて、セイブザクイーンを鞘に戻した。

 

「あうっ、自分は……ひっく!!ガーネット様のお心を……あヴっ、深く傷つけてしまった……あうっ!!……ひっく」

 話をひとしきり聞いたベアトリクスは、半ば呆れていた。

「それは、貴方がいけませんよ、スタイナー。いくらわたくしでもフォローできませんわ。ガーネット様にとってジタン殿がどれだけ大切な存在なのか、貴方も重々承知だと思っていましたよ?」

「それがその……解ってはおったのであるが…………、うぐっ……、余りのガーネット様の塞ぎ込みよう尋常ではない……。よもやあのジタンめに辱められたのではあるまいかと……うぐぁ」

「………………考えすぎですよ。ジタン殿がそんなお方に見えますか?下衆の勘繰りも甚だしい。見損ないました」

 アトリクスはそんなスタイナーを突き放すともはや放置しておくことにし、静かに部屋から出て行った。

「あっ、ベアトリクス様!!あの、中には一体どんな怪物が!?」

 部屋の外には、さきほどの者たちがベアトリクスにこう尋ねてきた。

「……たいした事はありません。そんな事より、あなたたちは早くやるべき仕事をなさい!!!」

 このベアトリクスの一喝により、ギャラリーたちは急いでそれぞれの仕事場に戻っていった。ただひとり、プルート隊のハーゲンだけが、この兵務室の前でおろおろと立ち尽くしていたのだった。

 

「ジタン……ありがとう」

 ジタンの腕に抱かれてしばらく経ってから、ようやくダガーは顔を上げて、微笑んでくれた。

「ごめんなさい……さっきは少し、頭に血が上ってしまって……。だって、あなたを侮辱されたような気がして・……。心配した・……?」

「ああ、少しだけな。オレは平気だよ、ダガー」

 ジタンもかろうじて笑みを浮かべる。心の中は、ダガーが心配でたまらないのに。

「まったく……。スタイナーったら……。心配はわかるんだけど、あんなことを言うなんて……。カチンと来ちゃった。まさかジタンに襲われたのかなんて思うなんて」

「あ、分かってたのか……」ジタンは少しだけ驚いていた。

「ええ、勿論よ。知らないフリをしていたけれど、……失礼にも程度というものがあるわ。あれくらい言わないとね」

 そう言うと、ダガーはにこりと微笑んだ。少し泣いたらすっきりしたようだ。

 ―でも、さっきの言葉は心からの本音だろ?―と、ジタンは聞きたかったのだが、なぜかそのことを率直に聞くことができなかった。

「ああ、だめ……。怒ったせいかしら……。また頭が痛くなってしまったわ……」

 突然ダガーは頭を抑えて、ベッドに倒れこむように座ってしまった。

「完全な二日酔いだな、ダガー。一体どれだけ呑んだんだ?」

 ジタンは苦笑して、ダガーの隣に座った。

「そんな、たくさんは呑んでいないわ。えっと……、麦酒をコップで何杯か……ぶどう酒を何杯か……それから、シャンパンを侍女にもらったり、透明で熱いものとか……」

「立派な酒豪だよ、ガーネット女王様!!初めてでそんなに呑めば、次の日はきつくて当たり前さ」

 ジタンは愉快そうにケラケラと笑っていた。そして

「いい事を教えてあげるよ。二日酔いの頭痛には、クポの実の果肉をこめかみに貼ると良いんだ」

 ダガーはそれを聞いてきょとんとしていた。しばらくそれを想像すると

「何、それ。なんだか格好悪いわ。本当なの??」

「本当さ!!リンドブルムでは常識の民間療法で、みんなやってる」

「わたくし、そんなの見たことも聞いたこともないわ。ジタンは試したことが?」

 そう尋ねられるとジタンは少し間があってからニカリといたずらっぽく笑って

「オレか?いいや?あるわけないじゃないか!格好悪いしな!!」

 とあっけらかんと言った。

「何よそれ!じゃあどうして私に勧めるの?もぅっ!ジタンったら」

 一瞬怒りによって口輪尖らせたダガーだったが、すぐにフフフと笑いを漏らしていた。なんだか可笑しくて仕方ない。というより他愛のない話をしていると、とても楽しかった。ジタンもそんなダガーを。見てフフフと静かに笑いを漏らし、いつしかふたりはお互いの顔を見て大笑いするのをこらえるのに必死になっていたのだった。

 そしてお互い笑いを沈めると一息つくと、ジタンから切り出した。

「なあ、ダガー」

 不意に親しみのある名前を呼ばれて、ダガーは自然に「なぁに?」と返事を返した。

「今度さ、二人でゆっくりリンドブルムでデートしようぜ。いつかほら、狩猟祭で優勝したらデーとしてくれるっていう約束さ、まだ果たしてないだろう?だから」

 思いついたように、ジタンはその話を切り出した。これにはダガーも一瞬嬉しそうな顔をしたが、たま何かを考えていた。

「また、古い話をするのね。すっかり忘れてたわ。……わたくしもそうしたいけれど、スタイナーやベアトリクスが許してくれるかどうか……。でもジタン、どうしてリンドブルムなの?」

「ン?何ならトレノだっていいし、そうだな、黒魔導師の村や、マダイン・サリにもあれから行ってないだろ。いっそのこと、この際いろんなところを回ってみようか?どちらにしても、アレクサンドリアの国内じゃあデートなんかしたら、目立って仕方がないだろうからって思っただけさ。もしバレると騒ぎになるかも知れないし」

 ジタンはかつての旅の、色々な思い出を手繰るように虚空を見上げて語っていた。

「でもわたくし、城をそう簡単に離れるわけには……」

「なぁに、今はモンスターの脅威もないし、国も至って平和だろ?世界の視察とかなんとか理由をつければ、大丈夫だって!それにマダイン・サリといえば、ダガーの本当の故郷だ。そこへ二年ぶりに行くって言えばさ、たいした事が国で起こってないならおっさんも止めやしないさ」

 ジタンは自信たっぷりにそう断言した。ダガーはしばらく考えていたが、ひとつ頷くと、

「……そうよね、わかったわ。ベアトリクスにでも相談してみるわ。私もとても気になっていたの。根の暴走で酷いことになってないかしらって。エーコの家でも在るし、モーグリたちも心配だったわ。それに……ビビのお墓にも、行きたいし……」

 ダガーは悲しい思い出が過ったのか、顔を少しだけうつむかせて声をつまらせた。

「よしっ。どこへでも付き合いますよ。そうと決まれば、モーグリにでも手紙を渡してくれよ。そしたら、いつでも迎えに行くからさ!」

 ジタンは努めて元気な声でダガーにそう告げた。ダガーもそんなジタンの言葉を嬉しく思ったのか、顔を再び上げると「ええ、きっと手紙を書くわ。なんとか説得してみせる」と、明るく言ってくれたのだった。

「……じゃあ俺、今日のところは引き上げるよ」

「え……」

 ジタンが帰ると言うのを聞くと、ダガーはまた途端に表情を曇らせた。しかし、

「そ、そうよね。また誰かが来たら、面倒だもの、ね……」

 と、素直にその言葉を受け入れていたが、その表情はまったく逆を物語っていた。

「そんな顔をしないでくれよ……帰れなくなっちまう」

 ジタンはダガーの手を軽く握って、慰めるようなやさしい笑顔で彼女を諭した。

「いいの、ちょっと寂しくなっただけ。さぁ、誰かが来ないうちに。今度はちゃんと正面から来てね。今度は追い返したりしないわ」

「そりゃよろしくな。もうおっさんに追いかけられるのはまっぴらだよ。じゃあ」

 そういうとジタンは窓を開けてバルコニーに出た。夕方の風が少し冷たかったが、ダガーはちゃんと付いてきて見送ってくれている。ジタンはバルコニーの桟に手をかけると、下を確認するようにキョロキョロと辺りを見渡していた。巡回の兵士が来ないのを確認すると、よし、と小さく頷く。しかし次の瞬間

「おっと、忘れ物」

と、一度振り返り見送るダガーの唇にすばやく軽くくちづけをしたのだ。そしてもう振り返ることなく、ジタンは身軽に下へとあっという間に降りていったのだった。

「……ジタン……」

 ダガーは唇に残る感触に胸を熱くしながら、ジタンが無事に下へ降りるのをしっかりと見守っていた。下で一度手を振る彼に小さく手を振り返す。

 すると次の瞬間、またもや扉をノックする乾いた音が部屋に響いた。ダガーは飛び上がるほど驚いて、またスタイナーなの!?と思わずうんざりとしかけたが、その予想は外れていた。

「ガーネット様、ベアトリクスでございます。お加減はいかがですか?」

「ベアトリクス?」

 ダガーは少し安堵し胸をなでおろした。今はスタイナーには会いたくはなかったから。

「入ってもよろしいでしょうか」

 ダガーは少し迷ったが、デート……いや、『視察』の事も相談しようと思い、「ええ、入って頂戴」と声をかけた。

「失礼致します」

ベアトリクスが部屋に入ってきた。ガーネットは窓を閉めて、ベアトリクスのほうに体を向けた。

「ガーネット様、もう随分よろしいのですか?」

「え、ええ。まだ頭は痛いけれど随分体は軽くなりました。心配をかけて御免なさいね」

 ベアトリクスは何故かベッドのそばにあった椅子を所定の場所に戻そうとしていたが、

「あら、ジタン殿がおいでになっていたのですね?」

 などと突然言うので、ガーネットは心臓がぎくりと踊った。

「どっ、どうして……?」と思わず聞くと

「こんな綺麗な金髪の侍女は、この城内にはおりませぬ」

 ベアトリクスはそう穏やかに言いながら、椅子に残っていたジタンの髪の毛を、ひとつひとつ丁寧に拾ってくず箱に落とす。

「…………」

 ガーネットは、怒られてしまうかな、とうつむき加減で、唇をかんでいた。

「スタイナーから話を聞きました。彼が不躾なことを言いまして、私が代わって謝ります。どうかこのベアトリクスめに免じ、スタイナーの無礼をなにとぞお許しを」

 ベアトリクスは突然その場で跪き、深々と頭を下げた。その姿にガーネットは驚きあわてて、

「ベアトリクス、そんな、面をあげなさい。あれはもういいの。わたくしはもう気にはしていません。あなたが謝ることでは」

「寛大なお心に感謝いたします。ガーネット様」

 ベアトリクスは立ち上がると、もう一度頭を下げた。

「彼の心配も理解してるの。一理あると思っているわ」

 ガーネットは苦笑して、ベアトリクスにこう言った。

「そうでしょうか……」

「えっ?」

 ベアトリクスの意外な言葉に、ガーネットは驚いて声を上げた。ベアトリクスは言葉を続ける。

「ガーネット様にジタン殿が必要なのは間違いのないことですし、そのことを阻む権利は誰にもありません。私はジタン殿が力になってくだされば、ガーネット様は今よりもずっと素晴らしい女王となっていただけると確信しております。亡きブラネ様が、そうであったように」

「お母様……?」

 ガーネットは、どういうことなのかとベアトリクスに尋ねると彼女は少し昔の話をしてくれた。

「亡きガーネット様の父王様とブラネ様は、確かにお二人で力を合わせてこの国を治めてらした頃は、本当に稀代の素晴らしい王でした。私はそんなお二人に憧れ、このアレクサンドリアの女性兵に志願したのです。私がこの素晴らしいお二人の王をお守りしたいと心から思ったからです。それほど、あの頃の両陛下は素晴らしかった。そう、初めて私がお城に召し上がったのは十七歳の頃でした」

「ベアトリクスは、わたくしが始めてこの城に来た頃を覚えている?」

「その頃は残念ながら、私は側近ではなかったので……。ブラネ様は、……その……、実子であるガーネット様が亡くなられたということは公にはしておられなかったようです。この話は、トット師にお尋ねになったほうが良ろしいかと存じます」

 ベアトリクスが少し済まなそうにしていたのでガーネットは「ごめんなさい、知らないならいいの」と、うなだれた。

「しかし、これだけは言えます。両陛下はガーネット様が亡くなられたとは思っていなかったのです。実子である姫が亡くなられたとは発表をしなかったのがその証拠。ここに居るガーネット様は間違いなく、実の姫として愛されていました。何年か前に王が亡くなられても、ブラネ様は亡き王への思いとガーネット様への愛で、この国を懸命守っていらしたのです……。しかし、あのクジャにそそのかされて、何かが壊れてしまった……。きっと、お疲れであった時だと思います。思いの強さを逆手に取られたのだと思います。―でなければ、今もなお国民に慕われているなど、ありえません」

 ガーネットは、それをうつむいて、黙って聞いていた。

「強くなってください。亡き女王陛下のように。幸いブラネ様と違い、ガーネット様にはジタン殿がいつも傍にいてくれます。私は、それが言いたかったのです」

 なおも、ガーネットは何も言葉を発さず、部屋には沈黙が流れた。……あまりにも長い沈黙。ベアトリクスは、今のガーネットにこの話は酷であったかと不安になり

「今日の私は少し出過ぎてしまったようですね……。重ね重ね、無礼をお許し下さい」と、頭を下げようとした。

「そうではないの、ベアトリクス。わたくしは今、亡くなる間際……お母様がわたくしに言ってくれた言葉を思い出して、ずっと考えていました……」

 ベアトリクスははっとしたように顔を上げ、ガーネットの顔を見つめた。

 

 

 

 

 

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Last updated 2015/5/1

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