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碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ

04. ガーネットの気持ち、ダガーの想い。

 早くも陽は天辺を通り過ぎ、昼下がりとなった頃。

 ジタンはいくらか酒の匂いが飛んだのを確認してから川を渡り、アレクサンドリア城に向かった。城門を抜け、正面の入り口から堂々と入ろうとしたその時だ。正面玄関ホールの向こうから、よく聞き覚えのあるガシャンガシャンという金属音と、そしてけたたましい雄たけびがこちらに物凄い勢いで近づいてきたのだ。

「うおおおおおおおおおおおああああ!!!ジタァーーーーーーーン!!!貴様は城内には一歩たりとも進入してはならァーーーーーーーーーん!!!」

 そう、それは無論スタイナーの雄たけびだった。その手にはあの、永遠の闇すらも討ち取った神剣ラグナロクを抜いていた!それにはジタンも驚愕し、悲鳴をあげて一度城外へと退去するしかなかった。しかし城を一旦出てからすぐに怒りが込み上げて来たジタンは、スタイナーに抗議の声を激しく上げる。

「一体、何なんだよオッサン!なんでオレが城に入っちゃいけないのかよ!?」

「黙れ、この外道!!良いか、これはガーネット女王陛下じきじきのご命令なのである!!おいたわしや、陛下は貴様のせいで今日は床から起き上がる事すらままならぬ!!覚えておけ!陛下のご容態が回復しだい貴様は”コレ”だ!!」

 スタイナーは首の前で横にした手を右に切る、つまり「首」のポーズでジタンを威圧した。要するに「首をはねるぞ」という意味である。ジタンは訳がわからずに、

「何でオレのせいなんだ!?ダガーがそう言ったのか?」

「う……いや、そんな事は直接おっしゃっていない。しかし貴様に会いたくないとなれば、起き上がれないのは貴様のせいと思うのが常套であろう!さあ、帰るがいい。この場で剣の錆となりたいのか!?」

(どういう事だろう……ダガーがオレと会いたくないなんて……。)

 その場でしばらく考えていたが、側で「斬るぞ!!!本当に斬り捨てるぞ!!」と、スタイナーのおっさんがひっきりなしに怒鳴り立ててうるさいので、とりあえず「解ったよ。今日は退散するよ」と言って帰るフリをした。そうして船着場の方に歩いて行くように見せかけ、素早く姿を隠すとうまく城の裏側へと潜り込んだのだ。

 昨日、飛び降りたのはここだっけと、ジタンが目星をつけたのはそう、ダガーの寝室の真下である。

(うん。これなら、登れるな。)

 そう確信すると、ジタンは巡回の兵が来ないのを確認して素早く城壁を登っていった。

 

 

 一方、ダガーの寝室ではジタンを追っ払ったスタイナーが早速その報告をしているところだった。

「ガーネット様!!ただ今ジタンめがのこのことやって参りましたがこのスタイナーが見事追い払いまして御座います!!」

「そう……。ありがとう……。下がって良いわ」

「ははっ!!では失礼致します!」

 ガチャガチャ、と音がしたと思うと(多分、敬礼をした音だろう)その足跡が徐々に遠のいていったのをガーネットは確認する。そしてベッドの中で寝返りを打つと、頭を少し抑えながら、「んん……」と唸ると、顔をしかめ、短く溜息を吐いた。

「ジタンのばか……。ジタンが悪いのよ……」

 と独り事を呟いていた。

「だぁれが、ばかだって??」

「!!!?」

 予期せぬ声が不意に部屋に響いて、ダガーは驚いて飛び起きた。そう、それは間違いなくジタンの声だったのだ。

「ジタン……!どうして。帰ったのでは……」

「約束しただろ?今日逢いに行くって。それより本当に起き上がれないんだな。どこが悪いんだ?」

「………………」

 ジタンの問いかけにも、ダガーは黙ったままだ。

「どうして、オレに会いたくないだなんて」

 するとダガーはまた頭からすっぽりと布団を覆い、

「ジタン、今日は会いたくないの。帰って!……お願いよ……」

 最後は消え入りそうな声でダガーは懇願したが、それを聞いてもジタンは動かなかった。

「嫌だね。オレに会いたくない理由を聞くまでは帰らないよ」

 そう告げると部屋にあった椅子をベッドの近くへと持っていきどかりと座って、しばらく待つという姿勢を示した。

 長い間沈黙。部屋には静寂の時間が続いたが、ジタンは根気良くダガーを見守っていた。するとダガーは少しずつ、言葉を途切れさせながらも口にし始めた。

「あの、……ジタン……。昨夜の事、なんだけれど……覚えている……?」

 ジタンは少し考えてから、答えた。

「ああ、覚えてる。もちろん、忘れるわけがないよ。とても……とても最高の夜だったと思う。色んな意味でね」

 それを聞いて、ベッドの中でダガーは小さく何かを呟いたようだったが、ジタンには聞き取れなかった。そして、

「…………私……、なぜあんな……あんな事をしたのか、わからないの……」

「それは、オレの事が好きだから、じゃないのかい?」

「もちろん、それは。……でも、今思い出すと、恥ずかしくて、頭と胸がいっぱいで……。頭が痛いわ……。吐き気もするし……」

 それを聞くと、ジタンは少し笑った。

「病気はそれかい、ダガー。酒を呑むのは初めて?」

「ええ……」

 ジタンがほっとしているようだったので、少し訝しる。

「それなら、夜にはすっきりするから安心だ。てっきり昨夜の事で気分を悪くしてしまったのかと思って、肝が冷えたよ」

 そう言うとジタンは胸を撫で下ろしたのだった。

「なあ、昨夜の事……。ダガーは何を気にしているのか解らないよ。もし、はしたなかったのでは、なんで思っているなら、間違いだよ。だってさ……、はしたないなんて言ってたら、なんていうか、恋なんてできない」

 それまでダガーは黙って聞いていたが、ようやく口を開いた。

「じゃあ、どうして、帰ってしまったの……?ずっと居て欲しかったのに……!」

恥ずかしそうに、けれど想いを吐き出したように搾り出すようなダガーの声が布団の中から響く。その声はジタンの心に刺さる気がした。少し考えてからジタンは言った。

「だからてっきり、はしたないとオレに思われたと?それは違うよ。昨夜は、オレもダガーも、少し酒が入ってて大胆になっていた。あんまりダガーが綺麗で、でもだからこそこのまま居ると酒に任せて行き過ぎてしまう事になってしまいそうで……。だから、頭を冷やすために……ね。だけど傷つけてしまったんならごめんよ」

 ジタンも少し照れながら、そう釈明をした。すると、ダガーはようやく布団から顔を出してくれた。

「本当……?」

 ジタンは椅子から立ち上がり、ダガーのベッドの傍らにしゃがんだ。

「もちろん!……先は長いんだよ。焦ることなんてない。気持ちが大切だと思ってるから」

「ジタン……。ありがとう。そんんに、大切に思ってくれてたなんて……私……」

 ようやく、ダガーはきちんと顔を見せてくれ、にっこりと笑ってくれた。

「やっと、笑ってくれたな」

 ジタンもホッとしたのか笑みを洩らし、お互い目が合うと、照れてクスクスと笑ってしまうほどだった。

「なんだか、照れちゃう……。どうしてかしら」

 ダガーは言葉どおり顔を赤くして、両手で顔を覆うようなしぐさをしていた。

「まだ、外が明るいからかな??」

 そう言うと、ジタンはそっとダガーの髪に手を触れた。するとそこへ、またもやあのけたたましい金属音が近づいて来た。ジタンがぎょっとする間もなく、

「失礼致します!ガーネット様、水とくだものをお持ちしましたのであります!!」

 と、でかい声が響いた。

 (やべ!!)

 ジタンはとっさにベッドの下に潜り込んだ。

 (ダガー、早いこと追い払ってくれよ!)

 小声でジタンはダガーに声をかける。

 (わ、わかったわ……!)

 こちらも小声で返事をすると、ダガーは息を整えて「お入りなさい」と出来るだけ平静な態度でスタイナーに声をかけた。しかし(それにしても、どうしてスタイナーがそんなことを……?こんなこと、侍女の仕事なのに)と、訝しむ。

「はっ!!失礼致します!!」

 そう声を発すると、遠慮なくスタイナーは部屋に入ってきた。

「ここに置いてもよろしいでありますか」と、慣れない手つきで持参の果物と水の載せられたトレイをサイドテーブルに置くが、丁寧にやったつもりだろうが慣れないせいか、がしゃりと彼の鎧と同じ金属音が部屋に響いた。それで用は済んで出て行ってくれると思いきや、スタイナーはなぜか出て行かずに部屋を見渡していた。もしかしてジタンが来ている気配を察知しているのかしら、とダガーは心中ハラハラしていた。

「あの、スタイナー?用が済んだのなら……」

 ダガーが、出て行ってもらいたくて声をかけようとしたそのとき、スタイナーが意を決したように声を発した。

「ガーネット様!……自分は……こんなに残念な思いは初めてであります!!」

「え??」

 ダガーはスタイナーの唐突なそんなセリフに面食らってしまい、一体何の事かと困惑の声を上げた。

「どうして、どうしてこのスタイナーに何のご相談もしていただけないのですか!!」

「えっ!!??い、一体何の事を言っているの?わたくしにはさっぱり……」

「ああ、おいたわしや!!隠しておいででも自分にはわかります!……うぉっ!!……うおっ!!」

 突然、嗚咽を洩らすスタイナーに、ダガーは驚き、

「ねっ、スタイナー!?ど、どうして泣いているの!?お、面をおあげなさい……ねえ」

 (一体、何なんだ・!!??おっさん、ついに頭がいかれたか……)これにはベッドの下で息を殺しているジタンも?マークしか頭に浮かんでこない。

「正直におっしゃってください!!昨夜、あの、ジタンめに何か酷いことをされたのではありませんか」

 ダガーは彼の発する言葉の意味を少し考えたが、

「いいえ、そんなことはありませんよ」と答えた。別に嘘ではない。しかしスタイナーはなおも食い下がる。

「しっ、しかし、ではなぜ今日はそのように一日中ベッドに塞ぎこんでおられるのですか!まるでどなたとも顔を合わせたがらぬように。頭が痛い、吐き気がするなどと、今までこのようなことはありませんでした。これではまるで……」

 ここで言葉が詰まってしまったスタイナーに、「まるで、何ですか??」と、ダガーは訝しがり、問い質す。

「……のような不躾な事、一兵士から申せることでありませんが…………」

 と、はぐらかしてしまった。しかしベッドの下のジタンは怒り心頭だ。

(何が言いたいのかまる解りだぜ!何を考えてやがる、このおやじはァ!オレがそんなことをする訳が……)と。しかし成り行きによってはそうならなかったともいえないだけに、そこではたと、僅かな後ろめたさを感じてしまった。

(くそー、早く出て行きやがれ!)

「兎に角もしもそのようなことがあれば、今すぐにでもあのジタンめをひっとらえてですな……!」

 何が何でも怒っているスタイナーに痺れを切らし、彼の言葉をダガーが遮った。

「いいかげんになさい、アデルバート=スタイナー!!」

 突然、フルネームを呼ばれた彼は、ほぼ反射的に直立不動の姿勢となった。主に名と姓を呼ばれるということは、兵士としての全人格を込めての重大な命令であることを示す事であるのだ。

「わたくしは、貴方が何を言いたいのかはよくは判らないけれど、ともかく、わたくしは ジタンに酷いことなどされてはいません。それどころか……人生最高の日でしたよ。だって、ジタンが、死んだと誰もが諦めていたジタンが帰ってきたのよ!?あの、荒れ狂うイーファの樹の根元から、彼は帰ってきたのよ!ねえ、スタイナー、兵士としてではないわ、かつて共に戦った、仲間として貴方に聞くわ。スタイナー、貴方は嬉しくはないの?かつての仲間が、あの死地から生還してきたというのに!」

 だんだんと顔までも紅潮させながら、ダガーは夢中でまくし立てていた。その表情と口調、は怒りと悲しみがまじっていた。

 これにはスタイナーもたじろいており

「そっそれは、見上げた男と仰天いたしました。しかし、それとこれとは別で御座います。ガーネット様はこれからという大事な御身、心を乱して欲しくはないだけであります!」

「心を・……乱す」

 ダガーは、口をつぐんでしまった。その瞬間昨晩の出来事を思い出してしまったのだ。自分でも信じられないような、大胆なキスの事をー。しかし、すぐに頭を振って、スタイナーに言い返した。

「スタイナー、貴方や、ベアトリクス、トット先生、……そしてフライヤ、クイナ、エーコ、城の全てのみんな、シドおじ様やヒルダ様まで、みんな、私の事を気遣ってくれて、助けてくれてありがたいと思っているわ。けれど、……けれど、……けれど、それでも、私は、一番心の支えになっていたのはジタンとの出会い、思い出……。そんな、彼が帰ってきてくれて、死んだと思っていた、愛する人が帰ってきてくれたというのに、そんな彼に少しくらい甘えては、心の支えになってもらっては、私は……女王は許されないというの!?」

「ガ、ガーネット様・……」

 目に涙を溜めて訴えている、まだ十八歳の女王に、スタイナーも完全に狼狽し言葉を失っていた。

 そして、ベッドの下で息を殺すジタンにも、同じようにその言葉は突き刺さっていた。思えば、これほど大きな王国の女王として、わずか十八歳で一人で治めるには、並大抵の気苦労や努力など想像もつかないほどだ。きっとどんな苦労を考えたとしても、余りあるほどだろう。先王であったふた親の言葉も受けられず、想いだけをずっとその小さな肩に背負っていかなければならないのだ。そう、きっと生きている限り。その心に密かに封印した何かが、昨夜や、今、ジタンやスタイナーにこういう形で噴出したのだろうか。

「……ごめんなさい……。大きな声を出して、取り乱してしまって。判っているのよ、スタイナー、あなたの心配も。わたくは女王ですものね。全ての国民に恥じない生き方を示さなければ……」

 瞳から零れ落ちた涙をぬぐって、顔を上げた。

「でも、信じて。ジタンはそんな人じゃないわ。昨日は、祝福してくれたものね、スタイナー。判ってたはずなのに、心配をしてくれただけでしょう?」

 ダガーは何も言うことが出来ず直立不動で、少し小刻みに震えているスタイナーに背を向けると、

「どうも、ありがとう……。下がっていいわ」とだけ告げた。

「は、はいっ!!!しっ、失礼、致しました……」

 ついにスタイナーは一言も反論できず、丁寧な敬礼をして退室したのだった。

「…………」

 扉が閉まり、スタイナーの足音が完全に聞こえなくなるのを確認すると、ジタンもベッドの下から這い出てきた。

 しかしジタンも、今のダガーにかける言葉が見つからなかった。ただ、沈黙して、ダガーを正面から見つめた。彼女と目が合うと、ただ、抱き締めてあげることしか出来なかった。

 その間、しばらくダガーは、ジタンの腕の中で声を殺しながら泣いているようだった。

 

 

―――オレは一体ダガーに、どれ程の事をしてあげられるのだろうか……―――

 

 

 

Last updated 2015/5/1

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