碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ
02. 君の部屋で。
「……………………!?なっ、何で」
ジタンは疼く頭をフル回転させ、あのあとの事を思い出そうとしていた。が、さっぱり思い出せずにいた。ダガー起きる前にこっそり退散しようかとも考えながら、ゆっくりと体を起こそうとしていた、その時だった。
「……ん……。あ……?あらジタン、起きたのね。大丈夫?」
と、にっこりしていた。
「えっ……、大丈夫って……」
ダガーは心配そうな顔でジタンを見つめていた。いつもと変わらないダガーだと思った。『なにか』あった感じではないなと。
「ジタンったら、お酒を飲みすぎて倒れていたのよ。覚えてない?ジタンらしくないわ」
「ああ……道理で……、」
部屋をキョロキョロと見回す。ここはどうやら城の中でしかもダガーの寝室のようだった。柱時計を見るとどうやら午前を回ったところの様子。
「あー、えっと、……タンタラスの連中やみんなは?」
ジタンは何かを話さないといけないと思い、とっさにそんなことを聞いた。
「シドおじさまはもちろん、フライヤも国が心配だからというので、さっき帰っていったわ。エーコもおじさまと一緒に。タンタラスのみんなはルビィさんのお店で呑みなおすそうよ。あとのみんなも大体国に帰ってるわ」
「何だ、薄情な連中だな、ブッ倒れたオレを置いたままで帰っちまうなんて」
「そうかしら?私は……」
ダガーはふっと笑うと
「ジタンと二人で過ごすことができて嬉しいわ」
と恥ずかしそうに、そして嬉しそうにはにかみながら、ジタンの手をそっと握った。
ジタンはドキっと心臓が跳ね上がった。どうして今夜はこんなに大胆なんだろう、ダガーは。すると彼女はそんなジタンの戸惑いを知ってか知らずか、クスクスと笑いだした。そして、
「私ね、ジタンがわざと酔っ払ったふりをしているかと思ってたの。けど本当に酔っ払ってるんだもの!びっくりしちゃった」
などとひどく悪戯っぽく無邪気に言うのだ。
「そ、そうか、参ったなぁ。考え事してたらいつのまにか呑みすぎちまって……。あんなにカッコつけたのが台無しだな。ははは」
ジタンも苦笑いだったが、笑顔を見せた。するとそんなジタンの言葉わ受け、ダガーは鋭い質問を投げかける。
「それってどんな考え事……?」
ジタンはそう問われ、しまったと思った。
「いや、その……。これからの事とか、色々……さ」
「これから……」
ダガーはこれからという言葉に反応し、それを呟いた。ジタンのその言葉だけで、大体のことは掴めてしまったのではないかととジタンは思った。
しばし、室内に沈黙が流れる。
しかし"ダガーと結婚をするか、タンタラスを取るか”なんて、言える訳が無い。
ジタンはどう言い訳をしようかと考えていた。するとダガーが口火を切ったのだ。
「実は私も考えていたの。これからのこと……。まだ女王に即位したばかりで、分からないことばかりで……ジタンは生きているのか死んでいるのかも分からなくて……毎日不安でなかなか先に進めなかったけれど、やっとこれで少し先に進める気持ちになってきたの」
ダガーはこちらを見て笑った。
「私はやっと、このアレクサンドリアの女王として生きていけるわ。大変だけれど、ベアトリクスやスタイナー、それにトット先生も戻ってくれて何とかやってるわ。いいえ、やってみせる。かつてはお母さまが成し遂げたように……」
その目は、自信と希望に溢れていた。ますますジタンはどうしようかと迷いが募っていった。
ダガーはふうと一息をついて、少し肩の力を抜いた。
「ねぇ。ジタンはタンタラスに戻って、やっぱりお芝居や、お宝探しを?」
「……………………」
ジタンはすっかり気分が重くなっていていた。彼女の意志の堅さに。自分の意気地のなさに。
「ジタン、……どうしたの?」
少し不安げに、ダガーは尋ねた。
「うん……。トレジャーハントったって、あの旅でだいぶ取りつくしちまったし」
「ふふっ、それはそうね」
「それに、……一番大切なお宝が手に入らないと思うと、やる気も無くなるもんな」
それを聞いて、ダガーはきょとんとした。
「それって……もしかして、私の事……?」
「決まってるだろ?」
「どうして、手に入らないって思うの?」
「どうしてって……、ダガーはこの国で女王として生きるって今言っただろ?……オレに王様なんて、務まんないしさ。……だから」
「自惚れないで」
突然、ダガーがジタンの肩を強い力で押す。ジタンはいきなりの事ですっかり油断しており、ベッドから転げ落ちてしまうほどだった。
「!!?????」
ジタンは訳がわからずベッドの下からダガーを見上げた。するとダガーは笑って
「一体誰が、ジタンにアレクサンドリアの君主なんて務まると思っているっていうの?いいえ、務まりっこないし、第一スタイナーが命懸けでも阻止をしようとするわね。私も、はっきりいって絶対に反対よ」
ダガーは言いながら吹き出して笑いだした。しばしジタンは茫然とし、同時にダガーの言い草に少しかちんときた。その憮然としたジタンの表情に変わるのを見ると、彼女はピタリと笑うのを止めた。
「あのね、ジタン」
「なんだよ?」
「怒ってるの?」
「……別に。ただ、ダガーはオレと一緒にいたくない?」
それを聞くとダガーもベッドの下に降りて、ジタンの目の前に座ると一息吐いて、こう言った。
「私、自由なジタンが好きなのよ。自分でも言ったじゃない。アレクサンドリアにずっと縛られているジタンなんて、ジタンらしくないって思うの」
「………………」
ジタンはなぜこんな気持ちになるのかわからなかった。自分ではそう言ったものの、ダガーに頼まれればあるいはそんな自由すら捨てても構わないとさえ思い始めたのに、と。それが勝手な言い分だとも自覚もするから、こんなに苦しく焦りが伴うのだろう。依然不機嫌な仏頂面を続けているジタンを見て、ダガーは少し悲しい気持ちに苛まれた。
「ねぇ……ジタン……。そんな顔しないで。私……」
その悲しい声に、ようやくジタンもハッとしてダガーの顔を見た。さっきよりもダガーはジタンとの間を詰め、息が吹きかるほどの眼の前にいるのすら今気がついたほどだ。
「あぁ……ごめんよ、ダガー。何か悩んでばっかだな。オレ」
「ううん……。私だって。ずっと一緒に居たいのは同じよ。だけど生きているのを確認できたから安心したのかも。それにね」
ダガーは少し何かを思い出すように目線を上に上げフフ、と笑うとこう言った。
「それに、私たちはとっくの昔に結婚したんじゃなかったかしら」
「……え!?……ああ……もしかして」
ジタンも思い出した。あれは、コンデヤ・パタの事だった。コンデヤ・パタにとっての聖地・イーファの樹に行くために儀式、つまり結婚式をしなければ通れない事情でその儀式をふたりで受けたのだ。つまり、あの村では二人は夫婦と認定されていたのだった。
「けどあれは、そうしないと通れないから仕方なく儀式を受けただけだからなあ」
「え?ジタン、そうだったの?」
ジタンの言葉に、ダガーは少し怒っている様子だった。ジタンはそんな彼女の様子に焦って釈明に追われる。
「ち、違うよ!オレはいつもダガー一筋だったけど、あの時のダガーはオレの事なんてせいぜいお友達くらいにしか思っていなかった……だろ?」
だからダガーにとってみれば仕方なく儀式受けただけだったたろ、と言いたかった。しかし
「……そんなことない。今だから言うけど……、あの時……儀式を受けている間、私、心臓が飛び出そうなくらいドキドキして……。ジタンに悟られないようにするのに必死だったのよ。でもこれが本当だったらどんなに良いだろうって。そんな風に思っている自分にびっくりしてた。しばらくジタンの顔を見るのも恥ずかしかったのに」
ダガーは恥ずかしそうに顔を少し逸らしながら告白してくれたのだが。ジタンにしてみると正に寝耳に水といった告白だった。まさかそのときからそんな風に思ってくれていたなんて。
「でもあの後もずっと、そっけなかったじゃないか」
「だって!」
ダガーは口をとがらせて反論した。
「ジタンったら、すぐふざけるんだもの!私がこんなにドキドキしているのに。すぐに知らないって気持ちになったわ!でも……でもやっぱり……」
「いやあ、オレはさ。ふざけてたっていうより……照れ臭かったりして、明るくしただけなんだけどな。そうしないと一人で意識してしまって、どうしようもなかったからさ」
それでも共通していたのは、二人ともお互いを意識して、自分の気持ちにも意識して戸惑っていただけなのだ。あれから少し時間が経って、さまざまな試練を一緒にくぐりぬけてきてようやく気付くことなのだけど。
部屋には沈黙だけが流れていた。
Last updated 2015/5/1