はつよる。
Romancing SaGa 3
Crecent Moon. 01
まるで宿じゅうに響きわたるようなドカドカと強めの足音。
その主は、半ば駆け足で1階の酒場から宿のフロアまで闊歩してくる女性のものだった。ポニーテールを大きく揺らし、宿の受付カウンターへたどり着くとその卓上をバン!と叩いた。そんな音を突然立てられた受付の女性はすわ、強盗なのではととても驚いたが、
「一人部屋開いてる?」
そう問いかけられて宿主は初めて客だと理解し、その途端に愛想笑いを浮かべた。
「個室ですね、ございますよ。こちらが鍵です。1オーラムいただきます。こちらに名前を」
「……ありがとう」
部屋があることに安堵したのかその女性は先ほどの荒々しい仕草と打って変わって、1オーラム金貨をそっとカウンターの上にあるコイントレーに置くと、名前を殴り書きのように書いてから鍵を受け取り、番号の部屋の方へと歩いていった。
部屋に着くと鍵をかけ、ブーツと上着だけをさっさと脱ぐとすぐにベッドにダイブした。枕に顔をうずめて、「うーーーーー」とうなり始めるた。
何も考えたくないのに考えてしまう。
それは、ここ数日の『事件』のことだった。
―――――――――――
――発端は数日前。
ここリブロフであの人物と出会ったことが発端だった。
「……あなたはハリード様!ハリード様ではありませんか!!」
酒場の中に、突然ハリードの名を呼ぶ女性の声が響いた。
「お前は……久しぶりだな。元気にしていたか」
声をかけてきた女性はハリードの前でかしずき、
「は、はい。ハリード様も健在のようで何よりでございます」
そう恐縮したように返事をした。
「そ、それよりもハリード様……最近気になる噂を耳にいたしまして、もしお会いすることがあればぜひお耳に入れたかったことがございます」
「噂?なんだそれは」
ハリードは訝しげな顔をしながら、その女に問いかける。
「ファティーマ様が生き延びておられるとの噂でございます」
その言葉に、その場にいた仲間たちが全員息を呑んだ。もちろん、もっとも驚いたのはハリードだっただろう。
「姫が、生きているだと……、一体、一体どこにいるというんだ」
ハリードはできるだけ冷静に答えようとしていても、その声色は動揺の色を隠せない様子だった。
「はい、それが……かの『諸王の都』でその姿を頻繁に見たという話がございます。ハリード様は諸王の都の場所をご存じのはず。もしも、噂が本当なら……!」
その言葉を聞いた途端、ハリードの強張っていた表情と肩が沈んで行くのがわかった。
「……あそこは、生ある者が行く場所ではないことはお前も知っているはずだ。……おそらくただの噂だろう。姫の亡霊を幻視した者でもいたのかもしれない」
肩をすくめ、軽く息を吐いた。
「ですが、ですが目撃した者は信頼のおける者も多数でございます。どうか、ぜひ諸王の都へ……姫を、姫を死の都から助け出して差し上げてください!」
かつてファティーマ姫の侍女をしていたその女の必死の懇願に、ハリードは見るからに困惑している様子だった。
「で……、その『諸王の都』ってところにはもちろん行くんでしょう?」
その話を聞いてからというもの、なぜか黙りこくってずっと長い間考え込んでいる様子のハリードに、いよいよしびれを切らしたエレンが唐突にこう切り出した。しかし
「正直、迷っている」
ハリードから返ってきたのはエレンにとっては意外な返答だった。
「は?なんでよ。ずっと姫を探していたんでしょう?行かなくてどうするの!」
理解できないとばかりにエレンは驚きの声を上げた。
「さっき言っていたことを聞かなかったのか。その諸王の都というのはおおよそ生きた人間の行く場所ではないのだ。何故なら、――そこは歴代の王たちの眠る墓場だからだ」
墓場と聞いて、さすがのエレンも一瞬言葉を失い眉をひそめた。
「もちろん普段は人の出入りは禁じられている。あるとすれば相当気まぐれな旅人か、墓荒らしか。慰霊のために訪れるとしても、砂漠のど真ん中にあるのだ。か弱い女性がたった一人で辿り着ける場所じゃない」
ハリードはそれがただの根拠のない噂であるという理由を並べてエレンに説明していた。いや、説明というよりもはや反論と呼ぶべきものかもしれない。つまりハリードは、その目撃された姫というのは亡霊の類ではないかと考えていたようだった。もしも亡霊だったたら、姫がすでに死んでいることは確実であるということとなる。
だがどちらにしても、行くだけ無駄だと決めつけているようなハリードの態度にエレンはなぜか無性に腹が立っていたのだ。
「何よ、さっきから行けない理由ばかり探して!ダメもとでも行けばいいでしょ。もし万に一つでもファティーマ姫がそこにいて、助けを待っているのだとしたらどうするのよ!」
「助けを待ってるのなら今まで目撃した者が助けてるのが普通だろう!」
「ちょっとちょっとあんたたち!!」
お互いだんだんとヒートアップし、酒場に怒鳴り声を響かせていた二人をノーラがたしなめた。周りがこちらを見ているのをノーラにたしなめられて初めて気づき、軽く会釈してから椅子に座った。
エレンの心中としても、どうしてこんなに懸命にハリードに対してイライラが募ってしまうのか自分でも解らなかった。ただ、何かから逃げるようにしているハリードが好きじゃなかったからかも知れない。もしかすると彼が言うように本当に彼が探しているお姫様はいないのかもしれないが、それでもハリードには、逃げてほしくないという気持ちがなぜか強かった。
「とっ……とにかく。もうあんたが行かないって言うんなら、あたしが行くから」
もはや自棄のような提案だが、エレンは引っ込みがつかなくなってのか、そんなことを言い出す始末だった。ハリードはそんなエレンを見て困惑した表情をしていたが、意を決したようにふう……と一度深いため息を吐くと
「……本当に良いのか、都の場所はナジュ砂漠のど真ん中にある。かなり危険な道なんだぞ。これは俺の問題なんだから何なら俺だけで行ってもいいんだ」
と、観念したかのようにエレンに告げた。
「危険と聞いたらなおのこと一人で行かせるわけにはいかないじゃないの。焚き付けたのはあたしなんだし私はもちろん行く。みんなは?どう?」
エレンはその場にいた仲間たちに同行するかどうかを尋ねはじめた。
「まあ、仕方ないねぇ……聖王様の槍を取り戻せたのもハリードのおかげだし、借りは返さなくてはね」
ノーラは両手を広げて肩をすくめると、そう言って一番に同意してくれたのだった。
「まあ、アンタの想い人がどんな美女なんだか拝みたいからな。それにエレンとノーラが行くってんならみすみす見過ごせん。美女を死なせたくはないからな」
二番目にウォードがそう言って同意してくれた。残るはブラックだけなのだが、4人にじっと見つめられてブラックも観念したようだった。
「そんなに見つめるんじゃねえよ!乗り掛かった舟だ。墓荒らしは海賊の本分じゃねーがな!」
と、その言葉は投げやりとも思えるが同意をしてくれたようだ。
「……すまんな」
ハリードは苦笑いをしながら、カネにもならないのにとこのお人よしたちに呆れてしまう始末だった。
そうして訪れた、諸王の都。そこで手に入れたのはハリードが心から欲していたもう一つのものだった。
名剣・カムシーン。
ハリードは、初代の王『アル・アワド』によって差しむけられたドラゴンに挑み、そして打ち勝ってハリードの長年の夢だった本物のカムシーンを手に入れたのである。
だが本来の目的は、ファティーマ姫のゆくえ。もちろん姫がどこかにいないかと、『都』の中を全員でくまなく探した。しかし姫どころか、人の形をしたものに一切出くわすこともなく、一同はあきらめてこの場所を後にすることにしたのだった。
都をいよいよ出るというとき、入り口でハリードは振り向くと、しばしその廃墟を眺めていた。そして
「……やはり噂は、ただの噂に過ぎん……」
小さく、淋しげな声でハリードがつぶやいたのを、エレンは聞き逃さなかった。
ひどく心が締め付けられる気がした。ここに行くよう勧めたことを、エレンは後悔し始めていたのだった。
そして再びリブロフへと帰り着いた一行は、どろどろに疲れた体でもあったがそんな疲れを癒すため、酒を求めパブへと行きついた。
一行は、暗黙の内にではあるがハリードを一人にしてやろうという気持ちになり、特段声をかけず各々好きなように飲んでいた。エレンも、なんとなくハリードに声をかける気持ちにも、みんなとワイワイとやる雰囲気にもならなかったので、一人で窓際の椅子に座り、外を見ながらぼんやりとしていたのだった。
「なんだ、エレンは一人か、なら少し付き合え」
エレンの心臓がどきりと跳ねた。その声の主はハリードだったのである。どこかで一人で飲んでいると思ったが、いつの間にか戻ってきていたのだ。少し付き合えと言われてエレンは困惑していた。なぜかいつもなら何気ない言葉の一つ一つに対して敏感になっていたのだ。どうしてなのか?自分にもわからない。わからないからますます困惑する。エレンは「あ、うん……」と曖昧な返事をしただけだったが、ハリードはすでにそのテーブルの席に座り込み、無言で酒をあおり始めた。エレンはその沈黙にもなぜか重圧のようなものを感じていた。間が持たない。しかし考えてみれば、こうして二人だけで過ごすこと自体、わりと珍しかったのだ。あったとしてももっと喧噪の中だったが、この窓際の席は喧噪の中心から外れており、いやに静かだった。
何か言葉を交わしていないと、とエレンはとにかく何かを話そうとしていた。
「あのっ……、ハリード……今回はその、ごめん……」
「ん?何がだ」
「噂を信じて行けって言ったのはあたしなのに、結局、……見つからなくて、がっかりしたでしょう。でもまだ希望はあると思うし、落ち込まないで」
エレンが懸命に励まそうとしてくれているのがわかるとハリードは、短く息を吐いて
「ああ……。そうだな」
と一言だけ発すると、しばしの間が空いた。その間はそんなに長いものではないのに妙な緊張感を感じてしまう。どうにも手持無沙汰なエレンは、グラスに入った酒をそれほど酒の気分でもなかったがそれをちびちびと飲んでやり過ごそうとしていた。
「ああ……、エレン。何か気を使わせて悪いな。だがおれは最初から言っていたようにそれほど期待してたわけじゃない。なんせ場所が場所だったからな。だからエレンが気に病むことはないんだぞ」
逆に、責任を感じて落ち込んでいるエレンを励ますような言葉をかけるハリードだったが、その口調にいつものようなギラギラした生気を感じ取れず、エレンはなぜかますます無性に不安を募らせた。
嘘。相当落ち込んでいるのわかるのよ。そう言いたいのに、なぜか言葉が出ない。代わりに何か励ませる言葉がないか探した。ふと視線を落とすと、都で手に入れたカムシーンが目に入った。なので咄嗟にこんなことを口走っていた。
「でっ……でも!よかったわよね?ホラ……カムシーン。あなたとても憧れていたんでしょう?探している人はいなかったけど、代わりに一つ夢がかなって」
エレンはそう言い終わってから、今自分が言った言葉にぎくりとした。私は何を言ったのだろう。『良かった』なんてあるわけがない……。
Last updated 2020/8/26