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Romancing SaGa -Minstrel song.-

かかとをあげても。

「……ごめんなさい、あたし今日も、またドジ踏んじゃったね……」

 

 ―ここはウエストエンド。

 この日一行は、この地を脅かすヴァンパイアを無事に下し、その疲れを各々がこの街の好きな場所に出向いて身体と気持ちを癒しているのだった。

 パブでクローディア達と食事を摂っていたアイシャは、ふらりと酒を持ってパブから出て行くホークを見つけ、その後を付いていったのだ。どうしても、今日の戦いの不甲斐なさを彼に詫びたいと思っていたからだ。ホークの姿は、宿のすぐ傍で見つけることができた。月明かりの下でもすぐに分かる、その大きな存在感。

 

「このぐらいいちいち気にすんな。いつものことだろうが。そんなことよりお前にあの攻撃が直撃しなくて良かったぜ」

 宿のテラスにある手すりにゆったりとその巨体を預けつつ、ホークは事も無げに、済まなそうに項垂れる赤毛の少女にそう告げる。

「ホークさんがあの時飛び出して助けてくれなかったらあたしどうなってたか……でもあんな怪我を負わせちゃって、本当に、ごめんなさい……」

 そのおおきな目に涙を溜めながら、ホークが吸血鬼から攻撃を食らった裸の右胸の辺りを見つめるアイシャ。

 確かにあの吸血鬼の最後の渾身の攻撃だったということもあり、そして咄嗟にアイシャを庇ったということもあってかなり痛い思いをしはしたが、すぐにアイシャの術により回復したので大事には至らなかった。

 ホークはだんだんと口端に苦笑いを浮かべながら、年端もいかぬ赤毛のてっぺんをそっと撫でると

「あのなぁ……。いつも言ってるだろうが、俺に『謝るな』ってよ。その代わりお前が術で傷を癒してくれてんだから、それでいいんだ。見ろ、疵痕なんてきれいに無くなってるだろ」

 諭すようにそう話しかけた。

「でも……っ」

 彼女はいつもそうだ。自分の力が足りないことで、足手まといになっていることに対して必要以上の負い目を感じていた。決してそんなことはないというのに。ホークはなおも食い下がるアイシャの様子を見てふう、と短くため息を吐いた。そして

「俺に済まなくて謝るくらいならよぉ、俺のほっぺたにチューくらいしてくれや。そっちのほうがうんといいぜ」

 そんな事を、まるで独り言のようにつぶやいたのだ。

「えっ」

 当然静かな夜に隣にいたアイシャがその言葉を聞き逃すはずもなく、驚いた声を上げて顔をみるみるその髪の色と同じ色に染めていった。

「あー、いやっ、なんでもねえよ。なんでも」

 はずみとはいえくだらない冗談を言った自分にホークも驚き、アイシャに忘れてくれるよう言おうとしたが、予想外の言葉が赤毛の口から発せられた。

「いじわる」

「あ?」

 いったい何が意地悪だと言うのだろうか。少しだけ困惑した顔を赤毛に向けると、彼女はホークの懐に深く密着して、精一杯上へと顔を上げて手を伸ばし、ホークの顔をそっと両手で包んだ。よく見ると、一生懸命踵を上げて背伸びをしている。

「あたし背伸びしても、ホークさんの顔まで届かないよー!」

 アイシャはどうやら、ホークはそれができないことを知っていてわざとそんな『いじわる』なことを言ったのだと思ったようだった。ホークの顔を真正面から見つめながら、顔を真っ赤にして口をとがらせていて、少し怒っているようにも見えた。

「ん……そうだっ、たな。すまんな」

 (冗談だったんだがよぉ……)

 ホークはアイシャにこういう顔をされると全面的に降参する他ない。いつの間にやら自分のほうが謝るはめになっていたことに奇妙さを覚えながらも、アイシャが顔から手を離すとポリポリと頭を掻き、まぁいいかと思いはじめた。すると次の瞬間、胸元に柔らかく、温かな感触が触れた。それはすぐに小さく湿った音を立てて離れると、その主、アイシャは真っ赤な顔をして

「ごめんね……今は、これが精一杯」

 恥ずかしそうに顔を伏せながら、小さな声でそうつぶやいたのだ。アイシャにしてみれば、それはありったけの勇気を振り絞ったのかもしれない。もじもじとその場に佇みながらも、決して自分の側を離れないアイシャを見て、最初は少し驚いたたホークだったがそんないじらしい姿を見ると、降参せざるを得ないと思い至った。そして、そんなアイシャの熱い頬にそっと触れると

「ありがとうよ。元気が出たぜ」

 次の瞬間、ホークはその巨体を大きく傾けると、アイシャの頬に一瞬だけ唇を付けたのだ。

「届かねえなら、こうすりゃあいいさ」

 湿った音とともに素早く顔を離し、ホークは囁くように少女にそう告げると少しだけ照れたような笑みを浮かべる。そして

「もう遅いし、そろそろ寝ろよな。明日はニューロードを歩かなくちゃならねえんだからよ」

 そう言い残してホークはさっさとその場を離れていってしまった。

 

 宿の前に一人取り残されたアイシャは呆然と、その消え行く背中を見つめていた。顔どころか耳まで熱くて、心臓は激しく踊るし、どうしていいか分からなかった。右の頬に残る、やわらかさと、ほんの少しの吐息の感触が全身を支配しているよう。だが少しだけ口惜しげにアイシャはこぼす。

「……もうっ、あたしのほうがチューされちゃって、どうするのよぉ……!」

 それでもたまらなく嬉しくて、視界の中にある赤い月がゆらりと滲んだ。

 

 今は精一杯背伸びをしても、届かない。

 

 

 だけど、だけど、いつかは―

 

 

-End-

 
 
 

Last updated 2015/7/15

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