碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ
01. 再会の宴
真っ赤な夕日が辺り照らす。
巨大な城を護る御剣の尖塔が夕陽をキラキラと映し出し反射して、まるで若い二人を祝福しているかのような情景だった。
その場にいるすべての者に祝福された二人はひとつのシルエットとなり、再会を果たした喜びに溶け合っていた。
そのシルエットを飾るのは、騒々しいほどの祝福の歓声と雨のように降り注ぐ拍手たち。
世界の歓喜をすべて、ここに一つに集めたかのような喜びに満ちた人々の声だった。
しかし二人はその時、お互いの姿以外に何もその目と耳に入らなかった。
二人はこの素晴らしい仲間たちが誂えてくれた壮大で感動的な舞台の上で、名だたる名優がその美技を競う舞台のクライマックスに達したかのように、想いを実らせたのだ。
やがて鳴り止まない拍手と歓声はいつしか夜会の喧騒と変わった。その夜には盛大な宴がアレクサンドリア城で催されたのだ。
もともと、ジタンが生きていることは事前にダガー以外の、スタイナーやベアトリクス,クイナまで知っていた事だったのだ。なので、宴の準備も実は城の主であるガーネット……ダガーにも内緒でこっそりと進められていたというわけだ。
もともと、年に一度のアレクサンドリアのお祭りの日であるこの日は、ブラネ女王の時代から盛大な宴会を催されていた。しかし城はクジャによって壊され、今は国の再建をモットーとして何よりも優先とされていたため祭りは自粛ムードであった。だからかつてよりはとてもささやかな宴だったが、何よりもかつての仲間たちにとって、そして特にガーネットにとって生死も分からなかったジタンとの再会という喜び以上の贈り物があるわけがなかった。
それでも仲間たちは再会の喜びを分かち合い、宴は最高のものとなった。そして宴もたけなわの頃、主役といえるガーネット(もともと彼女の十八才の誕生日の催しなのだ。)の姿がなくなっていた。ジタンは早くダガーと二人で言葉を交わしたくて城内をあちこちを捜し回っていた。
こうして城を駆けずり回っていると、ジタンは初めてダガーと出会った時を思い出すのだった。
(あの時は劇場艇を駆けずり回った挙げ句に、見張り塔の上から旗のロープを使ってオレとダガーは見事なダイブをしたんだっけ)
思えばあの時ジタンの心はもう決まっていたのかもしれない。そう思い懐かしげに塔を見上げてみる。すると、そこには人影が見えた。少し遠いが、よく目を凝らすとそれは間違いなくダガーだった。しかもあの格好は……!
ジタンは全力で長い螺旋階段を駆け登り、息を切らしながらもようやくその人影の元へと辿り着いたのだった。心臓が踊る感触が自分の中でこだまする。走ったからじゃない。心がはじけて熱くなるような心地良い響きだった。
「ど、どうしたんだダガー、こ、こんなところに一人で……。はぁっ。それに、その、服は!」
彼女は振り返り、にっこりと笑みを浮かべていた。
「あら、よくここが解ったわね!ジタン。……ふふ、この服。懐かしいでしょう?今日は着てみても良いかと思って、着替えに行っていたの」
それは、旅の間着ていた見慣れたオレンジのボディスーツだった。二年前よりダガーの体が成長したのか、少しだけキツそうに感じた。
「いやー!オレはドレスのガーネット女王様より、断然こっちのダガーの方がイケてると思うな!」
「そうでしょ!?うれしい。ジタンならそう言ってくれると思ってた」
にっこりと笑うダガー。しかしすぐに彼女の表情が曇り始めた。そして踵を返してジタンに背を向けたと思うと、少し低い声でジタンに問いかけてきたのだ。
「……ねぇ、ジタン。生きていたのなら、どうしてわたくしの所へ真っ先に帰って来なかったのですか……?」
あんなに感動的な演出をしてもやっぱりダガーはすぐに生きていたことを知らせなかったことを怒っているようだった。ジタンがしばし返事に困っていると、ダガーはジタンの方に向き直り、なおも語気を荒げて詰め寄ってくる。顔も気色ばんで紅潮していた。
「ねぇっ!どうしてなの!?じらしていただけなら私、許さないから!」
「は、迫力あるなぁ!ダガーだよ、間違いなく!」
「誤魔化さないで!ちゃんと答えて!私……ずっと……あれからずっと、あなたの事を想って泣いていたのに……!」
「なっ、ダ、ダガー、なぁ……!?」
今しがた怒っていたと思えば、たちまちその大きな瞳から涙が溢れ、止まらない様子だった。ジタンはその涙見ると胸がいっぱいになる。胸が詰まり、何も考えられなくなってしまったのだ。そして、彼女を黙って抱き寄せ、なだめる他なかった。それが精一杯だった。
「泣かないで……くれよ、参ったな。オレだってどんな時だってダガーのことばかり考えてたんだよ。―生きる望み……希望、そのものだった」
この言葉に反応し、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「本当……?」
「ああ。本当さ。そうだな……じゃああの、碧い月に誓って言うよ」
そう言とうとジタンは月に向かい右手を上げて見せた。
「じゃあ、一体どうして……」
再びダガーを抱き締め、ジタンは言葉を選ぼうとして沈黙をした。ダガーには結局のところ本音を言う他無いと決意し、漸くジタンは告白をした。
「……なんて言うかさ、男の虚勢っていうのかな。リンドブルムに半年以上前やっと辿り着いたときはまだオレの体はボロボロでさ。会うにはまだその、カッコ悪かったっていうか……。ちゃんとしてから、ダガーには会いたかった」
「ばか……。私、そんなの気にしないわ。旅の間どれだけボロボロのあなたを見ていたと思うの!?」
「男って、そういうもんさ」
「それが本当なら、男の人ってバカよ」
タガーは呆れた顔をして顎をぷいと上げた。しかし、すぐにダガーは息を呑んで下を向いてしまったのだ。
「……どうかしたかい?」ジタンがなにげに尋ねた。
「あ……いきなり、ジタンの顔がすぐそこにあるのに何だかびっくりしちゃって……」
その瞬間、オレの心がきゅんと鳴るのが聞こえた。直感した。
「どうしてびっくりするんだ?タガー。オレは、もっと近くで、君の顔を見ていたい」
「えっ……」
ダガーは恐る恐るではあったが再び顔を上げてくれた。そんなダガーのことをジタンは心から愛おしくなり、自然とその手はダガーの頬へと伸びて、撫でていた。碧い月に照らされて、一年九ヶ月ぶりに逢うダガーは、以前よりずっと大人っぽく映る。
誰も邪魔はいない。ふたりはゆっくりと、ダガーごく自然に唇を重ね合っていた。
「ブ、ブランクのアニキィ……!オレ鼻血が、止まらねぇス!うわ、わわわ……」
「バッバッカ!きたねえな、マーカス!テメーのバンダナでも鼻にツッ込んでやがれ!!」
―よもやこのやり取りを反対側の塔の屋根から、タンタラスの面々が見守っている(?)とは、さすがのジタンも気が付かなかったに違いない。
「長いな~、しかし。何や、この様子やったら次のステップに進みそうな勢いやな?」
「つっ、次のステップて!……お、おいらも鼻血が出そうずら……」
「がははははは!おおらかで結構じゃねーか!……ヘプション!!チキショー!……んんん?」
バクーは右前方から聞こえてくる、ブリキのこすれるようなガシャンガシャンというけたたましい音にいち早く気が付いた。そう、それはもちろん
「うーむ……あっ!おおっ女王陛下!!探しましたぞ!!……ムッ、誰かが陛下の傍にいっ……むがーーーむぐぐぐ!!」
スタイナーだった。そして、見るとそのスタイナーをベアトリクスとトット師までがスタイナーの口を塞いでいるではないか。
「なっ何をするのだ一体!?ベアトリクス!トット殿まで」
暴れる、手足をばたつかせるスタイナー。そんな彼に、ベアトリクスはやんわりと言い聞かせた。
「今宵はお二人をそっとしておいてあげましょう。今はそれがお二人の為です……」
そう言うと彼女は、スタイナーの首の後に手刀を入れた。その瞬間スタイナーは「ぐぅっ」と唸ると、その場に崩れおちたのだった。
「やれやれ、相変わらず騒々しい御方だ。野暮は無用ですぞ、スタイナー殿。ほっほ」
そして二人はスタイナーを静かに引きずり、城内へと戻っていったのだった。そしてその一部始終を屋根の上から見ていたバクーは、
「やれやれ。あのおっさんはちいとも変わってねぇな!」
と呟くと、ルビィはすかさず
「ボス、おっさん言いますけどぉ~、確実にボスよりは年下ですやん!」
と鋭いツッコミを入れた。
「わはははは!こまけぇ事に気にすんなってんだ!!さて、おれたちも宴に戻っか。これ以上はおれたちも野暮だぜ」
その声を合図に、タンタラスたちも城内へと消えていった。
「……今、何だかスタイナーの声がしたような……!?」
驚いてジタンの胸元から顔を上げ、ダガーは不安げに辺りをきょろきょろと見回した。・
「ん?気のせいだろ。でも、もういいかげん戻らなきゃ不味いかな」
ジタンが彼女の肩をそっと掴もうとすると、彼女はそれを振り払うように再びジタンの胸元に顔を預けた。
「もう少し……。この顔の火照りを冷ましてからじゃないと、みんなに変に思われちゃう……から」
「……そう、だな」
ジタンも、再びそっとダガーを抱きしめた。そうしてしばらく、二人は寄り添っていた。
(このまま、時が止まってしまえばいいのに。)
二人は同時に同じことを思いながらその心で囁いていた。
半時ほど経ってからようやく、二人は宴の行なわれているホールへと向かった。ダガーが先に行き、懐かしい仲間の元へと足を向けた。彼女の姿を見るや否や、
「ダガー!何処行ってたの?探したんだから!あれ?その服!!」
エーコが満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。
そして、ダガーが戻ったのに気が付いたフライヤも彼女に歩み寄って来ては、
「ほほう。やはり見慣れているせいか、その服の方がおぬしらしく見えるのう」
と、微笑ましげに言った。
「ふふ、そうでしょう?みんなと会ったら懐かしくなって今日だけ着てみたくなってしまって」
「ジタンの奴も、懐かしくてまた惚れなおしてしまうじゃろうて」
彼女にしては珍しく、からかうようにそんな言葉を発した。
「えっ……」
そんな言葉を聞き、とっさにダガーは先ほどのキスを思い出して一瞬狼狽した。すると
「なぁっ!そう思うだろ。やっぱりダガーはこうでないとさあ、変な感じだよな」
ジタンがどこにいたのか突然ひょっこりと現われたのだ。それを見るや否やエーコは突然ジタンの腕をむんずと掴むと
「ちょっと、こっち来て!ジタン」
と、彼をホールの端に連れて行こうとしていた。
「な、何だよ、エーコ。あっちじゃマズいのか?」
「うん、あのね。エーコ、ジタンに聞きたいことがあるの」
あまり見ないエーコの真剣な表情に押され、ジタンは素直に付いていくしかなかった。ホールの大きな柱の陰にジタンを引っ張っていくと、エーコはふうと一息吐いた。
ジタンが「で、聞きたいことって何だ?」と尋ねると、
「あのね、ジタンと、ダガーって、結婚するんだよね!?」
「……え??」
あんまり唐突な問い掛けに、ジタンは一瞬凍り付き、言葉に詰まった。それを見てエーコは眉をひそめ
「しないの??だって二人はアイし合ってるんでしょ!?」
と、追込みを掛けられ、さっきのダガーに似て無くもないなあ、などとジタンは心で苦笑いをする。ジタンはすっかり困り果ててしまった。そんなことまで、考えたことがないからだ。ただただダガーにまた逢いたい、その笑顔が見たい、その想いだけでここまでやってきた。その先のことまでは今は考えもつかなかったのだ。
「うーーーーーーん……。その……、そうか、その……けっ、結婚っていうのはさあ……。すぐにはムリなんじゃ、ないかなあ」
すっかり頭がコンフュしてしまったジタンは、エーコそっちのけで頭を抱えながらフラフラと城内へと消えていったのだった。
「な……っ?」
エーコは呆然としたのち、すぐに怒りが込み上げてきたようだ。
「何なのよ!!ジタンったら、エーコの質問にも答えないで変なの!大体さ、今回の事だって立案・脚本はほとんどこのエーコだってのに……ギャッ!!」
エーコはぷりぷりと前も見えないほど怒って歩いていたためか、やおらバクーの体に激突し、勢いつけて転がってしまうぐらい床に飛ばされてしまった。
「んんん?なんじゃい、チビッコか!ちゃんと前見て歩かねえといかん!こしょばいじゃねーか。ガハハハハ!」
「何なのよォーーーーーーー!ジタンといい、バクーといい!もうっ!キィィィィィ!!」
エーコがヒステリックに叫んでいると、その言葉にルビィが尋ねた。
「ん?ジタンがどないかしたん??」
「聞いてくれる??ジタンったらさ!エーコのおかげで盛り上がったのに!エーコが、ダガーと結婚するんだよねって聞いたらさ、ボーっとしてどっか行っちゃってさ!!」
この言葉に、バクーとルビィ、マーカスらも聞こえたらしく、一同は顔を見合わせるとこちらも一同頭を抱えるようにして唸っていた。
「チビちゃん、あんたそらあかん、あかんでぇ!い、いきなリボスキャラ級の難題をふっかけてもうてからに……!」
「あ、あのジタンさんがタンタラスをやめて王様に?考えられないッス」
「まぁず、三日ももたねぇ!!いや、もつはずがねぇ!」
「でも、もしかしてダガーにさ、結婚してって懇願でもされてしまったら……でよ」
「赤ん坊でも、こしらえて??」
『うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!』
思わず、一同は固まってしまっていた。それを見てエーコはますますイライラを募らせていた。
(なんなのさ!?大人って、大人って……理解できないよ!)
その頃、当のジタンはまだバルコニーに出て酒を煽りながら頭を抱えていた。
(結婚なんて、考えていなかったなぁ。正直考えたこともなかった……。タンタラスを離れるなんてオレには考えられないし、一体どうしたら……。王様になる?このオレが?気持ちわりぃ~~!絶対無理だ!……だけどダガーを諦めるなんてとてもできない……)
そんなことばかりをひたすら考えながら、ほとんど無意識のまま手に持つ酒瓶を口に運んではラッパ呑みしていた。
「何だか、ブラネ女王が死んで、おねえちゃんが女王に即位したときみたいだね」
ジタンはその声にぎょっとなった。まさかビビ?いや、ビビはもういないはずなのに。
「なっ……、一体、誰だ」
「ボクだよ」
そこにいたのは、『ビビの子供』の一人の黒魔道士だった。ジタンはなぜかホッと胸を撫で下ろす。
「何だ、びっくりさせんなよ。でもなんだってその事を?」
そのこととはもちろん、旅の途中の事を彼が口にしたからだ。
「ボクはビビのクローンなんだよ。少しくらいなら、彼の記憶も残っているのさ。本当に断片的なんだけれど」
ジタンは少し困惑していたが、すぐにまた、頭がいっぱいになってしまった。
「そうか……。なぁ、考え事をしてるんだ。一人にしてくれないかなぁ」
そう告げられてもなお、こう彼は続けたのだ。
「あの時、ビビ=オルニティアはこう思ったんだって。『ジタンらしくない。』って」
黒魔道士のその回りくどい言い回しにジタンはイライラを募らせ、
「なぁ、ほっ・と・い・て・く・れ!」
と、釘を指した。するとようやく彼は「……わかった」と承知し、会場に消えていった。
その後ろ姿を見て、ちょっと言い方がきつかったかな……と少し反省もしたが、今はとにかくダガーの事で頭が一杯だったのだ。
(オレらしくない、か……。しかしそんな問題でも……。)
ため息を吐きながらあの頃の事をふと思い出す。あの時とはまた事情も微妙に違う。あの時はお互いの気持ちが分からなくて、成り行きを運命に任せるしかなかった。けど今は―。
(一番の解決策……。)
ダガーが女王をやめて、リンドブルムでオレと暮らすこと。
「なんてな。果てしなく無理だよなぁ。この国……アレクサンドリアはダガーにとって、オレにとってのタンタラスと同じ位大切なんだ……。ダガーの、帰る場所なんだから……」
ああ、「めおと団」結成は夢のまた夢……。
またジタンは頭を抱えると、酒を飲み続けたのだった。
それからどのくらい経ったのかジタンにはさっぱり定かではないが、彼は薄明りの中で目が覚めた。ベッドの中だった。何気なく体を起こそうと体に力を入れると、頭が割れるほどの痛みが襲った。
「痛ぇーーーーー……。いや、いつの間に……というかここはどこだろう。見たことあるような気がするけど……」
珍しく体を起こすのも気怠いほどに酔っぱらっていたジタンがやっと寝返りを打った。その時、何か柔らかいモノが肘に当たった。
「……??なんだ、これ」
その柔らかい物体に目をやると、そこには、眠っているダガーの姿があった。
Last updated 2015/5/1