Romancing Sa・Ga
Short short.
幽暗(ゆうやみ)★
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この作品はTwitterのアンケート結果を踏まえて話を書きました。2つで同率首位だったので2つの要素を盛り込んでいます。
ぷらいべったーにフォロワーさん向けに公開していたものです。 -
※18禁です。ご注意ください。
「参ったな……びくともしやがらねえ、この扉」
いかにも古く安普請と言った風情の扉をなんとかこじ開けようとガタガタと押したり引いたりする大男と、その大きな背中を見つめる少女。しかしその扉は一向に開いてくれる様子はなかった。
「体当たりでもしてぶち破っちまってもいいんだが……あとが面倒なことになりそうな気がするぜ」
もはやお手上げと言わんばかりに肩をすくめ両手を広げるその男は、キャプテン・ホークだった。
「船の人が来るのを待つ?」
凸凹に積み上げられ、ちょうど椅子のような形になっている木箱の狭間にちょこんと腰かけながら少女は少し不安げに言う。
「いよいよとなったらぶち破るが、待った方が後々無難だろうなァ。少し乗組員が来るのを待ってみるか」
フウと軽く一息つくと、ホークは少女―アイシャが座っている木箱の隣に自らも腰を落とした。
**
ここは海の上。今朝一番にメルビルの港から乗り込んだウエイプに向かう船の中である。いったいなぜこんな事態に至ったかと言えば、この船の乗組員の噂話が発端だった。
「……なあ、この船で、『出る』って話を聞いたことあるんだが。お前さんどう思う?」
食堂で、休憩時間とおぼしき乗組員同士がそんな話をしているのがふと耳に入った。
「お客さんもいるところでそんな話をするんじゃねえよ。まあ、確かに噂は聞いたことはある。もう三十年ほど以上前この辺りの海を支配してた凶暴な海賊が、この船の乗組員や客を皆殺しにして、それ以来この船には彼らの霊が出る……という話だろ。しかしそんなものはでたらめに決まってるだろう」
もう一人の船員は否定していたが、なおも食い下がる最初の乗組員。
「それがな、倉庫担当の奴が見たって言っていてな。怖がって船倉に入らねえっていうから困ってんだよ。そんなに否定するっていうならお前、あいつと倉庫担当を変わってやったらどうだい」
「そういうことかよ……大方サボりたいだけなんだろう。ほっとけ!」
そうした話をひとしきりしたあと、二人は時間が来たのか同時に食堂を退出していったのだった。傍らでその話を聞くとはなしに聞いていたアイシャは、ふとホークの顔をうかがった。きっと海賊という単語が出てきたので、気になったのだろう。
「……なぜ俺の顔を見るんだ?」
そんな考えを見透かしながら、ホークはわざとアイシャに問うてやった。
「べ、別に。偶然だよ」
アイシャはぷいと顔をそらしたが、全部見透かされているようで恥ずかしかったのか顔を少しだけ赤くしている様子だった。そんな少女の仕草を見るのもかわいくもあり、ホークは思わず口端を上げた。
そうしているうちに、船上にも夕闇が訪れる時刻となった。
毎度船旅というとやることも別段なく、夜などは特に船の食堂やパブでだらだらとしていることが多かったが、今夜だけは少しだけ違っていた。
「さっき噂で聞いたんだが、この船の倉庫には、この世のものではない者がおでましになるらしいな?」
唐突にそんなことを言い出したのは誰でもない、そのような存在を一番信じそうにないようなグレイである。
「へえ、それってお化けってやつ?!」
ジャミルもその話を聞き、興味津々な様子で体を乗り出してくる。
「この船はかなり年代物みてえだからな、古い船にゃあありがちなよくある話だ」
ホークは事も無げに発するが、グレイはにやりと笑い、こう言った。
「その幽霊は、昔海賊に殺られた人間らしいが、怖くないのかい?キャプテン」
「俺に喧嘩でも売ろうってのか?あいにく俺は、コーストでも昔っからそんな話はごまんと聞いてきて耳にタコができちまうほどなんだ。そして一度も『見た』こたあねェし、見たという奴も身近には居た試しがねえんだよ」
言いながらジロリとグレイの顔を睨み付ける。
「今度こそお目にかかれる機会かもしれないぞ?暇なのだし、ひとつ倉庫に行ってそいつの正体を確かめに行ってみてはどうだ」
「なんで俺がわざわざそんなことしなきゃなんねえんだ。バカバカしいぜ」
このグレイと言う奴は、時に人をからかうのが趣味であることのようにこのような挑発を行ってくるのだ。ホークはそのことを十分知ってはいたが、それが自分に向けられるとなると、限りなくうざったらしい。
「怖いのかい?さすがの名の響いたキャプテン・ホークもかたなしだな」
さらにグレイは挑発の度合いを強めていく。
「そんなに幽霊を見てえのならてめえが行けばいい」
「幽霊というのは見る人間と見ない人間がいるという。どうやら化けて出る相手を選ぶと見た。だから俺よりもホーク、海賊のあんたが行ったほうがその確率はきっと格段に高いだろうと睨んでいる」
あまりにもしつこく食い下がるグレイに、だんだんとホークは苛立ちを募らせていく。しかしその時、
「じゃあ……私が行ってくる!」
不毛とも思えるやり取りによほど辟易したのか、アイシャが突如、間に割り込むように発した。そう言うと彼女は善は急げとさっさとばかりに席を立ってしまったのだ。
「……一人で行かせてもいいのか?」
グレイは勝ち誇った顔でホークに告げると、ホークはチッと軽く舌打ちをし、無言で少女の後を追いかけた。
「そうは言ったものの……船の倉庫ってどこにあるのかな。船員さんに聞くわけにもいかないし……」
そういう場所はおそらくお客さんが入ってはだめだろうし、どうしようなどと考えながらもアイシャは船内を適当にうろついてみる。
「船の倉庫ってのは、大抵は上甲板にあるはずだぜ」
不意に声が飛んできた。大好きな声。
「じょうかんぱん?」
「ん……まあ、ちょいと地下のほうってことだ」
そう言うや否や、ホークはアイシャの手を軽く取るとスタスタと歩き出した。
「なんでお前が倉庫に行くなんて言い出したんだ」
広い船の中を歩きながら、唐突にホークにそう問われた。
「あのままじゃグレイもホークさんも絶対引き下がらないと思って、なんだか居ても立ってもいられなくなっちゃって。……でもね、私もちょっとだけ興味があったんだ」
「幽霊にか?それとも」
「両方。それとね、船の探検も面白いかなあって思って!」
そう言うとアイシャはいたずらっぽく歯を見せて笑う。
「分かったぜ。まぁ、暇だしな」
ホークもつられるように、にやりと笑った。
やがてふたりの目の前には『関係者以外立ち入り禁止』という張り紙のある階段に行き当たった。
「今は多分夕飯時でてんやわんやだから倉庫にゃ見張りもいねえぜ。行くか?」
「……うんっ」
何も馬鹿正直にグレイの言うことを聞く必要なんて何もなかったのだが、探検気分に支配されたアイシャに付き合うことで、ホークも不思議な楽しさを覚え始めていた。甲板に出入りする数人の乗組員の目を盗みながら階段を降り、船倉へと入る。足音が近づけば時に荷物の蔭へと隠れながら、歩を進めていった。
「よく考えたら倉庫と言っても広いぞ。どこにあるんだ」
「そういえば、どの倉庫とは聞いてないよね」
あまりにも当てずっぽうに歩き回るにも、この規模の客船の倉庫は広すぎて幽霊が出るという倉庫がどこなのか見当もつかない。
「どこだろうね……そこに行っても出るとは限らないし」
そろそろ歩き回るのにも飽きてきたという頃合いとなり、ホークは「どうする、これだけ探せばもういいんじゃねえのか?」と肩をすくめた。
「そうだね……幽霊さん、出ないね」
アイシャもそろそろつまらなくなったのか、薄暗い船倉にいるせいもあり軽くあくびまでしだす始末だった。
「こんだけ歩き回っていねえんだから、いなかったってグレイに言えばいいな。戻るか」
ホークは引き返そうと踵を返した。するとそれとほぼ同時に、アイシャが背後でホークのコートをくいと引っ張る。
「ホークさん……あの部屋怪しい」
「あ?」
アイシャが視線を向けるのは、薄暗くて見えづらいが倉庫の奥にある小さめの木の扉だった。最後だと言い、ふたりはその扉に入ってみることに決めた。
「船員の仮眠室か何かか?」
音がしないようゆっくりとドアノブを回すと鍵は掛かっておらず、扉が開く。そして中には木箱が積み上げてあったり、予備の布団類があるなどして、やはり仮眠室の類かもしれねえとホークは思い、ならばもしかすると誰かが眠っている可能性を考えたが、どうやらそのような人物もいない様子だった。
「ここも何もなさそうだぜ」
「うーん、そうだね」
しかし、次の瞬間。ギイ……と扉がきしむ音が静かな部屋に響くと、それと同時に扉が閉まってしまった。風もないのに自然に扉が閉まるなんてとホークは眉を顰めドアを再び開けようとするも、ノブが回らず、いくら押しても引いてもドアが開かなくなってしまったのだ。
「おいおい……何なんだ?」
そうして二人は、奇妙な形で閉じ込められてしまったのだった。
**
「飯時が終わりゃ、誰か来るだろ」
仕方なく船員の気配がするまで待ってみることにしたのはよいが、暇でたまらない。おまけにこの部屋はいやに暑い。部屋に入った途端に急激に温度が上がったように感じられ、アイシャはいつもの上着を脱いだがそれでもたまらないらしく、胸元に空気を入れるように襟もとをパタパタと煽っていた。
「なんだこりゃあ……暑くてたまらねえな。まるでジャングルにいるみたいだぜ。いや、閉め切ってるからジャングルより余計タチが悪いか」
言いながらホークもジワリと流れる汗を不快そうに拭う。そしてたまらずコートを脱いでしまった。アイシャは二人きりだというから油断しているのかわからないが、ついに長い着物の裾までもばたばたと大胆に扇ぎ始めていた。
「ほんとに暑い……どうしてだろ、外は少しヒンヤリしているぐらいだったのにな」
「扉をぶち破っちまうか、熱中症になっちまうぜ。そいつはもう少し眺めてたいけどな」
裾をばたつかせるアイシャの足元をちらりと見ると、アイシャはその視線に気づいてエヘヘ、と恥ずかしそうに笑った。しかしホークが立ち上がると、それと同時と言ってよいタイミングでどうしたわけか持参してきたランタンの灯がフッと消えてしまったのだ。嫌なことにこの部屋は灯りが何もともっていなかったので、全くの暗闇に覆われてしまったのだ。
「なん……だ?!」
「ほ、ホークさん……!」
突然暗闇に包まれてアイシャは怖くなったのか、立とうとしたホークの手を探ってぎゅっと握った。「ここにいるぜ」ホークもそんなアイシャの手を握り返す。扉の位置の見当は少しはつくものの、暗闇が深すぎるので、少し目が慣れるまでは再びその場に座って待つことにしたのだった。
「まったく、グレイの野郎のせいでとんだことだぜ」
客船の中というので危険はないものの、暗闇というのは人を不安にさせるものだ。アイシャの表情はわからないものの、ホークの体にぎゅっとしがみついてきたことを考えると相当不安なのだろう。
「ねえホークさん、これって、幽霊の仕業なんじゃ。こんなのなんか変だよ」
明らかにおびえたような声のトーンが伝わってくる。確かに少しおかしなことが続くが、幽霊の仕業だなんて確証が持てるほどではない。
「そんなわけあるか、ただの偶然に決まってるぜ。あんまり怖がるとほんとに幽霊が寄ってきちまうぞ?」
少しでも不安が無くなるならばと、ホークはアイシャの体を抱き返して額に軽く唇を落とした。
「でも……でも……なんだか今度はさっきより寒いよ……」
「ん……言われてみれば」
ついさっきまでの蒸し暑さはどこへやら、今度はややひんやりとした空気が辺りに漂い始めているではないか。確かにおかしなことだらけだ。ホークは、アイシャがやけに怯え始めたのもあり、目が慣れてきたらすぐに扉を破ってやろうと考えていた。
人間というものは、どうしても暗闇で視覚を奪われると、他の感覚が鋭くなるようで。ふと二人抱きしめ合っていると、お互いの息遣いや心臓の音がやけに大きく響いてくるような気がした。
「……目が慣れるまで暇で仕方ねえな。何か話でもするか」
何とか彼女の不安な気持ちを落ち着かせようとホークはそう言ったのだが。彼女がだんだんと甘えるように胸元に顔をこすりつける仕草をし始めていることに、ホークは感触だけで気づいた。彼が知っている限りのことで言えば、この娘がこうする時はよほど眠い時と、あるいは『おねだり』をする時のどちらかだった。さて、これはどっちだろう。表情が見えないので少々判断しあぐねる。しかし、暗闇によって研ぎ澄まされた感覚のせいだろうか、可愛く甘えてくるアイシャの感触を味わううち、ホークは自分自身も徐々に淫靡な気持ちが高まってきてしまった。こんな状況であるというのに。
「アイシャ、どうした……、眠くなっちまったか?」
探りを入れるように言葉をかけながらもう一度額にキスをすると、突如アイシャの細い指が伸びてきて、ホークの頬のあたりをそっととらえた。突然だったことで少しだけ驚いたが、そういうことかとすぐに彼女の望むものを与えてやる。すると彼女は自分から望んだわりに一瞬驚いたようにびくりと震えた様子だったが、すぐにいつものように舌を絡ませてきたので、ホークは安堵した。
暗闇の中でひと際響く粘りつく様な水音と、かすかな息遣い、そして小さな喘ぎが、気分をいやがうえにも高めさせていく。気が付けば再び部屋の温度が上がったように感じたが、それはお互いの熱によってなのか、それとも違うのか、最早よくわからなくなっていた。
自然とホークの手は少女の胸元へと延びていき、襟元から素肌を欲して侵入していったが、アイシャの方も嫌がるそぶり一つ見せはしなかったのでそのまま肩口まで着物を肌蹴させてその柔らかな乳房に舌を這わせていくと、その瞬間、鼻にかかるような少女の甘い泣声が耳をくすぐった。彼女は敏感なところを刺激されて思わず声が出てしまったようだ。しかし恥ずかしいのか、すぐに彼女は「んぐっ……」と声を押し殺してしまった。本当ならもっと聞きたいところだったが、さすがにこの状況で存分に声を出せとも言えない。それに、たまには押し殺して耐えるようなしぐさもそれはそれでたまらなくそそられてしまう。求めるままに着物をはだけさせていくと、アイシャの上半身はほとんど裸のようになったのだが、いかんせん暗闇が深く何も見えなかったのでさほど意識をせずにいた。
しかし、背中に這うアイシャの細い指を感じると、彼女は俺の白いシャツの中に手を差し入れて、ゆっくりとそれをたくし上げながら息も絶え絶えにこう言ったのだ。
「ねぇ、……ホークも……これ、脱いで……」
殆どお互いの姿が見えない暗闇だからこそ、アイシャは余計に肌同士の感触を欲してしまったようだった。しかしその一言が、男の理性を吹き飛ばすには十分な破壊力を含んでいることに気付いているのだろうか。
それにしたって彼女がこれほどまでに積極的になるのは、知る限りではよほど珍しいことだった。だから余計にホークは自分を抑えることができなくなってしまったのだった。手早くシャツを脱ぎ去ると、「これでいいか?」と囁きながら、肌同士を十分に密着できるようにぎゅうとアイシャを抱きしめると、耳元に「うん……すごく安心する……」と言う、返事が返ってきた。表情は見えないが、声のトーンだけでそれが嘘ではないことがすぐに分かり、ホークは再び愛しい少女の躰を愛でることに没入していった。
何しろここは船の地下であるという条件なのだから、なかなか闇に目が慣れていかない。そのことはもっともどかしく思うのかと思いきや、そんなほんの少し目の前のお互いの顔すらよく見えないほどの昏い昏い闇の中で、全身の感触と聴覚だけを頼りに求め合う行為はひどく官能を刺激されることは新たな発見だった。気がつけば、それまで座っていた積み上げられた木箱は即席のベッドと化してしまっていて、二人とも夢中でその木箱の上で体重をかけて動くものだから、ギシギシ、ミシミシという不穏な音がする。そのたびに蓋が割れてしまうのではないかと心配になっていた。
「もう少しこうして居てえが……そろそろ」
アイシャはその「そろそろ」の意味をすぐに理解し、「う、ん……」と恥じらっているのか、微かな声で答えるのが確かに聞こえた。
ホークは一度木箱の上から降りると、アイシャにもう少しこっちへ来いと言って木箱のふちの際に腰を落とす体勢を取らせた。そして再びアイシャの着物の裾を肌蹴させ秘部を露わにすると、その部分を舌でなぞり、吸い上げる。
「ふぅ……ん!」
突然秘蕾を吸い上げられ、少女の躰は大きく震えて跳ねた。
「よし、……準備は十分だ」
そう言うとホークは片足だけを木箱に乗り上げると、アイシャの脚を自らの乗り上げた脚で大きく開かせ、すっかりと張り詰め怒張した男根をそのままゆっくり、アイシャの中へと埋めていった。
「あぁ…………んっ!」
肉ひだをかき分けえぐられる感触に、アイシャは思わず悲鳴に似た声を上げる。しかし一方ホークは何故か、ひどく熱を感じていた。もちろんその中が熱いのはいつものことではあるが、今日はやけに『灼い』、と少しだけ奇妙な感覚にとらわれてしまっていた。もしかして熱でもあるのでは、と思ったが、ゆっくりと腰を動かすと、彼女もそれに応えるように腰をくねらせ始めたので、構わずホークは腰を打ち付け始めたのだった。
-ほとんど手探りのみで求め合っているとふと、今の自分たちの状況と重ねあわせてしまう。出逢ってからいつも、常に暗闇の中でお互いを手探りで求め合って来た自分たちの姿のようだ。相手の姿が見えなくて、どう愛していいのかわからなくて、結局は手探りのままいつしか求め合ってしまう。
それでも、それでも。かすかな光を、彼女の声を頼りにできることをするだけだ。きっとわからないから愛おしいのだろうと、暗闇に跳ねる胸を潰されそうなほどに愛らしい少女の嬌声を耳にしながら思いふける。最初のほうこそ声を上げることをためらっていたのに、今は夢中なのかむしろいつもより激しく声を上げている。そんな声を聞きながらホークはさらなる興奮が高めていった。そうしていよいよ絶頂を迎えようと言う頃合いになり、
「ホーク、ホークぅ……!」
ふと、愛しい男の名を呼ぶアイシャの白い手がホークの首元に伸びてきた。
「どうした……?」
時にあるしぐさでもあった。アイシャは極まってくると密着してほしいと思うようで、抱きしめて欲しい時に無意識にこうしたしぐさをすることもあるのだが、今日はなんとなく様子が違った。その手は、抱きつくのではなくホークの喉元をとらえたからだ。
「うっ……?!」
突然のことに、さすがのホークも驚きを隠せない。しかしアイシャはいかにも興奮が極まったのか、涙声でこう言うのだ。
「大好き……私……、ホークのこと……大好きよ……。一緒に……このまま……っ」
いくらなんでも極まり過ぎだろうと思い一瞬だけ動揺はしたものの、次の瞬間ホークはそれならばと不思議と受け入れる気持ちになっていた。
「いいぜ、お前が望むなら……」
ホークはそう告げると、手探りでゆっくりとアイシャの躰を伝い、頬を愛おしげに撫でた。すると、涙が溢れていたのか指に水分が付着する。それを軽く指で拭うと、再び腰を激しく打ち付け始めた。
再び部屋に響き渡る、アイシャの切なくも激しい喘ぎ声。そしてホークの低いうめき声もそれに重なる。首にかけられた手は依然そのままで、快感が高まるにつれ絞められていく力が強くなっていった。
「んあぁぁっ!!も、……だめっ……!!!!」
「くっ……!!!」
彼女の断末魔の声とともに、ホーク自身と、それと同時に首が締めつけられた。ホークも堪らず、彼女の中で果てるが、ふと力を抜くと突如苦しさがやってきてしまい、思わずゲホゲホと咳き込んでしまった。
「うくっ……はぁっ……はぁっ……」
アイシャの方はというと、絶頂の波に躰を震わせながら、震える手をゆっくりと喉から離すと、ホークの首に抱きついて、その耳元で「ありが……とう……」とつぶやいた。
一体何がありがとうなのだろう?と問いかけようとすると、その時突然に、消えたはずのランタンの明かりがじんわりと明るくなってきたのがわかった。
「勝手に、火が」
ホークは流石に驚いたが、徐々に明るくなっていくにつれ白日のもととにさらされるお互いのあられもない姿に、アイシャもハッと気づいて慌てて服を整え始めていた。
それと同時に、カチャリ……とドアの方で音がした気がした。ホークは手早く服を着ると、ドアのノブをゆっくり回してみる。
「……開いてやがる」
「ええっ」
アイシャも服を整え終えてドアの方に駆け寄ってみた。ノブを回すと、本当に扉が開いてしまった。
「どうなってるんだろう……」
「わかんねえが、船員がわんさか来る前に上に戻るぞ」
ホークの言葉に無言で頷くアイシャ。その足元はまだ、少しふらついていた。
やがて二人はなんとか船員に見つかることなく無事に船倉を抜けだした。やれやれと一息つくと、アイシャは崩れ落ちるようにへたり込んでしまったので、「おいおい、大丈夫か」とホークは手を貸そうとした。すると
「随分遅かったな、幽霊とは対面できたかい」
そこに居たのは出てくるのを待っていたかのように立っているグレイだった。
「あいにくと方方倉庫を探しまわったが、そんなもんは居なかったぜ」
「そうか、実はさっき、この船で一番古株そうな船員がいたので噂について聞いてみたんだが、聞いていたのとは少し違ったらしいのだ。ま、あっちで話そう」
ホークは、アイシャを引っ張りあげると彼女と顔を見合わせてからそのあとを付いて行った。
ラウンジに腰掛けると、クローディアもそこにいて、ハーブティのようなものを口にしている。
「聞いた話というのは、こうだ」
その真相というのは。
今から三十年ほど前、この船の船員と、メルビルの上級貴族の娘が恋仲となってしまったが、彼女の厳格な両親にそれがバレてしまうとどうなるかわからないというので、船員の男がメルビル港に船でやっくるたびに、その船倉に隠れて逢瀬を繰り返していたというのだ。
しかしある日、とうとう娘の両親にバレてしまい、二度と逢うなと厳しく叱られてしまった。船が着く日になると屋敷の部屋に閉じ込められ、何ヶ月も逢えない日々が続いた娘は思いつめて、ある船がやって来る日にとうとう部屋から抜け出し、男の元へと逢いに行ったという。
それには男も喜び、そして数カ月ぶりの濃密な時間を過ごしたあと、娘はよほど思いつめてしまっていたのか、もう屋敷には帰りたくないから、いっその事一緒に死のうと言い出したそうだ。
「どうして……?二人で別の島とかに逃げちゃえばいいのに」
アイシャが素朴な疑問を口にすると、
「その頃はアロン島もリガウもバファルの領地だったから、きっと逃げても貴族の力で探しだされてしまうとでも思ったんだろう。当然男は冗談じゃないと拒否したが、娘はついに、持ってきたランタンの油で船倉に火を放ったらしいのだ」
その時、アイシャもホークも、ふと思い出した。一時的に船倉が異常に暑くなったり、ランタンの灯りが消えてしまったり。まさかと思うが、妙に話と出来事が符合してしまう。
「男は必死に逃げようとするが、娘は一緒に死んで欲しいと取りすがったそうだ。だから、男は激昂し娘の首を絞め、殺して命からがら船倉から逃げ出したそうだ。それから、船倉には娘の霊が出ると噂で、見たという人間が結構いるらしい。怨みのあまりまだ冥府に行けずにさまよっているのだろうな。これが真相らしい」
グレイは一気に話し終えると、自らも頼んでいたらしいハーブティを口に運んだ。
「ひどい、そんなのひどいよ……。その男の人はどうなったんだろう」
アイシャはまるで自分のことのように唇を噛みしめて話に聞き入っていた。
「ああ、その男だが。その後殺人はとして手配され、貴族の両親が賞金首にしたこともあってすぐに捕まったらしい。そしてまるで海賊の見せしめ処刑のように広場で高いところに吊るされて処刑されたそうだ。一般人が人を殺したからと言って普通はそんな方法で刑を執行しないはずだがね」
「チッ……海賊だっていう尾ひれがついたのはそのせいかい」
ホークはやれやれと言わんばかりに軽く肩をすくめた。
「しかしホーク、さっきから気になっていたんだが、なぜ首が赤いんだ?まるで締められたようだぞ」
目ざとくグレイの奴が言うものだから、ホークは「ああ、ちょっと船倉が暑くて、首をかきむしっちまったんだ。疲れたから俺はもう寝るぜ」とごまかし、席を立った。
「全く、つまんねえことには気づきやがる」
首元をさすりながら独り言を漏らすと、付いてきていたアイシャまでもが「大丈夫?それどうしたの?」などと聞いてくるのだ。
「なんだと、お前……まさか覚えてないのか。これはお前が」
「えっ」
流石にホークも驚くしかなかった。「私が、したの?そんな……」アイシャも狼狽を隠し切れない様子で目を泳がせている。
そんなバカな、いくら興奮の末のことだと言っても覚えていないなんてあるはずがない。まさか、その古い娘の幽霊がアイシャに取り憑いていたとでもいうのか。そして思い出す、最後の「ありがとう」という言葉を。ホークは強くため息を一つ吐いた。
「あの、あたし、あの……」
なおもオロオロするアイシャ。ホークはそんな彼女の肩を少しだけ強い力で抱きよせた。
「ま……考えても仕方無えか。あんたは満足して行っちまったってことにしとくぜ」
「……?」
アイシャは、ホークの言葉の意味がよくわからずにキョトンとした顔をしている。
「なあ、抱いたのは覚えてるだろ?覚えてないのか?」
耳元でそう囁かれて、アイシャはみるみるうちに顔を真っ赤に染めた。小声とはいえ他の人もいるところで、そんなこと言うなんて。
「覚えてないんだったら今から続きをやろうぜ」
「おっ、覚えてる、それは覚えてるってば!」
アイシャの手を取って早足でずかずかと部屋を目指すホークに、つい大きな声で反論した。
「全部思い出すまで寝かさねえぞ、ん?」
「えっ、ちょっと、あの…………もう……っ!」
ホークのあまりの意気込みに、アイシャは顔を赤くしたまま絶句してうつむいた。『陥落』の合図だ。
ホークにとって少し悔しく思ったのは、先ほどのことをアイシャがどこまで覚えていて、どこまで覚えていないかということだけだった。
今夜は徹底的に、アイシャに思い出してもらおうと思う。そして再び刻みつけようと思った。
不安など覚える余地もないほどに、俺がどれだけお前を愛しているのかということを。
―その後、その船で『彼女』を見るものはいなくなったという。
-End.
Last updated 2016/1/26