碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ
03. 急転
正直ジタンはどうしようかと思った。この状況を。考えてみれば愛しいーそれも相思相愛のー人と寝室で二人きりなのだ。何もしないのも失礼なのではないか?などと思わず考えた。
しかし、相手はかつての仲間だとはいえ、一国の女王なのだ。下手に変な事になると彼女の品位に傷がつく。別に焦る気もないし、ゆっくり思いを暖めておくことができれば、と考えた。今お互い何を話そうかと迷ってしまう。話す事はいっぱいあるのに、なぜか二の句を告げられなかった。同じベッドの上で隣に座り合って、ダガーも何か焦れったいような態度を取りはじめる。そして口火を切ったのはやはりダガーだった。
「あれから、随分長い時間が経った気がする……。たったの二年程の間なのにね。懐かしくもあるし、思い出したくないこともいっぱい。……けど、すべては私の大切な思い出……」
懐かしそうにダガーは目を細める。そしてジタンの存在を確かめるように、腕にもたれ掛かってきた。ジタンも色々と思い出しながら、ダガーの髪を少し恐る恐る撫でた。
「けど、何年経っても、オレのダガーへの気持ちは変わらないぜ」
「………………」
「ダガー?」
「私は……変わった」
「えっ!?」
ジタンはその言葉ににギョッとせずにいられなかった。
ジタンは、彼女の真意を確かめるように彼女の顔を見つめた。黙って、見つめるしかできなかった。やがてダガーはベッドに座ったまま、ジタンとは視線を決して合わそうとはせずに、こう口を開いた。
「嫌いだったの……ジタンなんて。だって、あなたはいつも私の事などいつも子供扱いで、なんて無礼で人を見下した人だと心の中で苛立っていたわ」
「……………………」
「私はずっとあなたを嫌いのまま。あなたがいなくなって、ずっとずっと、嫌いで、あなたなんて帰って来なくていいと」
「ダガー、もういいよ」
ジタンは、彼女の悲痛な表情を見て、もうそれ以上は言わせないように言葉を制した。しかし彼女は言葉を発することを止めなかった。その瞳からは涙がこぼれていたが、止めようとはなかった。
「本当なの。私は、心のどこかで、ジタンがあの場所から帰ってこないほうが今の自分を美しく飾れると思ったの。心を揺るがす事もなく円満に女王としてやっていけると思ったの。けれど……けど……あの時、あなたの姿を見た瞬間、全てを投げ捨ててもあなたの傍に行きたいと思った……」
「…………」
ジタンは最早、黙ってダガーの告白を聞いていた。彼女は涙を拭いながら、ジタンに顔を向けた。
「私を、許して……。ジタン……」
「許してくれなんて……。待たせたオレも悪かったんだ、おあいこさ。いや、ダガーが背負っている重圧を思えば……」
ジタンは一度言葉を詰まらせた。そして「……当然かもしれない」と、少し、淋しそうに笑った。
「……どうして、そんなことをわざわざ話すんだ?黙っていれば分からないのに」
ジタンは、彼女の頬を伝う涙をそっと指で拭いながら、問い掛けずには居られなかった。(もしかして、オレを試しているのか?)そう思わずには居られなかった。
「わからない……けれど……多分……私、ジタンに意地を張るのはもう……いやなの」
そう言うと、ダガーの手が、彼女の頬にあてがわれたジタンの手に重ねられた。
「暖かい手……。この手にまた触れられるなんて……。忘れようとしていたなんて……」
「多分それだっておあいこだ。本当はオレも、イーファの樹に入ろうとした時、生きて帰る絶対の自信があったわけじゃない。危うく君を置いてクリスタルに返っちまうところだったさ」
そう言うや次の瞬間、ジタンは強い力でタガーを抱き締めた。
「あ……っ」
抱きしめられたダガーは、つい吐息を漏らす。そして、二人はどちらからともなく、唇を重ねていた。ジタンのほうは、仲直りのキスのつもりだった。だが、ふと気が付くと、段々とダガーの方が大胆になっていくのがわかった。抱き合っていると、実に積極的に力を込めて、時々息が漏れるほどの激しく、情熱的なキスをしていた。こうなると、酔いも覚めかけていたジタンの方が、異変に気づいてしまう。ほのかに鼻腔を掠める甘くてつんとした匂いにも気づいた。
(もしかしてかなりダガーも……かなり呑んでるな)
それに気が付くと、ジタンはどうにかおかしな事にならないように頭をひねるしかなかった。なんとか体をひねり、抱きしめていたダガーと一緒にベッドからわざと転落した。もちろん、それはさりげなく、やむを得ないように落ちたのだ。
「うわっ!!}
「……っきゃっ!!?」
ダガーはもちろん驚いていたが、ジタンは、勿論彼女が怪我をしないようにうまくかばって落ちたので、痛くはないはずだった。そして、ジタンはハッとしたような演技をすると、少しだけ残念そうな表情で
「そろそろ、帰るよ。あまりここにいても、スタイナーとかがうるさいだろ?」
と、さりげなく切り出した。
「えっ……あ、……そ、・・そうね」
ダガーは明らかに残念そうな表情を隠しもせず、切ない表情でジタンを見つめていた。
ジタンはその顔を見ると強烈に後ろ髪を引かれる思いだったが、意を決して、にこりと表情を作って見せた。
「そんな顔をするなよ。いつでも逢いに来るよ。そう、また明日でもあさってでも。……な???」
それでも、ダガーの表情は晴れなかったが、部屋のバルコニーに出て、少しだけ二人で風に当たると、ジタンはいつまでも手を握っているダガーの額にそっとキスをすると、
「明日、絶対に逢いに行くよ!」
そう告げると、窓から飛び降りた。
ダガーは少し驚いたようだったが、順調に地面にたどりついたジタンを見ると安心したようだ。ジタンは着地をすると一度だけダガーの居る部屋を振り返った。彼女はいつまでも同じ、切ない表情のまま、ジタンを目で見送っていた。
(……オレだって、できるものならダガーをモノにしたいけど……、けど、こんな酔った勢いなんて、最高にカッコ悪いじゃないか。)
ジタンは、心の中でつぶやいた。
―やっぱり最高のお宝は、それなりの心構えをしてから手に入れたいからな。―
そして想いを吹っ切るようにお堀の方まで走り出したのである。
渡りの船はすでに船頭役の女兵が引き上げたままだったので、自力で船を漕いで城下町へと辿り着いた。もちろん目指す先はあそこだった。それはアレクサンドリアの裏路地街。
(あいつら、まだ呑んでるかな?)
ジタンがそっと顔を出した先はもちろん、ルビィが経営する小劇場だった。入り口には 『今夜は祭りのため休場・主のルビィはなんと、ガーネット女王陛下の御前で堂々主役!』などと大きく大きく書かれた張り紙が張ってあった。構わずジタンはそっと扉を開けると、案の定そこはすでにものすごい酒の匂いと共にすでに出来上がっているタンタラスのメンバーが屯していた。ロウェルもいたが、可愛そうに反吐を回りに残しながらグロッキーになって、床に転がっている。転がされているという方が正しいかもしれない。
「うわあ、ロウェル・……、あーあ、お気の毒様」
ジタンがそうつぶやきながら転がるロウェルに向かい合掌すると、ルビィが大きな声を上げてジタンのそばに走り寄ってきた。
「なんやあ!!ジタンやんか!!?あんた、今日はずっとダガーと一緒に過ごすもんやとばかり思うとったのに。どないしたん?喧嘩でもしてんか?あっ、どーせジタンが無神経な事をゆうたんやろ!」
酔った勢いに乗り、いつにも増してルビィのマシンガンマウスは好調だった。流石のジタンも言い返す隙もない。その声で他のメンバー達もジタンに気づき、彼の側へと集まってきた。
「なんでえ、ジタン。情けねぇな。すごすごと怖気づいて逃げてきたってワケだな!」
ボスであり父親代わりでもあるバクーがいきなりいつものように容赦なく痛いところを突いてくる。
「な……なんで、そんなことが分かるんだよっ!?」
ジタンはついムキになり言い返してしまった。こうなってしまうと負けで認めたと同じ事だと頭ではわかっているはずなのに。バクーがいつもの豪快な声でガハハハと笑い
「ま、こっち来いや、座れ」
と発するや否や、全員でジタンを引っ張って行くと椅子にどかっと座らせた。そして用意されていたかのように、酒をガンガン勧められていったのだ。
「こういうときは、呑むのが一番ッス。ジタンさん。さっ」
マーカスの勧めにジタンは何かが吹っ切れてしまったのか、しばらく怪訝な表情を浮かべていたのが一変、
「うー……ん……くそーっ!!呑んでやる!!!」
と、叫んだかと思うとガッとグラスを掴んで物凄い勢いで呑み始めたのだった。
気が付くと、あたりは明るくなっていた。
一瞬、自分がどこにいるかもわからなかったが、あたりに雑魚寝しているタンタラスの姿を見て、「ああ、そっか……」とようやく思い出す始末だった。
「あーっ、頭がいてえ。城といいここといいさすがに飲み過ぎたぜ昨日は!」
そう唸るとジタンはやっとのことで重い体を起こすと、頭を冷やすべくフラフラと表に出ようと立ち上がった。劇場の扉を開けて地上への階段を途中まで上がると、照りつける太陽のその眩しさに立ちくらみがし、その段にそのまま座りこんた。ボーっと街の建物の隙間に覗く空を見上げると、もう陽は真上に差し掛かろうとしているのがわかった。
考えるのは、やはり昨夜のことだった。
(あのまま、オレが帰らなければ、もしかして……)
―結ばれてたのかな―
なんて考えると思わず、頬が緩んでしまう。
「うわっ!気色悪ぅ!!何を一人でニヤついてはんの??どうせえっちな事でも考えとったんやろ!!最悪や」
その唐突な声にびっくりし、ジタンが振り向くと見ると背後に眉間にしわを寄せているルビィが仁王立ちしていた。しかもその指摘は図星だったので、ジタンは思わずあわてて
「なっ、何を!?」と言い返そうとしたが何も言葉が出てこなかった。
「…………・やっぱりやんな……判りやすぅ」
ルビィは呆れ顔を隠さない。
「そないなぁ、いまさら思い出してニヤつくくらいやったら、何で昨夜モノにしいひんかったんや!?」
ルビィの鋭い突っ込みに怯みつつも、待てよ、とはたとジタンは考えた。
「あ、ルビィ、もしかして、昨夜の出来事は、その……」
ジタンが言葉を濁していると、ルビィは「はあ?」と顔をしかめたが、すぐに
「ジタン……、酔っぱらって覚えてへんの。昨夜の、城でのこと全部きっちり喋っとったで。しまいにはうちに管まいてなぁ。女ってどないやねん、ダガーの考えとることがイマイチわからへん、どう思う?あーっ、ルビィとダガーはちゃうよな、やて。ほんまにタチ悪いわ!!」
それを聞いてジタンは自己嫌悪に陥った。仲間だからまだ良いものの、あんなことを人にペラペラと喋ってしまった自分に腹が立ちもした。また、頭を抱えてしまうジタンを見て、ルビィはひとつ溜息を吐くとジタンの隣に座った。
「……うちの意見じゃ、参考にならへんかも知れんけど……」
ジタンは、ルビイの顔を見る。すると彼女はジタンの顔をガッと両手で掴むと、
「一番不安で立場がややこしくて頭を悩ませとんのは誰でもない、ダガーなんや!!これは間違いない話やで。あんたがそんなんでどないすんのや!!帰って来たからにはしっかりとダガーを受け止めてやらんでどないすんのや!?そんな中途半端な事やったらなぁ、ダガーの言った通りや、帰ってきてくれん方がいくらかマシやろ!!」
そしてジタンの顔から手を離すと、
「とりあえず、はよ顔洗って。ダガーに会いに行くんやろ」
そう言うと,ジタンの背中をどんと叩いてまた劇場に入っていった。
Last updated 2015/5/1