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碧い月の下で…。
FINAL FANTASY Ⅸ

13. ガーネットの決意。

「すごい……こんな部屋があっただなんて。以前来た時には気づかなかった。それに、この部屋にはなんだか……マダイン・サリと似た空気が漂っている」

 ダガーは空を見上げて、思わず感歎の声を上げた。

「さっきも思ったけどやっぱりお神輿船ってのも昔は召喚獣だったのかもしれないな……。テラでいう、アークみたいなさ。ま、単なる想像だけどな」

 ジタンは壁やランプの傍や置いてある棚やツボなどを調べている。盗賊の習性か、別に何を『イタダク』つもりもないが、ついつい初めての、特にこんな特殊な場所ではどの程度のものが置いてあるのかなどを調べたくなってしまうのだった。

「いいえ、きっと、そうだと思ったわ、わたくしも……」

 ダガーは言いながら、ちらりとジタンを見た。するとまだジタンは、部屋中をいろいろと物色をしていた。そんなジタンを見て、ダガーは穏やかな笑みを浮かべて、じっとその姿を見ていた。

 その視線に気づいたジタンは、振り返ると

「何?」

 と尋ねた。

「ううん、そういうジタンを見ていると、旅の頃を思い出したからとても懐かしくなってしまって。嫌だった?」

「嫌だなんて。ただ、ちょっとテレるぜ。そんなにじーっと見られちゃ」

 とジタンは苦笑いをして、肩をすくめていた。

 ジタンが笑い終わると、はたと、その場で会話が止まってしまった。

 この「特別室」は結構広く、しかもここの村人が三人は並んで眠れそうな大きなベッドが置いてあるのだが、それを見ると、なんだか『いかにも』な雰囲気に、逆にジタンなどはひねくれている性分のせいなのか、それともダガーと二人でいるからなのかはわからないのだが、とにかく無性に気恥ずかしさに襲われていた。

 ダガーもそのジタンのイライラが伝わったのか、下を向いてしまった。

「今日は、無理にジタンをこの村に引き止めてごめんなさい。でも、どうしても二人きりで話したいこともあって、それで」

 ジタンはハッとしたのだ。ダガーにまで変な気を遣わせてどうするんだ。

「いや、ごめん……そうだな、いっぱい話したいことがあってオレもダガーをデートに誘ったんだもんな。忘れるとこだったよ」

 ジタンは吹っ切ったようにニカッと笑うと、広いベッドにダイブするように勢い良く寝っ転がった。

「しかしでっかいベッドだなあ、城にだってこんな大きなベッドないだろ?」

「ええ、そうね」

 ダガーはそのジタンの隣に腰掛けると、上を見上げてきらきらと光り輝く天井を眺めた。今日はもう赤の月の方は欠けていて、二つの月の距離も昨夜のパープルムーンに比べると離れてしまいもう紫の月光ではないはずなのに、部屋はうっすらと明るく紫色がかっていた。

 この部屋は天井に張り巡らされた紫水晶―アメジストによって、ランプの明かりひとつしかないこの部屋は薄い紫色に染まっていた。

「それでも月が明るくないと、この部屋はこんなに幻想的でないわ。まるで、昨夜の……」

 ダガーはそこまで言葉を発すると、息を呑んで急に押し黙ってしまった。

 昨夜の事を思い出してしまったのか、とジタンはすぐに察したが、その事を本人に告げることはあえてやめておいた。

「なあ、話したいことって何だよ?ダガー」

 ジタンは少し間を置いてから、やんわりとダガーに尋ねてみた。

「よっぽど、話したいことがあるんだろ?」

「…………うん……」

 上を向いたまま、ダガーはまるで生返事のようなうつろな言葉を口に浮かべる。

 そうしてまた、しばらく二人は沈黙した。それは長い時間であったようにも、実際は短いのではないかとも思える時間。

 そして突然、本当に唐突にダガーは自分もベッドに体を倒すと寝っ転がるジタンにしがみついてその胸に顔を埋めた。

「お……っ」

 ジタンはその突然のダガーの行動に驚き戸惑う。やけに大胆だなあと思ったが、彼女の感触やいい匂いを感じるとすぐにどうでもよくなった。

「ジタン……わたくしね、……実は……」

 ジタンの胸に顔を埋めたままダガーはとても小さな声で、話し始めた。

「実はわたし、一年くらい前から、縁談のようなものを勧められていたの……」

「はぁ??」

 ダガーのそのとんでもない告白に、ジタンは思わず飛び起きる。

「で、どうしたんだよ!?」

 飛び起きたジタンにつられるように一緒に上体を起こしたダダーの肩を掴むと、明らかに怒りの籠もったような声色でジタンはダガーに問いただした。するとダガーも言い返すような態度でジタンに返答をする。

「もちろんそんなの断ったわ。まだジタン、貴方が生きているか死んでいるかも定かではないのに。第一わたし、ジタンが死んでるなんて絶対に思っていなかったし。ベアトリクスやスタイナーももちろん直接縁談なんて言わなかったけれど……、あれは絶対に縁談のためだったわ」

「……全く、ひでえやつらだな」

 その時オレがどんな苦労をしていたかなんて知らずに。まあ、知るわけもないし、そんなこと自慢げに言うことでもないけどな、と思ったが、やはり腹が立った。

「でもね、ジタン……。これから、そういうことが沢山起きると思うのよ。だって私はアレクサンドリアの女王という身だし、王は国を統べると同時に……後継者も、育てなければならないから……」

 ダガーの言葉の後継者とはつまり、世継ぎのことだ。つまりダガーは、次のアレクサンドリアの王家の血筋を産むことが出来る、唯一の人間だということだった。瞬時にその言葉の意味を理解したジタンは、頭に血が上りそうになるのを懸命に抑えながら策を弄した。

「だったら……、だったらさぁ、養子でもいいんじゃないのか?ホラ、ダガーだって実はアレクサンドリア王家の本当の血筋じゃないわけだしさあ」

 その言葉にダガーは首を静かに横に振った。

「……アレクサンドリアは、もともと召喚士たちが築いた王国なのよ。貴方も見たでしょう?アレキサンダーは召喚士たちの血肉の粋の果てに呼び出されたガイア最強の召喚獣……。しかし五千年前はその強力すぎる力を制御できずにガイアを崩壊寸前にまで追い込んだ」

 ジタンはなぜそんな話をダガーがするのか一瞬理解できなかった。怪訝な表情も隠そうとせずに、しかし我慢して彼女の口上に耳を傾ける。

「そのとき召喚の力の触媒となった宝珠をかろうじて4つに砕き4つの国の王に託してマダイン・サリに移り住んだのは一部の最高レベルの力を持つ召喚士たち……。だけどアレクサンドリアの王家を築いたのも、実はアレキサンダーの御剣を監視するために残った力の弱い召喚士たちなの」

「……てことは……」

 そう、アレクサンドリアの正当な血筋は実は、ダガーとエーコしか生き残りがいない召喚士一族という事になるというわけだった。

「それだけじゃないわ。わたくしはエーコとわたくししかいない召喚の力を持つ一族の血筋を、純粋に絶やしたくない、そう思ってるの」

 ダガーの顔は、真剣そのものだ。

「じゃあそのために、他のどっかの貴族の妻になるとでも言うのかよ。ダガー、言ったよな。オレには王なんてムリだ、似合わないって。オレと結婚できないっていうんだったら、じゃあ、今回の旅は、お別れの旅なのか?」

 ダガーはそのジタンのまくし立てるような言葉を聴いてみるみる顔色を変えた。

「ジタン、信じられない!それは確かにジタンは王なんて似合わないと言ったわ。実際そうですもの。アレクサンドリアはリンドブルムの大公家のように自由な事は許されないわ。だからそう言ったのよ。けれどそれと私が、別の人と結婚するなんて話にどうしてなるの!?……信じられない……私……、ジタン以外の人となんて絶対、……絶対にいや!」

 ここまで吐き出すように言い放つと、堰を切ったようにみるみるその大きな瞳に涙を溜めていった。そして、声を詰まらせたのだ。

「だって、じゃあ一体どうしようっていうんだ?」

 ジタンはダガーの考えがさっぱりわからなくて頭の中は混乱してしまっていた。まさか駆け落ちでもしようっていうのか?しかしダガーの性格や今の話の内容からしてみても、それは考えられなかった。

「私、あの日から、ずっと考えていたのよ。ずっと、どうしたらいいか……」

「あの日って、オレが帰ってきた日から?」

「ええ」

 ダガーは一回だけ鼻を軽くすすった。そして息を整えると、

「私は絶対に、ジタン以外の人と結婚だなんて考えられない。そんなことを強要されるくらいだったら、私、死んだほうがましだと思ってるのよ。でも、世継ぎは絶対に必要よ。最初はね、ジタンが言うように養子を取ることも考えたわ。けれど、女として生まれてきたのよ。……わたし、好きな人の、赤ちゃんは、絶対に産みたい……」

「え……っ」

 ジタンはその言葉に心臓が一回、大きく跳ねた。

「わたし、ジタンの子供がほしい。結婚なんてしなくてもいいわ。私生児でも養子としてでもいい。ジタンの赤ちゃんを産んで、育てたいの。そう……すれば、問題は、全てなくなる、わ……」

 言いながら、ジタンはダガーの息がだんだんと上がってきているのがわかった。多分彼女の心臓もとんでもなく早く大きく脈打っていたに違いない。それだけ言い終わると、ダガーは恥ずかしそうに下を向くと、ジタンの胸元に頭を寄りかからせた。

 ジタンはその言葉を聞いて、涙が出そうなくらい嬉しかった。ダガーがそこまで想っていてくれていたとは。ジタンは堪らなくなって、思うより先に手が伸び彼女を力いっぱい抱きしめていた。それでも、そんなダガーの提案についてはやはりどうしても一抹の不安や疑問なども次々と頭をよぎってしまうのだ。

「ダガーの気持ちはすごくうれしいよ……けど、そんな事をしてもいいのか?第一ベアトリクスやスタイナーはそんなこと許さないだろうし、そんなことがもしも国民に知れたら、女王様の威厳みたいな……そういうのがそれこそ失墜したりするんじゃ?」

「大丈夫よ……。既成事実を作ってしまえば、どうにでもなると思うの……」

 おいおいなんて心の中でジタンは思った。が、それほどダガーの想いは一途で切羽詰っていたのだ。元々ダガーっていうのはこういうところがある。お姫様育ちでおしとやかかと思ったら、いざとなったら誰よりも大胆で行動的だ。ダガーのそういうところにジタンは惚れたのだった。

 ダガーは、ジタンの胸元にくっつけていた顔を上げると

「女王という身分が結婚をするのなら私なんて、ただの人形に過ぎません。人形が笑うでしょうか。人形が泣くでしょうか。私は笑ったり、時には泣いたり、そのような飾り気のない人生を送りたいのです。仮面をつけた人生など送りたくもありません」

 という『科白』を。口したのだ。

「それは……コーネリアの科白だね」

 こないだ見たばかりなのに丸暗記したのか、と思わず少しだけ感心してしまった。

「わたしは女王である前に一人の人間なの……。だから、わたしにはジタンが必要なの……。国と同じくらいに、大切なのよ……」

 切なげにジタンの顔をまっすぐと見つめてこう囁いた。

 ジタンはその美しい顔を見て、ジタンの胸は言葉ごと詰まってしまった。だからせめて無言で抱く力を強めるしかなく、そしてしばらく沈黙が続いたのだが、それをようやく破ったのはジタンの言葉だった。

「ダガーがそうしたいんだったら、オレはそれでもいいって思う。ダガーの望みならなんだって手伝いもする。だけど、答えをそんなに急がなくっても、もっとじっくり考えてからだって、いいんじゃないかな……」

 ジタンは腕の力を弛めてダガーの真意を確かめるようにその顔をじっと見た。

 ジタンにとってももちろん彼女と結ばれたいのはやまやまだし、彼女の望むようにここで、というのはジタンにとっても悪くはない話だ。だけど、そんな勢いで決めてしまってもいいんだろうかという葛藤が渦巻いてしまう。そうすることによって彼女が辛い立場に立たされたら。その時は最後の手段で駆け落ちでも何でもすればいいが、できればそうはなってほしくはないとも思った。

「ジタン……でも私、決して短絡的に結論を出したわけじゃないのよ。真剣に色んなことを考えて、出した結論なの」

 ダガーは目に涙を一杯に溜めてジタンの顔を正面から見つめている。その目からはダガーがいかに本気であるかがひしひしと伝わってきて、その眼差しは迫力さえあった。

「だけどもちろん、今すぐ、とは言わないのだけれど……。でも、こうしてふたりきりになれるチャンスは今後もう滅多にないのではと思ったから……もしジタンが嫌なら、いいの。……ごめんなさい……」

 ダガーは諦めたかのように俯いた。俯き下を向くと目に溜まっていた涙のしずくがぽたり、と一粒落ちて、ダガーの肩を抱くジタンの腕を濡らした。

 

「……一体誰が嫌だなんて言ったんだ?」

 そうジタンが言葉を発するとともに、ダガーの身体は少しだけ強い力に包まれ、紫の海に沈められてしまった。

 

Last updated 2015/5/1

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