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YOU COULD Be MINE.
Romancing Sa・Ga.

01. 水晶亭にて。

 その日はとても天気が良くて、気分もよく、あらゆることがうまくいきそうな一日になるように思えた。だから少女は、その街に辿り着いて以来ずっと考えていた『ある計画』を、今日こそは成し遂げようと朝から意気揚々とした気分で「その人物」を持っていたのだった。

 

 この、彼女にとっては大きすぎて憂鬱なくらいの都会の街―クリスタルシティに、少女はもうかれこれ十日近くも滞在している。

 最初に来た時は、初めて目にする美しい街並みととにかく大きな建物にただただ驚き感動していたが、今となっては見知らぬ人ばかりで、水晶をモチーフとした青白い建物の数々の印象もあり、少しばかり冷たい街のように思えてきていた。

 一刻も早くここから抜け出すために、力になってくれそうな人間が現れるのを待っているのだが、一向にその気配もないままそろそろ手持ちのお金も尽きつつある。何とかしなければ……。少女の心には焦りばかりが日に日に募っていった。

 

 昼を少しばかり過ぎた頃。

 街で目ぼしい人物を物色し彷徨うのをひとまず止めて、少女は望郷の念に激しく駆られながらもその重い足をパブ兼昼間は飲食店である「水晶亭」へと向けた。そして、まだ客の少ない店内へと入ると、今日も彼女の『定位置』である、カウンターの真横のテーブルに腰を据えたのだった。そんな彼女に、この水晶亭の主である男が声をかけた。

「アイシャちゃん、今日は朝から随分天気が良いようだから、少しは腕のある旅人が来てくれるかもしれないな。まあ僕としては、いっそここで働いていってくれても構わないんだけどねぇ」

 水晶亭のマスターは、そんな励ましをかけつつ彼女にそっと水を差し出した。にこにこといかにも人のよさ気な顔で朗らかに笑ってはいる。アイシャは彼の歳など尋ねたことはなかったが、おそらく三十代なかばであろう。茶色の髪をしていて、ローザリア人ではないのは明らかだった。

 一週間ほど前に、泣き出しそうなひとりの少女・アイシャに事情を聞いてからは、無償で食べ物を振舞ってくれて以来何かと心配してくれている人である。未成年のアイシャが酒は呑まない事と、マスターの目が行き届くようカウンターの傍に居ることを条件にして、村へ帰ることができるまでこっそりと食事をサービスしてくれているという親切なマスターだった。

 

 「あはは、そんなー。あたし十六歳だよ。パブで働いていたりしたらおじさん、おまわりさんに捕まっちゃうかもしれない。そんなことできないよ」

 その少女は、その申し出に驚きつつ、丁重に断っていた。

「なに、別に表でとは言わんさ。裏で皿洗いでもなんでもいいし朝や昼だけでもいい。パブの働きと言っても何も女給ばかりじゃあない。十八になれば働いても構わないよ?アイシャちゃんなら可愛らしいからすぐに店の看板になれる」

 マスターはわっはっはと笑いながらそんな事を言った。マスターの言うように、少女はまだ幼いながらもそのエキゾチックな整った顔立ちと、草原の色を映し込んだかのような明るく不思議な眼差しは、美少女と言うには申し分のないものであった。

「えへへ……お生憎さま。あたしは早く村へ帰らなくちゃいけないの。何年もここに居るつもりはないんだから。おじさんの気持ちはうれしいけどね。ありがとう」

「そうだろうなあ……ま、聞き流してくれ。今日こそ現れると良いねえ。アイシャちゃんを村に届けられる屈強な冒険者が」

「うん……」

 アイシャは願を掛けるように足元に向かい、手を軽く組んだ。

 

 そうしてアイシャは『指定席』に腰を据え、出入りする旅人達を何人か注意深く観察していたが、空が夕焼けになる頃になっても、一向に頼りになりそうな旅人はなかなか現れてくれず、とうとうアイシャはテーブルに突っ伏して、はぁーーーっと大きなため息を吐き始める始末だった。

「あーー、やっぱり今日も駄目なのかなぁーーーっ」

 落胆の色を隠さない彼女にマスターは歩み寄ると

「まぁまぁ。焦ってはだめだよ。強い奴ってのはこんな昼間からのこのことこんな場所には来ないもんだ」

 そんな励ましの言葉を掛ける。

「う、そ、そうよね。よしっ」

 アイシャはテーブルに凭(もた)れていた上体をムクリと起こし、頬っぺたを両手で軽くパチパチと叩き気合を入れなおすような仕草をした。

 

 やがて時刻は夕刻へと移り変わり、水晶亭は飲食店から本格的なパブの様相を呈して来る。今日は天気が良かったせいなのか、客がいつもより多く盛況となっていた。街の人間や旅人、冒険者が入り交じり、酒のテンションも上がりっぱなしで、店の中は嬌声や怒声、笑い声などが飛び交いこれまでアイシャが聞いたこともないような喧しさであった。

「今日はうるさいなあ……。あ、頭痛くなりそう……!」

 アイシャは喧騒と酒の匂いが混じった空気についにたまらなくなり、一旦この喧騒を逃れようと店の外に空気を吸おうと出て行こうとした。すると丁度扉を開けたその時、同時に入ってきた人物がいた。その人物はやたら背が高いせいか、比べて背が小さなアイシャに気がつかなかったのか、その人物の胸元に勢いよく顔からぶつかってしまった。

「キャッッ!!」

 アイシャはその衝撃で、勢いよく床へと転んで倒れてしまったのだ。

「……ん?なんだ……?」

 その人物はといえば、まるでぶつかった衝撃が全く無いかのように悠然と立ち、床に転んだ少女へと視線を落とした。アイシャは床に右手を付いて、すこし打ってしまった右肩をさすっている。

「ン……もう……ッ」

 彼女は転んだのが恥かしいのか、苛立った声をあげたもののなかなか顔を上げず、立ち上がることも出来ない様子だった。。

「おい、立てねえのか?」

 男が声をかける。アイシャは観念したかのように、顔を上げて、立ち上がろうと膝を立てながら、男を見上げた。

「だ……」

 男は一瞬言葉に詰まったように見えた。そしてしばらくその赤毛の少女をを凝視し、しばし無言になったが

「……大丈夫か?」

 と、大きな手を差し伸べてくれた。

 その大男は精悍だが強面であごに不精髭を生やし、長身でがっしりとした体格の男だ。日焼けした浅黒い肌が凄みを滲ませて怖そうな印象を受けたが、そんな彼から徐(おもむ)ろに手を差し伸べられると、

  (怖そうな人だけど、ほんとは優しい人なのかな)

 と、そのように思えてしまった。

 (おじいちゃんも、見かけで人を判断しちゃいけないっていつも言っていたしね)

 

 少女とすれば何しろ、ここ数日目ぼしい冒険者たちに声をかけたが、全く取り合ってくれなかったという経験があった。そればかりか、彼女のような異国風の子供が近づいただけでもやおら睨んでくるような者達ばかりであったから、不安や警戒心ばかりが募る。しかしそんな今までの冒険者たちと違い、この人は案外親切だと直感のようなものを感じた。

 (こんな強そうでしかも優しい人なら、頼めば連れてってくれるかも……!)

 アイシャは立ち上がろうと差し出された男の手を握った。とても肉厚で、あたたかく大きな力強い手だった。

「あ、ありがとう。あ、あの……」

 言いながら、アイシャは立ち上がる。アイシャが立ち上がろうとしたというよりも、ほとんど男の引っ張る力だけで立てたというような感じだった。そして、アイシャはその男の顔をじっと見つめていた。どう切り出そうかと見計らっていたのだ。すると男は

「悪かったな。怪我はないか」と、これまた親切な言葉をかけてくれたのだ。

「ううん、平気、ぜんぜん平気です。で、で、あのー…」

 アイシャは早く頼みごとを言いたくて仕方がないのだが、なかなかきっかけがつかめない。

「なぜこんなところに、あんたみたいな娘が?」

 男はアイシャの顔をまじまじと見ていた。アイシャはここがチャンスと思い、

「あのっ、あなたにその事で、お願いがあるんです!」と切り出した。

「……ん?」

 男は、少女の突然の申し出に少し驚いた様子だったが、

「いいぜ、聞こうじゃねえか」

 と、男は席を探し始めていた。それを見るなり、アイシャは弾む声をあげ、

「じゃあ、こっち。こっちがあたしの特等席なの」

 と男の手を取り、自分のカウンターの隣の「指定席」へと案内した。その様子をマスターが見つけ、

「アイシャちゃん、とうとう見つけたのかい?……こりゃまた強そうな人だなぁ」

 マスターはその見るからに屈強そうな男をしげしげと見つめていたが、(はて、何処かで見た事があるような……?)と、少しだけ気になっていた。

 

「―で、頼みってのは一体何だ?」

 男は案内された席へ腰を据えるや、酒を頼む事もなくすぐにこう切り出した。真面目に少女の話を聞いてくれようとしていたようで、アイシャはそれがまた嬉しくてたまらなかった。

「私、タラール族のアイシャっていいます。タラール族って、知ってますか?」

 

 ―タラール族。

 世界の中心に広がる広大な草原地帯をガレサステップと呼び、そのステップを馬で駆け狩猟をして生活する騎馬民族だ。他の民族とはほとんど交流を持たず、独立した暮らしをしている閉鎖された謎の民族だ。

 話によると世界でもっとも古い民族の直系であるという。暖かい陽の光のような赤い髪と、萌える豊かな草原のような緑色の瞳といったエキゾチックな容貌が特徴である。―

 

「陸(おか)のことはよくわからないから、どこかの噂で小耳に挟んだ程度だ。しかし、ステップ以外ではあまり出ることもない一族だと聞いた気がするんだがな」

 アイシャの問いかけに、男は穏やかに答える。

「基本的にはそう……なんですけど。でも私、村の近くで人さらいにさらわれちゃって、南エスタミルで助けられたあと、ここまでやっとたどりついたんです。だけどもう村はあと一歩だっていうのに、なんだか草原のモンスターが前より強くなっていて、私一人じゃどうしても帰れなくて困っていたの。そこでね」

 アイシャはそこで一段と身を乗り出す。

「あの、あなたのような強そうな冒険者の人にガードしてもらえれば帰れるかなって思って!だから、私をガレサステップのあたしの村まで連れて行ってほしいんです!お願いします!!」

 アイシャは深々と頭を下げて頼み込んだ。その様子は如何にも必死という感じだ。男は小さく唸りながらあごの髭に手をやり空を見つめ、しばらく考えていた様子だ。

 「……確かに。あの辺りは少し前に通ったんだが、野生のモンスターの数が多いしやたらと強いのがいたからなぁ。まあ、そうだな……報酬次第では引き受けてやってもいいぜ」

 男はこう言ってくれたのだ。彼女にとっては奇跡に近いその言葉に、思わず甲高い声で喜びの声をあげた。

「あ、ありがとう!えっと、報酬?お金とかなら、私のおじいちゃんはタラール族の族長なの。だから多少はなんとかなると思う!」

「そうか。なら交渉成立だ。俺も今のところ別段目的のない旅路だ。付き合おうじゃねぇか」

 言うと、男はにやりと口端を上げた。男が笑うと精悍な顔が余計怖く見えたが、アイシャは初めて笑みを見せてくれたことにむしろ安心感を覚えていた。

「あ、あのー、そういえばあなたのお名前は?」

 アイシャは柔らかく小さな両の手で男の手をぎゅっと握ると、男に名を尋ねた。

「俺は、ホークだ」

 短く、男はぶっきらぼうに答える。

「ホークさんって言うの、なんだかイメージどおりのかっこ良いお名前ね。よろしくお願いします!」

 アイシャは嬉しくて、満面の笑みを浮かべながらぺこりとおじぎをすると、嬉しさを隠せない様子であいさつをした。

「……ああ。こちらこそよろしく頼む」

 そうして握手の手を離すと、ようやく男は酒を頼んだのだった。

 

 そうしてアイシャは安堵したのか、いつもより多くの料理を食べ、上機嫌のまま宿へと戻っていった。

 二人は食事を一緒にする間、少しずつではあるが身の上を語り合っていた。

 男……ホークはかつてサンゴ海の船乗りだったが、最近自分の船が嵐で沈んでしまい、今のところ目的も当てもなく、再び船を建て直す日のために旅をしている事を話してくれた。

 アイシャのほうも、ガレサステップを馬で駆けている所、突然人さらいに襲われ連れて行かれたが、エスタミルでなんとか助けられ、下水道を通り、北エスタミルからここまでニューロードを通ってやっと辿り着いたことなどを話した。

 そして、明日の朝には早速ガレサステップへ連れて行ってくれる事を約束し、幸せと食事でお腹を満たしたアイシャは軽い足取りで宿に戻っていったのだった。この十日間あまりは不安で不安で、床に就いても色々なことを考えるとなかなか寝付けない夜を過ごしたものだが、今夜は安心してぐっすり眠れそう!と思ったものだった。

 

 ところが。宿でベッドに入ったものの、意外なことに彼女は村へとようやく帰れそうだという嬉しさからやたら興奮して目が冴えてしまい、なかなか眠りに就くことができずにいた。仕方なく、ベッドで眠ることを諦め床から起き出すと、宿を抜け出して外に出た。空を見上げると月の角度が大分傾いているのがわかる。今日は、ぼんやりとした赤い月。―愛を司る女神、アムトの月だ。この日に恋愛成就の願掛けをしたり、またこの日に結ばれる恋人たちは、永遠に愛しあうことができるという言い伝えがあると言って、友達が熱心にその日に願掛けしていたっけ。だが別段好きな異性などできたこともないアイシャにとって、特別な日でも何でもなかった。

「もー、早く寝ないと、明日きついのになぁー」

 と、独り言を洩らす。

 アイシャがそうこうして夜の道を散歩していると、水晶亭の方からあの男-ホークが歩いて来るのが見えた。

「ホークさん、こんな時間なのにまだお酒呑んでたんだ……」

 アイシャは少しだけ呆れたが、しかしその様子はほとんど酒が入っているように見えないほど普通に見えた。

 世話になる人を見て見ぬふりをするのも気が引けて、何気なく「ホークさーん」と少し大きな声をあげて手を振り声をかけてみた。そんな彼女にホークも気づいたようで、少し間があってから、右手を軽く上げてくれた。そして、アイシャの元へと来るや否や、

「……お前、まだ寝てなかったのか」

 と言い、何故か顔を曇らせていた。

「ホークさんだって。私は嬉しくってどうしても眠れなくてぇ」

 満面の笑みでそう語るアイシャに、男は少し強い眼差しをを向けた。

「まあ楽しみなのはわかるが、かなりいい時間だ。もう寝たほうがいいぜ。と言うより、こんな時間に若い娘が一人で夜道を歩くなんて以ての外だろうが」

 静かに、しかししっかりと釘を刺すように力強い口調で少女を諭した。アイシャはそれに反抗できるわけはなく、素直に「……ごめんなさい……」と謝ってしまうほかない。

「しょうがねえな。部屋まで送るぜ」

 ホークはさっきよりいく分か優しげに口端を上げると、おもむろにその大きな手がアイシャの細い手を取った。

「う、……うん」

 彼女は何の疑問も持たず、実に素直に返事を返すと、そのまま手をつながれて夜道を歩き始める。

 淡い赤い光が夜道を照らす中、アイシャは何か話そうと思ったのだが話題がなかなか見つからずにしばらく二人が無言で歩いていると、唐突に彼は瓶を一つアイシャへと寄越した。

「土産だ。こいつを飲めばぐっすり眠れるだろう」

「なあに?」

 アイシャはその瓶を手に取り蓋を開けて匂いを嗅いでみると、その瓶の中から甘い果実の匂いと、同時に少しだがつんとした酒の匂いを感じた。

「えっ、これ、もしかしてお酒なの?でもあたし、お酒飲んだことないし……」

 と、アイシャは素直にそれを飲むことをためらった。

「なに、酒と言っても軽い物だから大したことない。嫌なら別に無理に呑まなくてもいいが……」

 そう言うとホークは酒瓶を取り戻そうとそれに手をかけたが、アイシャは好奇心と、せっかく持ってきてくれたのだしという思いと、何より無理に飲まなくともいいといった言葉をかけられるとむしろなんだか飲んでみたくなり、意を決するとその酒を突然一気に飲み干したのだ。だが当然飲み慣れないアルコールを突然飲み干すようなことをすれば、どうなるか。

「うっ!!ブハッ……ゲホッ、ゲホッゲホッ!」

 アイシャは案の定と言うべきか、途端に咳こみはじめた。これまで味わったことのない刺激に噎(む)せてしまっていたのだ。

「おいおい!さすがにいきなりそんな飲み方は無茶ってもんだぜ」

 ホークは驚き、噎せ返って丸くしているアイシャの背中を軽く擦り始めている。

「うげぇっ、当分やっぱり、お酒はいいや……」

 アイシャは目に涙を浮かべながら、こう思わずぼやく。

「まぁ……これでぐっすり眠れるだろうぜ」

 そんな少女を見て、ホークは呆れたかのように苦笑していた。

 

 やがてアイシャの咳も治まり、落ち着きを取り戻す頃には二人は宿の前へとたどり着いていたのだった。

「ここでいいのか」

 ホークは尋ねながら少女を見ると、彼女はここへの道のりの間にすっかりと酔いが回ったのか、ぼうっとしている様子だった。

「あ……、あたしの宿、ここー。……ホークさんもぉ、この宿を取ってるのぉ?」

 と、ややおぼつかない舌で何気なしにそんなことを尋ねてきたのだ。

「そうだな。決めていなかったが、ここに、しようか」

 そんな会話をしている間にもアイシャはどんどん体の力を失っていく。そんな自分の状態にアイシャ自身も驚き焦っていたが、どうすることもできない。ぼんやりする意識の中で、ホークが「まったく、しょうがねえお嬢だな……。……」などとぼやくのが聞こえた。その後にもっと小さな声で何かをつぶやいたようにも聞こえたが、アイシャには聞き取ることができなかった。すると次の瞬間、自分の足元から床が消えた。ふらつくアイシャを支えて歩くより、抱えてしまったほうが早いと彼女の体をひょいと肩に担いだのだ。

 (ひゃっ!?)

 突然軽々と自分を担ぎ上げた男の行動に内心驚きはしたが、まったく力が出ないので、されるがままになるほかない。ホークが受付の者に何やら告げて、鍵をもらうと部屋番号を確認し、彼女を抱えたまま部屋へと向かう。そしてやがて部屋の前へとたどり着くと鍵を開け、そのままベッドのある場所まで抱えていくと彼女を下ろしベッドに座らせた。

「大丈夫か」

 と、呆れたような、心配するような、さらにもっと何か他の感情も入り混じったような顔でこちらを見ているホーク。

「もう寝るらけらから……なんだか、ふわふわしてぽかぽかして、きもちいいし……」

 と、すっかり出来上がっている少女はにこにこと答えた。

「そうか」

 言いながらホークはそんな彼女を、そこからじっと動かず、相変わらず複雑な表情で見つめていた。何か言いたげだったが、今のアイシャにそれを察することはできない。そして、

「送ってくれて、ありがと……」

 アイシャは何を思ったのか、ベッドの前で立膝をついて彼女の顔色を見ていたホークの首に腕を回して、『ハグ』をしたのだ。

「色々、ありがとうね。ホーク……さぁん……」

 普段の彼女なら、今日会ったばかりの男にこんなことをしないだろう。しかし、少し入った酒の所為なのか、とても親切にしてくれるこの男に、その時はこういう形でしか謝意を表す方法が見つからなかったのだ。酒に酔い、舌もおぼつかなかったので、まるで舌っ足らずの甘えたような口調になっていた。彼に抱きついた途端、さらに頭がぼぅっとなり、眠いような、半分眠っているかのような感覚に襲われた。このままじゃ、寝ちゃうよ……と、アイシャは少しだけ焦って体を離そうとした。しかし、それはできなかった。

 アイシャは、突然男に強い力で抱きすくわれてしまったからだ。そして

「んむっ……!?」

 アイシャは呻いたが、言葉が出ない。唇が塞がれてしまったのだ。ホークのそれに。彼のたくましく大きな腕で包まれると、アイシャのような小さな少女に振り解けるわけもなかった。

 

Last updated 2015/5/1

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